ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第36話 良い兆しだ

 

 北米大陸南岸──ニューケネディ上空。

 

 艦橋のメインスクリーンには、交戦中の戦闘宙域が緊迫した図像で投影されていた。

 

 赤と青のマーカーが点滅を繰り返し、推力ベクトルと発熱指数が交差するたびに、警告音が短く鳴る。

 

 アイン・ムラサメ中佐は、作戦司令席に静かに腰掛けながら、指を組んで画面を見つめていた。

 

「……交戦が始まりました。敵機は空中からの高高度降下を選択。味方の迎撃は、百式、ガンダムMk-Ⅱ、リック・ディアスの三機。シャトル発進まで……十七分弱となります」

 

 艦長席のブライト・ノアが、苦々しげに呟いた。

 

「シャトルを守り切れるか……?」

 

 戦力不足は火を見るより明らかだった。

 

 ネモ部隊はパイロット不足により出撃できず、クワトロらエース機に過度の負担がかかっている。

 

「敵の構成から見て、長期戦にはなりません。ですが、このままでは……シャトルの安全は保障できません」

 

「……援護部隊を出すつもりか?」

 

「ええ。そのつもりです。幸い、この艦にはまだ、動ける“手札”が残っております」

 

 アインは静かに頷くと、通信士に指示を出す。

 

「第2格納区、出撃準備を。ゼロ・ムラサメ大尉のガンダムMk-Ⅱ4号機には、ドダイを装備させてください。空中支援が主となります」

 

 通信士が復唱し、すぐに格納庫へ指令が飛ぶ。

 

「…ゼロ大尉を行かせるのか?」

 

「はい。ゼロなら私の戦場の“目”として申し分ない行動をしてくれます」

 

 アインは続けた。

 

「また、ドゥー・ムラサメ少尉のヘイズル・ラーを随伴させます。砲撃支援および僚機保護を担わせましょう」

 

 ブライトが目を細め、再確認するように問う。

 

「いいのか、アイン」

 

「はい。戦闘において特別な処遇は不要ですが、責任は私が持ちます」

 

 短く、だが明確な言葉だった。

 

 ブライトはしばし口を塞ぎ、やがて静かに頷いた。

 

「……君が判断したことだ。責任を持って任せてもらう」

 

「感謝いたします。艦長」

 

「よし。艦隊、前進。コースこのまま。シャトル発進まで残された時間は少ない、間に合わせてみせろ!」

 

 アインの視線は、ニューケネディ上空で激しく交錯する光の帯を捉えていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 空が裂けた。

 

 南岸の地表すれすれ、極限まで低く飛ぶ橙緑の楕円体が爆音と共に姿を現す。

 

 アッシマー──ブラン・ブルターク少佐の搭乗機だ。その後方には、ドダイに搭載されたアドバンスド・ヘイズル イカロスユニット装備と、機動翼を展開したキハール重力下仕様が続いていた。

 

 突如、ニューケネディ空域へと乱入したその編隊は、急降下から高機動へと転じ、一気に戦線へ突入する。

 

 目標は一点、上空で旋回するギャプランとその僚機──ロザミア・バダム少尉率いるアクト・ザク部隊だった。

 

 アッシマーが曲線を描いて旋回し、空力制御を活かした挙動でギャプランの背後へ飛び込む。

 

「見せてもらおうか、オークランドの玩具の性能を──!」

 

 旋回の頂点から、制動補正の利いたビームライフルが閃光を走らせる。

 

 ギャプランが咄嗟に上昇して躱すが、挙動は直線的すぎた。

 

 続くキハールが側面へ圧力をかけ、ドダイから砲撃支援するアドバンスド・ヘイズルが牽制射撃を浴びせる。

 

『少佐、確認。アクト・ザク1機、推力喪失。後退しました!』

 

「ふん、未熟者が──“空”を戦場にするには早すぎたな」

 

