ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

34 / 94
第33話 これで、“芝居”の幕が降りたな

 

 密林を揺らす爆風が吹き荒れ、金色の機体──百式がジャブロー上空を切り裂く。

 

 操縦桿を握るクワトロ・バジーナ大尉の視線が、眼前を高速でかすめた飛行物体を捉えていた。

 

「……あれは……?」

 

 円盤状の飛行体が空中で姿勢を崩し、変形。

 

 橙と深緑を基調としたその機体──アッシマーが、飛行形態からモビルスーツ形態へと移行していた。

 

「可変……MSだと?」

 

 クワトロはすぐに反応し、百式を跳躍させて空中機動に移る。

 

 アッシマーの大型ビームライフルが火を噴き、黄色の閃光が百式を貫こうとする。

 

 辛うじて回避したクワトロは、旋回しながら上空から射撃を返す。

 

 しかしアッシマーは再び空中で姿勢を変え、円を描くようにして軌道を逸らした。

 

 通信が割り込む。

 

『空を飛べないモビルスーツが、地球で何をしに来た? 見た目だけなら、いい的だな』

 

 声の主は、アッシマーのパイロット──ブラン・ブルターク少佐だった。

 

「随分と口が悪いな……新型か。ティターンズにしては珍しく切れのある動きだ」

 

 百式のライフルが再び火を吹くも、アッシマーは脚部スラスターを噴かして回避する。

 

『言ってくれる……このアッシマーがただの飛び道具だと思ったか?』

 

 アッシマーが変形を挟みながらの急制動──機体が一気に背後を取る。

 

「ッ……速い! 後ろか!」

 

 すぐに気づいたクワトロがビームサーベルを抜く。

 

『逃がさん!』

 

 ブランのアッシマーはその斬撃をメインスラスターを全開にして上昇する事で回避する。

 

 斬撃と軌道制御の応酬。

 

 百式はあくまで重力下の跳躍機動を基本とする機体である。

 

 対してアッシマーは、空力制御を応用した飛行格闘戦が可能な機体だった。

 

「この可変機、単なる新型じゃない……熟練のパイロットか!」

 

 ジャングルの樹上をかすめて交錯した二機は、やがて地表へと落下しながら激突する。

 

 爆風とともに地面が抉れる。なぎ倒される木々。

 

 百式が後退しながら再びライフルを構える。

 

「……どういうつもりだ。地上の守備隊はあっさりと退いたのに、今度は派手に出てくる。演出のつもりか?」

 

 クワトロの問いに、ブランが鼻で笑うように応える。

 

『守りを固めるだけが作戦じゃない。ここはティターンズが健在であることを“見せる”場所だ。お前らに退く隙を与える気はない』

 

「なるほど……本気で抑えに来ているつもりか。それとも、“抑えているフリ”か……?」

 

 再び空中戦。

 

 ビームが交錯し、爆炎がジャブローの空に咲く。

 

 ──その戦いは、偶然の遭遇戦などではなかった。

 

 これは、“見せるための戦い”。

 

 空を舞うアッシマーと、地を駆ける百式。

 

 両者の攻防が織りなすのは、戦場という劇場に刻まれる、静かなる演技だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルビオン艦内、戦術情報が飛び交う艦橋の中央に、ブライト・ノア大佐は静かに立っていた。

 

 眼下に広がるのは計器と戦術モニターだけだ。

 

 ブライトの眼差しはまるで“戦場そのもの”を見通しているかのようだった。

 

 「……そろそろ頃合いか。アイン、始めるなら今しかないぞ」

 

 その独り言に応じる者はなく、ただ艦内の機器音だけが静かに鳴り続けていた。

 

 モニターには上空の航空支援部隊──ブラン・ブルターク少佐のアッシマーを先頭に、コウ・ウラキのアドバンスド・ヘイズル(イカロスユニット装備)、チャック・キースのキハール重力下仕様──の空中展開が映し出されている。

 

 一方、地上の戦線では、旧式MSによるジャブロー守備隊が数で劣りながらも必死に踏みとどまっている様子が記録映像として確認できる。

 

 だがそれは、本当に「戦っている」のか──あるいは「戦っているように見せている」だけなのか。

 

 ブライトはその“間”を読み取っていた。

 

「演出としては上々だ。だが、そろそろ決定的な“揺さぶり”が必要になるな……」

 

