ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第50話 ついに、“私の外”に出たか

 

『30バンチ事件に関する重要参考人証言記録』

 

発令者:ティターンズ監察軍政官庁長官 アイン・ムラサメ大佐

発令日:U.C.0087年8月16日

機密区分:第Ⅱ種監察情報/準公開可(連邦総会報告用抄本)

 

 

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■ エリアルド・ハンター中尉(当時所属:第41運用支援艦隊)

 

任務内容: 毒ガス(G3ガス)輸送船の護衛および後方支援。

証言要旨:

任務当時は輸送物の内容について一切知らされておらず、作戦終了後に内部記録を通じてG3ガスの存在を知った。事件の重大性と自らの加担に強い衝撃と罪悪感を抱き、以後の軍務においてもこの記憶が離れなかったという。

証言信頼性: 高。艦隊の運用記録および輸送ログとの照合により任務実施の事実は確認済み。

 

 

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■ オードリー・エイプリル中尉(当時所属:同上)

 

任務内容: ハンター中尉と同様、毒ガス輸送船の護衛任務。

証言要旨:

当時の命令系統は非常に厳格であり、輸送物の内容を開示されることはなかった。だが後年、サイド1コロニーの全滅報告を知った時、自身が関与していた可能性を疑い始めたという。現在は事件との関与を深く悔いており、証言は明確かつ冷静であった。

証言信頼性: 高。エリアルド中尉との記録照合により事実関係は一致。

 

 

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■ マキシム・グナー少尉(当時:第84戦術支援中隊)

 

任務内容: 上記の護衛任務を一部引き継いだ交代部隊の一員。

証言要旨:

事件発生直後、艦内で部下の一人が任務の真相に気づき、自責の念から拳銃自殺するという惨事が発生。その部下の死を通じて自身も事件の異常性を悟った。証言は一部主観が混ざるが、当時の艦内記録に自殺報告が残されており、重要な参考材料である。

証言信頼性: 中。死亡記録との照合により間接的信憑性を有する。

 

 

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■ イアゴ・ハーカナ曹長(当時:第6臨時戦術群)

 

任務内容: 詳細不明のまま急遽編成された部隊により、コロニー外周の警備任務に従事。

証言要旨:

任務の全貌を知らされないまま動員され、数年後に報道や内部告発を通じて事件の実態を知る。以後、繰り返しガス注入直前のコロニー内を走る夢を見るなど、強い精神的負担を抱えるようになった。証言には主観的要素が多いが、心理記録としての価値が高い。

証言信頼性: 中。精神医療記録と照合予定。

 

 

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■ フォルド・ロムフェロー中尉(当時:ティターンズ外郭監視部隊)

 

任務内容: コロニー内部監視を担当。毒ガス注入の瞬間を偶然目撃。

証言要旨:

当時の任務中、ガス注入作業をモニター越しに偶然確認。上官からは一切の発言を禁じられたが、その映像は今でも鮮明に脳裏に焼きついているという。以後、連邦軍の上層部への不信が強まり、転属を申し出た。証言は極めて明確かつ具体的であり、記録映像の確認にもつながる内容を含んでいる。

証言信頼性: 高。映像記録との一致が確認されている。

 

 

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以上5名は、いずれも当時の直接関与あるいは近接任務に就いており、その証言はティターンズ上層部による命令系統、情報操作、及び現場責任体制の追及において不可欠な材料となる。

本記録は、連邦総会における討議と民意形成の一助として、監察軍政官庁より正式提出される。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

機密指定:第Ⅰ種極秘

 

発信元:地球連邦軍・ティターンズ監察軍政官庁

調査機関:ペガサス級強襲揚陸艦《アルビオン》

発信日:U.C.0087年8月16日

報告対象:ティターンズ監察軍政官庁長官 アイン・ムラサメ大佐殿

文書番号:TIA-ALB-RPT-0087-0816-A

 

 

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『30バンチ宙域調査報告書』

 

ティターンズ監察軍政官庁長官の直命を受け、当艦《アルビオン》はU.C.0087年8月15日深夜に月面フォン・ブラウンを出港、最大戦速にてサイド1・30バンチ宙域へと急行。U.C.0087年8月16日08時42分、現地到着後ただちに調査を開始した。

