ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第35話 空を“飛べる”などと過信するなよ……!

 

【ニューケネディ軍港・アウドムラ艦内ブリッジ】

 

 端末の通信灯が明滅した。接続元は《アグリゲーター・アルビオン》。

 

 連邦軍上級回線、暗号ランクは特級。

 

「……通信を繋いでくれ」

 

 クワトロ・バジーナは眼差しだけは鋭く端末を見据えていた。

 

 画面に浮かび上がったのは、黒衣の男──アイン・ムラサメ中佐。

 

 その背後には緊張感の走るアルビオン艦橋が垣間見える。

 

『敵部隊が接近中です。構成はギャプラン1、ベースジャバー3、アクトザク6。進行方向はニューケネディ。アウドムラおよびスードリが主目標と見られます』

 

「こちらの即応戦力は既に準備中だが……先着は敵、ということか?」

 

『その通りです。ブラン・ブルターク少佐の部隊が後方より追撃に向かっていますが、出撃準備の都合で若干の遅れが生じています。敵の到達が先になります』

 

 クワトロは顎に手を添え、思案の姿勢を取る。

 

 その視線は、すでに目前の一手ではなく、次の展開を読もうとしていた。

 

「こちらにはもう一つ、時限のある問題がある。エゥーゴのパイロット達を乗せたシャトルが、宇宙へ向けて打ち上げ準備中だ。発進まで、残り三十分を切っている」

 

『アーガマとのランデブーですね。現在、艦はアレキサンドリア艦隊と交戦中と聞いています』

 

「ああ。迎えに来ること自体は可能だが、軌道修正は一度限りだ。シャトルが撃墜されれば、全て水泡に帰す」

 

『了解しました。そちらの迎撃行動とシャトルの安全確保は、完全に連動しているわけですね』

 

「現状、我々が取れる選択肢は限られている。“撃ち漏らす”ことはできない。だが、“撃ちすぎる”ことも許されない」

 

 言葉の一つ一つに、クワトロの重圧が滲む。

 

 それは指揮官としての孤独であり、同時に戦場に立つ者の実感でもあった。

 

『報告書は未だ上層部には正式に受理されていません。よって、バスク・オム大佐は“ジャブロー自爆作戦が失敗した”と判断している可能性が高い』

 

「つまり、彼は失った戦果の代替を、今ここで求めている」

 

『その通りです。そして、それを“公式”に止める権限は、まだ我々の手には届いていない』

 

 クワトロは無言で立ち上がり、戦術マップに向かって操作パネルを滑らせた。

 

 表示されたのは、敵機の接近予測航路、シャトルの発進地点、スードリの位置──そしてアーガマの現在座標だった。

 

「全てが交差する時間軸に入ったか……。まったく、運命じみた配置だな」

 

『我が方からは、追撃部隊としてアッシマー、キハール重力下仕様、イカロスユニット装備のアドバンスドヘイズルを先行発進させています。イカロス機にはドダイを随伴。最低限の防衛支援には間に合わせます』

 

「……それでも、初動は我々に委ねられる、か」

 

 クワトロは画面越しにアインを見据えた。その瞳に揺らぎはなかった。

 

『大佐。あなたがどのような過去を持たれていようと、私は“今ここにいる指揮官”としてのクワトロ・バジーナを信じています』

 

 アインの声音は穏やかでありながら、そこには揺るぎない確信があった。

 

「……今さら、私の素性に触れることはない。だが、そう言われると……少し、荷が重いな」

 

『誤解しないでください。信頼とは、重荷ではなく“支え”です』

 

 その言葉に、クワトロは目を細め、かすかに笑みを見せる。

 

『この三日間、我々は“フリーハンド”を与えられました。報告の正式受理はそれまで保留されている。つまり、何を為すかは全て現場の裁量に委ねられています』

 

「三日か……随分と意味深な猶予だな」

 

『“選ぶしかない時代”というやつです。そして、今ここで選べる人間は、他でもないあなたしかいない』

 

 しばし沈黙があった。

 

 通信の向こうで、何かが変わる音がした。覚悟が、形を取る音だった。

 

「……了解した。こちらも、シャトルと地上のどちらも失わぬよう、全力を尽くす」

 

『期待しています、クワトロ大尉』

 

 通信が切れると、室内に再び静寂が戻った。

 

 クワトロは軽くため息をついたのち、指揮回線を開いた。

 

「全MS、戦闘即応態勢に移行。シャトル打ち上げは予定通り強行する。迎撃部隊は打ち上げ場周辺を死守せよ。アーガマとのランデブータイミングを外せば、次は無い。──命を繋げ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 薄く青白い空を飛行するギャプラン。

 

 その後方には、三機のベースジャバーと、それに搭載された六機のアクトザクが編隊を成して追従していた。

 

 先頭を行くギャプランのコックピット──。

 

