ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第37話 “象徴”とは、時に剣よりも人の心を動かす

 

 U.C.0087年5月12日夜・グリプス本部

 

 ジャミトフ・ハイマン私室──。

 

 静寂。

  

 書類の束が規則正しく整えられたデスクの上に、一通の報告書が載っている。

 

 アルビオン艦から届いた密封文書──アイン・ムラサメ中佐による報告だった。

 

 ジャミトフは椅子にもたれ、重たく瞼を閉じた。

 

 冷えた紅茶に手を伸ばすこともなく、ただ無言のまま、深く思考を沈めてゆく。

 

「……どうやら、“賭け”には勝ったようだな」

 

 アイン・ムラサメという若き中佐に、ティターンズ調査局・特務室からの報告書を3日間遅らせる猶予を与えた。

 

 それは、単なるジャブローの戦後処理を任せるだけではなく、動きを見せるだろうバスクに対する実質的な自由裁量権だった。

 

 “ティターンズが次に何を選ぶべきか”を、彼というひとりの士官を通して見極める、試金石だった。

 

 その結果が、今、目の前にある。

 

 確かにバスクのような剛腕はない。

 

 アインは強圧も、断言も、恫喝も使わない。

 

 だがその代わりに──冷静さがあり、先を読む目がある。

 

 そして、行間に真意を伏せ、口を開かずに信を通す知恵がある。

 

「バスクにはなかったものだ……他人を“納得させる力”が、彼にはある」

 

 ロザミア・バダム──。

 

 オークランド研究所出身、明らかにバスクが使っている“素材”の一つ。

 

 ギャプランを乗りこなしていたという点からしても、ニュータイプ兵の実戦投入が始まっていると見ていい。

 

 それを、アインは明言を避け、ブランに裏を取らせ、報告書には名だけを記した。

 

 あくまで「告発」ではなく、「警告」だった。

 

「敵を斬るのではない。……“斬れるようにする”。

政治とは、そういう手順を踏める者だけが生き残る」 

 

 ブラン・ブルタークも悪くない。軍人としての分をわきまえつつ、空戦では的確な判断を見せた。

 

 ロザミアの撃墜を避け、推力系統だけを破壊して無力化したという記述──そこに、ジャミトフが“ティターンズに望む形”が見えた。

 

 かつてのジオンのような破壊を繰り返すのではなく、“統治”と“警察力”の象徴たる軍へと再編する。

 

 その布石が、この報告書で“可能だ”と証明された。

 

 そして、意外だったのは──。

 

「……ブライト・ノアか」

 

 いつまでもエゥーゴに寝返る可能性を残した“危うい軍人”と見ていた。

 

 だが報告書では、明確にアインとブランの判断を支持していた。

 

 これは彼自身の良心か、それともアインに感化され切ったか。

 

 いずれにせよ、今後の懐柔対象として考慮に値する。

 

 ネモの技術──。

 

 興味深い、非常に。

 

 連邦系の設計ではあるが、反応制御や空間運動能力の評価からして、ザク系列の延長線にも近い。

 

 つまりジオンの技術をベースに、連邦軍の技術を取り入れていると見えてくる。

 

 ティターンズの優位が揺らぐ懸念はあるが、逆にいえば──。

 

「“それ”を手にすることで、我々が主流であることを再確認させられる」

 

 統制。

 

 情報の把握。

 

 そして選択の自由。

 

 ──ジャミトフは、ようやく紅茶に手を伸ばした。すっかり冷めていたが、それでも口に含む。

 

 苦い。

 

 だが、その苦さが今夜の満足を形作っているのも、また事実だった。

 

「次の一手を打つ準備はできた。

 バスクには“牽制”を。

 アインには“任務”を。

 ティターンズには、“正統”の意味を示す時が来た」

 

 彼は席を立つと、報告書を封筒に戻し、次なる命令文の草案に取りかかった。

 

静かに、だが確実に──新たな戦略の幕が、今、ジャミトフの私室から動き始めようとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

■ スードリ回収に関する正式調査報告書

 

発令者:ティターンズ調査局特務室 室長 アイン・ムラサメ中佐

発令日:U.C.0087年5月14日

報告先:ジャミトフ・ハイマン閣下、ティターンズ中央司令部

 

 

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一、状況の確認

 

日時: U.C.0087年5月12日

場所: ニューケネディ空港、北米

 

 

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エゥーゴおよびカラバによる撤収確認

 