 

以下に、その調査結果を報告する。

 

 

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【1】宙域状況

 

コロニー外壁には複数箇所にわたって圧壊痕および外部からの開放痕跡が残存しており、強制的な開放操作および高圧気流放出の形跡が確認された。

 

スラスター・排気口周辺の金属歪みと爆裂痕から、外部からの破壊および散布装置展開が行われたと推定される。

 

 

 

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【2】毒ガス使用の証拠

 

大気循環制御区画にて、G3ガスの残留反応物質を微量ながら検出。

 

ただし事件発生から2年が経過しており、現時点のガス濃度は人体に無害な水準まで自然希釈されている。

 

分析結果より、当時はコロニー全域にわたる大規模散布が行われたと推定される。

 

 

 

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【3】映像記録および構造証拠

 

コロニー中枢区画にて破壊された保安データノードから断片的に映像を復元。

 

映像には、ティターンズの標準装備を着用した部隊が、毒ガス散布装置を展開・起動する様子が記録されていた。

 

起動確認時刻はU.C.0085年7月31日14時過ぎ。これは地球連邦政府が認可した平和集会の開催時刻と一致する。

 

 

 

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【4】人的損害および遺構

 

医療区画跡や住居ブロックにて、数十名規模の遺体痕跡(骨格、血中成分酸化反応、熱損傷)を確認。

 

いずれも即死に近い症状を示しており、G3ガスによる内部器官壊死および焼却的変質が見受けられる。

 

医療スタッフや幼年層とみられる遺体が多く、避難誘導中に死亡した事例も多いと推察される。

 

 

 

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【5】総合評価

 

本件は、連邦政府の正式通達に基づき平和的集会を行っていた30バンチに対し、ティターンズ内部の特定部隊がG3ガスを用いた無差別殲滅行為を実施した事例であると判断される。

 

映像記録、散布装置の構造、残留反応物、死亡痕跡──。

いずれも高度な計画性と実行力を持って行われた非戦闘行為による大量殺害であり、軍紀違反および戦争犯罪の可能性を排除できない。

 

また、事件後に破壊されたデータノードや映像記録の改ざん痕から、内部による証拠隠滅の試みがあったと断定できる。

 

 

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【結語】

 

本調査の結果、30バンチ事件の実態は以下の通り明らかとなった:

 

毒ガス(G3)によるコロニー内大量殺害が行われた

 

当該作戦はティターンズ内部で準備・実行された

 

命令系統および責任所在について、さらなる調査が急務である

 

 

当時の関係者に対する聴取と、補完的資料の収集を早急に進めるとともに、連邦政府および議会に対しては本件の真相を正式に報告する必要がある。

 

 

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署名:

地球連邦軍ティターンズ監察軍政官庁協力艦隊

ペガサス級強襲揚陸艦《アルビオン》艦長

ブライト・ノア 大佐

調査副官:ゼロ・ムラサメ 大尉長官補佐

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ダカールの空が、鈍く紅を帯びていた。

 

 長い会期の終わりを告げるように、議事堂の外は報道関係者と警備兵の波が退いていく。

 

 その雑踏の余熱がまだ廊下に残る中で、ティターンズ監察軍政官庁の制服を着た若き軍人が、一人静かに議長執務棟へと向かっていた。

 

 アイン・ムラサメ。

 

 年若き大佐にして、監察軍政官庁長官。

 

 彼の胸元には、今やダカールで誰もが知る「正統派ティターンズ」の象徴が、確かな階級章とともに刻まれていた。

 

「ムラサメ大佐、議長はすでにお待ちです」

 

 控えの者の言葉に頷き、アインは一礼して扉を開く。

 

 そこには、連邦政府の重鎮──ゴップ議長が、書類を手に静かに座っていた。

 

「入れ。今日は君を待っていた」

 

 柔らかい口調に、アインは姿勢を正す。

 

「恐れながら、議会閉廷直後のお時間を賜り、感謝いたします。本日は──一件、報告書を携えて参りました」

 

 そう言ってアインが差し出したのは、重ねられた二通の文書。

 

 一つは、重要参考人の証言記録。

 

 もう一つは、たった今アルビオンより届いたばかりの、30バンチ宙域現地調査報告書。

 

