ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第32話 派手にいくぞ。こっちは“空”の王者だ

 

 南米アマゾン流域──地球連邦軍の本部としてその名を轟かせたジャブロー。

 

 現在ではその多くの機能がキリマンジャロへと移転しており、ここに残されているのは廃棄予定の施設と象徴的な存在としての“名残”に過ぎなかった。

 

 だが、エゥーゴはその事実を知らない。

 

 いや、知る由もなかった。

 

 彼らにとってここは未だ地球連邦の“心臓部”であり、それを叩くことこそが戦局を変える鍵だと信じて疑わなかった。

 

 その結果──ジャブローを標的とした大規模な降下作戦が、今、始まろうとしていた。

 

 

 地球周回軌道上、エゥーゴの降下艦隊を迎え撃つため、ティターンズの宇宙艦隊が布陣していた。

 

 その中心には、ジャマイカン・ダニンガン少佐が座乗するアレキサンドリア級巡洋艦《アレキサンドリア》。

 

 彼の指揮下にあるサラミス改級《ボスニア》および《ブルネイ》もそれに随伴し、各艦から迎撃火線が張られていく。

 

 エゥーゴの艦艇はその迎撃をくぐり抜け、MS部隊を次々に大気圏へと投下していった。

 

 火線を避けながら、バリュート装備のMSが次々に投下されていく様は、まさしく“鉄の雨”そのものだった。

 

 そしてティターンズ艦隊もそれに遅れを取らなかった。

 

 ジャマイカンの命令を受け、アレキサンドリア艦隊からもバリュート装備のMS部隊が発進する。

 

 リック・ディアスやネモなどのエゥーゴ機を追尾しながら、ジャブローへと軌道降下していく姿は、まるで追撃者たる影の矢のようだった。

 

 一方、地上──。

 

 ティターンズ調査局特務室所属、アイン・ムラサメ中佐は、ジャブローの地下戦略管制室において防衛戦の総指揮を執っていた。

 

 広く静かな地下司令室において、彼は淡い光を放つタクティカルテーブルの前に佇み、衛星映像に映し出される光の軌跡──すなわち敵MSの降下を静かに見つめていた。

 

 その眼差しに焦燥や怒りはない。

 

 必要なのは、正確な判断。

 

 そして、次の一手のための布石。

 

「敵部隊、降下を継続中。複数の着地点に分散しており、明らかに陽動を含んでいます」

 

 副官の報告に対し、アインは落ち着いた口調で応じた。

 

「……各部隊へ伝達を。戦闘態勢に移行させつつ、敵勢力に応じた柔軟な対応を許可。戦線維持が困難な場合は、後退あるいは撤退も可と伝えてください。事前に本部への報告は忘れずに」

 

 その指示に、副官が僅かに戸惑いの色を見せる。

 

「……よろしいのですか? 撤退を許可するなど……」

 

「問題ありません。ここはすでに軍事的価値の乏しい拠点です。防衛という大義は必要ですが、実際の戦果として拘泥する必要はありません。現場の将兵に過剰な負担を強いて、無意味な損失を招いては本末転倒ですから」

 

 その声色はあくまでも柔らかく、冷静で、そして淡々としていた。

 

 アインは続けて言う。

 

「今回の戦いで最も重要なのは、防衛線を“保ったという記録”と、指揮系統が健在であるという“示威”。物理的に拠点を死守することは、必要条件ではありません。……副官殿、どうか、伝えてください」

 

「……了解しました、中佐」

 

 副官が去ったのを確認すると、アインは再び戦術モニターに視線を戻す。

 

 その先には、もう一つの作戦が眠っていた。

 

 【偽装核爆弾警報システム】

 

 ジャブロー第3地下区画に仕掛けられた偽装装置は、あたかも旧式核弾頭が臨界暴走したかのような信号を、ジャブロー全域へ発信するよう設計されている。

 

 この仕掛けの存在を知る者は、極めて限られていた。

 

 ──アイン・ムラサメ中佐

 ──ブライト・ノア大佐

 ──ブラン・ブルターク少佐

 

 この三名のみ。

 

 ティターンズのジャブロー守備隊ですら、知ることは許されていない。

 

 この“虚構の警報”は、あくまで印象操作のための装置であり、戦術的手段ではなく“政治的武器”である。

 

 アインは誰にも聞かれぬような声で、ひとりごとのように呟いた。

 