 彼は振り返り、オペレーターに指示を飛ばす。

 

「ブリッジより各デッキへ通達。ベイト大尉以下、ロゼット、ハイザック、ジム・キャノンⅡ、直ちに出撃準備。艦内第3ハンガーへ移動させろ」 

 

「了解、ベイト隊、発進管制に移行します!」

 

「続けて、ムラサメチームも。ゼロのMk-Ⅱ4号機、ドゥーのヘイズルを後詰めとして待機態勢に入れ。出撃タイミングはブラン少佐からの要請か、アイン中佐からの信号次第とする」

 

「ムラサメチーム、即応待機に入ります!」

 

 全体のMS指揮は現場に出たブランに任せている。

 

 しかし、艦隊からの戦術統制は艦橋で担うブライトの役割だ。

 

 そして、ブライトは知っている。

 

 《この戦いの本質》を。

 

 ──アイン・ムラサメ中佐だけが起動権限を持つ《偽装核爆弾警報》──

 

 それが起動すれば、この戦場全体の空気が一変する。

 

「……頼むぞ、中佐。判断を誤るな」

 

 その言葉に重さはあるが、焦りはない。

 

 むしろ、長年の戦場経験が彼に“信じて待つ”ことを選ばせていた。

 

 ジャブローの静寂と、艦内の緊張が交錯する中、ブライト・ノアは静かに再びモニターへ視線を戻した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 重く、ひやりと冷たい空気が地下深くの管制室を満たしていた。

 

 壁面のモニターが軋むようにアラームを鳴らし、各ブロックの侵攻状況が赤く染まっていく。

 

「報告、エリア1が完全に制圧されました。エリア2も、エゥーゴ部隊が進入──!」

 

「なにっ……っ、早すぎるぞ!」

 

「ルートF-4、F-5が同時に突破されました! 隔壁も、すでに──」

 

 司令室に響く声が次第に悲鳴染み始めたその時、一人の男が無言のまま、端末に歩み寄った。

 

 アイン・ムラサメ中佐。

 

 ティターンズの軍服を着た青年将校は、モニター群を見渡しつつ、静かに右手を端末へ伸ばした。

 

 カチ、と指先が押し込まれる。

 

 それは、偽装作戦のスイッチ。

 

 本来は“陽動のための囮”に過ぎないはずの信号が、その真意を知らぬ者たちの脳裏に、“最悪”の選択を想起させた。

 

「っ……!? 今、何を──」

 

「ま、まさか……中佐!? 自爆の……準備信号……!」

 

「冗談じゃない、まだ地下全域には避難命令が──!」

 

 管制員たちが一斉に声を上げ、誰かが椅子を倒して駆け出す。

 

 その波の中で、アインはただ一人、静かに立ち尽くしていた。

 

「……これより、司令部管制系統の一部を私が引き継がせていただきます。皆様は速やかに脱出経路の確保を」

 

 その口調は、まるで咎めもなく、押しつけがましさもない。

 

 ただ、事務的に“そうあるべき”だと言うかのように、整っていた。

 

「中佐、何が起きているのか説明を──!」

 

「……申し訳ありません。今は、言えません。ですが、貴方がたは、ご自身とご家族を第一にお考えください。私は、ここに残ります」

 

 目の前の青年将校の言葉に、誰もが“それ”を確信した。

 

 彼はこの場所で、全てを終わらせる覚悟だと。

 

 管制室が一気に騒然となる。

 

「退避を! 全エリア、退避命令を回せ! エレベーターを解放しろ! 急げ!」

 

「モニター班、記録データの消去を──! いや、それより──!」

 

 混乱が火花のように飛び散る中、アインは一度だけ端末を見つめた。

 

 その双眸には焦燥も、決意もなかった。

 

 ただ、“計算された確率”と、“その先にある役割”だけが、深く宿っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 喧噪が過ぎ去り、空虚な静けさだけが残る。

 

 端末のモニターには警告音が空しく点滅を続けていたが、応答する者はもう誰もいなかった。

 

 空調音すらも遠く、まるで地の底に取り残された無人の遺跡のような感覚に包まれていた。

 

 アイン・ムラサメ中佐は、静かに目を閉じる。

 

 ──“感応”。

 

 ティターンズ調査局特務室室長になってからは色々と便利に使っている。

 