エゥーゴとカラバがアウドムラを利用してニューケネディ空港から完全撤収したことが、ティターンズ調査局の現地調査員によって確認されました。

その撤収過程において、エゥーゴはスードリ(ガルダ級輸送機)の存在を確認し、意図的に放棄した模様です。

その結果、空港内に放置された完品状態のスードリを回収する措置が必要と判断され、以下の対応を実施しました。

 

 

---

 

二、措置の実施

 

1. 回収と一時封鎖

スードリは無傷で稼働可能な状態で発見されました。エゥーゴの戦力がすでに撤収した後、ティターンズ調査局アルビオン艦隊が現地に到着し、直ちにスードリの封鎖と保護措置を開始しました。

スードリの機体状態は完品であり、エゥーゴ側が放棄した理由については不明ですが、スードリが戦略的に重要な機体であることは疑いありません。

 

 

2. 回収の目的

スードリが放棄された背景に関わらず、ティターンズ調査局はこの機体を連邦軍の資産として保護する必要があると判断しました。

エゥーゴまたはカラバによる再奪取を防ぐためにも、スードリは直ちにアルビオン艦隊で保管し、他の勢力に渡らないよう監視を強化しました。

 

 

3. 実施した安全措置

スードリに関連する全情報機器およびシステムは一時的にシャットダウンされ、艦内において封印が施されました。

モビルスーツの発進・帰還機能に関するデータも含めて厳重に隔離し、外部アクセスを完全に制限しています。

 

 

 

 

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三、スードリに関する技術的評価

 

スードリは、地球連邦軍が開発したガルダ級輸送機の中でも最大級の機体であり、その優れた輸送能力と防御力を持ち合わせています。以下にその主な特徴をまとめます。

 

1. 全長・全幅: 317m / 524m

 

 

2. 最大積載量: 9,800t

 

 

3. 動力: ミノフスキー核融合炉、スクラムジェットエンジン、熱核ジェットエンジン

 

 

4. 武装:

 

対空機銃

 

ミサイルランチャー

 

対空メガ粒子砲(ドーム型)

 

 

 

5. 運用可能MS: 数十機(サブフライトシステム対応)

 

 

6. 航続距離: 無補給で地球一周可能

 

 

 

スードリの搭載能力は非常に高く、MS同士の戦闘が機体の背中で行えるほどの大きさを誇ります。

また、防空能力も優れており、同型機が敵に攻撃されることはほぼ不可能です。

 

 

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四、回収後の今後の対応

 

1. 当面の管理責任

スードリの管理は、ティターンズ調査局特務室の責任下で行います。

ただし、今後連邦軍の最終的な判断に基づき、正式に所属する部隊に引き渡される可能性があります。

その際は、必要に応じて連邦軍の指導部とも協議の上、最適な運用計画を策定します。

 

 

2. 今後の運用計画案

スードリの規模と機能を鑑みて、当局はスードリの再活用に関する調査を進めるとともに、必要な整備・補修を実施します。

他のティターンズ調査局部隊や連邦軍の機関との協力体制を強化し、戦力強化に資する形で運用される可能性が高いと見込まれます。

 

 

 

 

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五、結論

 

スードリの回収は、ティターンズ調査局による適切な処置であり、今後の事態の進展に備えるための重要な措置でした。

このような高性能機体が再び敵勢力によって不正に使用されることは絶対に避けなければならないため、迅速な対応が求められました。

 

本件に関し、ティターンズ内部の異論や反発が予想されるものの、我々の対応が正当であることは明白であり、引き続き我々の管理下における保全措置を強化します。

 

 

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六、報告書の締結

 

報告書は以上です。

その後の運用や再評価については随時、上司および関係部門に通達を行い、次の指示を仰ぎます。

 

> アイン・ムラサメ 中佐

ティターンズ調査局特務室

 

 

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「はぁ……、最近兎に角やる事が多すぎますね」

 

 新たに報告書を書き上げたアインは、自覚し始めた疲労の足音を感じつつ、この報告書を送付する。

 

 とは言え──。

 

「要らないんですよね、スードリ。こちらはアルビオンで充分な上に、使う為の人員も居ませんし。──バスクが寄越せと言ってきそうですね。はぁ……」

 

 ため息は尽きず。

 

 幸せが逃げると言われようと、ため息の一つも吐きたくなる。

 

 そもそもガルダ級やジュピトリス級を沈めるというとんでもない事が起こるのがグリプス戦役だ。

 

 この2つで人類の財産がどれ程失われたのか、数字を見て勘定し、電卓を叩ける人間になって来た故の実感。

 

