ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第38話 “新しい翼”──見せてやろうじゃねえか

 

 U.C.0087年5月23日──キリマンジャロ基地、バスク・オム私室。

 

 重厚な鋼鉄扉に閉ざされた空間で、換気ファンの低いうなり声と通信機器の微かなノイズだけが響いている。

 

 壁際には、アーガマ級艦の出撃記録、戦死者リスト、そしてヒッコリーでの戦闘報告が乱雑に積み上げられていた。

 

 バスク・オムは無言のまま、ヒッコリーからの最終報告を目で追っていた。

 

 ──アウドムラは、なおも健在。追撃部隊は壊滅的損害。

 

 搭乗していたロザミア・バダムは、機体ごと撃墜されたが──生存が確認され、味方部隊により回収された。

 

「……Mk-Ⅱは、バケモノだな」

 

 低く吐き捨てたその言葉には、苛立ちと同時にかすかな安堵が混じっていた。

 

 キャリフォルニアベースから差し向けたガウ攻撃空母隊はことごとく撃退され、ヒッコリーでは壊滅。

 

 あまつさえ、手塩にかけたロザミアが消息を絶つ寸前だった。

 

 幸い、彼女は生きていた。

 

 だが──それが「敗北を背負った兵」としての帰還である以上、バスクの焦りは晴れない。

 

 その時だった。

 

 執務室の扉が、ノックもなく勢いよく開かれた。

 

 汗ばんだ顔の広報官が紙束を手に駆け込んでくる。

 

「バスク将軍、急報です! 本部の軍広報部より、先ほどの定例配信で──!」

 

「何だ」

 

「……新型機の発表です。“ジムⅢ”との名称で──」

 

「ジム……Ⅲ?」

 

 名を聞いたバスクはわずかに眉をひそめた。

 

 ジムⅡの延命計画など、議会でも却下されたはず──開発ラインは凍結されたはずではなかったか?

 

 広報官の差し出す資料を受け取る。

 

 そこには、白と青を基調とした新型モビルスーツの図像と、簡潔なスペックが記されていた。

 

 だが、肝心の開発組織や出自には一切触れられていない。

 

「……ジムⅡの延命措置、か」

 

 表向きの評価を低く呟きながらも、その裏に漂う“沈黙”に思考を走らせる。

 

──スードリ。 ──ネモ。 ──ガンダムMk-Ⅱの4号機。 ──そして、アルビオン。

 

「……裏があるな」

 

 調査局は一切の説明を出さず、発言すらない。

 

 しかし、情報は“公開”された。

 

 それは、黙して語らず“動かせる者”の存在を暗示していた。

 

「アイン・ムラサメ。やはり、貴様か……」

 

 若き中佐の名を呼ぶ声音に、怒りと焦り、そして警戒が混じる。

 

 ──スードリを押さえ、ジムⅢを用意し、なお沈黙を保ち続けるその姿勢。

 

 ──それは“狙っている”証だ。

 

 バスクは無言で広報文書を握り潰し、椅子に深く沈み込む。

 

 指を組み、じっと天井を睨むように見上げた。

 

「メロゥドを動かすか……それとも、別の手段を講じるべきか……」

 

 今やバスクの眼前にあるのは、ジムⅢでもスードリでもない。

 

 その背後にある“構造”──それを組み上げている何者か、だ。

 

 ──沈黙の中で、ティターンズ内部の影が濃く揺れていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 U.C.0087年5月23日──ジュピトリス艦内・シロッコ私室

 

 薄暗い艦室の中、パプテマス・シロッコは天井の窓から地球の影を見下ろしていた。

 

 地球の青が反射するガラス越しに、その瞳はまるで時代の推移そのものを観察するかのように沈着だった。

 

「……そろそろ、“私”が動く頃合いか」

 

 かすれた声は自問でも独白でもない。

 

 それは、計画されていたすべての節目が音もなく訪れたことを告げる、静かな宣言であった。

 

 ジュピトリスは、U.C.0087年4月29日に地球圏へと帰還してからすでにほぼ一ヶ月が経っていた。

 

 しかし帰還の報に続いたのは、木星圏開発の縮小を告げる地球連邦政府の決定だった。

 

 名目は予算の見直しと物資供給網の再編──だが、裏では木星開発の政治的影響力そのものを切り捨てるという構造的な再編であることを、シロッコはすでに読み取っていた。

 