 ゴップは黙って受け取り、読み進める。

 

 年経た男の瞳に、一瞬だけ影が差した。

 

「……君は、やると思っていたよ」

 

「……」

 

「30バンチのことを、ここまで徹底的に洗い直した者は、今までひとりもいなかった。皆が、あの闇に蓋をして済ませていた。だが君は──君だけは、向き合った。しかも正規の手続きを踏み、正統な手段で」

 

 アインは深く頭を下げる。

 

「責任を果たさねば、未来に顔向けできません。たとえそれが、組織の闇であっても──です」

 

 ゴップは椅子にもたれかかり、書類の隅に添えられた一文に目を落とす。

 

> 《当該事件における責任の所在は、政治的にも軍事的にも再検証が必要とされる──

その上で、情報の公開と被害者遺族への償いを含めた再発防止策を提言する》

 

 

「君の言葉は、綺麗ごとに見えて、すべて法と制度に根ざしている。それができる者は、いまのこの地球には君しかいないかもしれんな」

 

 静かに、ゴップは机の引き出しから一つの鍵付き箱を取り出した。

 

 中には、連邦議会による極秘動議──事件の再審請求書の草案と、

 すでに捺印された議長承認の印章。

 

「この報告書があれば、我々は公に“あの時”を語れる。

 バスク・オムの罪を、国家の責任として再定義することができる。君の働きは、まさしく未来への礎だ」

 

 その言葉を聞いたアインは、初めてわずかに表情を緩めた。

 

「……ありがとうございます。

 ただ、自分はまだ始点に立ったに過ぎません。

 これからが、“連邦軍再建”の本当の意味だと考えております」

 

 議長は、その言葉に深く頷いた。

 

「よかろう。ではこれを明日、正式に議題として提出しよう。

 君はその時、壇上に立ち、証言し、全てを語る責任がある。──できるな?」

 

「はい、議長。私は“市民を守る連邦軍の軍人”ですので」

 

 アインのその一言に、ゴップは目を細め、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ならば任せる。連邦の未来を──君のような若者の手で、少しでも明るくしてくれ」

 

 応接室の外には、星の瞬きが広がっていた。

 

 その中に、これまで隠されてきた「30バンチの真実」が、ようやく語られる時が迫っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 扉が静かに閉じた。

 

 議長執務室には、再び沈黙が訪れる。

 

 だが、先程までとは違う。空気はすでに重く、しかし確かに──動き始めていた。

 

 ゴップはゆっくりと背凭れから身を起こし、アイン・ムラサメから受け取った報告書の束を机の上に広げ直した。 

 

 その瞳には、疲れとも諦めとも違う、ある種の“覚悟”が灯っている。

 

 指先が、30バンチ事件──U.C.0085年7月31日と記された日付の箇所をなぞる。

 

 あの日、地球連邦政府は沈黙を選んだ。

 

 いや、選ばされた。

 

 バスク・オムの暴走。

 ジャミトフ・ハイマンの情報操作。

 報復を恐れた議会の自己保身。

 

「……“正義”などというものは、時に遅れてやってくる。そして、それを迎え入れるには──重すぎる代償が要る」

 

 老いた男の声は、誰に聞かせるでもない独白となり、部屋の中に小さく響いた。

 

 ゴップは机の抽斗を開け、連邦議会の印章と、過去の資料を一つずつ取り出していく。

 

 事件当時の議事録、緊急動議の草案、そして表に出すことのなかった「死者数非公式リスト」。

 

 どれも埃をかぶっていた。

 

「──だが、君はそれを開いたのだな、アイン・ムラサメ」

 

 ゆっくりと視線を天井へと向ける。

 

 あの若者の、真っ直ぐな瞳が思い浮かぶ。

 

 軍服に身を包みながらも、決して“組織の都合”に染まることなく、ひとつの死を重く受け止め、「忘れない」と言い切ったあの姿。

 

 ──あれが、軍人のあるべき姿だ。

 

「君は恐らく、ティターンズという名を、本当の意味で再定義する男だろう。そして……ジャミトフさえも超えていくかもしれんな」

 

 言葉にすると同時に、ゴップは立ち上がった。

 

 ゆっくりと歩き、執務室奥の鍵付き書庫へと向かう。

 

