ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第34話 お前は──次代を担う男なのだからな

 

 薄闇の中に一つ、赤い光点が瞬いていた。

 

 サイド7軌道上空、ジャブロー宙域を映す監視衛星の光学照射画像。

 

 爆煙。噴出。構造体の崩壊。

 

 ──地上観測局より緊急転送。

 

「南ジャブロー、滑走路区域にて……爆発反応。閃光強度、レベル8。放射検出は――ナシ?」

 

 情報将校が眉をしかめてデータを確認する。

 

 しかしその隣で、老練の男は一言も発さなかった。

 

 ジャミトフ・ハイマン。

 

 グリプスの中枢であり、地球連邦政府とティターンズを横断する権力機構の頂点に立つ男。

 

 彼の眼前には、アイン・ムラサメが提出すべき“報告書”が、未だ一枚も届いていない。

 

 事前の通達も──沈黙。

 

「……そうか。やったか」

 

 ジャミトフは、まるで“答え”を聞いたような口ぶりで呟いた。

 

 爆破の演出、脱出劇、衛星のレンズに映る巨大輸送機の離脱。

 

 すべてが「正規作戦」としては成立しない、にも拘らず──整然としていた。

 

 これは即興ではない。熟考の果ての“芝居”だ。

 

「アイン・ムラサメ……君は、報告すら不要と踏んだか。いや──それとも……」

 

 ここで初めて、ジャミトフは薄く笑みを浮かべた。

 

 “万が一に備え、己を切り捨てろ”という無言の遺言。

 

 ──それこそが、沈黙という“報告”だった。

 

「……あまりに誠実すぎるな。君は」

 

 背後で控える秘書官が、次の行動を伺うように息を呑む。

 

 ジャミトフは立ち上がると、データパッドを一つ手に取った。

 

「警戒態勢は維持、だが情報は絞り込め。バスクにも伝える必要はない」

 

「はっ……承知しました」

 

「報告が届いたとき、我々は初めて“知る”ことにする。……それまでは、何も起こっていない」

 

 まるで、指揮官というよりも政治家としての鉄面皮。

 

 だがその内心には、アインの“沈黙”に対する明確な理解と、わずかな覚悟が宿っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 白い天井が、ぼやけて見える。

 

 静かな鼓動の響きと、薬剤の匂いが鼻腔を擽った。

 

「……ここは……」

 

 低く掠れた声が、乾いた喉を通って漏れる。

 

 アイン・ムラサメは、瞼をゆっくりと開いた。

 

 視界の端に、誰かの姿があった。

 

 ベッドの傍らの椅子に腰掛ける影──。

 

 ドゥー・ムラサメが、アインの上半身に軽くもたれるようにして、眠っていた。

 

 肩を上下させ、安らかに呼吸を繰り返している。

 

 その姿を見たアインは、一瞬だけ驚いたように瞬き、それから優しく目を細めた。

 

「目が覚めたか、アイン」

 

 声に振り向けば、部屋の片隅。

 

 ゼロ・ムラサメが壁に背を預け、腕を組んで立っていた。

 

「……ゼロ。僕は……どれくらい、眠っていました?」

 

「およそ三時間程度だ。気絶というより、眠っていたに近いな。……疲れていたんだろう?」

 

「三時間も……そうですか……」

 

 アインは軽く額を抑えた。

 

 指先に残る微かな熱と、倦怠感。

 

 しかしそれよりも先に、頭の中に戻ってきたのは、使命感だった。

 

「……直ぐに、報告書を纏めなければなりません」

 

 ベッドから身を起こそうとするアインに、ゼロは制止もせず、一つのパッドを差し出した。

 

「もう纏めておいた。ブライト艦長、それにブラン少佐の記録。あとはお前の報告を加えれば完成する」

 

 アインは、一瞬だけ目を見開いた。そして、そっとパッドを受け取った。

 

「……ありがとう。感謝します、ゼロ」

 

「副官として当然の務めだ。気にするな」

 

 そのやり取りの後、アインは静かに視線をドゥーへ戻した。

 

 頬に髪がかかっている。整った寝顔。少し開いた唇から、規則的な呼吸の音。

 

 疲れ果てるまで気遣ってくれたのだろう。

 