 泡を吹いて倒れる自信がある。

 

「正統派ティターンズ、機体の開発もやっておかないと不味いですよね」

 

 頭の中を巡る青写真。

 

 確かに出来る要素は揃っているが、果たして監査部がMSの開発をしてそれが通るかどうか。

 

「やる事が、やる事が多いっ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 U.C.0087年5月15日・グリプス本部

 

 ジャミトフ・ハイマン私室──。

 

 再び、報告書の封が解かれる。

 

 今度は、あのジャブロー戦後報告の続報として届いた、アイン・ムラサメ中佐の新たな提出書類だった。

 

 タイトルには、簡潔にして重みある文字が記されていた。

 

 《スードリ回収に関する正式調査報告書》

 

 ジャミトフは、静かにそのページを繰る。

 

 視線を流すのではなく、読む。

 

 一語一文を丁寧に拾い上げ、そこにある意図と、それを裏打ちする“政治的勘”を探る。

 

「……これもまた、あの男らしいやり口だな」

 

 表面上は“中立的な保全措置”。

 

 だが実際には、“誰にも触れさせない”という明確な意思が込められていた。

 

 スードリ──。

 

 ガルダ級の中でも最大級にして、実戦での運用例すら乏しい“伝説級”の空中要塞。

 

 それを、エゥーゴとカラバがあっさりと手放した理由を、ジャミトフは深くは問わなかった。

 

 「手にした者の資格こそが、所有を証明する」。

 

 それが彼の信条だ。

 

「回収ではない……これは“制圧”だ」

 

 だが、制圧と呼ばないことで、敵は動かない。味方も反発しない。

 そして、調査局の“武装中立性”が保たれる。

 

 ──誰にも使われる前に、自分の手で封じておく。

 

 それは、ジャブローでの「爆破に見せかけた偽装自爆」と同じ構造だった。

 

 つまりアイン・ムラサメは、単に優秀な報告官ではない。

 

 「空白を作る者」だ。

 

 そして空白を制する者は、軍を制し、組織を制する。

 

「スードリ……“あの構想”の核心に近づく気か」

 

 その時、脳裏をよぎったのは、一部で極秘裏に進められていたある構想──。

 

 『複合戦略輸送システム(通称:ガルダ構想)』。

 

 それは、空中母艦を用いた地球全域の制圧・展開を想定した、夢想にも近い長距離戦略。

 

 連邦軍内でも一部の技術参謀しか知り得ないその計画を、果たしてアインが知っているのか。

 

 ──いや、知っている。

 

 報告書の言葉選び、機体評価、情報封鎖の徹底。

 

 そのすべてが、彼が“用途”を知った上での処置であることを示していた。

 

「私が……この男に与えた権限が、すでに新しい段階に入っている」

 

 戦場での任務遂行から、戦略兵器の保全・運用に関する自主判断。

 

 それは、単なる中佐では担えぬ範囲である。

 

 ──だが、それを“してしまった”のだ。

 

 否。

 

 できると判断したからこそ、任せたのだ。

 

「バスクでは、この処置は取れん。そもそも、スードリを“動かす”という発想自体、奴にはなかったろう」

 

 その意味で、アインは一歩先を見ている。

 

 兵器の存在価値を、性能ではなく“政治的所在”で測る感性。

 

 それは、ジャミトフ自身が持っている“軍の再定義”と通ずる思想だ。

 

 ──ただし、懸念がないわけではない。

 

「……ゆえにこそ、やはり“牽制”は必要だ」

 

 バスクの目がスードリに向かないはずがない。

 

 軍内で知る者が少ないとはいえ、“巨大輸送機の回収”という事実そのものが注目を集める。

 

 妬み、焦り、猜疑──。

 

 そして“命令の階層”への介入欲。

 

「横槍を入れようとするだろうな……バスクのことだ、“戦力として活用しろ”などと理屈をつけて」

 

 しかしアインは、それすら織り込み済みの上で報告している。

 

 それがわかるからこそ、ジャミトフは“そのまま黙認する”。

 

 彼は封筒を閉じ、淡く笑みを漏らした。

 

 それは、苦味と静かな満足の入り交じった、老将の笑みだった。

 

「この機体の価値は、運用ではなく、“手にしているという事実”にある。そう思い至れる者が、どれだけいるか──だな」

 

 そして──その“数少ない理解者”が、自分の傘下にいるという事実が、何よりの収穫だった。

 

 彼は新たな報告書用紙を机上に広げた。

 

 そこに記されるのは、今度こそ「攻勢」の構図だ。

 

