ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第5話 腐ってもMk-Ⅱだな

 

 グリーンノア1の工廠ブロックには、ティターンズの主導によって慎重に運ばれたMSたちが静かに並んでいた。

 

 ガンダムMk-Ⅱ、その1号機から3号機。

 

 それらの補修やテストを通じて剥ぎ取られたパーツが幾度も組み替えられ、ついには一機の新たなガンダムが生み出されていた。

 

 ──ガンダムMk-Ⅱ4号機。

 

 外見こそ1号機と見分けが付かないが、組成は補修と予備部品の寄せ集め、性能にはやや不安がある。

 

 だが、それを最初に託されたのは、Mk-Ⅱ試作0号機の正式パイロットたるゼロだった。

 

「ゼロ中尉。調整は万全です。起動準備は整っています」

 

 テクニシャンが敬礼と共に報告すると、ゼロは小さく頷いた。

 

「問題ない。……火を入れる」

 

 白いヘルメットを被りながら、ゼロがMk-Ⅱ 4号機のコックピットに乗り込む。

 

 外装にこそ新品の塗装がされているが、内部には年季の入ったフレームとパーツが走っていた。

 

 あくまで暫定機だ──それでも彼の眼差しには一点の曇りもない。

 

 一方で、その僚機たる二機。

 

 TR-1ヘイズル改には、ドゥーが搭乗することになった。

 

「ふっふっふ、待ってたよー、こういうの! ねぇねぇ、アイン、そっちも格好良いよ!」

 

「ええと……ありがとう、ドゥー。君のもとても……うん、大きくて強そうだね」

 

 そう返しながらアインが搭乗したのは、アーリーヘイズル。

 

 TR-1ヘイズル改の前身にあたる、ジム・クゥエルにガンダムタイプの頭部を移植した簡素な仕様だ。

 

 シンプルでクセがなく、性能も低め。

 

 だが、整備班の説明によれば、「逆にテストには一番適してる」とのことだった。

 

「……まあ、僕には合っているということですかね」

 

 静かに呟いて起動を開始したアインは、軽やかに手を動かし、試験項目の操作に集中していく。

 

 やがて3機は、グリーンノア1の外縁部から射出された。

 

 無音の宇宙へと放たれたガンダムたちは、それぞれのパイロットに導かれながら緩やかにフォーメーションを組む。

 

 ゼロの4号機、ドゥーのヘイズル改、アインのアーリーヘイズル。

 

 その中で、アインだけが──感じていた。

 

 重く、深く、静かに宇宙を満たすような“気配”を。

 

(……誰かが、向こうにいる)

 

 それは、言葉にならない感覚だった。

 

 視界に映るものでも、通信でもない。ただ、自分の“内側”から満ちてくるような鼓動。

 

 気付けば、コックピットの中で手が震えていた。

 

「……あの方向。グリプス……?」

 

 アインの視線の先、グリーンノアの重力軸の遥か外、遠くに見える構造体。

 

 その奥に、何かがいた。

 

 赤く染まった彗星のような存在。

 

(気配……これは、戦士の呼吸)

 

 誰かが、確かに宇宙の向こうで息づいていた。

 

 ゼロもドゥーもまだ気づいていない。

 

 だが、アインにはわかる。

 

 この空気の振動、この精神の震えは──“それ”が存在する証だった。

 

『アイン、どうしたの?』

 

 通信越しのドゥーの声に、アインは小さく首を振った。

 

「……なんでもありません。風が……吹いただけです」

 

 そう答えたアインの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

 

 戦いの鼓動が、確かに──彼を呼んでいた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの気配に、理由など必要なかった。

 

 アインの心の深く、もっと深く。

 

 理屈や訓練では到底到達できない領域に、何かが入り込んでくるような感覚──否、呼び覚まされるような直感があった。

 

 宇宙を隔て、言葉も、映像もないのに、それでも確かに伝わってくる“息遣い”。

 

 それは、燃えるように赤く、鋭く、理性の奥底に沈んだ感情を掘り起こすようだった。

 

(あなたは……誰?)