「……すみません。ありがとう、ドゥー……」

 

 そう呟いて、アインはその頭にそっと手を伸ばした。

 

 その手には、戦場では見せない柔らかさがあった。

 

 ドゥーが微かに身じろぎしたが、目は覚まさなかった。

 

 その様子に微笑を浮かべたアインは、パッドを受け取り、ベッドの傍に引き寄せたテーブルへと身を傾ける。

 

 そして──淡々と、だが丁寧に、自らの分の報告書を書き始めた。

 

 

---

 

【最終報告書:ジャブロー陸戦演出型偽装作戦】

 

件名:

ジャブロー陸戦演出型偽装作戦・最終報告書

 

提出者(連名):

 

アイン・ムラサメ 中佐(戦略監督・統括補佐)

 

ブライト・ノア 艦長(アルビオン艦指揮)

 

ブラン・ブルターク 少佐(航空防衛支援・離脱路偽装担当)

 

 

主な記録内容:

 

1. ジャブロー防衛成功

 – エゥーゴ部隊の本格侵攻に対して、脱出口を“用意する”ことで迎撃を回避し、施設中枢および司令系統の喪失を回避。

 – 作戦結果として、ジャブロー主要機能の温存と政治的被害の最小化に成功。

 

 

2. 自爆偽装による敵後退誘導

 – 地下搬入口に旧ギャロップ型試験機を用いた無人MAを設置、起爆タイマー連動で“核爆発錯覚演出”を実行。

 – 核警報と連動させることで、敵味方双方に「核自爆による道連れ」を印象付け、敵主力の後退を誘発。

 

 

3. 連邦軍士気の維持に向けた被害最小設計

 – 起爆地点を旧施設・無人区画に限定。非戦闘員・整備員の退避完了を確認。

 – 脱出放送および自爆警報を全館へ展開、演出効果を最大化。

 

 

4. 政治的布石としての捕虜釈放

 – エゥーゴ所属レコア・ロンド少尉、およびカラバ所属カイ・シデンを即時釈放。

 – 間接的にエゥーゴ中枢への誠意を示し、次段階交渉の布石とした。

 

 

5. 内部関係者限定情報管理の徹底

 – 作戦中、偽装の全体像を把握していたのは上記三名のみ。

 – 一般兵・整備兵を含む他部門への情報共有は行わず、作戦終了時点でも秘匿を維持。

 

「これでよし、と」

 

 書き上げた報告書を送信。

 

 おそらく勝手に黙って動いた事は咎められるだろうというのは承知の上。

 

 核爆弾を偽装するなどという大博打を打ったのだ。

 

 それでジャブローを守れなければジャミトフの面子を潰し、バスクに付け入る隙を作ってしまう。

 

 ならば特務権限を得て天狗になった若造の暴走という言い訳が出来る余地を残す必要があった。

 

 自分は──まだ代わりが利く。

 

 バカ正直に日本に四季を取り戻したいと言った夢想家だ。

 

 だからこそ、今回はさすがに堪えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

   グリプス本部──重厚な黒檀の机に、最新の報告が並ぶ。

 

 その中央に置かれたデータパッドのディスプレイには、三名の名が並ぶ。

 

 アイン・ムラサメ中佐、ブライト・ノア大佐、ブラン・ブルターク少佐。

 

 ジャブロー陸戦演出型偽装作戦──それは“偽りの敗北”を演出することで、真の中枢を守り、政治的打撃を最小限にとどめる周到な芝居だった。

 

 ──核爆発に見せかけた無人MAの自爆。

 ──捕虜の釈放による外交的布石。

 ──戦意を維持するための被害抑制と演出の徹底。

 ──全容を把握していたのは、たった三名のみ。

 

 ジャミトフはページをめくる指を止めない。

 

 細部まで読み解きながら、彼は気付いていた。

 

 ──あの若造、やりおったな。

 

 だが、今回は事前報告も事後の連絡もない。

 

 いつもならここまで大きな事をする場合は真っ先に「確認と承認」を取るアインが、黙して全てを終わらせてからこの報告書を寄越した。

 

 ジャミトフの鋭い視線が、報告書の文面に残された“微かな筆圧の揺らぎ”をなぞる。

 