 ロザミア・バダムは、正面モニターに目を据えたまま静かに数値を確認していた。

 

「現在高度、一万六千。速度安定。進行方位、指示通り……誤差なし」

 

 表情は落ち着いている。声にも感情の揺らぎはない。

 

 だが、その瞳の奥には、どこか張り詰めた“圧”が潜んでいた。

 

『こちら03。目標まで残り百二十キロ。ニューケネディ上空の防空砲台は沈黙。ですが、着港中の艦船が迎撃の可能性あり。警戒を』

 

「了解。敵MSの出現は想定範囲内。シャトルがあれば、それも撃破対象に含む」

 

 明確な返答。抑揚を抑えた、軍人らしい声音。

 

 ロザミアは命令を正しく理解し、正しく遂行しようとしていた。

 

 しかし、彼女の内面には、別の“命令”が染み込んでいる。

 

 ──空が、落ちてくる。

 

(何度も何度も……。地球に落ちてくる、巨大な空……あれを止めなきゃ。敵が、空を落とす)

 

(だから──敵を倒さなきゃ)

 

 ふと、手のひらが汗ばんでいるのに気づく。手袋越しでも、熱が伝わる。

 

 彼女は深く息を吸い込んだ。

 

「……落ち着け。今は“演習”じゃない。“任務”なんだから」

 

 独り言のような呟きは、オフラインのマイクには拾われない。

 

『こちら04。ロザミア少尉、編隊の追随安定しています。予定より約一分前倒しで到達できそうです』

 

「了解。対空網への露出時間を短縮するため、高度は維持。雲層突入は極力避けろ」

 

『了解、少尉』

 

 部隊は静かに、確実に目標空域へと近づいていた。

 

 ニューケネディの海岸線が、水平線の先に輪郭を現し始める。

 

 ロザミアは再び前方に視線を戻した。

 

(落ちてこない……ちゃんと、敵を倒せば)

 

 その思考は奇妙に静かで、しかしどこか壊れた歯車のように、異音を孕んでいた。

 

 だが今の彼女は、それに気づかない。

 

 ただ、命令を遂行するために飛び続けていた──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 雲を割る橙色の影──アッシマーが、唸る推進音を残して滑空していく。

 

 左右に展開する二機もまた、彼の下に集った空戦の尖兵だ。

 

 右には、円盤状の推力安定ユニットを広げるキハール重力下仕様──チャック・キース少尉の乗機。

 

 左には、ドダイに騎乗するアドバンスド・ヘイズル──イカロス・ユニットを装備したコウ・ウラキ中尉機。

 

 その三機が、濃紺の空に三本の軌跡を描く。

 

『ブラン少佐、進路上に高高度で接近中の味方機影──IFF応答確認、ロザミア少尉の部隊です』

 

 通信士官からの報告に、ブランは僅かに眉をしかめた。

 

 前方モニターには、ニューケネディへ向けて降下する数機のシルエットが映し出されていた。

 

「……上から行くか。素人らしいな」

 

 その呟きは、わずかに皮肉を含んでいた。

 

『ロザミア隊、先制に移るようです』

 

 チャックが確認を重ねる。

 

 ブランは静かに頷いた後、鼻を鳴らすように言った。

 

「見える範囲で飛んでどうする。高高度から行けば、視認も熱源探知もされやすい。“敵襲”の警報が鳴ってからじゃ、シャトルも艦も防御に動ける」

 

『……つまり未熟、ですか?』

 

 コウの問いかけに、ブランは答える。

 

「悪くはない。が、俺なら雲の裏、地形の死角、低空から滑り込んで、発見される寸前で噛みつく──それが“空で殺す”ってもんだ」

 

 口調は静かだが、確かな自負が込められていた。

 

『シャトル発進まで、あと二十数分。猶予は少ないですね』

 

「ああ。だが焦るな。こちらが敵に気づかれずに接近できれば、奴らの狙いが“空”である限り──迎撃の主導権は、こっちにある」

 

 アッシマーの機首が、わずかに角度を下げる。

 ブランは操縦桿を握り直しながら、短く告げた。

 

「行くぞ。目立つのはあいつらに任せて、俺たちは空の下から刺す。低空潜航──速度第3段階、姿勢制御に注意しろ」

 

『了解』

 

 応じた二機が、それぞれバランサーを調整し、機体の姿勢を変える。

 

 三機のMSは地表に近い雲層へと沈みこみながら、まるで空に潜む獣のように接近軌道を描きはじめた。

 

 ロザミア隊の光跡が、ニューケネディを火の海に変えようとしている頃──そのさらに下方、もう一つの“牙”が息を潜めていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 風が重い。

 

 熱を孕んだ突風が滑走路を這い、空気が金属の味を帯びていた。

 

 空港施設の屋根越し──遥か上空に、黒い光の粒が散っていた。

 

