地球連邦の中でも特に古参の輸送シャトル──「テンプテーション」は、白く鈍色の車体を宇宙の闇に沈ませながら、サイド7へ向けて航行していた。
目的地はグリーンノア1。
連邦軍が管理する中では比較的民間に近く、軍事色の薄いコロニーである。
そんな連絡船の中、ムラサメ研究所から派遣された三人──ゼロ、アイン、ドゥーは、それぞれの座席で静かに時を過ごしていた。
「ねえゼロ、あのMk-Ⅱってさ、ボクたちの“試作0号機”より強いの? 見た目はちょっとカッコいいけど……正直あんまり強そうには見えないんだけどなぁ」
声を上げたのはドゥー。
無邪気な眼差しと無遠慮な言葉遣いがそのまま性格を表していた。
ゼロはそれを聞いても表情を変えず、短く返す。
「性能的には、俺の試作0号機のほうが上だ。 Mk-Ⅱは純連邦製で設計されてるぶん、ピーキーさがない。誰にでも扱えるようになってる」
「じゃあ、やっぱりさー。ボクのジオングの方が上だよね。腕も脚も動くしさ! Mk-Ⅱってなんか地味なんだよねー」
ドゥーは大きく手を広げて見せながら、身をよじってはしゃいでいる。
その様子を見ながら、アインが穏やかな声で口を挟んだ。
「Mk-Ⅱは“扱いやすさ”を重視した開発機です。 特に、サイコミュを搭載しないことが前提である以上、一定以上の性能を求めるのは酷でしょうね」
柔らかく、それでいてどこか憂いを含んだ声。アインの語りは常に理性的だった。
「それでも、搭乗者が優れたニュータイプなら……機体の性能以上の成果を引き出すことは可能かもしれません。それを見極めるのが、今回の僕たちの役割ですから」
「う~ん……でもゼロの0号機のほうがスゴかったよ? コストだってペガサス級を何隻も買えちゃうくらいだったって聞いたし〜」
ドゥーがぷくっと頬を膨らませる。
その言葉に、アインはふっと目を細めた。
「確かに。試作0号機は、開発費の話だけなら…夢がありますからね。ただし、“現実的な戦争”には夢だけでは足りない、ということでもあります」
「……“戦争”って、やだね。ボク、あんまり好きじゃないや。だけどガンダムに乗るのは好きだよ。Mk-Ⅱも乗ってみたいなあ」
その一言に、ゼロは短く「なら、今回のテストで見ておけ」とだけ返す。
一間の沈黙を破って、ドゥーが小さく呟いた。
「……サイコもドゥーングも、今いないのが残念だよぉ。ゼロのガンダムと、ボクのとアインの並べてさ……並んで飛んだら、絶対カッコいいのに〜!」
「残念ですが、ドゥーのジオングは現在データ点検中ですし、サイコも改装に回されましたからね。万全の状態でなければ、無理に連れてくるべきではありませんから」
アインはその言葉にも、どこか達観したような優しさを含めていた。
窓の向こう、外壁が大きく姿を現しはじめる。
「……見えてきました。グリーンノアです。さあ、準備しましょう。ゼロ中尉、指示をお願いします」
「ああ。俺たちの任務は“見届ける”ことだ。派手なことは必要ない」
「でもつまんな〜い。派手な方がボク、テンション上がるのになぁ……」
その言葉にゼロは無反応だったが、アインは小さく笑った。
「……無理に上げずとも、あなたは常に“高い”ですよ、ドゥー少尉」
「え〜、それって褒めてるの〜?」
「もちろんです」
穏やかな笑みのままアインが返すと、ドゥーは満足げに頷いた。
コロニーへと差し込む光の帯が、静かにシャトルの外壁を照らし始めていた。
◇◇◇◇◇
シャトル《テンプテーション》は、グリーンノア1へと向けて緩やかに軌道を滑っていた。
連絡用とはいえ、艦橋には必要最低限の操縦装置が整えられている。
艦の主である男──ブライト・ノアは、その操縦席に腰を下ろし、計器を見つめていた。
その姿に、僕は、僅かな緊張を抱きつつも歩み寄った。
ゼロはこういう場が苦手だ。
ドゥーに至っては、少し目を離せばコンソールを弄りかねない。
“挨拶回りは君に任せた”というゼロの一言で、僕が代表としてこうして動いている。
ブライト艦長に会う。
あの伝説のホワイトベースの艦長、いや、アーガマやラー・カイラムの艦長にして、歴代のニュータイプを見守ってきた人物だ。