 ブランは冷たく言い放ちつつ、再び軌道を切り替える。

 

 ギャプランは直線的な加速に優れるが、空戦における制動性や旋回性能ではアッシマーの敵ではない。

 

「……墜とすのは簡単が過ぎる。とはいえ、面倒になるか」

 

 口の端を吊り上げる。

 

「どうやら、ティターンズの懐で育てられた小娘らしい。ならば尚のこと、生かして止めるしかないな。キース、行けるか?」

 

『ええ、少佐。俺たち、空を喰らいに来たんでしょう?』

 

「上等。キース、回り込め。ウラキは火力を絞って牽制だ。殺すなよ」

 

『了解です、少佐』

 

「さて、坊やども、空を獲りにいくぞ!」

 

 ブラン隊は編隊を変形させ、包囲網を形成。

 

 ロザミアのギャプランは翻弄され、防御機動に終始する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「敵機の増援……? 違う、IFFコード確認! 味方識別あり、アルビオン所属?」

 

 カミーユ・ビダンのガンダムMk-Ⅱのコクピットに、機体識別コードが飛び込んできた。

 

 彼の脳裏に、ジャブローの地下で銃を向けた可変機の挙動がよぎる。

 

「この動き……あの時の……やっぱり、あの機体か……!」

 

 脇を走る百式が進路を変えた。クワトロ・バジーナが、ギャプランと新たな乱戦の様相を即座に察知する。

 

『カミーユ、深入りするな。戦局が変わるぞ』

 

「はい、大尉……でも、あの機体……あれが、空を戦う連邦のやり方……!?」

 

 百式が上昇軌道をとりながら、ギャプランの挙動を見据える。

 

 先ほどまでの押され気味の戦況が、一気に反転しつつあった。

 

「……アインの、いや、アルビオンからの援護か」

 

 クワトロは冷静に分析しつつ、ロザミア隊の乱れた隊列を狙い撃つ。

 

 一閃、百式のビームライフルが閃き、アクト・ザクの左肩を抉る。

 

 ──流れが変わった、誰もがそう思える戦況だった。

 

「連邦所属機、正規コード確認。識別完了──アルビオン所属、アイン・ムラサメ中佐の指揮下部隊です!」

 

 報告を受けたハヤト・コバヤシは、息を飲む。

 

「ティターンズ……ではない?」

 

「いえ、“アイン中佐の部隊”です。区別されているようです」

 

 窓の外、轟音を残して戦域を駆け抜ける機影に、思わず誰もが目を奪われた。

 

「……助かったな。よーし、総員、撤収準備を急げよ!」

 

 ハヤト・コバヤシの声が、通信回線を通じて滑走路の各部隊へと響き渡る。

 

 その指示を受けて、カラバの兵士たちが一斉に動き出した。

 

 燃料ホースが切り離され、誘導灯が点滅し、発進カウントが開始された。

 

 ──そして、数十秒後。

 

 轟音とともに、地を蹴ったシャトルが加速を始める。

 

 空を目指して発射台を滑るその巨体は、すでに目視距離に迫ったギャプランの射程圏にあった。

 

「止める気か……!」

 

 上空からシャトルの進路を塞ぐように降下してきたのは、ロザミア・バダムのギャプラン。

 

 その眼は据わり、冷たいまでに無表情だった。

 

 機械的な正確さで標準を合わせ、ビーム砲のチャージを開始──。

 

 だが、それを先回りして遮ったのは、空を駆けるアッシマーの影だった。

 

「──止まれ、小娘!」

 

 ブランのアッシマーが割り込むようにギャプランの進路を断ち、大型ビームライフルを牽制射撃として撃ち放つ。

 

 さらにその背後から、キハールとアドバンスド・ヘイズルが交差するように挟み込み、ギャプランの機動を封じた。

 

 ロザミアの目が一瞬、泳いだ。

 

 その瞳は、敵と味方の識別が曖昧になるほどの混乱を湛えていた。

 