 

 心の中で問いかける。だが、返答はない。

 

 ただ“想い”だけが返ってくる。

 

 ──怒り。

 

 ──焦燥。

 

 ──そして、希望という名の業火。

 

 気付けば、アインの頬には冷たい汗が一筋伝っていた。

 

 彼は通信回線を開くことなく、そっと呟いた。

 

「これは、共鳴だ……。でも……」

 

 名乗りも、姿もない。

 

 だがアインはその“気配”が、一人の人間のものであると確信していた。

 

 混じり気のない鋼鉄の意志。

 

 悲しみを抱きしめたまま、それでも戦場に立ち続ける覚悟。

 

 そのすべてが、アインの内に染み込んでくる。

 

(僕には……理解できない。けれど、感じる)

 

 まるで、自分がその人の記憶の断片に触れてしまったかのように、過去の重さや、戦火の轟音、誰かの死、約束、涙、そして……。

 

 “自分の罪”。

 

 それらが、アインの中に、言葉もなく沈み込んでいく。

 

「──!」

 

 ふと、機体のモニターが軋むようにノイズを走らせた。

 

 同時に、アインの全身を痺れのような震動が貫いた。共振ではない。“干渉”だった。

 

 あちらからの共鳴もまた、確実に──こちらに届いていたのだ。

 

 グリプスの彼方、コロニーの陰に隠れ、姿すら見せぬままに。

 

 その男は、アインの存在に気付いた。

 

 そして、問いかけた。

 

(──貴様もまた、戦う者か?)

 

 それは、言葉ではなかった。ただ、想念という形を持たない衝動。

 

 アインの中で、応えるように何かが震えた。

 

「……はい。僕も、戦います」

 

 答えてしまった。

 

 自分の意思で、自分の声で。

 

 それは誰にも届かない返事でありながら、確かにあの“赤い彗星”に届いたという確信があった。

 

 その瞬間、アインは直感する。

 

 この宇宙にはまだ、自分たちより遥かに先を見ている者がいる。

 

 その背中は途方もなく遠い──けれど、だからこそ、辿り着きたい。

 

 そして、もしも彼が“敵”として現れることがあるのなら……。

 

 自分の力で、その意味を問い返すために。

 

 アインは静かに視線を上げた。

 

「ゼロ中尉、異常はありません。予定通り、データ収集を続行します」

 

 淡々とした声。

 

 だがその奥に灯ったものは、彼自身がまだ気づいていなかった。

 

 それが、“ニュータイプ”の始まりだったことに。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙(そら)を裂く閃光の中、ゼロの駆るガンダムMk-Ⅱ4号機は、まるで自らの居場所を確かめるように軌道を描いていた。

 

 ──腐ってもMk-Ⅱ。

 

 それは誰かが口にした呟きだったか、それとも、自身の内なる確信か。

 

 1号機から3号機の補修予備パーツを寄せ集め、フレーム強度を再調整し、性能の底上げを施したこの“4号機”は、確かに新造機とは言い難い。

 

 だが、ベースはガンダムMk-Ⅱ。

 

 ゼロ自身が乗り慣れた、あの「試作0号機」の血を引く存在。

 

「……やっぱり、しっくりくるな」

 

 そう呟くゼロの操縦桿は安定していた。

 

 スラスター出力は標準域。

 

 それでも空間を切り裂く加速は、他の2機を引き離すには充分すぎた。

 

 いや──。

 

 「充分すぎた」と思ったのは最初だけだった。

 

 ヘイズル改のドゥーが、三基のシールド・ブースターで信じられないほどの軌道加速を見せる。

 

『えへへっ、どう? こっちも負けてないよ!』

 

 スピーカー越しの無邪気な声に、ゼロは肩を竦めた。

 

「……遊ぶな。あくまで慣熟訓練だぞ」

 

 冷静な口調で応じるが、その声の奥に微かな笑みがあった。

 

 性能的に優れているはずの自分のMk-Ⅱが、速度だけで言えばドゥーの“追加装備機”に一歩譲る場面がある──それが、悪くないと思った。

 

 そして視界の端では、ギリギリの軌道で追走するもう一機。

 

 アーリーヘイズル。

 

 アインが操るそれは、見た目こそガンダムタイプに換装されているが、性能はジム系の延長線上にあるに過ぎない。

 

 だが。

 

(──維持してる、か)

 

 ゼロのセンサーが捉えたのは、機体出力を絶妙に調整しながらも、後方に食らいつく白の機体。

 

 限界寸前のG負荷。

 

 加速度アラートの発動直前、それでも機体制御に狂いはない。

 

「アイン……あいつ、押してるな」

 

 心中で呟いたゼロは、ほんの僅かにスロットルを緩めた。

 

 置いていくわけにはいかない、だが、手加減ではない。

 