 下手なウソ発見器より正確で使えるこのニュータイプを、こんな事に使っていると知られれば失望されるかもわからん。

 

 それでも、いまこの場に“誰もいない”ということだけは、感じ取れた。

 

 生体反応はない。思念の残滓すら薄く、もはや誰も戻らぬ空間と化していた。

 

「……これでようやく、役者が揃いますね」

 

 小さく呟くと、アインは受話器を取った。

 

 封鎖回線を数段階にわたって解除し、軍内部のダイヤルコードを入力する。

 

 静電気混じりの呼び出し音。

 

 やがて──。

 

 応答に出たのは、アルビオン艦長──ブライト・ノア。

 

『こちらアルビオン、ブライト・ノアだ。……アインか? その状況は……』

 

「艦長。予定通り開始します」

 

 アインの声音は、いつも通りに穏やかで、何一つ感情を波立たせてはいなかった。

 

『……そうか。了解した。こちらでも準備に入る。……で、他に指示はあるか?』

 

 ブライトの声には、ごくわずかな緊張と、何かを察する気配が滲む。

 

 アインは一拍の間を置いた。

 

 そして、迷いなく言葉を告げた。

 

「ロンド少尉とシデン氏を、解放してください。……以後は、私の責任において行動を許可します」

 

『……良いのか? 本当に』

 

 その問いかけに、アインは答えなかった。

 

 無言の肯定。

 

 ブライトはしばらくの沈黙ののち、息を吐いた。

 

『……分かった。お前がそこまで言うなら、俺は従うだけだ。あとは任せておけ』

 

「感謝します、艦長」

 

 それだけを告げて、アインは静かに回線を閉じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 端末に表示されたジャブローからの回線が沈黙を告げると、ブライト・ノアは静かに姿勢を正した。

 

 眼差しに迷いはない。

 

 長い戦いの中で培われた直感と信義──それが今、彼の判断を導いていた。

 

 部屋を出た彼は、そのまま警備兵の待機するブロックへと歩を進める。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【アルビオン艦内・仮設収容室】

 

 金属製の扉が開き、レコアとカイが振り返る。

 

 現れたのは、艦長服を着たままのブライト・ノア。

 

「……艦長か」

 

 カイ・シデンが無精ひげを撫でつつ、訝しげに声を発した。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

 ブライトは言葉少なに、解除コード端末を操作する。

 

 間もなく、拘束の電子ロックが「カチリ」と音を立てて外れた。

 

「……お前たちは、ここから解放される」

 

「え?」

 

 レコアの瞳がわずかに揺れた。

 

「詳しい事情は話せない。だが──そうすることになった。……あとは任せろ」

 

 ブライトの声には、どこか誠実な強さがあった。

 

 カイはしばらく沈黙した後、軽く鼻を鳴らした。

 

「……艦長も丸くなったな。いや、芯が太くなったっていうべきか」

 

「必要なら、俺がすべて責任を取る。それだけの話だ」

 

 その一言に、カイは苦笑を浮かべながら片手を上げて応じた。

 

「へいへい、頼りにしてるぜ。あんたがそう言うなら、ついてくさ」

 

 レコアは静かに頷く。

 

 今はまだ、何も言わずに。

 

 だがその瞳には、わずかながら信頼の色が戻っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 足音が静かに鳴った。

 

 レコア・ロンドとカイ・シデンを自らの手で解放したブライト・ノアが、ブリッジの艦長席へと戻ってくる。

 

 そこには、連邦軍の制服に身を包んだ歴戦のクルーたちが整然と配置に就いていた。

 

 彼らは──全員、かつてのアルビオンクルー。

 

 アイン・ムラサメが再集結させた精鋭たち。

 

 彼らは知っていた。

 

 艦長と副官、その両名が幾度となく交わした視線の意味を。

 

 そして今、艦長の“言葉にならぬ意思”が、指揮席に戻ったその姿だけで伝わっていた。

 

「……核警報を起動。脱出警報も連動させろ。通信系は“本物”として動かすように。ログも残せ」

 

 即座に応答が返る。

 

「了解、艦長。照明は警報レベルMAXにシフト。艦内アナウンス、10秒後より一斉送出に移行」

 

 誰一人、驚かない。 

 

 誰一人、疑わない。

 

 ──我々は、艦長と副官を信じている。

 

