ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第44話 父親に、なりたいと思ったことはない

 

【連邦総会議事堂・第十七控室/同時刻:ティターンズ緊急声明後】

 

 控室に集められたのは、各地域ブロックを代表する議員、軍務委員会、行政局の官僚たち十数名。

 

 テレビモニターにはつい先ほどの「ジャミトフ・ハイマン准将による緊急声明」と、「アイン・ムラサメ中佐による緊急記者会見」の録画が連続して映し出されていた。

 

 その場の誰もが──思考していた。

 

 何が終わり、何が始まるのか。

 

「……これは、軍事クーデター未遂の“火消し”だな。

 だが──見事な手並みだ。特に、あの若い方」

 

 彼はパイプを置き、モニターに映るアインの姿を見ながら唸った。

 

「“市民を守る”ときたか……本来、我々の口から出るべき言葉だったはずだ。それを軍人が、しかもティターンズの軍政官が言ってのけたのだ。舌を巻くしかない」

 

「……言葉の誠実さはアイン中佐のほうに感じられました。

 ジャミトフ准将の声明は、論理的ではありましたが、あくまで体制維持の理屈に過ぎません」

 

 議員の中でも特に市民派として知られる彼女は、やや眉をひそめる。

 

「“ティターンズは正しくある”と言うのは簡単です。ですが、“誤りを認める”という行為には信頼が伴う。……弱冠十九歳でそこに達した軍人を、私は見過ごせません」

 

「お忘れなく。アイン・ムラサメ中佐が語ったのはあくまで“連邦軍人”としての見解。ティターンズの全体意思を示したわけではない」

 

 男は苦々しげに言った。

 

「……だが、彼を切るのは難しい。“ああ言われて”なお、制裁を加えれば、我々こそが“市民の敵”と見なされる」

 

 彼は苦く笑う。

 

「まさか、あの年齢で“政治の盾”を使いこなすとはな……あれは、使える。使わねばならん」

 

「……逆に問おう。なぜ、我々はこうなるまでティターンズの“監察庁”なる存在を軽視していた?」

 

 老議員は書類を閉じ、眼鏡越しに周囲を見渡す。

 

「彼は“バスク派”を明確に切り捨てた。その上で、組織としての正統性を掲げた。それを否定する者は──もう、あまりに時勢が見えていない」

 

「……あの記者会見、完璧すぎて逆に怖いくらいだ」

 

 とある議員はそう漏らし、額の汗を拭った。

 

「“エゥーゴの即応”を評価し、“市街地の民間人保護”を肯定し、“独断行動”を断罪した。敵と味方を間違えず、“秩序”の名のもとに自派内にメスを入れる……これを軍政官庁の“自己検閲”と呼ばずして、何と呼ぶ?」

 

「今後、ティターンズ内部の序列は、実質“アイン派”と“バスク派”で分断されるだろう」

 

「ですが──そこにこそチャンスがある。我々行政局が“中立調停者”を演じられる隙間が、ようやく生まれた」

 

「まさか軍政部門の調停を、我々が行う日が来るとは。

 ……これは政局です、諸君。派閥の色ではなく、“地球連邦として何を選ぶか”の局面だ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【キリマンジャロ基地・司令室】

 

 山岳地帯に築かれた連邦軍最大の拠点、キリマンジャロ。

 

 堅牢な地下司令塔の巨大モニターには、ダカールからの中継映像──ティターンズ准将ジャミトフ・ハイマンによる緊急声明と、続けて映されたアイン・ムラサメ中佐の記者会見が流れていた。

 

 弱冠十九歳の軍政官が、毅然と、理性的に言葉を重ねていく。

 

 ──そして、そのすべてが、バスク・オムにとっては“異物”だった。

 

「……貴様……貴様あああああああああ!!」

 

 怒声が司令室に炸裂する。

 バスクは立ち上がると、傍らのカップを投げつけ、機器のひとつを叩き割った。

 幕僚たちは硬直し、誰一人としてその怒気を抑えようとしなかった。

 

「秩序? 監察? くだらん……あの餓鬼が……!」

 

 咆哮混じりに吐き出される言葉の裏には、もはや嫉妬に近い焦燥があった。

 

 ──アイン・ムラサメ。

 

 ジャミトフが影で“後継者”として育て上げていると囁かれる、あの若造。

 

 だがバスクにとって最も許せなかったのは、「年若くして市民の支持を得ている」という事実だった。

 