「……敵が予想よりも深く踏み込むようであれば、その時は私が起動しましょう。ですが、できれば最後まで演出だけで済んでくれることを願いたいものですね……」

 

 彼の目には、戦局そのものよりも、“戦局がどのように見えるか”が重要であるという強い確信が宿っていた。

 

 ──これは戦争ではない。ひとつの“演出”なのだ。

 

 こうして、U.C.0087年5月11日。

 

 鉄の雨は降り注ぎ、追撃の影は地上へと迫っていた。

 

 エゥーゴの精鋭部隊と、ジャマイカン艦隊からの追撃MS部隊。

 

 それを迎え撃つティターンズと地球連邦の残存守備隊。

 

 そして、アイン・ムラサメ中佐が密かに手を握る“仕掛け”。

 

 ──すべてが揃ったその日、ジャブローの大地は再び、戦火に包まれる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 突入時の熱を纏いながら、黄金の機影が南米大陸へと降下していた。

 

 バリュートのパラシュートを展開し、姿勢を安定させたモビルスーツ──百式。

 

 そのパイロット、クワトロ・バジーナ大尉は、冷静な視線で地表の情報を精査していた。

 

 視界に入るのは、鬱蒼としたジャングルと、かつて地球連邦軍の総本山として築かれた巨大地下基地──ジャブロー。

 

 上空では、ティターンズのアレキサンドリア級アレキサンドリアを旗艦とする艦隊が、エゥーゴのアーガマ艦隊と交戦状態にあり、宇宙空間での火線が激しく交錯していた。

 

 双方の戦力は宇宙に釘付けとなり、大気圏へ降下したモビルスーツ部隊への対応手段は、もはや地上部隊に委ねられていた。

 

 だが──クワトロは、奇妙な違和感を抱いていた。

 

 彼の百式の周囲には、確かに敵影があった。

 

 だがそれらは、一年戦争時の旧式モビルスーツばかりだった。

 

 ──ジム・キャノン、ジム・スナイパーカスタム、ザクタンク、グフ飛行試験型、ガンタンクⅡ──

 

「……まるで博物館の在庫処分だな」

 

 クワトロは低く呟いた。

 

 そのうえ、迎撃と呼べるほどの抵抗もない。

 

 守備隊のモビルスーツは、百式を視認しても数発のビームや砲撃を撃ち込むのみで、直後には即座に後退行動へ移る。

 

 無秩序な撤退ではなく、整然と、何かを“守らずに”引いていく──。

 

「こちら百式。降下目標周辺、旧式MSを確認。交戦は最小限に留められており、敵部隊は交戦意欲に乏しい。……あるいは、意図的に退いている可能性がある」

 

 通信越しに淡々と報告を入れつつも、クワトロの思考は加速していた。

 

(連邦地上軍の中でもティターンズの中でも、こんな戦力でジャブローを守ろうとするだろうか?)

 

 ティターンズであれば、より新型の機体、例えばジム・クゥエルやハイザックを主力にするのが通例だ。

 

 だが、ここに配備されているのは、明らかに旧式機のみ。

 

 その上、敵はまともに戦おうという姿勢すら見せない。

 

 ──罠か。

 

 あるいは、既に見限られた基地なのか。

 

「全機、注意しろ。……敵のこの動きは、我々を引き込む誘導である可能性が高い」

 

 クワトロは、密林の上を滑空するようにして降下高度を下げながら、奥に広がるジャブロー本体を見据えた。

 

 ──そこに、本当に何があるのか。

 

 答えはまだ見えない。

 

 だが、この違和感は決して無視すべきではないと、彼の直感が告げていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 高空に広がる曇天の向こう、成層圏を突き抜けて一つの影が飛来する。

 

 赤熱したフライングアーマーが断熱圧縮に火花を散らし、その上に立つ機体は、一際目を引く白と黒と赤のトリコロール。

 

 RX-178 ガンダムMk-Ⅱエゥーゴ仕様。

 

 その頭上に輝く「V」字アンテナと、白く整った輪郭──かつてティターンズの象徴だった機体は、今やエゥーゴの反抗の象徴として、その姿を変えていた。

 

 機体を駆るのは、若きニュータイプ──カミーユ・ビダン。

 

 フライトスーツ越しにモニターを睨む双眸には、迷いも怒りもない。

 

 ただ、目的を遂げるための意志だけが宿っていた。

 

「……下は、もう混戦か……?」

 

 モニターに映る地表では、火花を散らしながら逃げる旧式のジム・キャノンやガンタンクⅡが見える。

 