自分が子供の頃、モニター越しにその名前を何度も聞いた、大人になってもそれは変わらなかった。
そんな人物に、今、僕が“派遣された軍人”として会おうとしている。
胸元で右手を軽く添え、言葉を整える。
「失礼します、ブライト・ノア艦長。ムラサメ研究所より派遣されました、アイン・ムラサメ少尉です。今回のテストについて、機材及び人員の統制は、ゼロ中尉が担当しております。私からはまず、ご挨拶を」
操縦席の男がこちらを向く。
その眼差しは鋼のように鋭かった。
「ムラサメ少尉……いや、アイン、と呼んでも構わないか?」
「もちろんです、ブライト艦長」
「そうか。……随分と、落ち着いているな。年齢から見れば、もっと青くてもおかしくないが」
微笑んで、僕は言った。
「その分、ゼロ中尉が不愛想で、ドゥー少尉は騒がしいものですから。全体のバランスを取るには、僕が“常識係”でいないと」
彼は小さく吹き出した。
「なるほど……面白いチームだな。いや、バランスの取れた、か」
僕はうなずきながら、操縦席横のパネルをちらと見た。
表示されているのは、接近中のコロニーの軌道情報だった。
「グリーンノア1……このシャトルでは、久しぶりの航行になるのでしょうか」
「そうだな。あのコロニーは昔の“連邦の夢”みたいな場所だ。だが、今は実験場として、こうしてまた戦争に巻き込まれている」
ブライト艦長の声音には、僅かな皮肉が滲んでいた。
僕はそれに対して、やや間を置いてから口を開いた。
「僕たちが向かうのは……“戦争”のためではなく、“未来”のためだと信じたいですね」
「信じるだけなら、誰でもできる。だが、それを証明するのは、君たちだ」
鋭い視線が、まっすぐ僕を射抜いた。
僕はその視線を受け止め、少しだけ背筋を伸ばした。
「……はい。“ガンダムMk-Ⅱでニュータイプが何を見せられるか”、そう問われているのだとしたら、僕なりの答えを返すつもりです」
「Mk-Ⅱの性能でか?」
「MSの性能差が絶対的な評価とは思いません。力はただ力、それを動かす人の心で善にも悪にもなる。それもまた、価値のあるテストではないでしょうか」
ブライト艦長は、再び黙って僕を見つめる。
今度は値踏みではなく、なにか確かめるように。
そして静かにうなずいた。
「──“人の力”か。……かつてのホワイトベースに乗っていた者たちも、似たようなことを言っていたな」
その言葉を聞いて、僕は僅かに微笑んだ。
「では、彼らのように、僕たちも“人の力”で未来を示してみせますよ」
「頼むぞ、アイン少尉。……あまり無理はするなよ」
「ええ。僕はまだ死にたくはありませんから」
そう言って僕は軽く一礼し、操縦席から離れた。
その背中に、彼が何を感じていたかは分からない。
ただ──確かに僕は、あの場で“言葉”を届けたのだと思っている。
◇◇◇◇◇
艦長席を後にしたアインが居住区へ戻ると、ゼロとドゥーは並んでロッカーの端に腰を下ろしていた。
「どうだった、艦長殿とのご対面は」
ゼロは腕を組み、壁にもたれかかりながら言う。
相変わらずの仏頂面だが、その口調にはからかいにも似た親しみが滲んでいた。
「人を見る目が鋭い方でした。……ゼロ中尉、次に会う時は敬語を使われた方がよろしいかと」
「俺が? 冗談だろ。俺に社交性を求めるな。そっちは得意だろ?」
肩をすくめるゼロの横で、ドゥーがくすくすと笑っていた。
「ボクも行きたかったのにー。アインだけずるいよ、挨拶とかカッコつけてさ」
「君が行ったら、艦長席のモニター全部ボタン押してたでしょ」
「う、うぐ……それはちょっとだけ、だもん」
頬を膨らませるドゥーに、ゼロが一言だけぼそりと呟いた。
「……ちょっとだけでも事故は起きる」
「ボク、事故起こしたことないもん!」
「記録消してるだけだろ」
「ひどっ!? それアインがやってるんじゃ……!」
「やりません。そもそもそんな権限ないです、僕」
言い合いというより、半ば漫才めいたやり取りのまま、シャトル全体がわずかに震えた。
機体の制動を感じる。視界の外、船体はサイド7の人工コロニー《グリーンノア1》へのドッキング作業へと移っていた。