「……だれ……? だれなの……あなたたちは……」

 

 精神の奥底に走る不安定なノイズが、彼女の操作を狂わせる。

 

『ロザミア少尉、戻れ!』

 

 僚機からの通信が飛ぶ。だが、それすら彼女の耳には届いていなかった。

 

「……空が、落ちるっ」

 

 ──その刹那、アッシマーが加速した。

 

 空力制御を活かした“飛行”による急制動と共に、大型ビームライフルの閃光がギャプランの右肩の推進バインダーを正確に狙撃する。

 

 爆光。

 

 シールドバインダーの表面装甲が吹き飛び、ギャプランの姿勢が崩れた。

 

 墜落こそ避けたものの、ロザミアの機体は戦線を維持できる状態にはなくなっていた。

 

『──ロザミア機、損耗大。これ以上の作戦継続は不可能。撤退する!』

 

 僚機が即座に補足し、ロザミアのギャプランを護衛しながら上空へと離脱していく。

 

 その機影がニューケネディ上空から遠ざかっていくのを、ブランは冷ややかに見送った。

 

「……機体性能だけで空を飛ぶのは、まだ早かったな」

 

 静かに吐き捨てるように呟くと、アッシマーは旋回をかけて下方を見やる。

 

 ちょうどその時──。

 

 滑走路の先端で、アウドムラの大きな機影がゆっくりと滑り出していた。

 

 エンジンが唸りを上げ、船体の各部が微振動しながら浮上していく。

 

 機体後部から熱気が立ち上る。

 

 アウドムラの主格納庫には、すでにクワトロ、カミーユ、ロベルトの機体が収容されている。

 

 カラバの残存人員も機内へと収容され、積載限界に達したアウドムラが、巨大な影を引きながら上昇していく。

 

 その姿は、まさに戦場からの“脱出”そのものだった。

 

「こちらアウドムラ。全乗員収容完了。ニューケネディを放棄、これより撤退する!」

 

 ブリッジに最終確認連絡が入り、ハヤトは静かに頷いた。

 

「了解した……この戦場、どうやら守りきれたか。──アルビオンに繋いでくれ」

 

 誰にともなく呟いたその言葉は、やがて迎撃を終えたアルビオン隊の通信に繋がる。

 

『──こちらアイン・ムラサメ。ニューケネディ上空の制空権、確保完了。シャトル発進成功を確認。アウドムラの離脱も良好、追撃戦力なし』

 

「援護に感謝する」

 

『いえ、我々は我々の務めを果たしたまでです。では、良き旅を』

 

 そう告げられ、通信は切られた。

 

 余計な馴れ合いは不要というわけかと、ハヤトは納得する。

 

 空は守られた。だが──この勝利の背後にある複雑な政治と軍事の綾は、まだ終わってはいなかった。

 

 その場に一人残った男がいた。

 

 カイ・シデン。

 

 彼は、アウドムラには乗らなかった。

 

 逃げたのではない、見限ったのでもない。

 

 シャア・アズナブルが戦うことを、カイは否定しない。

 

 だが、“クワトロ・バジーナ”と名を偽って戦うその姿勢を、彼はどうしても認めることができなかった。

 

 自嘲めいた笑みとともに、カイはひとり、別の道を選んだ。

 

 ──ニューケネディ攻防戦、終結。

 

 だが、それはまだ歴史の“反転”にすぎなかった。

 

 連邦という巨大な虚構の中で、確かに人は、空を駆け、信念のもとに戦った。

 

 そして、それを見た者たちがいた。

 

 世界は、変わりつつある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニューケネディ上空での戦闘が終結し、ギャプラン隊の離脱とアウドムラの発進を確認したアルビオン艦橋には、わずかな安堵が広がっていた。

 

 その中で、アイン・ムラサメ中佐は静かに口を開く。

 