 過去の機密が封じられたそこに、ようやく“光”を当てる時が来たのだ。

 

 彼の中で、かつて政治という名の船に乗り、波風を避けることを最優先としてきた己の生き方が、今──静かに問い直されていた。

 

 扉の鍵が回る音が、決意の鐘のように響く。

 

 歴史を語る者。

 歴史と向き合う者。

 そして、新たな歴史を創る者。

 

「やるなら、今だ。あの若者が命を張って掘り起こした真実を、未来の礎に変えねばならん。──それが、老いぼれにできる最後の責任というものだ」

 

 誰もいない室内で、ゴップは静かに呟いた。

 

 その手には、30バンチ事件再審議の議会上程文書草案と、アインの提出した報告書が握られていた。

 

 外の空は、夕日が落ち、ダカールの議事堂を真紅に染めていた。

 

 長く閉ざされていた闇の扉が、今、ひとりの若者の行動によって、ようやく開かれようとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ティターンズ監察軍政官庁・スードリ臨時執務室。

 

 報告書を懐に、アイン・ムラサメは短く敬礼を返すと、廊下へと足を進めていった。

 

 肩の大佐階級章が、夕陽の入り始めたガルダ級の窓辺に一瞬だけ赤く煌めいた。

 

 ジャミトフ・ハイマンは、扉が閉じるその瞬間まで、何も言わず、ただ静かに立って見送っていた。

 

 沈黙が訪れる。

 

 だがそれは、孤独ではなかった。

 

 ジャミトフの目に映っていたのは、若き指導官の“背”だった──。

 

 整えられた軍服。

 

 躊躇のない足取り。

 

 命令を受けたのではない、自らの意志で動く者の姿。

 

 かつて、彼自身が望んだはずの理想の軍人像が、そこにあった。

 

「……ついに、“私の外”に出たか」

 

 小さく、誰にも聞かせるでもなく呟く。

 

 育てた、選んだ、鍛えた、信じた。

 

 その結果、アインはもはやジャミトフの掌にある存在ではない。

 

 ──いや、最初から違ったのかもしれない。

 

 ムラサメテストチームに独立権限を与えたその日から、あれは自分の意思で路を選んでいた。

 

 それをこちらは担保してやっていただけだ。

 

 こちらが口を出さずとも、あれは常に結果を出して来た。

 

 感情や思想ではなく、必要な物を見抜き揃える眼を持っていた。

 

 ジャブローでの決断。

 

 スードリ配備の采配。

 

 次世代MSの開発。

 

 そして、今では30バンチにまつわる闇にまで──踏み込む覚悟。

 

 あの若者は、己の信じる“正義”を見つけた。

 

 もはや、誰かに答えを求める必要のない“自己決定”の極致へと、歩を進めている。

 

 デスクの端に置かれたカップの湯が、冷めていた。

 

 それに気づいたように、ジャミトフは静かに椅子へと腰を下ろす。

 

 掌の中に、いつか確かに握っていたはずの“支配”という感覚が、今や、誇りと共に遠ざかりつつある。

 

「見事だ、アイン・ムラサメ」

 

 もはや自分の指示を待たず、ゴップと直に対峙する若者。

 

 かつての自分が夢見た、“軍を、政治を動かす力”を、わずか十九の青年が、形にしようとしている。

 

 ──それは敗北ではない。

 

 むしろ、自らが選んだ未来への“証明”だ。

 

 目を伏せる。

 

 その奥で、老いた政治家の誇りと寂しさが交差する。

 

「私の時代は、終わるだろう」

 

 だが、それは構わない。

 

 ただの終わりではない。

 

 次の世代が、その手で“未来”を掴もうとしている──。

 

 それを見届けることが、自らに託された最後の任務だと、ジャミトフは悟っていた。

 

 ふと、微かに笑みを浮かべる。

 

「……ならばせめて、舞台の設営くらいは、老兵に任せてもらおうか」

 

 背後の窓から差し込む光は、まるで次の時代の始まりを告げるようだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ダカール、地球連邦総会議場。

 

 八月十七日、朝の本会議は、異例の緊張感に包まれていた。

 

 議題名──《宇宙世紀0085年7月31日に発生したコロニー・サイド1・30バンチにおけるG3ガス事件の調査報告に関する最優先動議》。

 