「ジュピトリスは、もはや“未来”ではない。……過去の栄光を宇宙に漂わせる、亡霊に成り果てた」

 

 掌をそっと広げる。

 

 その指の間から、無数の可能性が零れ落ちてゆくような錯覚。

 

 このままではいずれ自分もまた、その忘れられた遺物の一部に埋没する。

 

 ──それだけは、許されない。

 

「私という存在は、崩れゆく時代の“犠牲者”ではなく、次代の“創造主”でなければならない」

 

 そして、彼には一つの切り札がある。

 

 メッサーラ──木星技術と自らの才覚を融合させた、次世代可変モビルスーツの雛型。

 

 ミノフスキー粒子下でも高速展開可能な可変機構。

 

 重力下での空戦性能。

 

 搭載火力と機体剛性のバランス。

 

 設計は既に完成しており、あとは相応しい“舞台”さえ整えば量産化すら見据えられる段階にある。

 

「メッサーラ……私の意志が宿る機体。その設計図を“鍵”として、ティターンズという密室に風穴を開けるのも悪くはない」

 

 だが、誰にそれを預けるべきか。

 

 誰が、対話に足る存在なのか。

 

 そこに思い浮かんだのが──アイン・ムラサメだった。

 

 ただの軍人ではない。

 

 彼はアンマンでの避難民支援において、敵であるアーガマとの間に非戦協定を結び、血を流すことなく戦域を封鎖してみせた。

 

 その後も、ジャマイカン率いる艦隊を挑発せず、犠牲者を一人も出さずに退けてみせた。

 

 感情や衝動ではなく、“理”と“意図”をもって行動する──極めて洗練された、知性の軍人である。

 

 そしてついには、ジムⅡ、ガンダムMk-Ⅱの技術、ネモのフィードバックを統合し、新型MS「ジムⅢ」を設計したという。

 

 それは単なる兵器ではない、象徴だ。

 

 旧時代を基盤としつつ、新時代へと向かうための“意志の器”である。

 

「……新時代の胎動、か。ならば、その振動に乗るのも一興だ」

 

 シロッコはゆっくりと椅子を立つと、無重力制御が効いた艦室内で無駄のない動作でデスクへ向かった。

 

 その表情には、常に自らが時代の主軸であるという自負が滲んでいる。

 

「ジャミトフ・ハイマン──貴様が本当に“時代の指導者”であるかどうか、その器を確かめに行こう」

 

 その眼差しの奥には、利用と野心と支配の予感が滲んでいた。

 

 だが同時に、いまだ言葉にならぬ直感もある。

 

 ──もしかすれば、アイン・ムラサメこそが“未来”の形そのものであるのではないか、と。

 

「さあ、“舞台”は整った。残るは“役者”が揃うだけだ」

 

 その言葉と共に、ジュピトリスはゆっくりと進路を変え始めた。

 

 その先には、ティターンズの中心地──グリプス本部がある。

 

 そして歴史はまた一つ、歪曲しながら前進を始める。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「──秘匿回線?」

 

オペレーターが報告するよりも早く、アイン・ムラサメ中佐は静かに背筋を正した。

 

 表示された暗号化ヘッダーは、グリプス本部・ジャミトフ・ハイマン総帥直属の最高機密レベルを示している。

 

 それは、命令ですらなく、報告を求めるわけでもない。

 

 ──通信の主は、ジャミトフ“本人”。

 

 アインにとっても、それは“初めて”の事だった。

 

 急ぎ通信室へと駆け込み、通信を繋げる。

 

 回線が開かれると、虚無を切り裂くような沈黙の先に、あの重く低い声が響く。

 

「アイン・ムラサメ。君に意見を訊きたいことがある」

 

 前置きはなかった。要件は一つだけ。

 

「パプテマス・シロッコ──ジュピトリスの艦長が接触してきた。持参したのは、メッサーラと名乗る可変モビルアーマーの設計図だ。木星圏開発の予算縮小を見越しての動きだろうが……」

 

 語尾がわずかに揺れる。

 

 それは意見を促す、明確な“沈黙”だった。

 

 アインは即答した。

 

 迷いなど微塵もない。

 

「愚策です」

 

 端的な言葉だった。

 

 だが、ジャミトフは何も言わない。

 

 それが「続けろ」の合図であることを、アインは理解している。

 

「木星圏開発の縮小は、そこに生きる“人々”を切り捨てることに他なりません」

 

 アインの声音に、わずかな怒気すらにじんでいた。

 