「スードリの収容と、残された資材の確認を行いたいと存じます。よろしければ、ニューケネディ空港への着陸を許可していただけませんか?」

 

 穏やかにして理路整然としたその声音に、ブライト・ノア艦長は一瞬の沈黙ののち、頷いた。

 

「了解した。……残されているものは限られているが、今のうちに動いておくべきだろう。着陸コースを指示する」

 

「ご配慮、感謝いたします、艦長。着陸後の対応は、私にお任せいただければと」

 

「わかった。君に任せよう」

 

 軽く頭を下げ、アインは席を立つ。

 

「では、ブリッジを離れます。戦闘の経過をまとめ、報告書を提出する所存です」

 

 その言葉を最後に、彼はブリッジを後にし、静かに通路を歩き出した。

 

 向かう先は格納庫。

 

 戦闘の記録を共有し、正式な戦術報告書を連名で提出するため、ブラン・ブルターク少佐の所在を確認するつもりだった。

 

 だがその途中、パイロット待機エリアの手前で、廊下の向こうから足音が駆けてくる。

 

「アインっ!」

 

 甲高い声とともに、姿を現したのはドゥー・ムラサメ少尉だった。

 

 頬をふくらませ、両手を腰に当てたその姿は、明らかに不満を抱えている様子だった。

 

「ちょっと! ボク、聞いてないよ! せっかく整備班のみんなも、ドダイの準備ちゃんとしてくれてたのに! 出撃なしって、あんまりじゃない?」

 

 子供っぽい声音と仕草に、アインは目を細め、落ち着いた調子で返す。

 

「申し訳ありません、ドゥー少尉。状況が急変したため、当初の予定通りに行かず、ご期待に添えなかったことをお詫びいたします」

 

「でもっ……! ボクだって準備してたのに!」

 

 ぷんすかと怒って見せるドゥーの後ろから、ゆっくりと現れたのは、ゼロ・ムラサメ大尉だった。

 

 ぶっきらぼうに目線を外しながらも、低く一言。

 

「……やめとけ、ドゥー。アインの判断だ。無駄な駄々はやめとけ」

 

「ぅぅ……でもさぁ……」

 

 不満げに唇を尖らせながらも、ゼロの言葉には逆らえない様子で、ドゥーは小さく肩を落とした。

 

 アインはそんな様子を見て、小さく苦笑したあと、丁寧に頭を下げる。

 

「お二人とも、お心遣いに感謝します。ドゥーの支援は無駄ではありませんでした。次の機会には、必ずその力をお借りすることになるでしょう」

 

「……ほんと? もう、ボク怒っちゃうとこだったからね」

 

「ええ、約束いたします」

 

 そのやり取りを見ていたゼロが、無言でドゥーの肩を軽く叩く。

 

「行くぞ。もう文句はなしだ」

 

「……はーい」

 

 渋々といった様子でゼロに従い、ドゥーはその場を離れていく。

 

 アインは二人の背を見送ると、再び歩き出した。

 

 この後に待つのは、今回の戦場を駆けたブラン・ブルターク少佐との対面、そして勝利の記録を冷静に刻む戦闘報告書の執筆だった。

 

 その姿勢には、一軍人としての責務と、静かな覚悟が漂っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルビオン艦内、ブリーフィングルーム。

 

 格納庫への一時収容を終えたブラン・ブルターク少佐が、ジャケットの袖口を軽く整えながら入室してきた。

 

 その場に待っていたアイン・ムラサメ中佐は、立ち上がって丁寧に一礼する。

 

「お疲れさまでした、ブラン少佐。危険な任務、見事なご活躍でした」

 

 ブランは軽く手を振って応じる。普段より幾分落ち着いた口調だった。

 

「礼には及ばない。……空を預かる者として当然の働きだ」

 

 それでもその目はどこか冴えており、戦場で“勝った者”としての矜持を帯びていた。

 

