ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第42話 “血の予感”が濃くなってきたな

 

アルビオン艦内・艦長私室──。

 

ティターンズ監察軍政官庁・臨時長官執務区画

 

 ペガサス級強襲揚陸艦アルビオン。

 

 その艦長私室は今や、ジャミトフ・ハイマン総帥の臨時執務室として使用されていた。

 

 簡素な応接テーブル。

 

 その中央に、一台のハードケース。

 

 中から静かに取り出されたホログラムプロジェクターが、低く光を放つ。

 

「……“グスタフ・カール”か」

 

 ジャミトフの低い声と共に、映し出されたのは全高20m級──重装甲型MSの設計図。

 

 胴部と肩周りに分厚い装甲を纏い、脚部は地上戦を想定した重機動型。

 

 バックパックには推力こそ備えるものの、その姿は明らかに「堅牢さ」を最優先に設計されていた。

 

「はい。ティターンズの新世代主力MS群──ジェガン、リゼル、アンクシャ。それらを統合運用するために必要な“地上基幹”が、このグスタフ・カールです」

 

「ふむ……確かに、ジェガンやリゼルが戦略と機動の“矢”ならば、これは“盾”だな。いや、砦か」

 

 ジャミトフは立体投影された設計図を手元に寄せ、部品構成リストと共にスライドしていく。

 

「部品共通化率48.6%──これなら工場ラインはそのままで対応可能だ。リゼルよりもパイロットの選定条件が緩やかで、運用想定高度も低い……つまり量産型だな?」

 

「その通りです。リゼルが軌道上、アンクシャが空、ジェガンが全領域での即応──その上で、“安定と制圧”という役割を担う、最後の一翼──鋼の城がこの機体です」

 

「だが、それなら何故“今”出す?」

 

 ジャミトフの視線が鋭くなる。

 

「貴様はリゼル、そして今回はアンクシャを、ティターンズの未来として示した。可変機が象徴として十分に輝きを放っているこの時に、なぜあえて“重装型”を並べる?」

 

 アインは、ほんの一瞬沈黙し、そして答えた。

 

「リゼルは理想であり、象徴です。しかし民衆が本当に望むのは、“日常を守る確かさ”──それを形にしたのがグスタフ・カールです」

 

「……安心か」

 

「はい。重装甲・重火力・省整備・高安定性──“普通の兵士”が乗って“普通に戦える”ことで、市街地や前線に“秩序”を届けられる。そういった兵器が今、必要なのだと感じました」

 

 ジャミトフは立ち上がり、背後の端末へコマンドを打ち込んだ。

 

「グスタフ・カール、評価コード:G-KARL/“Tier-A3”──議会提出草案として“保留処理”。評価段階は“推奨上位”──……よくやったな、アイン」

 

 返された言葉は、ほとんど父のそれだった。

 

「君のような軍政家が、今のティターンズにいてくれることを……誇りに思う」

 

「恐縮です、閣下」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ダカール・連邦首都議会庁舎

 

U.C.0087年7月下旬・連邦総会準備会議・第二次兵装報告セクション

 

 メインホール正面スクリーンに映し出されたのは、グスタフ・カール、そしてリゼルの名称と概要設計。

 

 アイン・ムラサメ中佐は官帽を外し、整えられた制服の襟元を軽く正すと、壇上へと進み出た。

 

「まず、重装型主力量産MS“グスタフ・カール”──先般発表された“ジェガン”とおよそ半数の部品を共有し、各地域の地上駐屯部隊向けに開発されました」

 

 スクリーンには、ビームライフル、シールド、強化サスペンション脚部を備えた堂々たる機体が映る。

 

 その堅牢な外観に、議員たちの表情が次第に引き締まっていく。

 

「次に──可変型高性能量産MS“リゼル”です」

 

 今度は青白く輝く機体。

 

 可変機としての特徴、アンクシャやジェガン、グスタフ・カールとの共通部品化、そして空間戦能力を併せ持つ姿が表示される。

 

「この2機を加えることで、ティターンズ──ひいては地球連邦軍の主力量産MS体制は“完成”に至ります」

 

 会場にどよめきが走る。

 

 各国代表、軍事顧問団、資源配分担当官、政務次官たち──その全員が、“整えられた布陣”という言葉の重みに、揺さぶられていた。

 

「ティターンズ監察軍政官庁・中佐、アイン・ムラサメです。本日、皆様にお披露目したMS群は、単なる兵器開発ではございません」

 

 その瞳がまっすぐ壇下を射抜く。

 

「それは“守るための力”──すべての市民が、恐れることなく日常を過ごせるための、支柱であります」

 