 提出者は、ティターンズ監察軍政官庁長官・アイン・ムラサメ大佐。

 

 可決に先立ち、壇上に立ったのはひとりの老将だった。

 

 ジャミトフ・ハイマン。ティターンズ総帥。

 

 その軍服の襟には、中将の階級章が鈍く光っていた。

 

「……この場にお集まりの諸君。そして、この中継を見ている地球圏のすべての市民に、まずお詫びを申し上げねばならない」

 

 その声は低く、だが確かな重みを持っていた。

 

「宇宙世紀0085年7月31日。サイド1・30バンチにて、ティターンズ所属部隊が反政府集会に対する“制圧作戦”を実行。その際、G3ガスがコロニー内に投入され、市民の大多数が死亡した」

 

 議場内に走る沈黙。

 

 彼はそのまま、背筋を伸ばして続けた。

 

「本来、この作戦は事前に認可された“監視”および“警告”にとどまるべきものであった。だが現地司令官はこれを逸脱し、毒ガス投入という最悪の手段に訴えた。

 私は当時、この一報を受け……その暴挙を知りながら、連邦政府内外への“情報操作”によって隠蔽を図った」

 

 何人かの議員が、息を飲む音を漏らす。

 

 だがジャミトフは視線を逸らさなかった。

 

「──それは、明確な背信行為だった。

 軍人としてではなく、ひとりの人間として、私はこの場を借りて深く謝罪する」

 

 深々と頭を下げた老将に、議場は言葉を失った。

 

 そして、その後を継ぐようにして、もうひとつの影が壇上へと上がる。

 

 アイン・ムラサメ大佐。十九歳。

 

 正統派ティターンズを象徴する、若き改革者の姿。

 

 彼は静かにマイクの前に立ち、持っていた報告書を開いた。

 

「ティターンズ監察軍政官庁長官のアイン・ムラサメです。本報告は、私の権限により組織された調査部隊──艦艇アルビオンおよび協力部隊によって行われました」

 

 その声には、怒りも悲しみも混じっていなかった。

 

 ただ、揺るぎない“覚悟”だけがあった。

 

「本調査の結果、事件は現地司令官・バスク・オムの独断によって実行されたこと。当時、護衛部隊・外周警備・輸送支援に関わった複数の将兵が、その詳細を知らされぬまま作戦に参加させられていたこと。また、事件発生から二年を経た現在、30バンチ内のガス濃度は人体に影響を及ぼさぬ水準にまで薄まっており、現地調査によってその痕跡も映像も確認されました」

 

 報告書が一枚ずつ、重く捲られていく音が、静寂の中で響く。

 

「私は、この調査において証言を拒まず、己の過去を語ってくれた元関係者たち、そして現地調査を行った艦隊の全乗員に、心より敬意を表します」

 

 アインは顔を上げた。

 

 その瞳は、まっすぐに議場の中央──そしてメディアのカメラの向こう、世界を見据えていた。

 

「この報告は、断罪のためではありません。

 この報告は、“繰り返さない”という意志を示すために存在します」

 

 一拍の間を置き──彼は、宣言した。

 

「我々“正統派ティターンズ”は、二度とこのような蛮行を許さない。

 秩序を掲げ、力を行使する者として、腐敗や私欲に塗れた軍の不正を正し、再び民を裏切ることのない組織に変革することを、今ここに宣言いたします」

 

 言葉が終わった瞬間──議場の天井が高く、深く静まり返った。

 

 誰もがその重みを噛みしめていた。

 

 それは過去と未来を繋ぐ、たったひとつの“誠実”の音だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 演説が終わった。

 

 壇上に立つアイン・ムラサメは、わずかに一礼し、報告書の冊子を閉じる。

 

 その音さえも、議場には鋭く響いた。

 

 ──議場に広がるのは、沈黙。

 

 熱狂でも、罵声でもない。

 

 ただ静かに、重く、深い思索が充満していた。

 

 議員席の中央、ゴップ議長がゆっくりと椅子から腰を上げる。

 

 その手には議事槌。

 

 しかし打ち鳴らされることはない。

 

 ──それは、誰もがまだ“言葉”を飲み込めずにいる証だった。

 