「ニューケネディ上空の制空権、完全に確保できたのは貴隊の奮闘のおかげです。シャトルも無事に発進し、アウドムラも離脱しました」

 

「……とはいえ、地上は随分荒れていたな。エゥーゴの放棄した物資、かなりのものが置き去りだ」

 

「ええ。現在、滑走路脇に残されていたスードリの移動準備を進めています。カラバはすでに現地を撤収しており、機材も最小限で残されただけですので」

 

 アインは手元の端末に指を滑らせると、資料画面をブランに見せた。

 

「加えて、アウドムラが積み切れずに残していった機材の中に、エゥーゴが配備を進めていた最新鋭の量産型MS──『ネモ』が数機残されておりました」

 

「ほう……ネモとはな。あの緑色の奴だな」

 

 ブランの眉がわずかに上がる。

 

「ジャブロー本部の技術部に引き渡す予定です。鹵獲扱いではなく、あくまで解析のための臨時接収として処理を行います」

 

「連邦としては有用だろう。……これも“軍人らしい”働き、ということか?」

 

「ご理解に感謝します。軍務において、価値ある成果は常に冷静に扱われるべきかと」

 

 アインは深く頷く。

 

 ブランは一拍置いてから、小さく息を吐いた。

 

「……しかしまあ、最近の若い連中は良く飛ぶ。ギャプランもネモとやらも、随分と“速さ”ばかりを追いかけているように見えるな」

 

「速さは重要ですが、それを制する心がなければ命を落とすだけです。……今回、我々は間に合いました。しかし、それが“奇跡”であったと思う瞬間もありました」

 

 アインの瞳に一瞬だけ戦場の閃光がよぎる。

 

 ブランは黙ってそれを見つめ、頷いた。

 

「そのとおりだ、中佐。……報告書は、俺のほうでも上げておく。戦術行動の件、責任は共有で構わん」

 

「恐縮です。こちらで本筋はまとめておきますので、少佐には所見の添付をお願いできれば」

 

「了解した。……じゃあ、少しだけ休ませてもらおう。体のほうが年相応に疲れてな」

 

 冗談めかした言葉に、アインは僅かに口元を緩めて返した。

 

「お体を労わりください。戦場においては、我々の代わりはいないのですから」

 

 それに対し、ブランは肩をすくめて苦笑いする。

 

「……本当に、“おっかない中佐”になったな。昔とは別人みたいだ」

 

「いえ、私はいつだって“真面目”でしたよ」

 

 アインは静かに笑い、姿勢を正す。

 

「それでは失礼します。少佐の報告書、お待ちしております」

 

 そう言い残し、アインは端末を携えてブリーフィングルームを後にした。

 

 残されたブランは、しばし黙して立ち尽くすと、軽く首を回して疲労を解いた。

 

「……真面目ってのも、あれは“武器”かもしれん」

 

 誰にともなく呟き、艦内の休憩区画へと足を向けるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【機密報告書】

 

ニューケネディ防衛戦における戦闘及び戦後処理報告

提出日:U.C.0087年5月12日

提出先:地球連邦軍グリプス本部 総司令 ジャミトフ・ハイマン閣下

提出者:

 

ティターンズ調査局 特務室 室長 アイン・ムラサメ 中佐

 

同局 戦術顧問 ブラン・ブルターク 少佐

 

地球連邦軍アルビオン艦長 ブライト・ノア 大佐

 

 

 

---

 

第一節:全体概要

 

本報告書は、U.C.0087年5月12日昼間から夕刻にかけて発生した「ニューケネディ防衛戦」について、その戦闘経緯、指揮判断、戦術行動、並びに戦後処理の一部始終を報告するものである。

 

当該戦闘は、同日昼過ぎにジャブローを発進したアルビオン艦隊が、エゥーゴ支援組織カラバの本拠地ニューケネディ空港にて、未確認部隊(後にティターンズ隷下部隊と確認)との交戦状態に入ったことで発生した。

