整備ベイに収まるその機体は、まるで猛禽のような威容を備えていた。
艶やかに反射する深いイエローの装甲が眩しい。
上半身は厚く、肩部のユニットは空力を意識した曲面構造となっており、従来のアッシマーよりも一回り以上膨らんだ重厚な印象を与える。
その一方で、下半身の構造は試作機ゆえに未装甲のまま露出したフレーム構造が目立ち、特に腰や太腿の接合部は剥き出しのドラムフレームがむき出しとなっており、整備兵たちの神経を尖らせていた。
背部には3基の大型プロペラントタンクが接続され、推進器を兼ねたそれは、新型熱核エンジンの出力を余すことなく叩きつけるための設計であると知れる。
機体中央には、ライフルと斧を兼ねた複合武装——新型ビーム・ライフルがロックされていた。
後部の展開式ストックを動かすことでビーム・アックスが起動する構造であり、射撃と近接の切り替えが即応で行える仕様だ。
MS形態からの変形を試みれば、機体は一瞬で円盤状のモビルアーマー形態へと収束する。
平たく潰れた円形のボディと、前面へと突き出たロングライフル。
機首がそのまま戦闘機のような感覚で突撃可能となっており、空中機動戦での爆撃と制空戦を両立させた姿だった。
だが、その姿にはある種の“危うさ”もあった。
試作段階特有の未完成の美学。
明らかに未調整なフレーム、簡易装甲による脆弱な個所。
そして、量産機とは一線を画す、開発途中の狂気と情熱が剥き出しとなった意匠。
これを託されたのは、アルビオンの直掩MS部隊のパイロットであるチャック・キース少尉。
整備主任のモーラが不安げに眉をひそめるその隣で、キースは微かに笑っていた。
「見た目は未完成でも、やる時はやるって顔してるじゃねえか……面白ぇ」
その声が格納庫の天井に吸い込まれていく。
格納庫内に鳴り響く高周波のハイドロレンチ音。
その合間を縫って、整備員たちの声が飛び交う。
試作機——NRX-044(R)キハール重力下仕様の調整作業は最終段階に差しかかっていた。
その脇で、チャック・キース少尉はヘルメットを小脇に抱え、モビルスーツの巨体を見上げていた。
背後から、重たい軍靴の音がゆっくりと近づく。
「……機体は見てのとおり癖の塊だがな、慣れりゃいい面構えをしてる」
そう声をかけたのは、ブラン・ブルターク少佐だった。
飄々としたその口ぶりの裏に、アッシマーを駆って空を飛び回った猛者としての重みが滲んでいる。
「ありがとうございます、少佐。正直、実機は初めてで……構造は分かっていても、動きまでは読みきれないっス」
キースが軽く礼を述べると、ブランは少し口元を緩めた。
「ま、そりゃそうだ。アッシマー系は見た目以上に神経質な代物だ。空気の密度、風の渦、地形の傾斜……ちょっとしたことで挙動が狂う。このキハールはその試作の試作みたいなもんだ。おまけに可変機構もまだ調整途上だろう」
ブランは機体の腰部、露出したドラムフレームと未装甲の可動部を見上げながら、感慨深げに頷いた。
「だがな──」
ふと、彼はキースの方へ振り返る。
その目に宿るのは戦場を生き延びてきた男の真剣な光だった。
「俺も昔、アッシマーの調整段階でいくつも空を飛んだ。だから分かる。この手の機体は、慣れたやつの直感だけが最後の頼りだ。機体に命を預ける以上、徹底的に付き合ってやれ」
「……はい」
「いいか、キース少尉。機体に命を預けるってのは、ただ乗るって意味じゃねぇ。機体が“何を嫌がるか”、その癖を身体に叩き込むってことだ。俺がきっちり面倒見てやる。テスト飛行はもちろん、戦術運用もだ」
キースは一瞬、意外そうな顔を浮かべた。
ブランはふだん、部下への接し方が淡泊なことで有名だった。
しかしこの時だけは、彼の口調には確かな熱が宿っていた。
「ありがとうございます、少佐……いや、教官殿って呼んだ方がいいっスかね?」
「おいおい、年寄り扱いはよせよ。俺だってまだ現役だ。まあ……しばらくは俺の後ろを飛べ。それで十分だ」
格納庫の天井を仰ぎ見るブラン。
そして、ブランと並んでキハールを見上げるキース。