「連邦の民草共が……軍人風情の言葉に希望など抱きおって……!」

 

 噛みしめるような声。

 

 実のところ──

 

 今回のフォン・ブラウン襲撃には、戦略的意味以上に、「政治的な工作」が仕込まれていた。

 

 バスクの狙いは二重だった。

 

 第一に、フォン・ブラウン市を混乱させ、エゥーゴに対する憎悪と不信感を植えつけること。

 

 そして第二に──。

 

 「アイン・ムラサメに泥を塗ること」。

 

 名声を得、支持を得、若くして“次代の象徴”と目されるあの男。

 

 その彼が、もし「ティターンズの内乱」を止められず、さらに「市民を巻き込む惨劇」が起こればどうなるか──。

 

 たとえ関与していなくとも、“彼の清廉な理想像”は音を立てて崩れる。

 

 そしてそれが、ジャミトフの指導力への疑義となり、“ティターンズという体制そのもの”への疑念へとつながっていく。

 

「──だが、その全てが……打ち砕かれた」

 

 呻くような呟き。

 

 バスクの指の震えは止まらない。

 

 Zガンダムが出てきたことは誤算だった。

 

 だが、それ以上に──。

 

 アイン・ムラサメが、あれほどまでに「政治的空間」を読み切り、“完全な態度”でティターンズの正統性を守るなどと、誰が想像しただろうか。

 

 バスクの目に、かすかに“恐怖”の色が差した。

 

「やはり、あの男は……潰さねばならん」

 

 低く、呻くように、だが確かな憎悪を込めて。

 

 ──バスク・オムは、その場で腹を括った。

 

 軍の正規の枠組みでは、もはやアインには手が届かない。

 

 ならば、次に打つ手は──。

 

 陰謀と暴力による、“軍政の再掌握”だ。

 

 それが、たとえティターンズという組織の屋台骨を崩すことになろうとも。

 

 バスク・オムは、自らの権威と「暴力による秩序」にしがみつく。

 

 彼にとって“支配”とは、“他者を威圧して跪かせること”に他ならないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【連邦総会議事堂・最高会議室/第1会期終了直後】

 

 会期終了の鐘が鳴って間もなく──ダカール議事堂の最上階、遮音処理の施された一室にて、地球連邦の最高指導層が静かに集まりつつあった。

 

 その中心に座すのは、地球連邦議長・ゴップ。彼の傍らには行政局、軍務局、宇宙開発庁など各部局の長官たち──いずれも歴戦の政治家、もしくは実務官僚である。

 

 大型スクリーンにはつい先刻、矢継ぎ早に放映された“ふたつの声明”──ティターンズ准将ジャミトフ・ハイマンの冷徹な政治的弁明と、その裏で並行して行われた若き軍政官アイン・ムラサメ中佐による緊急記者会見が再生されていた。

 

 部屋の空気は、重く、沈黙が支配していた。

 

 最初に口を開いたのは、行政局次官だった。

 

「──お見事、ですな。まるで“脚本が存在しなかった”こと自体が脚本であったかのようだ」

 

 ゴップは、静かにパイプをくゆらせながら応じた。

 

「ジャミトフの緊急声明は、まさに老練な軍政官の一撃だった。……だがな、あの少年……アイン・ムラサメ。あの若さで、あれだけの場を“制した”ぞ」

 

「軍人が“政治を語る”ことはあっても、あそこまで“空気を支配”する者は、滅多に現れません」

 

 軍務局長官が、唸るように言った。

 

「私はてっきり、ジャミトフの操り人形かと踏んでいましたが……あの会見には、事前調整の気配が一切感じられない。……まるで、“己の意志”で飛び込んで、“己の言葉”で答えきった」

 

「それが、いちばん恐ろしいのだ」

 

 ゴップの声は低いが、確かな実感を伴っていた。

 

「わしの知る限り──あれは、既に“ジャミトフの代行”ではない。“もうひとつの答え”を掲げた者だ」

 

 通信政策局長が続けた。

 

「ならば問題は、“あれ”を誰が制御できるかですな。……ティターンズの中にあって、強化人間でありながら、倫理性と政治的中立を併せ持つ。……あの存在自体が、地球連邦の次代の象徴と化しかねん」

 

「ええい、強化人間風情が──!」

 

 語気を荒げたのは保守派の元帥代理だった。

 

「そもそもあれはムラサメ研究所出身、ジャミトフの私兵に過ぎん! 奴の台頭を許せば、バスクを切った上でティターンズを“乗っ取る”つもりではないのか!?」

 