 

カラバはすでに撤収を開始しており、空港にはガルダ級空中輸送艦「スードリ」が残されていた。現地にはまた、エゥーゴの最新鋭量産MS「ネモ」が4機放置されていたため、アルビオンによる回収措置が講じられている。

 

以下、各担当官による報告を記す。

 

 

---

 

第二節:アイン・ムラサメ 中佐(ティターンズ調査局 特務室 室長)報告

 

本件における私は、ティターンズ調査局特務室の責任者として、現地戦域の統括および政治的判断を含む実地対応を担った。

 

ニューケネディ空域において未確認戦力がエゥーゴ残余部隊を攻撃している報告を受け、アルビオン艦隊へ戦術展開を命じ、速やかに空戦適応部隊であるブラン・ブルターク少佐に出撃を要請。ブラン少佐は本局の戦術アドバイザーとして即応し、アッシマーを主軸とした迎撃部隊を展開。敵機(ギャプラン1機、およびアクト・ザク他)に対して最小損耗での抑制を実現した。

 

戦闘の終息後、残された「スードリ」を接収。内部から発見されたネモ4機については、エゥーゴ系最新鋭量産MSであると確認され、現在、調査局技術班に解析依頼中。設計思想および構造には連邦現行MSの範疇を超える技術が含まれており、特に空間機動性・反応制御系において独自性が顕著である。

 

本件の政治的意味合いとして、ティターンズ内部における命令系統の確認と再整備の必要性を感じている。無断出撃、敵味方識別標の不備、並びに友軍への攻撃行為は、内部崩壊の兆候として看過しがたく、速やかな監査・統制の必要があると具申する。

 

 

---

 

第三節:ブラン・ブルターク 少佐(ティターンズ調査局 戦術アドバイザー)報告

 

今回、ティターンズ調査局からの要請に応じて、戦術アドバイザーとしての立場からアルビオン艦に同乗。ニューケネディ戦域での制空戦闘に対し、私が指揮を執るアッシマー隊を率いて即応出撃を行った。

 

敵部隊には、高速加速特化型モビルアーマー「ギャプラン」が含まれており、これは書類上では当局所属であるロザミア・バダム少尉の乗機と推定される。彼女はオークランドのニュータイプ研究所出身であり、私自身もかつて同基地に籍を置いていた関係で、その名を記録上では確認していた。

 

本戦闘は事実上、ティターンズ内部における命令齟齬に起因する敵対行為であり、従って本戦闘は事実上の同一組織内部衝突であり、政治的配慮と人的損耗を避けるため、撃墜による戦死を回避する目的で無力化を優先した。

 

私の判断により、敵機の撃墜を避け、推力系統への制圧射撃によって無力化を実行。市民被害ゼロおよび敵味方損耗最小限の達成に成功した。

 

特筆すべきは、空戦機動におけるアッシマーの優位性である。直進加速ではギャプランに譲るも、空力制御を活かした機動性により、迎撃・反撃双方で有利を得た。

 

現在、機体整備および僚機隊の損耗調整を進行中。再出撃可能まであと8時間を要する見込み。

 

 

---

 

第四節:ブライト・ノア 大佐(アルビオン艦長)報告

 

当艦は同日午前11時にジャブローを発進し、アイン中佐の指揮により南米航路を北上中であった。ニューケネディ戦域における戦闘発生に応じ、直ちに臨時対応として機動展開。

 

本艦は戦闘に直接関与しなかったが、アイン中佐の判断を支持し、艦内より補助部隊の支援態勢を整え、戦闘終了後はスードリ接収に向けた地上着陸を実行。

 

戦術面においては、ブラン少佐の部隊が見事に空域安定化を実現。艦体損傷なし、MSの損耗もゼロに近い結果となったことをここに報告する。

 