 それが、ここの“普通”だった。

 

「通信ログの優先順位を偽装。カイ・シデンとレコア・ロンドの交信履歴は“拡散の恐れあり”で封印指定。その代わり、ブラン少佐の交戦記録に比重を」

 

「副官からの引き継ぎ事項と一致します。準備済みです、艦長」

 

 動きに無駄はない。

 

 むしろ全てが、既に予期されていたかのようにスムーズに動いていく。

 

 この艦の中では──誰よりも、艦長と副官が“見えている”。

 

「……私は“演出の調整”に当たろう。全てが“現実”に見えるように。そのためには、味方側の部隊にも極限まで情報を伏せなければならないな」

 

「了解。味方部隊への通信優先度を制限。警報以外は全て通常誤報扱いで送信。……情報遮断完了しました」

 

 ブライトはわずかに頷いた。

 

 その目は、メインディスプレイの先──。

 

 陽炎立ちこめる地表、滑走路とその向こう、アッシマーと百式が交差する空域を見据えている。

 

 ──“あれ”が始まった。

 

 見せかけではない、実戦を混ぜた“逃走劇”。

 

 だからこそ、こちらもまた“本物”でなければならない。

 

 演出とは、現実と嘘のギリギリで成立する技。

 

 そしてそのためにこそ、この艦の中に“信頼”だけを置いたのだ。

 

「……各自、自身の任務に集中を。俺たちは“舞台装置”だ。だが──その舞台が命を救うなら、誇るべき演者でもある」

 

 その一言に、誰も声を上げず、ただ敬礼と共に応えた。

 

 ──この艦は、信じる者たちの艦。

 

 ──この戦場で、命を繋ぐための偽りを、誰もが“真実”として演じ始めるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 熱気のこもる空が、にわかに冷たさを帯びる。

 

 空気が──変わった。

 

 長年の戦場勘が、それを告げていた。

 

 クワトロ・バジーナの金色の百式は、アッシマーと交差しつつ、高度を維持しながら戦況を睥睨する位置に回り込んでいた。

 

 先ほどまで苛烈だった敵の猛攻が、微かに緩む。

 

 そして──通信。

 

《警告。ジャブロー基地にて核起爆警報。全域に非常退避命令を発令中。連邦軍所属艦艇・戦力は即時避難態勢に入れ──》

 

「……何だと……?」

 

 百式のモニターに、赤いアラートが表示されている。

 

 ──核警報。

 

 あまりにも唐突で、あまりにも“やり過ぎ”な演出。

 

 だが、違和感はそれだけではなかった。

 

 爆心の可能性のある中枢部へ向かっているはずのエゥーゴ部隊に対して、牽制射撃すら飛んでこない。

 

 ……撤退させている。

 

 いや──「逃がしている」。

 

 それを確信したのは、滑走路付近で動き出した部隊が、明らかに照明と通信支援の配置を整えていたからだった。

 

(まさか……)

 

 そこまで読んで、クワトロの脳裏にひとつの男の名が浮かぶ。

 

 アイン・ムラサメ。

 

 ジャブローという巨体の中で、あの男ほど“意図的に見せない策”を張れる者はいない。

 

 そして“逃がし方”にこだわる者も、あの男の他に思い当たらない。

 

「……そういうことか。まわりくどいやり口だが──」

 

 舌打ちにも似た吐息を漏らし、百式のバーニアが輝く。

 

「疑問は残る。だが、信じさせてもらおう……アイン・ムラサメ」

 

 照準を改め、百式は上昇旋回から大きく反転。

 

 敵味方入り乱れる戦場で、百式の行動は新たな局面を告げていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 地下滑走路へと続くトンネルの中。

 

 薄暗い空間に、試験用に保管されていた旧ギャロップ型車両が、ジャンクMSの残骸を組み合わせた即席の「自爆用モビルアーマー」として姿を晒していた。

 

 誰もいない無人区画に、慎重な足取りでアイン・ムラサメ中佐が乗り込む。

 

 コックピット内、最低限の制御回路と熱源反応を示すダミー信号がセットされている。

 

「……あとは、タイマーを連動信号に接続して、発火コードをこのスロットへ……」

 

 アインの細く静かな声と共に、火薬と推進材を内蔵した“即席MA”の起爆準備が整う。

 