 最後に、アインは軽く頭を下げると、こう締めくくった。

 

「私は、市民を守る地球連邦軍の一軍人です。ティターンズがその責務を果たせるよう、私は粉骨砕身、務めさせていただく所存であります」

 

 ホールが、静まり返った。

 

 ──その数秒後、幾人かの議員が立ち上がり、拍手が起こる。

 

 やがてそれは、議場全体を包む大きな喝采となった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ジュピトリス艦内・作戦戦略室──観測中枢

 

 天井に淡く光るアクリルパネル。その奥で回転する冷却ファンの低い音だけが空間を支配していた。

 

 作戦中枢の正面スクリーンには、今や連邦地上本部“ダカール”で繰り広げられた式典の映像が繰り返し再生されていた。

 

 ブレックス・フォーラの生きた政治。バスク・オムが誇示する軍事。ジャマイカン・ダニンガンの嘲笑と残骸。

 

 ──そこに、まったく異なる“第三の構造”が現れた。

 

 アイン・ムラサメ中佐。

 

 静かに、だが確かに、既存の文脈を書き換える“現実”を提示した男。

 

「……面白い」

 

 パプテマス・シロッコの声が低く響いた。感情というより、純粋な“知的興奮”に満ちた低音だった。

 

 つい一週間前、アンクシャとジェダによって始まったティターンズの“象徴改革”。

 

 その余韻が冷めぬうちに、リファイン・ガンダム・ゼータ──リゼルが姿を現し、さらに“盾”としての重装型MS・グスタフ・カールが続いた。

 

 その設計思想、部品の共通化率、兵站概念、市街戦への応用性。

 

 どれもシロッコの審美眼を裏切らなかった。

 

「たった一週間で、未来を整地したか」

 

 彼は呆れすら含んだ口調で、だが決して侮蔑ではなく、“畏怖”の重みを帯びた驚嘆としてそれを吐いた。

 

 アインの動きは単なる技術者ではない。

 

 戦略家のものであり、軍政官のものであり、そして──構造を組み替える革命者のものであった。

 

「ジャミトフの犬、か──いや、違う」

 

 彼はふと、数週間前にグリプスで行われたジャミトフとの会話を思い返す。

 

 「貴公にはジュピトリスがあるだろう」と、あの冷徹な軍政家は言った。  

 

 その裏には“アインには地球圏がある”という暗黙の示唆があったのだと、今ならわかる。

 

 “この三ヶ月で、我々は後手に回りすぎた”

 

 気付いた者だけが理解できる、戦略的な潮流の変化がそこにあった。

 

「私をも、再評価させたか──アイン・ムラサメ」

 

 彼はわずかに首を横に振った。

 

 ティターンズという“粗雑な権力の塊”に、ここまで精密な未来像を持ち込んだ青年。  

 

 それは理想ではない。

 

 計算され、整理され、現実に落とし込まれた秩序そのものだった。

 

「私の観測が誤っていたとすれば、それは“君がまだ半人前だ”と思っていた点だ」

 

 金や女で釣られる軽薄な若造。

 

 そう認識していそうな旧い議員どもの姿が頭をよぎる。

 

 だが、アインはそれらの誘惑をすべて“正規の軍務”で退けているだろう。

 

 誠実さを保ちつつ、鋼鉄の意志で政治空間を横断する者。

 

 ジャミトフが“自らの魂の延長”として掲げた神輿。

 

 だが、今やアインは“その神輿を担ぐ者たちの感情”まで動かし始めている。

 

「……旗を立てたな。君はもう、ただの武器でもなければ、ただの将でもない」

 

 それはもう、“意思”であった。

 

「──この私をも、動かすかもしれぬ存在として」

 

 彼の言葉は、どこか軽い敗北の笑みを帯びていた。

 

 それは諦めではなく、“盤面に強敵が現れたことへの歓喜”でもあった。

 

「だが、君がその旗を振る時──その理想が重力に負けぬならば、ジュピトリスはその流れに逆らう事を選ぶだろう」

 

 その時こそ、思想が試される。

 

 アイン・ムラサメという“幻想と現実の接点”が、本物の王たる資格を持つかどうか。

 

 シロッコは、最後に一言だけ、まるで旧知の友に告げるように呟いた。

 

「ならば、私は君の“試練”でありたい──アイン」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ダカール宙域・連邦迎賓港 降下艇内

 

 機体を揺らす断続的な振動。

 

 それは重力圏突入によるものではなく、地上に近づくことで発せられる熱気と現実の重さだった。

 

 連絡艇の艦窓の向こうには、ダカールの港湾都市が広がる。

 