 ある者は背筋を正し、ある者は肩肘をついたまま顔を伏せ、ある者は無言のまま天井の照明を見つめていた。

 

「……あの少年、何者だ……」

 

 と、誰かが呟く。

 

 それは口に出された声というより、心の奥から漏れた嘆息に近かった。

 

 右派の保守議員たちは視線を交わし、ティターンズという名前を冠してなお、あの青年が発した“誠実さ”が、自らの政治的立場を揺るがす可能性をはらんでいることを理解し始めていた。

 

 一方で、連邦地上軍の旧勢力と目される議員のひとりは、白髪の頭を抱えるようにして溜息をついた。

 

「……バスクが、ここまで腐っていたとは……」

 

 議員のひとりが思わずつぶやくと、別の席では資料をめくっていた女性議員が拳を握りしめた。

 

「……いずれ、誰かがやらねばならなかった……。だが、あれほどの覚悟を、十九歳の少年が……」

 

 と、ぽつりと声を漏らす。

 

 その言葉に、周囲の議員も静かに頷いていた。

 

 ──議場の最前列。

 

 エゥーゴ代表のブレックス准将とクワトロ・バジーナ大尉もまた席にあった。

 

 ブレックスは静かに口元に手を添え、アインの背を見送る。

 

 その瞳に、わずかに宿った感情は、政敵に向けるものではなかった。

 

「……やはり、彼だ。あの若者に託すべき時が来たのかもしれん」

 

 その声は誰にも聞かれないほどに低かった。

 

 隣に座るクワトロは、薄く目を細める。

 

「ですが、彼の敵は我々ではなく、“過去そのもの”かもしれません……」

 

 皮肉でも、嘲りでもない。

 

 ただ、一人の戦士がもう一人の戦士を理解した、その静かな評価だった。

 

 ──そして天井の照明の上では、数十のメディア用カメラが沈黙を記録し続けていた。

 

 “事実”と“言葉”が、ようやくこの場所に到達したのだ。

 

 それを受け止めるには、わずかに時間が必要だった。

 

 やがて、ゴップ議長がようやく一歩前に進み、議事槌を静かに持ち直した。

 

 ──歴史が、また一つ、転がり始めた音が鳴る。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 冷え切った空気が、軍中枢の空間を支配していた。

 

 大型戦略スクリーンに映し出されていたのは、ダカール連邦総会の中継──。

 

 壇上に立ち、軍服を纏い、誓うように言葉を発する若き将校の姿だった。

 

「我々“正統派ティターンズ”は、二度とこのような蛮行を許さない。

 秩序を掲げ、力を行使する者として、腐敗や私欲に塗れた軍の不正を正し、再び民を裏切ることのない組織に変革することを、今ここに宣言いたします」

 

 その言葉が響いた瞬間、キリマンジャロ司令室の照明は沈黙に飲まれたように感じられた。

 

 バスク・オムは、腕を組んだまま、わずかに目を細めていた。

 その顔には怒りも笑いも浮かばず、ただ静かに、そして不自然なまでに無表情だった。

 

「……やったな、小僧」

 

 唇が動いたのは、アインの姿がスクリーンから引いていった後だった。

 

 その声は小さく、震えていた。

 怒気ではなく、冷たい鉛のような諦念が滲んでいた。

 

「ジャミトフ……とうとう、この俺を切りにきたか」

 

 拳を握る音が、革手袋越しに軋む。

 

 だが、その眼差しは驚きではなく、どこか達観していた。

 泥を塗ろうとした少年に、泥の底から泥をすくい返された──そんな、敗北の自覚がそこにはあった。

 

「連邦軍の軍服を着て、民衆の味方気取りとは……この茶番が……」

 

 そう言いながらも、声に力はなく、ただ自分に向けるような罵倒だった。

 

 だが次の瞬間、バスクの眼に微かに光が宿る。

 

 怨念ではない。追いつめられた獣が見せる、最後の選択の目だ。

 

「いいだろう。ならばこちらも、最後の火を灯すまで」

 

 軍帽をゆっくり被り直すと、彼は背を向けて司令席を離れる。

 

 この戦争はまだ終わっていない。

 

 ――そしてバスク・オムは、まだ“手札”を捨てていなかった。

 

 

 

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