未完成の機体と、未熟な搭乗者。
だがそこにあるのは、確かに「空を征く意志」だった。
◇◇◇◇◇
大気を裂き、炎色の尾を曳いて一機のモビルスーツが飛ぶ。
その巨体を背面と肩部から包み込むのは、流麗にして異形とも言える空力外装ユニット。
コウ・ウラキ中尉の搭乗するアドバンスド・ヘイズルは、飛行試験型の超大型オプション──イカロスユニットを装備していた。
熱核ジェットと熱核ロケットエンジンを併載し、通常のMSでは不可能な単独飛行を成し遂げたこの装備は、可変MAに対する異なる回答として開発されたものだ。
その巨体はあまりに不恰好で、「まともに動くはずがない」と揶揄され続けたが──。
「宇宙と違って、まるで空を“跳ねる”ような動きだな……いや、これは……」
コクピット内でコウは独りごちる。
その挙動は、従来のモビルスーツとは完全に一線を画していた。
推力によって“飛ぶ”というより、爆発的推進と姿勢制御によって“制空を制する”動き。
上下左右の自由な空間移動、急停止と急加速、そしてそのすべてを成し遂げるための極端な推進系の負荷とバランス調整。
「まるで昔みたいだな……けど、嫌いじゃない」
直ぐ側をアッシマーが追いすがる。
『ウラキ、機体が揺れてるぞ。脚部のスラスター、左は三度、右は五度、開きすぎてる』
通信越しに聞こえるのは、ブラン・ブルターク少佐の声。
かつて自身もアッシマーという“異形”を乗りこなした男は、イカロスユニットを一目見た瞬間に“これは化ける”と確信していた。
『慣れないうちは、この機体に殺されるぞ。だが……慣れてしまえば、空そのものが武器になる。』
ブランの言葉に、コウは短く頷いた。
「了解。まだ制御が不安定です、でも……やれる手応えはある」
後方、少し遅れて飛ぶのはチャック・キース少尉のキハール重力下仕様。
こちらもまた、重力下における航空性能を想定された可変機構を持つ試験機だが、イカロスほどの推進力は持たない。
「うおお、速すぎるんだよコウ! そんなに動いたら、気流で弾き飛ばされるって!」
「なら機体に合わせるしかないな、キース! “地上用”でも空は飛べる、俺たちはそのためにここにいる!」
空域はジャブロー近郊。
ここでの訓練は、来たるべき制空戦への布石として、ティターンズ調査局特務室が極秘裏に進めていた。
「ウラキ、落ちるなよ。お前の“落下”は、俺の責任にもなる。俺は責任って奴が嫌いでな……だから――」
ブランは短く息を吐き、そして続けた。
「お前さんが空をモノにするまで、きっちり面倒見てやる。覚悟しとけ」
その声音に、かつて同じ“異形の機体”と格闘した男の誇りがあった。
◇◇◇◇◇
赤土と岩盤が剥き出しになった台地の上を、三機のモビルスーツが広がって進む。
先行するはロゼットとハイザック、後方に構えるのはジム・キャノンⅡ。
それぞれに搭乗しているのは、ティターンズ所属の士官たち──。
ベイト大尉、モンシア中尉、そしてアデル中尉。
彼らはいずれも、かつて“アルビオン隊”として名を連ねた歴戦のパイロットである。
──そして今、彼らの視線は、頭上の蒼穹を切り裂いて飛ぶ三機の影に注がれていた。
中央を翔けるのは、アドバンスド・ヘイズルにイカロスユニットを装備したウラキ・コウ中尉機。
その隣には、複雑な推進機構を備えた機体――NRX-044(R)キハール重力下仕様、パイロットはチャック・キース中尉。
そして、その二機の外側を回るように飛行しているのが、変形型MSの傑作アッシマー、搭乗者はブラン・ブルターク少佐。
「……アイツ、どこまでバケモンになる気だ?」
ハイザックのキャノピー越しに空を仰ぎながら、モンシアが呆れとも感嘆ともつかぬ声を漏らした。
機体のカメラが追う映像の中、イカロスユニットの大推力を自在に操るウラキ・コウの操縦は、もはや機体そのものが意志を持って動いているかのようだった。
「試作1号機に始まって、フルバーニアン、3号機。で、今度はティターンズ式のアドバンスド・ヘイズルかよ。“乗れば即戦力”ってレベルじゃねぇぞ、あれは」