 エンジンの音が低くなり、降下艇はゆるやかに減速を始めていた。

 

「……間に合ってしまったな」

 

 ブレックス・フォーラ准将が漏らすように言った。

 

 ティターンズ主導によって進められていた式典と、その後に発表された“リゼル”と“グスタフ・カール”。

 

 中でもリファイン・ガンダム・ゼータ──自らが推進した“Ζ計画”の象徴たる名が、まったく別の思想のもとで利用された事実に、彼の胸には言い知れぬ苦味が走っていた。

 

「ガンダムの再来……。あれを民衆が見れば、“連邦の未来”と信じるでしょう。……しかも、その未来を掲げるのがティターンズだとは」

 

 隣席の男──クワトロ・バジーナは、ブレックスへ静かに視線を送った。

 

 その瞳にはいつになく深い警戒と苦悩が滲んでいた。

 

「准将。あれは“ただの可変機”ではありません。“Ζ”という名の象徴性──我々の旗印を、先に奪われたに等しいと思います」

 

「私もそう思う。だが、アナハイムはこの件を知らなかったのか?」

 

「いえ……。察するに、アナハイムの中にも二重三重の企画が走っていた可能性があります。それを、ティターンズ内の“理性派”……アイン・ムラサメ中佐がまとめ上げたのかと」

 

 ブレックスが、そこでクワトロへ目をやる。

 

「君は、彼をどう見る?」

 

 クワトロは一拍、視線を落とし、そして穏やかに答えた。

 

「……危険です。しかし、同時に“対話の余地がある存在”かもしれません」

 

「ティターンズの中に、理性などあるものかと思っていたがな」

 

「同感です。ですが……彼は、他のティターンズと“質”が違う。少なくとも、私の知る限り、力の誇示ではなく“言葉”と“構造”で説得しようとする気配がある。それだけでも、話す価値はあるのかと」

 

「理屈だけでは世界は変わらん。だが、理屈のない世界は……壊れるしかない」

 

「まさにその通りです、准将」

 

 ふたりの会話の先、降下艇の窓からは白い幕の下に集まる市民の姿が小さく見え始めていた。

 

 ジェダとアンクシャ。

 

 ティターンズの名を掲げて公開された、かつてない“洗練”と“民意”の両面を兼ね備えた新型モビルスーツ群。

 

 そしてリゼルという名の“先手”。

 

 これまで力による暴力的統制でしかなかったティターンズが、理性と構造で“改革の顔”を装い始めた。

 

「連邦に風が吹き始めている……しかも、その風の源が我々ではないとあっては……」

 

「……焦燥だけでは敗北します。必要なのは、“対話の構え”と、“次の先手”でしょう」

 

「ふむ……君は、やはり“赤い彗星”であったな。冷静に、的確に敵の意図を読む」

 

 クワトロはわずかに口元を歪め、笑みとも溜息ともつかぬ表情を浮かべた。

 

「むしろ、敵になって欲しくない相手です。あの男は──危ういほど純粋ですから」

 

 降下艇が着陸体勢に入り、ブレックスとクワトロは席を立つ。

 

 式典は終わり、そして“総会”が始まる。

 

 理性を纏った神輿と、その背後で糸を引く怪物──ジャミトフ・ハイマン。

 

 エゥーゴの存在意義が、今試されようとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ダカール・連邦議会ビル──議員控室/政務次官回廊/某省庁執務フロア

 

■議員控室・第一議会棟 2階

 

「まったく……ティターンズの中に、ああいう若者が居たとは驚きだ」

 

「アイン・ムラサメ中佐、だろう。グスタフ・カールとやら、あれは無骨すぎるが、確かに“盾”として説得力はある」

 

「空を斬るリゼルに地を守るグスタフ・カールか。理想的すぎて鼻白むくらいだ。整備共通率まで考え抜いているとは」

 

「技術だけじゃない。インタビューでも“市民を守る連邦軍の軍人”などと、まるで旧時代の共和派軍人のようなことを言ってのけた」

 

「まるで我々の票田を直接狙っているような物言いだな」

 

「……狙っているのではなく、あれは“信じている”のだ。だから怖い」

 

 

■外務省分室・安全保障局執務区画

 

「──で、本当に彼は“ムラサメ研究所”出身なのか?」

 

「はい。調査済みです。強化人間の第1世代、脳改造の痕跡はあります」

 

「信じられん……あんな理性的で礼節のある若者が“あの施設”から出てきたなど」

 

「逆です。“あの施設”で生き延びるために、彼は“ああいう人間”にならざるを得なかったのでしょう」

 

「……バケモノだな」

 