 だがその語調は、あくまで冷静に、静かに論を積み上げていく。

 

「連邦政府の財政整理の名の下、資源供給を絶たれた彼らは、いずれ“思想”を持つようになります。生存を脅かされた民衆は、自らの生を肯定するために旗を掲げ──やがて、武力を取るのです」

 

 短い間を置いて、アインは明確に断じた。

 

「ジオン、そしてエゥーゴ。……それに続く“第三の敵”を、我々は今この瞬間に、自ら創り上げようとしている。愚かで、軽率で──破滅を孕んだ施策です」

 

 回線の向こうで、短い息の流れがあった。

 

 評価とも、あるいは単なる理解の合図かもしれない。

 

「ただし」

 

 アインは、少し声の調子を改めた。

 

「可変機構を独自に設計し、実用レベルに持ち込める人材は貴重です。メッサーラの構想は技術的に見て非常に優れている。もし、ジャミトフ閣下の理想──正統派ティターンズにとって、これを制御できれば、きわめて有益な戦力となるでしょう」

 

 彼の言葉には、技術者としての冷徹な観察眼があった。 しかし、それだけでは終わらない。

 

「ですが、設計図を見た限り、メッサーラは極めて高出力偏重型であり、操作性よりも圧倒的な火力と推進力を優先しています。……バスク・オム派の設計思想に酷似している印象を受けました」

 

 それはすなわち、制御に難があり、戦術的応用ではなく“破壊”のための兵器である可能性を示唆していた。

 

 ジャミトフは依然、沈黙を守っていた。

 

 だが、アインはそれすらも予測済みだったかのように、次の情報を開示する。

 

「ですので──こちらでもひとつ、提案があります」

 

 アインは端末を操作し、一枚の設計草案をジャミトフの秘匿アドレスへと送信する。

 

「“アンクシャ”。アッシマーの重力下可変構造と、我々が構想している次期主力量産機“ジェガン”の骨格構造を統合した、新型可変量産機です。メッサーラのような超火力型ではなく、戦術汎用性と整備性、そしてティターンズの象徴足り得る“調和と制御”を目的とした機体です」

 

 その語りには、熱があった。

 

 アインの思考はもはや単なる軍事技術者の域を超え、政治・戦略・思想の全てを包括しようとしていた。

 

「重力下運用を前提にした構造は、地球圏での本格運用を可能とします。可変機構は従来の複雑さを廃し、整備性を最優先に。出力は抑え目ですが、可変に伴う挙動安定性は既存機体を凌駕するはずです」

 

「……見せてもらおう」

 

 通信回線の先で、ついにジャミトフが言葉を発した。

 

 一瞬の間があった──。

 

 そして、さらに静かな声が続いた。

 

「──この機体が実現すれば、“新しい時代”を名乗る資格がある。君の判断は……変わらず的確だ、アイン・ムラサメ」

 

 評価の言葉は、肯定であると同時に、“預ける”という意志の表明でもあった。

 

 ジャミトフは知っている。

 

 アインの提案は、兵器ではない。

 

 思想であり、構造であり、そして政治そのものだ。

 

 だからこそ、次の言葉は明確だった。

 

「メッサーラは検討する。だが、アンクシャは“育てろ”──調査局において、完成させるのだ。君に任せる」

 

「……はっ」

 

 アインは丁重に一礼し、回線が切れるまで姿勢を崩さなかった。

 

 静寂の戻った艦内で、彼はひとつ、深く息を吐いた。

 

 ──ティターンズという組織が、少しずつ“選別”を始めている。

 

 そして今、自分に託されたのは、その未来の形である。

 

 端末のモニターに、アンクシャの設計骨格が青白く輝いていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 グラスに注がれた琥珀の液体を一口含み、ジャミトフ・ハイマンはゆっくりと目を閉じた。

 

 アイン・ムラサメ──あの若き中佐の名が、意識の底に沈んでいく。

 

 ただの軍人ではない。

 

 命令に忠実なだけの兵器でもなければ、政治に擦り寄る狡猾な官僚でもない。

 

 あれは「理解」によって仕える者だ。

 

 だからこそ、命じてはならない。

 

 意志を預け、形にさせねばならない。

 

 ──ジャブローでの偽装自爆、そして報告の遅延。

 

 あの時、彼は命令を破ったのではない。

 

 あえて報告を遅らせることで、「失敗時の責任」を一身に背負う覚悟を示してみせた。

 