 その間を抜けて進撃していく味方部隊の姿もあった。

 

 だが──。

 

「……おかしいな。抵抗が、弱い……?」

 

 降下作戦は始まってまだ数分。

 

 にもかかわらず、地表に展開していた守備隊は、カミーユの視界からすでに後退していた。

 

 砲火を交えることすらなく、戦線が崩れていく。

 

 カミーユは違和感を拭えなかった。

 

 敵が弱いのではない。意図的に戦線を譲っているようにすら見える。

 

「……何か、あるな……」

 

 内心に小さく囁いたその言葉を、風が吹き飛ばしていく。  

 

 だがその勘は、ニュータイプとしての直感が警鐘を鳴らしていた。

 

 ──戦場は開かれたばかりだ。

 

 そして、その背中に刻まれたエゥーゴの意志は、ジャブローの地下へと踏み込んでいくことになる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 地鳴りのようなサイレンがジャブローの地下施設に鳴り響き、鉄骨と油の匂いが立ち込める格納庫に振動が走る。

 

 押し上げられるようにして、楕円の黄橙色機体がリフトから姿を現した。

 

 ティターンズ所属、NRX-044 アッシマー。

 

 その横には、アッシマーのプロトタイプであるTR-3[キハール]重力下仕様。

 

 長く延びた後部スラスターと下肢ユニットが異形の姿を演出している。

 

 さらに三番機には、濃紺の機体に巨大な推力ユニットとノーズスラスターを備えたMSがいた。

 

 RX-121-2A アドバンスド・ヘイズル イカロスユニット装備──機体の全高をさらに延ばす巨大ウイングが、重力下での高空機動戦に特化していることを物語っていた。

 

 この三機が、ジャブロー防衛“演出”の要となる航空支援部隊である。

 

 先頭機のコクピットで、ブラン・ブルターク少佐がコンソールに手を伸ばし、部隊に呼びかけた。

 

「アッシマー、ブラン。出るぞ。……キース、ウラキ、応答を」

 

 数秒の間をおいて、キースの気の抜けたような、だがどこか頼もしさもある声が応じる。

 

『こちらキハール、チャック・キース。大気圏内でも飛べるとこ、見せてやりますよ』

 

 彼のTR-3キハールは、元来宇宙用に設計された機体だ。

 

 だが、脚部をアッシマーから流用した重力下仕様へ改装されたことで、滑走からの上昇、そして高度維持が可能になっている。

 

 続けて、やや緊張を帯びた若者の声が返る。

 

『アドバンスド・ヘイズル、コウ・ウラキ。イカロスユニット作動正常。……随伴、問題ありません』

 

 その機体はもはやMSというより、モビルスーツの姿をした戦闘機とでも呼ぶべきだった。

 

 背部に広がる巨大ウイングブースター、脚部と背部に分散配置されたバーニアスラスター群は、大気圏内飛行も可能な推力を秘める。

 

 ブランは、二人の返答に頷き、微笑を浮かべる。

 

「……いい返事だ。あまり深入りするなよ。その機体での実戦は初めてなんだからな」

 

 その言葉と同時に、ブランのアッシマーが変形。

 

 MS形態から航空機形態へ、円盤状の機体に可変し、リニアシートを倒した。

 

「行くぞ、アッシマー、出る!」

 

 変形完了と同時に、機体は滑走路を離陸。

 

『チャック・キース、キハール、行きます!』

 

 その後方でキハールが前傾姿勢のまま滑走。重量を跳ね飛ばすようにリフトジェットを噴射し、同じように変形し高度を取る。

 

 続いてアドバンスド・ヘイズルが、巨大なイカロスユニットから光を放ち、垂直に跳ね上がる。

 

「コウ・ウラキ、アドバンスド・ヘイズル、行きますッ!」

 

 重力に抗うようにして、ヘイズルが空を切り裂いた。

 

 その巨体とは裏腹に、挙動は滑らかで俊敏。

 

 操縦桿を握るコウの表情に、戦場の熱気が差し込んでいた。

 

「派手にいくぞ。こっちは“空”の王者だ」

 

 ブランが最後に一言残し、ペダルを踏み込んだ。

 

 ティターンズは沈んだのではない。

 

 まだ牙を隠し、こうして空に立っているのだと──そう敵に刻み込むために。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 百式の機体を滑らせるようにして森林地帯を抜けると、眼下には、混迷を極めるジャブローの戦線が広がっていた。

 