「ええ、“怪物”です。ですが問題は、その怪物が“民意を背負う器”を持ってしまったことです」

 

 

■財務省 防衛予算調整部・会議室

 

「量産可能なリゼル、予算比率の低いカール、そして既存ラインを活かせるジェガン──この男、本気で軍制改革を成し遂げる気では?」

 

「無理だ。いや、無理であってもらわねば困る。あれを先例にされたら、我々の予算捻出モデルが根底から崩れる」

 

「だからといって、表立っては潰せまい。“市民に寄り添う連邦軍人”というイメージが強すぎる。今の連邦に必要な幻想だ」

 

「幻想というより、“現実”にされてしまいかねんのだ。……あの年齢で」

 

 

■議員控室・第一議会棟 談話ラウンジ

 

「まさかジャミトフが“理の担い手”を用意してくるとはな……」

 

「バスクとは正反対だ。武を司る将軍と、理を進める参謀。まるで“計算された二頭体制”に見える」

 

「それも、どちらも“子飼い”という体で出しているのがうまい。民間にもウケるぞ、あのアインという若者は」

 

「さっきも女性記者に囲まれていたが、ひとつも目を泳がせなかった。“官製アイドル”かと勘違いされかねん」

 

「利用できるうちに囲い込むべきだろうな。まだ若い。女でも金でも、釣る手はある」

 

「釣れるかね……あの目を見たか?」

 

「見た。……あれは“利用される”側の目じゃない。“利用している”側だ。自分の立ち位置も力も、誰よりもよくわかっている目だった」

 

 

■内閣府・首相付き政務官私邸 応接室

 

「しかし、出揃いましたな。ジェダ、ジェガン、アンクシャ、リゼル、そしてグスタフ・カール」

 

「まるで将棋の駒でも揃えたかのような整然さだ。“軍事力の構造化”という意味で、ここまで整ったのはいつ以来か」

 

「問題は……それを統括するのが“ティターンズ”という点でしょうな。アイン・ムラサメは確かに理想的だ。しかし彼の後ろには、ジャミトフが居る」

 

「そのジャミトフも、既に“武の顔”としてバスク、“理の顔”としてアインを表に出している。これは二重の仮面だ。もはや“ティターンズ”ではなく、“ティターンズ体制”だ」

 

「では、我々はどうする?」

 

「簡単です。アインに賭ける価値があるかを、“あと1か月”で見極めるのです。連邦総会が、すべてを決める」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

連邦議長官邸・ダカール地区上層棟

 

 夜半、警備艇の赤い灯が雲間を流れ、アフリカ大陸西岸の空を無音で切っていく。

 

 連邦議長官邸──その最上層に設けられた重厚な書斎にて、ゴップ議長は一人、手元の旧式端末に映る映像を眺めていた。

 

 映っているのは、ティターンズ監察軍政官庁の若き長官、アイン・ムラサメ中佐。

 

 19歳──それは本来であれば士官学校を卒業したばかりの年齢である。

 

 しかし映像の彼は、白手袋に包まれた指先でリゼルとグスタフ・カールを指し示し、言葉少なに、それでいて的確に、新世代連邦軍パッケージを示していた。

 

 パイプに火を点けながら、ゴップは静かに呟いた。

 

「……地球に生まれ育ったというのに、妙に風通しの良い若者だな」

 

 対面には沈黙を守る官邸付きの側近官僚。

 

「ムラサメ研究所の出身……いわゆる“被験者”だったと聞いておりますが」

 

「そうだな。生粋の地球出身者にして、出生もまた戦災孤児か──」

 

 紫煙をくゆらせながら、ゴップはパイプを軽く回した。

 

「元は処分寸前だった“素体”が……今や、ティターンズの監察長官にして、新型MS開発の旗手。ほんの半年だぞ? 何がそこまで駆け上がらせたのか……」

 

 静かな声の裏に、老政治家特有の読み切れぬ感情が滲む。

 

「……私はな、“若さ”というものをただ軽んじはせん。だが、警戒もする。若者が『希望』を語れば、人はついていく。だが、“語らぬ”者は──もっと厄介だ」

 

 映像の中、アインは記者団の問いに対し、こう述べていた。

 

> 「私は市民を守る連邦軍の軍人です。

 ティターンズがその責務を果たせる様、私は粉骨砕身務めさせて頂く所存であります」

 

 

 

 ゴップはその言葉を反芻し、細く目を細めた。

 

「“市民を守る”と来たか。──ティターンズの名を冠して、あれだけ自然にそう言える者が、他に何人いる?」

 

 官僚が躊躇いがちに返す。

 