 軍律を破る“覚悟”を、沈黙という形で差し出してきたのだ。

 

 それは報告ではなかった。

 

 “政治的信義”に対する、一つの誓約であったと私は理解している。

 

 ──今回もそうだ。

 

 シロッコの持ち込んだメッサーラの設計図に対して、彼は一片の躊躇もなく「愚策」と切り捨てた。

 

 通常の軍人であれば、木星帰還艦隊の艦長を否定することに怯える。

 

 バスクのような男であれば、シロッコを“強力な戦力”と見て手放しに称賛するだろう。

 

 だがアインは違った。

 

 彼は「木星圏開発の縮小が、そこに生きる人々を見捨てることに繋がる」と喝破した。

 

 資源供給を断たれ、思想を抱いた民は、やがて旗を掲げる。

 

 ──それは第三のジオンとなる。

 

 連邦政府の経済合理化が、新たな敵を育てている。

 

 彼はその構造を即座に読み解き、私に警鐘を鳴らした。

 

 ──まさに、私が見落としかねなかった“構造”そのものだ。

 

 そして、ただの批判で終わらせなかった。

 

 メッサーラの高出力偏重の設計に、バスク・オム派に通じる暴力の臭いを嗅ぎ取り。

 

 その上で、調査局が構築したジェガン構想を土台に、アッシマーの重力下可変構造を統合した新型可変MS──「アンクシャ」の設計草案を示してきた。

 

 それは単なる代替案ではない。

 

 調和と制御。汎用性と整備性。

 

 暴力ではなく、「秩序の象徴」としてのモビルスーツ。

 

 ……あれこそ、“ティターンズのあるべき姿”を兵器として体現したものだ。

 

 命じられずとも、彼は作る。

 

 求められずとも、提言する。

 

 評価されずとも、沈黙を以て未来を渡そうとする。

 

 ──その姿勢は、忠誠ではない。

 

 “理解”である。

 

 そして、“同伴者”である。

 

 私は、彼を右腕に置いた覚えはない。

 

 だが気づけば、私の言葉を誰よりも正確に理解し、行動へと繋げていたのは彼だった。

 

 メッサーラは検討すべきかもしれない。

 

 だが、アンクシャは育てねばならない。

 

 それは兵器ではない。

 

 構造であり、思想であり──ティターンズの未来そのものだ。

 

 静かにグラスを置きながら、ジャミトフは独りごちた。

 

「忠誠ではなく、理解で動く人間……それは国家にとって最も危険であり、同時に最も必要な存在だ」

 

 アイン・ムラサメ。

 

 君が提示したその“形”を、国家はやがて欲しがるだろう。

 

 ならば、私はその“舞台”を用意しておく。

 

 それが、私にできる最後の“政治”なのかもしれない──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ブレックス・フォーラは、モニターに映し出された一機の新型MSに静かに目を細めた。

 

 ホワイトとネイビーブルーを基調にした、いかにも「連邦的」な意匠のその機体は、ジムⅢ──そう名付けられた新型量産機である。

 

「……なるほど。見た目こそ新しいが、これは“宣言”だな」

 

 隣で資料を睨んでいたクワトロ・バジーナが、小さく呟いた。

 

「ジムⅡの改修案かと思えば、そうではない。“ジムを、我々が終わらせる”と──そう言いたいのだろう。バスク・オムの手ではない」

 

 ブレックスは頷く。

 

「ネモ、ガンダムMk-Ⅱ、そしてジムⅡ……我々エゥーゴの戦力は、確かに連邦系で構成されているが、裏を返せば“我々も造れる”範囲の兵器ばかりだ。だがジムⅢは違う。この意匠は、“ジオン色を排してなお強い”という構想そのものが、政治的なんだよ」

 

「……まさか、あのジャミトフが“デザイン”にまで手を出すとは思ってもみませんでした」

 

 クワトロは皮肉気に笑った。

 

「それほどまでに、連邦が“思想戦”を意識し始めているということですね。ジムの名を継がせた意味……それが示すものは、単なる性能向上ではない。連邦の正統性です」

 

「そして、“ティターンズの正統性”でもある」

 

 ブレックスは、言葉を重ねる。

 

「バスクのような暴力装置ではなく、ジャミトフの下にある“制御された兵力”。おそらく、このジムⅢはアレだ……アイン・ムラサメの関与がある」

 