「……身体で覚えてるってやつだな。テストパイロットの理屈もあるが、感覚で機体を理解するタイプでもある」
隣のベイト大尉が、冷静に分析するような口調で返す。
その会話に続くように、アデル中尉が静かに言葉を挟んだ。
「……キース少尉も、よくここまで来ましたね」
チャップ・アデル中尉の声には、懐かしさと共に感慨深いものが滲んでいた。
「かつてはジム・キャノンⅡでウラキ中尉の背中を追うだけで精一杯だった男が、今はこのキハールで並び立っている。
あの機体を扱うには、高度な操作技術と空間認識能力が必要です。容易ではない。……それでも彼は、あそこにいる」
「少佐に絞られてんのは目に見えてるがな。風の噂に聞くブランのシゴきって言ったら、俺でも勘弁だぜ」
モンシア中尉が肩をすくめるように言うと、アデルは一拍置いて続けた。
「むしろ、それを糧にできている証拠だ。あの二人の機体の距離……着き過ぎず、離れすぎず。僚機としての“間合い”を、もう心得てますね」
「立派になったもんだな、チャック・キース中尉……ってわけか。おいおい、泣くなよ?」
モンシアの軽口に、アデルは肩越しに淡く笑う。
「……まさか。私はただ、あの宇宙を懐かしく思っただけですよ」
遥か上空――仲間たちは、今なお戦いに備えて鍛錬を続けている。
そして、自分たちは、それを地上から見上げる役目だ。
その現実に、少しだけ胸が騒いだ。
◇◇◇◇◇
アルビオンの第2格納庫に、砂塵を纏ったジム・キャノンⅡとロゼット、ハイザックが次々と搬入されていく。
機体が係留され、各自がコックピットから降り立つと、既にその前にはひとりの男が立っていた。
黒い軍服をきちりと着こなし、髪型も靴も一分の隙もない。
端正な顔立ちに冷静な目を宿したその士官──アイン・ムラサメ中佐は、モンシアたちに静かに一礼した。
「お三方とは、着任以来ご挨拶の機会を持てず失礼しました。ティターンズ調査局特務室室長、アイン・ムラサメです。本艦および全体統制の一部をお預かりしています」
「ふん、やっとお出ましかよ。てっきり幽霊かと思ったぜ」
モンシア中尉が片眉を吊り上げて鼻を鳴らす。
腕を組み、余裕の笑みを浮かべているが、その目の奥にはわずかな警戒も混じっていた。
「俺たちみたいな連絡要員に、中佐がわざわざ顔を見せるとはね。なんだか緊張してきたな」
ベイト大尉は皮肉めいた口調で笑いつつも、内心ではその一言が作戦統制の中での“意味”を探っていた。
「ウラキ中尉とは以前に面識がありますが……改めてよろしくお願いします、中佐」
アデル中尉は静かに敬礼を返し、礼節を崩さぬまま淡々と応じる。彼の口調は、普段よりやや抑え気味であった。
アインは彼らの反応に動じることもなく、淡々と続けた。
「本作戦において、お三方は“連絡将校”としての役割に加え、“即応戦力”としての再編制を受けています。つまり、状況次第では前線に立っていただくことになります。あらかじめ、ご承知おきください」
「……要は“こき使うぞ”ってことか」
モンシアが肩をすくめ、ベイトが苦笑する。
「ありがちな話です」
アデルはひとことだけそう言った。
「もちろん、無茶な運用を避けるための調整は行います。が、僻地への再配置勧告権も私にあります。連絡将校として不適と判断した場合は、速やかに後送の処置も可能です」
「へえ、それは穏やかじゃないな。言葉の端々が怖えよ、ムラサメ中佐」
モンシアはわざとらしく肩を竦めるが、目は笑っていない。
「まぁ……連邦軍らしい実務主義ってやつだ」
ベイトがあくまで事務的に受け止めるように返す。
「承知しました。適切な連携が取れるよう、こちらも努力します」
アデルの態度は変わらず丁重だった。
「では、本日はこれにて。改めて、ようこそアルビオンへ。健闘を期待しています」
アインはもう一度だけ小さく礼を送り、その場を静かに後にした。
彼の背中を見送りながら、三人はそれぞれ、アインという人物の印象を胸の内で言葉もなく評価していた。
やはり“只者”ではない──そんな空気が、三人の間に共通して流れていた。