「それが恐れだ。だが──」

 

 ゴップが重く口を開いた。

 

「それを止めようとすれば、民意が我々に牙を剥く。……今日の会見で、奴は“市民の軍人”として旗を掲げた。……我々が無理に排除すれば、“古い地球連邦”の既得権益者として名指しされるぞ」

 

 会議室が静まり返る。

 

 誰もが理解していた。

 

 ティターンズの内部粛清、秩序回復、そしてエゥーゴにすら一定の理を認めたあの発言は──“アイン・ムラサメ”という存在を、単なる軍政官ではなく、「政治の重心候補」に押し上げたのだ。

 

「……これで、少なくとも“ジャミトフ=ティターンズ”という図式は、塗り替わったな」

 

 行政局次官が事態の推移を纏めた。

 

「いや、“アイン=監察庁=市民秩序”だ」

 

 それを軍務局長官が正す。

 

「……若き日のレビルを思い出す。理想と現実の間で戦場を選ばぬ者だった」

 

 ゴップの目が遠くを見つめた。

 

 そして、静かに結んだ。

 

「──問題は、“ジャミトフ”がどう動くか、だ。あの男が“旗”としてあれを掲げるか、“盾”として捨てるか……その選択次第で、我々の政体は変わるぞ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【ダカール市・高級民間宿泊施設/深夜・特別フロア一室】

 

 静かだった。

 

 壁を隔てた都市の喧噪も、政局の余熱も、この部屋の中までは届かない。

 

 人工大理石のテーブル、厚手の絨毯、間接照明の柔らかな輝き。

 

 ティターンズ総帥と、若き監察軍政官が肩を並べるにはいささか場違いな穏やかさが漂っていた。

 

 ──だが、それも当然のこと。

 

 本来であれば、アルビオンに戻るはずだったアイン・ムラサメ中佐の所在が、議会出席のため地上に留まり、その母艦は次なる任務のため月へと発った今、宿を取らねばならなかった。

 

 ティターンズ総帥の権限をもってすれば、連邦直轄の施設に部屋の一つや二つ容易に空けさせられたはずだ。

 

 ──だが、ジャミトフ・ハイマンはそれをしなかった。

 

 強権の行使は容易い。だが、それは「秩序」ではない。

 

 窓辺に立つジャミトフは、ブラインド越しに見えるダカールの夜景を見据えていた。

 

 その背中へと、アインが静かに声をかける。

 

「……お疲れ様でした、閣下。今日の会期も、声明も、すべて──」

 

 言葉の途中、ジャミトフが右手を軽く上げて制した。

 

「形式ばった報告は、今夜はいらん。ここに閣下はいない。……ただの、老いかけた男がいるだけだ」

 

 アインは微かに目を見開いたが、すぐに黙礼し、ジャミトフの隣に立った。

 

 外には夜風に揺れるバルコニーの白いカーテンが、どこか政治の仮面を剥がしたかのように、無垢な音を奏でていた。

 

「──貴様の会見、実に見事だった。私の声明を“正論”で包み、貴様が“実情”を突いた。対ではなく、層を為した。……誰に教わった?」

 

「……誰からも。ただ、閣下が築いた“理性の構造”を、僕なりに言葉に変えただけです」

 

 その返答に、ジャミトフは小さく笑う。

 

「言いおる。まるで私が“正しさ”で塗り固められているようだな」

 

「閣下が正しいとは申しません。……ですが、貴方は“曲がっても進む”ことを知っている。それだけで、僕は仕える価値があると判断しています」

 

 その言葉に、ジャミトフの肩がわずかに揺れた。

 

「……父親に、なりたいと思ったことはない」

 

 唐突な言葉だった。

 

 アインは返事を躊躇したが、それを遮るように、ジャミトフは語り出す。

 

「ティターンズを立ち上げたとき、私は妻とも息子とも縁を切った。理由は簡単だ。いずれこの手が、地球の“毒”に染まると分かっていたからだ。……その血が彼らに流れれば、いつか報復の標的になる」

 

「……」

 

「だが──貴様を見ていると、時折、錯覚する。“育てる”という選択をした男の姿が、己の中にまだあるのだと」

 

 アインは、何も言わなかった。

 

 ただ、静かに受け止める。

 

「貴様には、私を超えてもらう。否、“私が辿れなかった道”を、正々堂々と歩いてもらう」

 