「……何だ……あれは?」

 

 カミーユ・ビダンは、咄嗟に眼を細めて見上げた。

 

 管制塔が緊急信号を繰り返し発信し、アウドムラ格納庫内ではMSの出撃準備が慌ただしく進んでいる。

 

 その最中、彼の視界に捉えられたのは、見慣れない直線的なシルエットの機影──。

 

「飛行するMA……? でも……あれは……!」

 

 高高度を鋭く滑るシルエット。

 

 先頭に一機、後続に三──それぞれが大型ブースタと台座のようなものに搭乗する、見知らぬ構造のMAと、ドダイに乗るMS群だった。

 

「識別できない……連邦の型とも違う……!」

 

 そしてその直後、何の予備動作もなく直下へとビームが走った。

 

 滑走路脇の整備倉庫が閃光に包まれ、燃料パイプラインが誘爆して火柱を上げる。

 

「っ……! いきなり撃ってきた!? 警告もなしに……!」

 

 カミーユは身を翻し、格納庫へと駆け込む。

 

 真紅のコックピットハッチに白と黒の意匠が刻まれた、エゥーゴ仕様のガンダムMk-Ⅱが彼を待っていた。

 

「新型……か、それとも……」

 

 情報が足りない。

 

 飛行可能なMAなど、飛べる機体がないこちらには脅威だ。

 

「シャトルが狙われてる……!」

 

 管制からの無線が切迫していた。

 

 敵の照準は、アウドムラとスードリ、そして滑走路中央に設置されたシャトル発進台。

 

 この戦い、明らかに“逃げ道”を潰す意図がある。

 

「わざわざここを襲ってきた……偶然じゃない。確実に、“叩くべき標的”として動いてる」

 

 機体ハッチが閉まり、起動音が上がる。

 

 カミーユの手が操縦桿を握った瞬間、ガンダムMk-Ⅱは低く唸り、重力に逆らって機体を持ち上げた。

 

「俺は──こいつを通す」

 

 視界に広がる火柱。

 

 急降下してくる謎のMA。

 

 見たこともない戦術、見たこともない機体。

 

 だが、知っていようといまいと──撃たなければ、失う。

 

「……行くぞ!」

 

 白と黒と赤のMSが、逆風を切り裂いて滑走路から飛び立った。

 

 未だ炎の煙が立ち上るニューケネディ空港に、逆襲の狼煙が舞い上がる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 赤く焼けた大気を、鋭い加速音が切り裂いた。

 

 その中を滑るように疾駆するのは、金色の機体──百式。

 

 クワトロ・バジーナは、空港防衛ラインの外縁を周回するように旋回しながら、戦術マップの更新を注視していた。

 

 ギャプラン──あの異様な直線型の飛行物体が、こちらの迎撃範囲ぎりぎりで旋回している。

 

「……あれは……可変機か」

 

 クワトロの目が細められる。

 

 機体シルエット、推進パターン、空中挙動、どれも既視感があった。

 

 思い返すのは、あのジャブロー上空。

 

 濃密な湿気と爆風の中で交わした、橙と緑の機体──アッシマーとの一騎打ち。

 

 あの時と同じ、地表を舐めるような飛行軌道。

 

 反応速度を殺してまで“空を支配”しようとする思想の機体設計。

 

 つまり──。

 

「奴もまた、空から叩き落とされることを拒んだ者か……」

 

 クワトロの内に、冷ややかな感触が広がる。

 

 だが、今この空に残された味方は、限られている。

 

「カミーユ、聞こえるか。奴は恐らく可変MAだ。下手に接近すれば一撃で落とされるぞ」

 

『了解、クワトロ大尉。けど、こっちはもう交戦してるんです!』

 

 通信越しの声は、焦燥に滲んでいた。

 

 ガンダムMk-Ⅱが空港滑走路の南端を中心に、ギャプランの火線を引き受けている。

 

 ロベルトのリック・ディアスも支援に入っていたが、敵は三方向から同時に進入してきており、完全な防衛線を引くには戦力が足りなかった。

 

 空は焼け、シャトル発進まで残り二十分を切った。

 

 あまりに少ない戦力。あまりに多い代償。

 

 それでも、クワトロは吠えるように指示を下した。

 

「ロベルト、右翼を抑えろ。カミーユは可能な限り敵機の正面を崩すんだ。撃ち合いではなく、迎撃に徹しろ!」

 

『こちらロベルト、了解、右翼に移動します!』

 

 次の瞬間、百式はバーニアを吹かして急加速。

 

 黄金の機体が弾丸のごとく空港正面へと飛び出した。

 

 空の支配を奪われれば、地上の人々は逃げられない。

 

 クワトロは、それを何よりも理解していた。

 

 ──だからこそ、叩き落とす。

 

「空を“飛べる”などと過信するなよ……!」

 

 

 

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