管制音声が船内スピーカーに流れる。
「こちらグリーンノア1、ドッキングを確認。気圧調整、完了。乗員は指定区画よりエアロックへ向かってください」
ゼロが立ち上がり、ジャケットのファスナーを閉じた。
「──行くぞ」
「おー」
「了解です」
三人の軍服は、いずれも連邦軍の制服をベースにムラサメ研究所の青色のライン入りパーソナルスーツ。
ただし階級章だけは異なる。
中尉のゼロを先頭に、ドゥーとアインがそれぞれ僅かな距離で続く。
エアロックを抜けた先、コロニー内のドッキングベイ。
人工照明に照らされたその空間には、すでに迎えの姿があった。
ピシリと整ったティターンズ制服、浅くかぶった士官帽。
そこに立っていたのは──。
「ムラサメ研究所所属の皆さんですね。お迎えに上がりました」
女性士官の澄んだ声が、静かに響いた。
「私、グリーンノア駐屯部隊より任されております、エマ・シーン中尉です。ようこそ、グリーンノア1へ」
ゼロは無言でうなずき、続いてアインが一歩前に出る。
「ムラサメ研究所派遣部隊、アイン・ムラサメ少尉です。こちらゼロ中尉、そしてドゥー少尉。お世話になります、エマ中尉」
「ええ、こちらこそ」
そう言いながら、エマは穏やかに口角を上げた。
彼女の視線が三人を順に眺め──ドゥーのところで少し止まった。
「……この子が、ドゥー少尉?」
「ボク、ちゃんと少尉だよ? ちっちゃく見えるけど、ちゃんとMS乗ってるもん」
「……うん、うん。失礼。あなたが操縦するジオングの映像、見させてもらったわ。操縦は、とても堂々としていた」
「えへへ、ありがと!」
くすぐったそうに笑うドゥーを見て、エマはふと目を細めた。
子供が、兵器に乗るということ。
彼女自身が理解しているからこそ、軽々に触れることはしない。
「では、案内します。テスト機は既にハンガーへ。あなた方の簡易宿舎も確保してあります。本部司令とは、明朝に顔合わせという段取りです」
「了解しました。……ゼロ中尉?」
「ああ、案内を頼む」
三人はエマの後に続き、グリーンノア1の人工空間を歩き始めた。
その瞳には、やがて出会う“ガンダムMk-Ⅱ”と、自分たちが課される“意味あるテスト”への静かな決意が宿っていた。
◇◇◇◇◇
グリーンノア1──その人工地平の片隅。
ドッキングベイの観察窓から少し離れた保守用通路の奥に、確かに“誰か”の視線を感じた。
「……アイン、なんかさ、いま……変な気配、しなかった?」
ドゥーが足を止める。小柄な身体を翻して、彼女は薄暗がりの方向を見つめた。
アインも静かに振り返った。
風のない密閉空間に、空気の揺らぎがあったような気がした。
「はい。僕にも、何か……感じました」
それは敵意ではない。
だが、確かな“興味”と“苛立ち”が混ざった、不安定な精神波のようなものだった。
「視線……じゃないけど、見られてた気がした。こう……さ、胸の奥がざわってするような」
「多分、民間の方ですね。コロニーの住人。でも……普通の人とは、少し“違う”」
アインは言い切った。
空間を通じて届いてきた“ノイズ”──それは、明らかに感受性の鋭い者特有の、過剰な感情の奔流だった。
「……怒ってた、よね?」
「ええ。でも、何に、誰に怒っていたのか……そこまでは分かりません」
気配は、もう消えていた。
ただし、それが自然に立ち去ったのか、あるいは「気づかれたことに気づいて」退いたのかは判断がつかなかった。
「アイン……ボクたち、なんか見られてるよね。ここ、最前線じゃないのに」
「ええ。……けれど、だからこそ、でしょうか。何気ない日常の中に、時折、戦場以上に鋭い目があるものです」
そして、彼は心の中で呟いた──
(あれが……“触れる者”)
まだ名も知らぬ、軍でも研究所でもない、“何者でもない”存在。
だが、その内に確かにある、揺れるガラスのような感性。
鋭く、壊れやすく、それでいて──何かを変える力を宿した存在。
「……あの人、きっと──いずれどこかで出会う気がします」
アインの声に、ドゥーがふと真面目な表情で頷いた。
「……ボクも、そんな気がしたよ」