 ジャミトフは窓辺を離れ、簡素なソファへと腰を下ろした。

 

 老練な軍政官の顔はそこになく、一人の理想を知る男の影が浮かんでいた。

 

「明日からの会期、我々には“指揮権移管法案”の復活は望めぬ。だが、それで構わん。……今や、“正統ティターンズ”は軍の中に、“貴様”という秩序を立てた」

 

「……僕に、それだけの価値があると?」

 

「無論だ。政治は“正しさ”では動かん。“必要とされる者”が、歴史を握る。……そして、今日の会見を経て、お前はその資格を得た」

 

 アインはゆっくりと頷いた。

 

「私が掲げるのは、あくまで“市民のための秩序”です。……ティターンズであっても、例外ではありません」

 

「それで良い」

 

 ジャミトフは、ほとんど独白のように、微かに目を閉じて言った。

 

「その旗印の下で、私は構わず地を這おう。貴様が“立って”いる限りな」

 

 時計はすでに深夜を回っていた。

 

 だが、その部屋に漂う空気には、一切の疲れも、ため息もなかった。

 

 ただ、“この戦いは続く”という確信だけが、ふたりの間に静かに結ばれていた。

 

 少しの沈黙が流れた後、ジャミトフは、ふと目を細めるように言葉を継いだ。

 

「──地上にも“旗印”が要るな」

 

 その声に、アインは即座に背を伸ばした。

 

「スードリであれば、適うかと」

 

 即答だった。

 

 ジャミトフは静かに笑う。

 

「迷いがないな」

 

「はい。アルビオンは月へ。今、ダカールに残る“象徴”は、私たちの理想のみです。……ですが、理想は目に見えません。ならば──“信頼に足る巨大さ”が必要です」

 

 その言葉に、ジャミトフは満足げに頷いた。

 

「手配しろ、ムラサメ中佐。翌朝の陽が昇る時、“理性の空中艦”が、ダカールの空を守る構図を整えよ」

 

「はっ」

 

 アインはすぐに端末に指を走らせる。

 

 命令は、即ち行動であり、即ち象徴である。

 

 その夜、二人の男が描いた旗印は──翌朝、確かに空に昇った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 陽は昇った。

 

 灼熱の大地と、紺碧の海と空。

 

 大西洋に面する首都ダカールの空は、この季節、乾ききった蒼のグラデーションを湛えている。

 

 その蒼穹を裂くように──巨大な影が現れた。

 

 全長三百メートル、全幅五百メートルを超える空の巨艦──ガルダ級超大型輸送機スードリ。

 

 その威容は、まるで神話の神鳥「ガルダ」そのものだった。

 

 成層圏から緩やかに降下し、エンジン音を極限まで抑えて低空を滑る。

 

 格納庫扉は閉ざされたまま。武装を誇示する様子は一切ない。

 

 ──しかし。

 

 “ティターンズの理性が地上にも根を張った”という、その視覚的演出は圧倒的だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【連邦総会・議事堂前】

 

 各国代表議員や官僚たちが集う広場に、歓声とざわめきが同時に起きた。

 

「まさか……これは、スードリか?」

 

「本物だ。……アイン・ムラサメが本部機として展開させたと聞いたが……!」

 

「ティターンズは……いや、あの少年は、どこまで先を読む……」

 

 

【報道各社中継カメラ・ライブ映像音声】

 

> 「おはようございます。ダカールより緊急中継です。現在、地球連邦議事堂上空を通過中のこの機体──ティターンズ監察軍政官庁が一時本部として運用する“ガルダ級超大型輸送機・スードリ”と確認されました!」

 

「現地では、前日のフォン・ブラウン襲撃事件への対応が注目されており、まさに本日、連邦総会第2日目が始まろうとしております。本艦の出現は、ティターンズ内部の政治的構造の“転換点”を象徴するものではないかとの見方が強まっています──!」

 

 

 

【同時刻・キリマンジャロ基地・バスク・オム司令室】

 

 ガラス越しの太陽に顔を背けながら、バスクは叫びにも似た声を漏らしていた。

 

「貴様……“スードリ”まで動かすか……アイン・ムラサメ!!」

 

 その声には、もはや怒りよりも、恐怖に近い焦燥が混じっていた。

 

 こうして、アイン・ムラサメとジャミトフ・ハイマンが描いた“地上の秩序”は、象徴として空に現れた。

 

 それは──「未来のティターンズ」が、確かに誕生しつつあるという兆しだった。

 

 

 

 

 

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