「それは、ジャミトフ閣下の……教育の賜物でしょうか?」

 

「いや、違うな」

 

 ゴップは断じた。

 

「あれは“己の意志”だ。あの目を見ればわかる。教え込まれた理念でもなければ、軍事的欲求でもない。あれは、もっと素朴な……“本気”だよ」

 

 ふぅ……と長く煙を吐き出し、議長は呟く。

 

「地球に寄生してきた寄生虫にも──“寄生虫”なりの恩返しがあるというわけだ。あの少年、いや……あの男は、まさしくその類なのかもしれんな」

 

 そしてゴップは、通信を切ったままの画面をじっと見つめた。

 

 その奥底には──僅かながら、希望とも警戒ともつかぬ光が、灯っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【連邦総会議場・特別来賓控室】

 

──U.C.0087年8月10日/第1会期直前

 

 議場の内外は、落ち着きのないざわめきに満ちていた。

 

 ──それは単なる騒音ではない。

 

 報せが、入ったのだ。

 

 フォン・ブラウン宙域での戦闘発生。

 

 バスク・オム派──ジャマイカン・ダニンガン少佐を中心とする部隊による突発的な武力行使。

 

 そしてその試みが、エゥーゴの最新鋭可変型MS「Zガンダム」によって、完全に粉砕されたという内容。

 

「通信網の大半は破壊されましたが、政府高官は地下施設に退避しており、死者はゼロ。ただし、政財界双方の動揺は避けられません。映像記録は……こちらです」

 

 アイン・ムラサメ中佐が差し出した端末を、ジャミトフ・ハイマンは静かに受け取る。

 

 その指先が軽く操作されると、再生された戦闘映像が淡い光を帯びて浮かび上がった。

 

 Zガンダム。

 

 蒼と白の機体が、空間を撓ませるような機動でモビルアーマー群を突き崩す。

 

 可変、残光、加速と変形の連続によって、戦場に明確な“格差”を示していた。

 

 しばし、無言。

 

「……あれが、エゥーゴの“切り札”か」

 

 ジャミトフの低い声が、静かに空気を震わせた。

 

「力は見事でした。ですが──」

 

 アインが口を開いた。

 

「……あの戦いの中に、“守る意志”は見えませんでした」

 

 言葉は控えめだったが、芯があった。

 

 ジャミトフの目が、アインをとらえる。

 

「どういう意味だ、ムラサメ中佐」

 

「Zガンダムは確かに戦場を制圧しました。ですがそれは、“見せつける力”であって、“秩序を築く力”ではない。──戦場に秩序を築く者には、“抑止と統治”の構造が不可欠です。そして、それを支えるのは“覚悟”と“責任”です。私には、それをあの機体からは感じられなかったのです」

 

 少しの間、ジャミトフは視線を窓の外に向けた。

 

 ダカールの空。

 

 灼熱の陽が、地平線の先で沈もうとしていた。

 

「……覚悟、か」

 

「はい。力を“掲げる”者と、力を“担う”者は、似て非なるものです。バスク大佐のように“振るう力”で事を押し通すことはできます。──ですが、ティターンズに求められているのは“治める力”です」

 

 沈黙。

 

 その言葉の余韻を壊すことなく、ジャミトフはそっと椅子から身を乗り出す。

 

「やはり、貴様を“神輿”に据えて正解だったな、アイン・ムラサメ」

 

「……いえ。閣下。私はただ、立っているだけです。いまはまだ、その意味すら掴みかねております」

 

 穏やかな、だが明確な自己認識だった。

 

 ジャミトフの目に、わずかに感情が揺れる。

 

「それで良い。いまのティターンズには、“立ち続ける者”こそが必要なのだ。力ではなく、信念を持って、軍政の象徴たる旗印として──」

 

 ふいに端末が点滅し、新たな報告が入る。

 

 アインが素早く受信し、簡潔に読み上げる。

 

「フォン・ブラウン宙域の詳細被害──政務官2名が軽傷、民間施設に小規模被害。市街機能はすでに再起動が始まっています」

 

「……つまり、バスクは失敗した。そしてエゥーゴは“剣”を見せた」

 

 ジャミトフは立ち上がる。

 背筋をまっすぐに伸ばしたまま、アインへと一言だけ言った。

 

「“血の予感”が濃くなってきたな。……行くぞ、中佐。これは序章に過ぎん」

 

「了解しました。議場周辺の封鎖と監察軍政官庁の指揮系統は、すでに稼働済みです」

 

 二人の背後で、警備用回線が静かに切り替わる。

 

 まもなく、連邦総会──第1会期が幕を開ける。

 

 

 

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