 彼の指先がパネルに触れた瞬間、システムが低い電子音で応答した。

 

 ──補助偽装作戦、起爆スタンバイ完了。

 

 アインが外に出て、整備スロープを離れようとした、その時だった。

 

『アイン少尉ッ!!』

 

 カミーユ・ビダンの声が響いた。

 

 薄暗い区画の奥から現れたのは、埃と泥にまみれたガンダムMk-Ⅱ。

 

 その視線の先にアインの姿を捉え、駆け寄るように接近する。

 

『こんな場所にいたら危険です! 今すぐ避難を──!』

 

 カミーユの声には焦燥と怒気、そして不信が混じっていた。

 

 だが、それを遮るように別の機影が舞い降りる。

 

 爆風を巻き起こして降下してきたのは──アッシマー。

 

 機体のコクピットが展開し、ブラン・ブルターク少佐が上半身を乗り出す。

 

「おいコラ! 勝手な動きはやめろって言ったろうが……ってお前、エゥーゴの坊やか!」

 

 ビームライフルを構え直すカミーユ。

 

 一触即発。

 

 だが──。

 

「……今は、そんなことをしている場合じゃない」

 

 カミーユのライフルが、すっと下がった。

 

「ジャブロー全域で核警報が鳴ってる……! お前たちの味方が何を考えてるかは知らないが、少なくとも今ここで戦う理由はないはずだ」

 

 アインは短く、呼吸を整えた。

 

「カミーユ少尉。御配慮、感謝します。しかし、私はここに残るつもりでした。撤退の後始末は私の仕事です」

 

「何言ってるんですか! そんなの今やることじゃない……!」

 

 カミーユの叫びに、しかしアッシマーのブランが口を挟んだ。

 

「……いいだろう、坊や。お前は早く滑走路に戻れ。こいつは俺が預かる」

 

「……本気で言ってるのか」

 

「本気だともよ。あいつのやってることは……多分、俺ら連邦の誰にも理解されねぇ。だが、意味がないとは思わねぇよ」

 

 アインは静かに一礼した。

 

「感謝します、ブラン少佐。──あとは、任せます」

 

 カミーユは最後にひと睨みしてから、Mk-Ⅱの機体を反転させ、滑走路の方へと戻っていった。

 

 その背を見送りながら、アッシマーのコクピットハッチが再び閉じる。

 

「さてと……派手な“花火”の下準備も終わった。あとは劇場の裏口から、静かに帰るとしようかね」

 

 ブランの独り言と共に、アッシマーは推力を点火。アインを回収したまま、ジャブロー地下ドックへ向けて低空を滑空していった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 降り注ぐ熱気と怒号の中、ジャブローの滑走路ではアウドムラとスードリが慌ただしく離脱準備を進めていた。

 

 甲板の整備兵が交錯し、捕虜となっていた連邦軍兵や民間人が次々と収容されていく。

 

 その光景を見下ろすように、百式から降りたばかりのクワトロ・バジーナは、機体を振り返ることなく整備区画を横切っていく。

 

 ──その途中。

 

 騒がしい滑走路の一角で、整備兵に付き添われるように歩いてくる一人の女性に、クワトロの目が止まった。

 

 見慣れた顔。戦場に咲いた、一輪の決意を秘めた花。

 

「……レコア少尉?」

 

 クワトロが思わず名前を呼ぶと、女性は立ち止まり、少し驚いたような表情を浮かべた後、ふっと微笑んだ。

 

「クワトロ大尉……。ああ、やっぱり、ここにいたのね」

 

 彼は数歩、彼女に近づく。

 

「どうして……ここに? アウドムラから降りてきたのではないな。君は、どこにいた?」

 

 その問いに、レコアは少し視線を逸らし、わずかに肩をすくめて答えた。

 

「……連邦側に捕まっていたの。場所は……アルビオン」

 

 クワトロは眉をひそめた。

 

「アルビオン……? あの艦がここに? それに、君を……解放したのか?」

 

「ええ。理由は、何も告げられなかった。でも、きっと……私が“ここ”に戻れるように、誰かが手配してくれたのだと思う」

 

 彼女の声音は穏やかだったが、その奥にある緊張と困惑を、クワトロは見逃さなかった。

 

「……そうか。だが、君が解放された理由は……この撤退と関係しているのだろう。何かが、裏で動いている」

 