 バスクには情報戦の仕掛けを。

 

 アインには次なる任務の枠組みを。

 

 そしてティターンズ全体には、「武によらぬ優位性」の象徴を。

 

 ジャブローを騙し、空を奪い、次は──。

 

 情報そのものを武器に変える戦いが始まる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 U.C.0087年5月20日。ジャブロー、アルビオン艦艦内技術試験室。

 

 アイン・ムラサメ中佐は、ホログラフィ投影されたモビルスーツの設計画面を前に、静かに指先を動かしていた。

 

 データ端末に表示されたのは、ティターンズ向け次世代機──ジムⅢ。

 

「ネモの空間運動性能、ガンダムMk-Ⅱ4号機の構造強度、そしてジムⅡの拡張性……これらを統合して、機能性と整備性の両立を実現する」

 

 彼の声は穏やかで丁寧だったが、瞳の奥には鋭い意志が宿っていた。

 

「バスク大佐が求めるような“強圧による支配”ではなく、あくまで“信頼される軍の象徴”として……正統派ティターンズの理念を形にする必要があると、僕は思います」

 

 ジムⅢは、あくまで象徴的な意味合いを含んだ設計だった。

 

 外装はジオン系の無骨さを排し、連邦系モビルスーツの原点であるジム系列へと回帰。

 

 それは、ジャミトフ・ハイマンが目指す“ティターンズの再構築”の象徴であり、バスク派と一線を画す姿勢を示す政治的意図を含んでいた。

 

 その背後で、補佐のゼロが無言でデータバンクを整理していく。

 

「……ゼロ。この設計、無駄はないですか?」

 

「問題ない。強度バランスも最適化されてる。ただし……実運用には向かない。あくまで“見せるための兵器”だな」

 

「ええ、分かっています。僕たちが使うには過剰です。これは、調査局ではなく……連邦全体が“信じるための機体”です」

 

 アインは小さく頷くと、次のホログラムファイルを展開した。

 

 それは、さらに発展的な設計──ジムⅢを母体としながら、モジュール化と新型フレームによる構造改良を施した、新たな系列案だった。

 

「ジムⅢを叩き台として、さらに拡張性と標準化を進めた“次世代主力機”の設計草案です。名は──“ジェガン”」

 

 端末には、シンプルで無駄のない機体シルエットが描き出されていた。

 

 余計な装飾を排し、兵站・量産・整備性を徹底的に考慮した統合設計。

 

「もし、戦争が長期化するならば──局地戦や特殊戦闘の主力ではなく、全域配備の“主流”を担うMSが必要になります。その為の礎として、設計だけでも進めておきたいのです」

 

 ゼロは設計案を静かに見つめ、短く答えた。

 

「……妥当だ。だが、これが必要になる未来は、あまりに現実的すぎる」

 

「はい。けれど、それでも考えておかなくてはならない。戦いが終わった後にも“秩序”が残るように……僕たちの仕事は、その種を撒くことでもあるのです」

 

 この時代に出すには早すぎるかと思いつつも──アイン・ムラサメはまた一つ、この戦いを見据えた“設計”に想いを馳せた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

U.C.0087年5月22日 グリプス本部・ジャミトフ私室

 

 重厚な木製の机に、設計図が並ぶ。

 

 一枚は、既に製造に着手されつつある「ジムⅢ」──連邦軍規格とティターンズ戦力の統合を狙った、過渡期の主力量産機。

 

 もう一枚は、それを基盤に、より洗練された構造体として設計された「次期主力MS構想草案」──のちの「ジェガン」となる機体だった。

 

 ジャミトフ・ハイマンは、無言のままそれらに視線を落とす。

 

 ジムⅢの図面は明確だった。

 

 構造は連邦標準規格に則りつつも、Mk-Ⅱの機構設計とネモの運動性能を組み合わせた堅実な設計思想。 

 

 ジオン系モビルスーツの意匠や曲線美は排除され、あくまでも「連邦のMS」としての美学を貫いている。

 

 そして、ジェガン草案──それはもはや、「連邦の象徴」そのものだった。

 

 ジャミトフは、口元をわずかに緩めた。

 

「……“戦略兵器”ではなく、“秩序の象徴”か」

 

 ジオン的な派手さもなければ、バスクが好むような重武装や過剰な威圧感もない。

 

 しかしその代わりに、整然とした構造、機能性、運用性、拡張性……そして何より、「全軍への普及」が可能な設計があった。

 

 ジャミトフは、アインの意図をすぐに理解した。

 