 あくまで“僚機”としての判断だ。

 

『ゼロ、どうかしましたか?』

 

 アインから通信が飛ぶ。

 

「いや……ちょっと、空間のクセを見てただけだ」

 

 ゼロは短く返し、再びスロットルを開いた。

 

 腐ってもMk-Ⅱ、だが“腐らせない”のは、乗る者の技量だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静かに、重力から解き放たれた宙を、三機のガンダムが駆けていた。

 

 グリーンノア1宙域。

 

 ガンダムMk-Ⅱ4号機、高機動型ヘイズル改、そしてアーリーヘイズル。

 

 先頭に立つゼロが、控えめにスロットルを開く。

 

 咆哮するほどでもない中出力の加速が、機体を緩やかに押し出した。

 

 背後でドゥーのヘイズル改が、その推力に反応するように一気に加速した。

 

『ボクがいっちばーん! って、うおっ!?』

 

 パイロットスーツ越しにも、きゅっと肩をすくめる彼女の挙動が目に浮かぶ。

 

 両腕のシールド・ブースター、そしてバックパックのシールド・ブースターの計三基が炸裂音のように炎を噴き、爆発的な前進力を生み出す。

 

 だが、それは制御不能との隣り合わせだった。

 

『あれれれ!? はや、はやすぎるぅ!? なんかボクの機体、ぐるんって、やばっ!』

 

 加速に機体が追いつかず、機首が僅かに横へ逸れる。

 

 ドゥーが慌てて補正を入れるも、その挙動のブレはOSにも記録された。

 

 高機動に特化した装備であっても、パイロットが性能を引き出せなければ、ただの暴れ馬だ。

 

 対して、ゼロのMk-Ⅱは滑らかに宙を舐めるように回頭する。

 

 彼が操縦桿を傾けるその瞬間、機体は反射的に応じた。

 

 脚部スラスターが細やかに反転し、機体バランスは常に最適を保っている。

 

 試作0号機に比べれば遅い──しかし、その分“扱いやすい”。

 

『腐ってもMk-Ⅱってところだな。やっぱり、素体としての完成度は高い』

 

 飾らぬ声が通信越しに響いた。

 

 機体性能と操作反応に冷静に評価を下すその声は、実戦で生き抜いてきた者の重みを帯びていた。

 

 一方、後方で追従するアーリーヘイズルのコクピット。

 

 アインは、誰よりも静かに、そして正確に操縦桿を握っていた。

 

『……問題ありません。まだいけます』

 

 加速も旋回も、Mk-Ⅱやヘイズル改に比べれば、アーリーヘイズルは見劣りする。

 

 それでも、彼の技量がすべてを補っていた。

 

 操作限界ギリギリの推力配分を、彼は“感じて”理解していた。

 

 どこまで押して良いか、どこで抑えるべきか──判断が一瞬も遅れない。

 

 結果、警告アラート一つ鳴らすことなく、劣る機体を限界の速度で“静かに”走らせていた。

 

 だがその時だった。

 

 宇宙を裂く、光。

 

 遠く、グリーンノア1が正面に広がる視界の奥で、一筋の光線が突き刺さった。

 

 視認の僅か前に、三人のニュータイプは“気配”としてそれを感じ取っていた。

 

 ゼロが即座に制動をかけ、通信を開く。

 

『今のは──ビームだ』

 

 モニターには何も映らない。

 

 宙域センサーも沈黙したままだ。

 

 だが確かに、視界の果てから放たれたエネルギーの線が、グリーンノア1の一角を直撃した。

 

 明らかに──狙って撃たれたものだ。

 

『ゼロ……今のは……』

 

『わからん。ただの試射か、それとも何かの……』

 

 ドゥーが小さく震えた声を漏らす。

 

『……なんか、すっごい、寒気がした……ボク、あれ、やだ……やばい……』

 

 そのとき、アインの視界が鋭く細められる。

 

 彼の心が、どこか遠くと“共鳴”した。

 

『……赤い……光の中に……誰かが……』

 

 彼の内に響いたのは、まだ名前を知らぬ“クワトロ・バジーナ”の息遣い。

 

 彼こそが──“赤い彗星”の影を引く者であることを、アインだけが感じ取っていた。

 

 その刹那、警報がようやく基地中枢に鳴り響いた。

 

 グリーンノア1が、敵影を捉えたと──。

 

 

 

 

 

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