「私にも、分からないわ。でも、ここであなたと会えたことは──無意味じゃないと、信じたい」

 

 クワトロはしばし沈黙し、それからごくわずかに頷いた。

 

「……レコア少尉。君が戻ってきたなら、それでいい」

 

「ありがとう、クワトロ大尉。私、乗艦の手伝いに行くわ。これでも、少しは役に立てるはずだから」

 

「任せた。……無理はするな」

 

 整備兵とともに走り去っていく彼女の背を、クワトロはしばらく見送っていた。

 

 そして、小さく息を吐くと、空を見上げる。

 

 ──この動きの背後にある意思。それが誰のものかは……思い当たる節があった。

 

「まったく、まわりくどい……だが、それが彼のやり方か」

 

 クワトロ・バジーナは、そっと呟いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ──タイマー残り5分。

 

 ジャブロー北西の滑走路エリアが、俄に騒がしさを増していた。

 

 警報が鳴り響き、照明が点滅する中、二機の巨大な輸送機が低く唸るようにエンジンを吹かしている。

 

 ガルダ級大型輸送機──アウドムラとスードリ。

 

 その巨体が並んで滑走路上に鎮座していた。

 

「アウドムラ、エンジンスタンバイ完了! MS格納確認、搭載人員すべて収容済み!」

 

「スードリ、同じく出力最大! スラスター予熱完了──離陸シーケンスに移行!」

 

 ブリッジに響く報告が、強烈な緊張の中で次々と叩き込まれる。

 

 主力MS部隊だけではない。

 

 捕虜、同盟した連邦地上兵、負傷者、補給要員──積み込めるだけ積み込んだ。

 

 物資は、最低限の燃料と修理資材を除いて削られ、スペースを生存者に譲っていた。

 

「……全ブロック最終確認、完了!」

 

「アウドムラ、発進ッ!」

 

 ──咆哮のようなエンジン音。

 

 機体下部から白煙が吹き出し、着陸脚が軋みを上げて地面を蹴る。

 

 アウドムラが滑走路を走る。

 

 吹き上がる土煙の向こうで、スードリも追随するように後を追う。

 

「高度表示、上昇中!」

 

「スラスターフル点火ッ!」

 

 まるで地響きのような轟音と共に、アウドムラが機首を上げて浮き上がる。

 

 後続するスードリも、同じく重厚な咆哮を上げ、熱気と煙を巻き上げながら空へと駆け上がる。

 

「離陸成功! アウドムラ上昇安定!」

 

「スードリ、後方維持、追随中──!」

 

 上昇限界まで吹かすスラスター。背後ではジャブローの滑走路が徐々に小さくなり、密林の海が迫る。

 

 その向こう、まだ誰も知らぬ地下の“偽装爆心地”が赤く点滅を始めていた。

 

 ──残り、2分30秒。

 

 だが彼らに“後ろを振り返る余裕”などない。

 

 敵が背後で迫っているという警報と、迫る爆破のカウントダウンが、彼らの背中を押す。

 

 艦内の誰もが、本気で“この作戦が最後”だと信じていた。

 

 それこそが、仕掛けた側の思惑──アイン・ムラサメの策略であると知らずに。

 

 あくまで、これは「逃げ場なき敗走」。

 

 だが──

 

 その逃げ道を整えたのも、彼の手であった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 カウントは残り180秒──。

 

 警報が鳴り響くジャブローの地下滑走路。

 

 その一角、旧式の物資搬入エリア、今では倉庫としても使われていない無人の隔壁の前。

 

 そこに、異様な影が鎮座していた。

 

 ギャロップ型モビルアーマー──正確にはその“試験フレーム”をベースに組み上げられた、張りぼての無人自走台車。

 

 ジャンクのMS部品を溶接で貼り合わせ、燃料タンクの外装を加工して装甲に見立てた粗雑な外観。

 

 だが、その奥には本物の爆薬と、再点火式のブースターが仕込まれている。

 

 アイン・ムラサメが、わざわざ手動で搬入し、起爆回線を接続した“花火”である。

 

 ──タイマー:残り120秒。

 

 地下通路の壁面、天井、床すら震えるような警報音の中、赤い警告ランプがギャロップを照らしていた。

 

 頭部に見立てたセンサーが点滅する。

 

 自動回線により、プログラム起動──カウント30秒を切ると同時に、内蔵のブースターが仮点火し、白煙を噴き出す。

 