 そこには、こう書かれてはいないが、明確に読み取れる意志があった。

 

> 「失敗すれば切られても構わない──」

 

> 「これは若造の暴走だったと、そう処理できる余地を残しておく──」

 

 

 若造め。

 

 勝手に“自分は代わりが利く”などと思い込んでいたか。

 

 ──そうか。

 

 誤解させていたのは私か。

 

 ジャミトフは一つ、溜め息を吐いた。

 

 傍から見れば呆れのように見えるが、その実は満足と、少しの自嘲を含んでいた。

 

 彼はゆっくりとパッドを伏せ、視線を宙にやった。

 

「今さらお前は手放さんぞ、アイン……。お前は──次代を担う男なのだからな」

 

 その呟きは、グリプスの冷えた空間に微かに響いた。

 

 そしてすぐに、彼は秘書官に指示を出す。

 

「アイン・ムラサメ中佐の特務資格は維持。今後の作戦承認は一段階簡略化して構わん。……信任に値すると判断する」

 

 ジャブロー防衛の裏にあった“もうひとつの戦争”を知った者がまた一人、黙して認めた瞬間だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 報告書送信から、わずか三十分。

 

 特務司令区画の端末に通知灯が点滅し、ゼロ・ムラサメが即座に応答処理を行った。

 

 暗号認証を経て接続された回線の先、画面に映し出されたのはブラン・ブルターク少佐の顔だった。

 

「アイン中佐、急報だ。オークランドからギャプランが発進した。パイロットはロザミア・バダム少尉。加えて、ベースジャバー三機にアクトザク六機が随伴している」

 

 静かに椅子に座っていたアインは、淡く目を細めながらその報を聞いた。

 

「命令の発出元は確認されていますか?」

 

「バスク・オム大佐名義だ。俺が直接裏を取った。──問題はその後だ。中佐が提出した作戦報告書は、ジャミトフ閣下の指示で“三日後に正式受理される”ことになっている。つまり、バスクはまだ内容を知らねぇ」

 

 アインは指を眉間に当て、静かに思考を巡らせた。

 

「……となりますと、バスク大佐は“ジャブローでの自爆演出が未遂に終わった”と判断した可能性が高いですね。そうであれば、彼の行動原理としては挽回を図ることが自然です」

 

「だが編成が悪い。ギャプラン単独ならまだしも、ベースジャバー三機、アクトザク六機の随伴付きだ。これは“誇示”じゃなく、“制圧”を狙った動きだ」

 

「了解いたしました」

 

 アインは椅子を引いて立ち上がると、画面の向こうのブランに向き直る。

 

「ご報告、感謝いたします。私が離席していた間を、貴方とゼロが補ってくださった。借りができましたね」

 

「気にすんな。中佐が倒れてたなんて話、誰にも漏らしちゃいねぇよ」

 

「……ありがとうございます。しかし私は“借りは返す”主義です。どうか、そのつもりで」

 

 会話の背後で、ゼロが短く口を挟む。

 

「機体構成、確認済み。飛行ルートも割り出した」

 

 アインはゼロに向き直る。

 

「先発として、ブラン少佐のアッシマーを出してください。制空域の確保と索敵支援に適しています」

 

「もう出せる。準備終わってる」

 

「また、チャック・キース少尉のキハール(重力下仕様)を随伴に。地表対応能力が高い機体です」

 

「了解。編成に組み込んだ」

 

「さらに、コウ・ウラキ中尉にはアドバンスド・ヘイズル(イカロスユニット装備)を。航続距離に不安があります。ドダイでの搬送を併用してください」

 

「ドダイ、スタンバイ中。五分で出せる」

 

 アインは頷き、静かに息を吐いた。

 

「……現時点で、我々の行動が“誠意”を示すものであるならば、先制攻撃一つで、その価値は失われます。“平和的な交渉の余地”という概念そのものが──」

 

「潰れるな。あいつらに、口実を与えるだけだ」

 

 再び画面に戻ったアインが、ブランへと頭を下げた。

 

「ご連絡、重ねて感謝いたします。作戦区域でのご武運を──」

 

「了解した。俺の方でも、ロザミアの動きを抑える手は考えておく。……こっちは“もう一つの戦場”だからな」

 