カラバ勢力はすでに撤退を完了しており、本件をもってニューケネディ空域は完全に収拾されたと判断。現在、ネモ4機および輸送艦スードリは技術解析・再運用の段階にある。

 

エゥーゴ接収機輸送の為の輸送機手配を上申するものである。

 

本件によって政治的影響が波及する可能性もあるため、指揮系統の再確認および戦術運用ルールの明文化が急務と考える。

 

 

---

 

本報告書は以上の通りであり、現場の全権判断および責任は、ティターンズ調査局特務室の指揮系統下において統合されたものである。

今後の処理および技術解析に関しては、別途報告予定。

 

提出者:

 

ティターンズ調査局 特務室 室長 アイン・ムラサメ 中佐

 

ティターンズ調査局 戦術アドバイザー ブラン・ブルターク 少佐

 

地球連邦軍 アルビオン艦長 ブライト・ノア 大佐

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 分厚い防音扉が静かに閉じられ、室内には電子装置の低い駆動音だけが残った。

 

 白を基調とした簡素な部屋の中央、深く腰掛けた椅子にジャミトフ・ハイマンの姿があった。

 

 軍服の袖に手を組み、彼は眼前のホロスクリーンに映し出された報告書を黙読していた。

 

 ──提出者:アイン・ムラサメ中佐。ブラン・ブルターク少佐。そして、ブライト・ノア大佐。

 

 名前の並びは順当。内容もまた、理知的かつ冷静に整っている。

 

 だがジャミトフの目は、ただ文面を追っていたわけではない。

 

 その“行間”にこそ、彼の求める答えが潜んでいた。

 

「……ロザミア・バダム。オークランドの名が、ここで出るか」

 

 声は低く、乾いていた。

 

 名指しはされている。

 

 だが、なぜ出撃したのか、誰の命令か、どこから発せられた指示か。

 

 肝心の“核心”は、故意に触れられていない。

 

 ──いや、これは触れなかったのではない。触れさせなかったのだ。

 

 アイン・ムラサメ──バスクと距離を保ちながらも、直接こちらに膝を折ることはなかった。

 

 だが、今回の報告書で見せた手腕は明らかだった。

 

 「忠誠とは何か」を理解し、そのうえで“正しい線”を引いてきた。

 

「……裏を取ったのだな、ブラン」

 

 小さく目を伏せる。

 

 あの男ならば、オークランド出身者として、書類の真正性を見抜く術もある。

 

 そして、それを“報告書には書かずに”伝える手段を取ったということは──彼らは既に、バスクの動きを危険視しているのだ。

 

 報告書の構成は完璧だ。

 

 だがその内実は、バスク・オムという名を“書かずに告発するための設計”に他ならない。

 

「……なるほど。これは、私に『気づけ』という報告か」

 

 わずかに口元が緩む。

 

 それは笑みというより、冷笑に近いものだった。

 

 手元の操作パネルに触れ、暗号通信の優先回線を立ち上げる。

 

「グリプス監察局。コード・ティターンズΩ-13。

オークランド基地における部隊運用状況の監察準備を開始。ただし、私の次の命令があるまで“動くな”」

 

 即答の通信音が返ってくる。ジャミトフはそれを無言で確認した。

 

  椅子にもたれかかり、静かに目を閉じる。

 

 アインは動いた。

 

 ブランは確かに見抜いていた。

 

 ブライト・ノアすら、曖昧にしていた忠誠の矛先を絞りつつある。

 

「……良い兆しだ」

 

 呟いたその声音に、感情はなかった。

 

 ただ、政軍を統べる者としての判断と、それに伴う冷徹な予感があった。

 

 バスク・オム──遅かれ早かれ、“切らねばならぬ”存在である。

 

 だが今はまだ、それを判断する時ではない。

 

 ジャミトフは再び身を起こし、次の命令の文面を思案しはじめた。

 

 ティターンズという名の“理想”を守るために──崩壊の兆しを、粛々と整理し始めるために。

 

 

 

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