 ハイザック、ジムⅡ、マラサイ──ティターンズのMS部隊が、散発的にこちらの降下部隊に砲火を浴びせてくる。

 

 だが、戦況に不釣り合いなほどに──守備隊の対応が、妙に淡泊だった。

 

 「……やけに後退が早いな。全体的に“戦っているふり”に見える……」

 

 初動で散見された旧式機──ジム・キャノンやグフ飛行試験型、ガンタンクⅡといった旧世代のMSたちは、わずかな反撃を見せただけで戦線を後退していた。

 

 まともな防衛線も張らず、深追いすればどこまでも道が空いていく。違和感は積もるばかりだった。

 

 そのとき、視界の上空に異物が突入してくる。

 

 「……!? あれは──MAか?」

 

 真円に近い、円盤状の飛行体が2機、加えて、それに続くように推進装置の塊の様なガンダムタイプが一機──。

 

 いずれもこの戦線では初めて見る飛行物体だった。

 

 爆音と共に、空を切り裂いて突っ込んでくる。

 

「どこかで見た記憶は……ない。ティターンズの新型か? だが識別信号は……」

 

 百式のセンサーに登録されたティターンズ機の識別コードとは合致しない。

 

 そして何より、見た目があまりにも異質すぎた。MSとは明らかに異なる“航空機”のような機影。

 

 ──そして。

 

 視界の下、地表で退いていたジャブロー守備隊のMSたちが、突如として動きを変えた。

 

 布陣を立て直し、反撃とも言える迎撃の姿勢を見せ始める。

 

「……なんだ……?」

 

 そのタイミングの一致は、偶然にしては出来すぎている。

 不自然に退いていた旧式の守備隊が、“その空飛ぶ何か”の登場によって踏みとどまっている。

 

 まるで──“あれ”に指揮されているかのように。

 

「違う……あれは、ただのモビルアーマーではない。可変か……?」

 

 一瞬、円盤の機体が変形するような兆しを見せた。

 

 その挙動に、クワトロは直感的に理解する。

 

「可変MS──だと!? まさか、ここにも投入されているのか……!」

 

 ティターンズのものとも異なるその動きに、クワトロは冷静に警戒を強める。

 

 味方か敵か、所属すら判然としない。だが確かに言えることが一つだけある。

 

 ──ジャブローは何かを隠している。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 上空を旋回しながら、ブラン・ブルタークは低く唸るように通信機に目をやった。

 

 「……露骨が過ぎたか?」

 

 眼下では、ジャブロー守備隊のMSが散開している。しかしその挙動は、どうにも消極的だった。

 

 ブランは出撃前、現地の守備隊に対して明確な指示を出していたはずだった。

 

 《こちらアルビオン航空支援部隊、ジャブロー守備隊、各機へ。航空支援中は反転攻勢に移行せよ──》

 

 だが、空から見下ろす限り、その“反転”の色は薄い。

 

 敵を追い詰める動きどころか、支援を受けているという感覚すら希薄に見える。

 

 「……まったく。もう少し骨を入れてもらいたいもんだが……」

 

 口をついて出そうになった呟きを、ブランは奥歯で抑えた。

 

 すぐに思い直す。

 

 あれらは旧型のジム・キャノンやグフ飛行試験型、ザクタンクといった機体群。

 

 敵の次世代機に対抗しろという方が酷というものだ。

 

「……いや。あれで精一杯なんだろうな」

 

 だからこそ──こちらが“存在感”を見せねばならない。

 

 ブランは操縦桿を押し込み、円盤形態のアッシマーを滑空させる。

 

 眼前、金色に輝く機影が大地を滑るように移動していた。

 

 最新型のMSであることは明らか。

 

 シルエットと挙動から見て、あれが隊長機と見て間違いない。

 

「……金ピカ野郎め。そんなに目立ちたいなら、狙い撃ってやるさ」

 

 操縦席の横に点滅するトグルを押し込む。

 

 重い変形音と共に円盤は人型のMSへと収束する。

 

 可変MSが誇る高機動機動戦の強みが、いまここに発揮される。

 

 狙うは、あの金色──。

 

「目立つってのは、標的になるってことだ!」

 

 トリガーに指をかけ、スコープに百式を捉えた瞬間、ブラン・ブルタークの瞳にはいつものように火が宿る。

 

 この空は、まだ終わっていない。

 

 ティターンズの名を──アルビオン隊の意地を刻む戦いが、今始まる。

 

 

 

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