 その様子は、外部カメラのモニター越しに、アインの手元に映っていた。

 

「模擬点火確認──出力安定、ブースター加圧……」

 

 アインはブリッジでブライトと共に最終確認を終えると、静かに指示を出す。

 

「──点火、よろしい。送電開始」

 

 タイマー:残り30秒。

 

 ギャロップの胴体部、左右に取り付けられた“ブースター擬装タンク”が振動し始める。

 

「地表震度、事前想定に一致。熱源カメラ、誤認性良好」

 

 ブライトが唸るように呟く。

 

「本当に──見事な偽装だな」

 

 アインは静かに応じた。

 

「“本物”と思わせるためには、ここまでやらねばなりません」

 

 ──10、9、8……

 

 カウントが零へ向かう。

 

 警告音とともに、滑走路地下の区画が自動遮蔽を開始。

 

 その全てを貫いて、轟音が“ジャブローの大地”を揺らした。

 

 ──爆発。

 

 地下通路の奥深く、ギャロップ型が設置されたその区画が、一瞬にして火球に包まれた。

 

 複数の推進材、燃料、誘導式爆薬が連動点火。

 

 爆風が地面を突き上げ、旧搬入口のシャッターごと地表を吹き飛ばす。

 

 地上では、爆煙がキノコ雲のように立ち上り、滑走路エリアの端を赤々と染め上げた。

 

 ──これを見た者は、誰もが「核爆発が地下で起きた」と錯覚するだろう。

 

 しかし、それは精密に設計された“花火”である。

 

 味方の命を奪わずに、敵の追撃を躊躇わせ、世界中に偽りの死地を演出するための、“最大級の虚構”。

 

 ──ブライトが短く呟く。

 

「……これで、“芝居”の幕が降りたな」

 

 その呟きに、横に立つ男──アイン・ムラサメ中佐が、安堵を滲ませるように頷いた。

 

 だが、その瞬間。

 

 膝から、崩れ落ちる。

 

「中佐ッ──!」

 

 即座に操舵士のパサロフ大尉が駆け寄りかけるが、ブライトが片手で制した。

 

 アインは膝から崩れ落ちると──そのまま、顔を伏せるように床に崩れ落ちた。

 

 その目は、すでに閉じていた。

 

 パサロフ大尉がゆっくりと歩み寄ると、脈と呼吸を確認する。

 

「意識……ありません! ですが、生命兆候は安定しています!」

 

「過労と緊張の限界だ。彼は限界まで引っ張って、最後までやり遂げた」

 

 ブライトが短く言い、静かに指示を下す。

 

「……医務室へ。だが騒ぐな、彼の名も階級も出すな。――これは、“彼の役目の延長”だ」

 

 パサロフ大尉と通信士のハリダ中尉が顔を見合わせ、敬礼ひとつ。

 

 彼らはかつての“アルビオンの乗組員”であり、アインが副長として共にあった仲間である。

 

 ブライトのその指示の意味を、誰もが正しく理解していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【同時刻──南ジャブロー滑走路上空/アウドムラ&スードリ】

 

 アウドムラ、スードリ、両機発進。

 

 滑走路を唸り上げる重力制御ジェネレーターの低音が地に響き、二機のガルダ級大型輸送機が、巨体を空へと浮かび上がらせる。

 

「ブリッジより全エリア確認──離脱ルート、クリア!」

 

「推力安定。速度上昇──このまま突破できます!」

 

 モニターには、火炎と黒煙に覆われたジャブローの地下爆発跡が映る。

 

 残骸と瓦礫と爆煙が渦を巻き、それを背景に、二機の巨大機が重々しく蒼天へと舞い上がった。

 

 クワトロ・バジーナは、スードリのブリッジで両腕を組んだまま、それをじっと見つめていた。

 

「……やってくれたな、アイン・ムラサメ」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、誰にも聞かれなかった。

 

 だが、彼の胸中には確かな確信がある。

 

 “逃がされた”のだと。

 

 “勝たせてもらった”のだと。

 

 それが、今このジャブローで為された、“最大の皮肉”であることも──。

 

「……礼は、いずれどこかで返すさ」

 

 クワトロの言葉を残し、アウドムラとスードリは、重たい風を切り裂いて、蒼穹へと消えていった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。