 通信が切れる。

 

 再び静寂が戻った司令区画で、アインはゼロに視線を移す。

 

「敵機群の識別信号が取得され次第、分析を開始してください。現地制御とも連携を。交戦判断は私が下します」

 

「了解。分析は任せろ」

 

「敵意を示した時点で撃墜を許可。通信応答の遅延も、敵対行動と見なします」

 

「プロトコル更新済み。迎撃ルール、全チャンネルに通知する」

 

 ゼロが端末へと向き直る。

 

 アインはわずかに目を閉じ──そして、独り言のように呟いた。

 

「この期に及んで、“過去の理屈”に縋ろうとする者がいるとは……。けれども、それもまた、“現実”なのですね」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ブラン少佐らの追撃隊が出撃してから十分──。

 

 アイン・ムラサメは静かにブリッジの扉を押し開け、足音もなく指揮席の隣へと進んだ。

 

「……中佐、体調は?」

 

 艦長席から振り返ったブライト・ノアが、わずかに声を潜めて問いかける。

 

 その問いにアインは微笑すら浮かべず、静かに首を振った。

 

「問題ありません。ご心配をおかけしました、艦長」

 

 ゼロから差し出されたデータパッドを受け取ると、アインは瞬時に概要を読み取り、ブリッジ全体を見渡す。

 

「ロザミア・バダム少尉率いるギャプラン部隊が、現在ニューケネディへ向けて高速進行中。ベースジャバー三機にアクトザク六機が随伴。すでに迎撃圏内に近接しつつある模様」

 

「到着予定は?」

 

 ブライトの問いに、ゼロが端末を操作しながら答える。

 

「このままの速度で推移すれば、あと三十七分で交戦可能距離へ進入する。ブラン隊は後追いで出撃中だが……初動が遅れた。合流はその後になる」

 

 アインは視線を端末から上げ、正面スクリーンに映る地球軌道図を見据える。

 

「……つまり、ロザミア隊が先にニューケネディへ到達する。アウドムラおよびスードリは、その迎撃を独力で処理しなければならない時間が生じる、というわけか。それを支援するためにも、アルビオンが出るべきかどうか、ということだな」

 

 ブライトが問う。

 

 艦長としての重みを伴った、真っ直ぐな視線。

 

 アインは静かに頷いた。

 

「イカロスユニット装備のアドバンスド・ヘイズルは、航続距離に課題があります。すでにドダイによる支援展開を命じましたが……それでも、追いつけるのは接敵直前でしょう」

 

「なるほど」

 

「……艦長、ジャミトフ閣下は、私の作戦報告書の正式受理を三日後に定められました。これは形式的な延期ではなく、“その三日間における全責任を、私に預けた”と読むべきでしょう」

 

 ブライトはしばし言葉を飲み込み──やがて、重く静かに頷いた。

 

「つまり、自由を与える代わりに、すべての結果を負わせるつもりだ。君は、その意図を“信任”と捉えているんだな」

 

「はい。故に、この行動も私の判断で決定します。アルビオン、出撃を」

 

 ブライトは、迷いなく立ち上がる。

 

「よし。総員、第三戦闘配置。全主機、起動。進路、ニューケネディ」

 

「目標地点への推定到達時間は?」

 

 ゼロが冷静に答える。

 

「巡航速で二時間二十五分。最速で一時間五十四分。ただし、その場合はエネルギーリザーブに課題が残る」

 

 アインは一瞬だけ思案し──短く息を整えるように呟いた。

 

「……許容の範囲内だ。最速航行を。先行部隊との連携を維持しつつ、状況次第で中距離支援に転じる」

 

「了解、中佐」

 

 艦内に次々と響くブリッジオーダー。

 

 アルビオン艦体がゆっくりと動き出し、そのノーズが北米大陸へと向けられる。

 

 アインはその動きを背に受けながら、ゼロに静かに告げた。

 

「──この三日間は、試されている。“過去の報復”ではなく、“未来の指針”を選べるかを」

 

「だからこそ、踏み込むってわけか」

 

 ぶっきらぼうな口調で返すゼロ。

 

 だがその声の奥には、確かな信頼が滲んでいた。

 

 

 

 

 

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