「……やはりあの男ですか。ティターンズには珍しい、理性を持った将校ですね」

 

「理性というより、政治を知っている。兵器の意味と、軍の“見せ方”を理解している」

 

 沈黙が一拍。

 

 ブレックスはゆっくりと息を吐き、画面に映るジムⅢの機影に視線を戻した。

 

「我々も決断の時期にある、クワトロ大尉。ジオン的象徴を脱却し、民間人にも“味方”と認識される兵力が必要だ。……エゥーゴが勝つには、正義と同時に“安心”が要る」

 

 クワトロは黙って頷いた。

 

 連邦が「ジムの正統」を取り戻そうとするならば、エゥーゴは「ジムに代わる新たな象徴」を立てなければならない。

 

 それは、単なる兵器の開発ではない。

 

 大義の視覚化──つまり、戦争そのものの意味の“再定義”なのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ジャミトフ・ハイマン総帥からの秘匿通信が切れた直後、アイン・ムラサメ中佐は、ひとつ深く息をついた。

 

 ──育てろ。

 

 それは命令ではなく、託された者にだけ通じる意志の継承であり、作戦立案と人員選定に至るまでの自由裁量権を意味していた。

 

「……自由にやって構わないということですね。閣下」

 

 アンクシャ──アッシマーとジェガンの融合、重力下での航空戦を主眼とした可変量産機。

 

 ジャミトフの評価は明確だった。

 

 「新しい時代」を標榜する兵器として、確かにその構造と思想は成立していた。

 

 ならば──。

 

「間に合わせましょう、連邦総会に」

 

 アインはデスク端末のカレンダーを睨んだ。U.C.0087年8月。あと2ヶ月半。

 

 政治局主導で開催される地球連邦総会。

 

 ジャミトフがティターンズの存在意義を内外に強く示すことを目論んでいる場でもあった。

 

そこに、秩序ある軍制と合理的武力の象徴として、次期標準機──ジェダと次世代可変機アンクシャを“セット”で示すことができれば──。

 

「……正統派ティターンズの理念が、姿として形になる」

 

 政治と技術の結節点を演出できるのは、今しかない。

 

 アインはすぐにゼロへと設計班のスケジュール調整と艤装ラインの確保を命じると、ある人物を呼び出すよう指示した。

 

 ──ブラン・ブルターク少佐。

 

 地球圏における航空可変MS運用の第一人者であり、何よりもアッシマーを熟知し、愛していると言ってはばからない男。

 

 その彼の前に、アインは簡潔に目的を伝えた。

 

「“アンクシャ”──重力下単独飛行とサブフライト支援を両立させた、新型可変MSです。少佐には、その開発総括とテストパイロットをお願いしたい」

 

 ブランは、最初こそ眉をひそめた。

 

 だが、提示された設計草案を前に、表情が変わる。

 

「……こいつは」

 

 アンクシャの機体構造をなぞるように、ブランの指が画面上をなぞる。

 

 だがそこには、より洗練された変形機構と、量産整備を意識した無駄のない設計が並ぶ。

 

「この……脚部の重心移動ギミック、アッシマーの時に欲しかったやつじゃないか。あと、このMA形態時のバインダー展開──これはギャプランの流れを汲んでるのか」

 

「ええ。アッシマーの正統進化であると同時に、調和と制御を象徴する機体です。ティターンズが今後、正しく力を使う組織であることを──“形”で示すための存在です」

 

 言い終わる前に、ブランは静かに頷いていた。

 

「……断る理由はねえよ。あの空をもう一度飛べるならな」

 

 その声音に、アッシマーへの未練ではなく、“その先”を見据えた意志が宿っていた。

 

「ありがとうございます、少佐。貴方がいれば、アンクシャは完成します。必ず、間に合わせましょう──秩序ある力を、“次の時代”へと繋ぐために」

 

 ブランは軽く肩をすくめ、整備班へと視線を移した。

 

「だったら……俺も今すぐ動かねえとな。試作フレーム、どこまで組み上がってる?」

 

「あと一週間程で素体が上がります。そこからが本番です」

 

「上等。アッシマーの亡霊じゃない、“新しい翼”──見せてやろうじゃねえか」

 

 この日より、アンクシャ・プロジェクトは本格的に動き出した。

 

 そしてそれは、連邦の未来を形作る一片となる。

 

 “暴力の象徴”ではなく、“秩序ある力”としてのティターンズが示す、初めての希望だった。

 

 

 

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