 ──これは、バスクの暴力とは異なる「正統性」の示威である。

 

 ティターンズがもはや“特殊部隊”ではなく、“正規軍”として、連邦の主柱を担っていくという意思表示。

 

 ジオンの亡霊を模倣して威を借るのではない。

 

 自らの秩序と理念に基づく兵制を、新たに構築するという宣言だ。

 

「バスクのやり方では、いずれ軍そのものが腐る。だがこれは……“未来”を見ている」

 

 ジャミトフはペンを取り、報告書の端にひとつだけ署名を記した。

 

《ジェガン設計案に関する詳細検討、機密指定Aランクにて進行を許可》

 

 これが意味するのは、ジムⅢの次を見据えた「後継量産機構想の承認」であり、同時に、アイン・ムラサメへの信任がまた一段階深まったことでもあった。

 

「──アイン、お前は本当に、よく“見て”いる」

 

 ジャミトフは静かに立ち上がった。

 

 窓の向こうには、グリプス・コロニーの照明がゆるやかにまたたいている。

 

 その光の中に、未来のティターンズが──いや、再編されるべき連邦軍の姿が、確かにあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

『ティターンズ調査局 特務室通信ログ・極秘指定』

 

U.C.0087年5月22日 / グリプス本部=アルビオン 秘匿回線

 

 電子暗号通信が、深夜のアルビオン艦ブリッジ端末に点灯する。

 

 認証レベル:A-ゼロ。発信元:グリプス本部・ジャミトフ私室直通。

 

 アイン・ムラサメ中佐は、整然としたモニタ前に座ると、操作パネルに音もなく指を走らせた。

 

 即座に、静止画に近い解像度のホログラムが表示され、ジャミトフ・ハイマンの姿が映し出された。

 

 静かに、口を開く。

 

「……ジムⅢは悪くなかった。君の意図、すべて読み取れた」

 

「恐縮です、総帥。あれは“正統派ティターンズ”の輪郭を、形として示す試作に過ぎません」

 

「だが、それでは足りん。……君に、次を託したい」

 

 ジャミトフの言葉に、アインの瞳が静かに揺れた。

 

 予想していた展開だった。

 

 それでも、自らの意志が“選ばれた”ことに、僅かな熱が胸を満たす。

 

「……次期主力機構想、“ジェガン”の開発という理解で、よろしいでしょうか?」

 

「ああ。量産性を犠牲にしない戦力。だが、ジオンの匂いを纏わず、エゥーゴの影にも染まらぬ機体。我々の“中心”を示す、新たな象徴として」

 

「承知しました。前段階として、試作型“ジェダ”を設計し、そこからデータを抽出します。ジムⅢで得たMk-Ⅱおよびネモの技術融合試験結果を基に、次世代フレームと制御系の統合を進めております」

 

「施設は?」

 

「ジャブロー地下工廠の残存施設が利用可能です。地形の安定と電力供給の維持も確認済み。最短で六週間、一次試作機を完成可能と見積もります」

 

 ジャミトフの映像が、数秒だけ無言になった。

 

 何かを測るように、アインの目を覗き込む。

 

「バスクが嗅ぎつけるぞ。“連邦の兵器”が、君の手で形作られることをな」

 

「“僕”は争いを望みません。しかし、総帥が“正統”を選ぶならば──それに応じて形を差し出すのが、今の僕の役目です」

 

「ほう、形か」

 

「戦力とは、人心を映す鏡です。“ティターンズは脅しではなく秩序である”と、民衆と軍に知らしめるには、そうした“記号”が必要だと考えております」

 

「その思想、忘れるな。……君が使うための兵器ではない。その“在り方”を示すための(くさび)だ」

 

「ええ、もちろん。調査局では使用しません。象徴に剣を持たせるべきではありませんので」

 

 モニタの向こう、ジャミトフは初めて口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「ゼロは?」

 

「既に冷却フィン設計の改稿に入っています。従来のジム系列とは異なる、戦場の空気に適応した機動力が必要です。彼は寡黙ですが、的確です」

 

「わかった。……ジェダのプロトフレームが完成したら、直ちに連絡せよ。その“形”を、私は然るべき場に掲げる」

 

「はい。──ティターンズが、再び“誇り”を取り戻すために」

 

 通信が切れる直前、ジャミトフは一言だけ、誰にともなく言った。

 

「“象徴”とは、時に剣よりも人の心を動かす」

 

 その声は、記録されることなく、グリプスの夜に消えていった。

 

 

 

 

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