グリーンノア1の工廠ブロックには、ティターンズの主導によって慎重に運ばれたMSたちが静かに並んでいた。
ガンダムMk-Ⅱ、その1号機から3号機。
それらの補修やテストを通じて剥ぎ取られたパーツが幾度も組み替えられ、ついには一機の新たなガンダムが生み出されていた。
──ガンダムMk-Ⅱ4号機。
外見こそ1号機と見分けが付かないが、組成は補修と予備部品の寄せ集め、性能にはやや不安がある。
だが、それを最初に託されたのは、Mk-Ⅱ試作0号機の正式パイロットたるゼロだった。
「ゼロ中尉。調整は万全です。起動準備は整っています」
テクニシャンが敬礼と共に報告すると、ゼロは小さく頷いた。
「問題ない。……火を入れる」
白いヘルメットを被りながら、ゼロがMk-Ⅱ 4号機のコックピットに乗り込む。
外装にこそ新品の塗装がされているが、内部には年季の入ったフレームとパーツが走っていた。
あくまで暫定機だ──それでも彼の眼差しには一点の曇りもない。
一方で、その僚機たる二機。
TR-1ヘイズル改には、ドゥーが搭乗することになった。
「ふっふっふ、待ってたよー、こういうの! ねぇねぇ、アイン、そっちも格好良いよ!」
「ええと……ありがとう、ドゥー。君のもとても……うん、大きくて強そうだね」
そう返しながらアインが搭乗したのは、アーリーヘイズル。
TR-1ヘイズル改の前身にあたる、ジム・クゥエルにガンダムタイプの頭部を移植した簡素な仕様だ。
シンプルでクセがなく、性能も低め。
だが、整備班の説明によれば、「逆にテストには一番適してる」とのことだった。
「……まあ、僕には合っているということですかね」
静かに呟いて起動を開始したアインは、軽やかに手を動かし、試験項目の操作に集中していく。
やがて3機は、グリーンノア1の外縁部から射出された。
無音の宇宙へと放たれたガンダムたちは、それぞれのパイロットに導かれながら緩やかにフォーメーションを組む。
ゼロの4号機、ドゥーのヘイズル改、アインのアーリーヘイズル。
その中で、アインだけが──感じていた。
重く、深く、静かに宇宙を満たすような“気配”を。
(……誰かが、向こうにいる)
それは、言葉にならない感覚だった。
視界に映るものでも、通信でもない。ただ、自分の“内側”から満ちてくるような鼓動。
気付けば、コックピットの中で手が震えていた。
「……あの方向。グリプス……?」
アインの視線の先、グリーンノアの重力軸の遥か外、遠くに見える構造体。
その奥に、何かがいた。
赤く染まった彗星のような存在。
(気配……これは、戦士の呼吸)
誰かが、確かに宇宙の向こうで息づいていた。
ゼロもドゥーもまだ気づいていない。
だが、アインにはわかる。
この空気の振動、この精神の震えは──“それ”が存在する証だった。
『アイン、どうしたの?』
通信越しのドゥーの声に、アインは小さく首を振った。
「……なんでもありません。風が……吹いただけです」
そう答えたアインの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
戦いの鼓動が、確かに──彼を呼んでいた。
◇◇◇◇◇
あの気配に、理由など必要なかった。
アインの心の深く、もっと深く。
理屈や訓練では到底到達できない領域に、何かが入り込んでくるような感覚──否、呼び覚まされるような直感があった。
宇宙を隔て、言葉も、映像もないのに、それでも確かに伝わってくる“息遣い”。
それは、燃えるように赤く、鋭く、理性の奥底に沈んだ感情を掘り起こすようだった。
(あなたは……誰?)
心の中で問いかける。だが、返答はない。
ただ“想い”だけが返ってくる。
──怒り。
──焦燥。
──そして、希望という名の業火。
気付けば、アインの頬には冷たい汗が一筋伝っていた。
彼は通信回線を開くことなく、そっと呟いた。
「これは、共鳴だ……。でも……」
名乗りも、姿もない。
だがアインはその“気配”が、一人の人間のものであると確信していた。
混じり気のない鋼鉄の意志。
悲しみを抱きしめたまま、それでも戦場に立ち続ける覚悟。
そのすべてが、アインの内に染み込んでくる。
(僕には……理解できない。けれど、感じる)
まるで、自分がその人の記憶の断片に触れてしまったかのように、過去の重さや、戦火の轟音、誰かの死、約束、涙、そして……。
“自分の罪”。
それらが、アインの中に、言葉もなく沈み込んでいく。
「──!」
ふと、機体のモニターが軋むようにノイズを走らせた。
同時に、アインの全身を痺れのような震動が貫いた。共振ではない。“干渉”だった。
あちらからの共鳴もまた、確実に──こちらに届いていたのだ。
グリプスの彼方、コロニーの陰に隠れ、姿すら見せぬままに。
その男は、アインの存在に気付いた。
そして、問いかけた。
(──貴様もまた、戦う者か?)
それは、言葉ではなかった。ただ、想念という形を持たない衝動。
アインの中で、応えるように何かが震えた。
「……はい。僕も、戦います」
答えてしまった。
自分の意思で、自分の声で。
それは誰にも届かない返事でありながら、確かにあの“赤い彗星”に届いたという確信があった。
その瞬間、アインは直感する。
この宇宙にはまだ、自分たちより遥かに先を見ている者がいる。
その背中は途方もなく遠い──けれど、だからこそ、辿り着きたい。
そして、もしも彼が“敵”として現れることがあるのなら……。
自分の力で、その意味を問い返すために。
アインは静かに視線を上げた。
「ゼロ中尉、異常はありません。予定通り、データ収集を続行します」
淡々とした声。
だがその奥に灯ったものは、彼自身がまだ気づいていなかった。
それが、“ニュータイプ”の始まりだったことに。
◇◇◇◇◇
──腐ってもMk-Ⅱ。
それは誰かが口にした呟きだったか、それとも、自身の内なる確信か。
1号機から3号機の補修予備パーツを寄せ集め、フレーム強度を再調整し、性能の底上げを施したこの“4号機”は、確かに新造機とは言い難い。
だが、ベースはガンダムMk-Ⅱ。
ゼロ自身が乗り慣れた、あの「試作0号機」の血を引く存在。
「……やっぱり、しっくりくるな」
そう呟くゼロの操縦桿は安定していた。
スラスター出力は標準域。
それでも空間を切り裂く加速は、他の2機を引き離すには充分すぎた。
いや──。
「充分すぎた」と思ったのは最初だけだった。
ヘイズル改のドゥーが、三基のシールド・ブースターで信じられないほどの軌道加速を見せる。
『えへへっ、どう? こっちも負けてないよ!』
スピーカー越しの無邪気な声に、ゼロは肩を竦めた。
「……遊ぶな。あくまで慣熟訓練だぞ」
冷静な口調で応じるが、その声の奥に微かな笑みがあった。
性能的に優れているはずの自分のMk-Ⅱが、速度だけで言えばドゥーの“追加装備機”に一歩譲る場面がある──それが、悪くないと思った。
そして視界の端では、ギリギリの軌道で追走するもう一機。
アーリーヘイズル。
アインが操るそれは、見た目こそガンダムタイプに換装されているが、性能はジム系の延長線上にあるに過ぎない。
だが。
(──維持してる、か)
ゼロのセンサーが捉えたのは、機体出力を絶妙に調整しながらも、後方に食らいつく白の機体。
限界寸前のG負荷。
加速度アラートの発動直前、それでも機体制御に狂いはない。
「アイン……あいつ、押してるな」
心中で呟いたゼロは、ほんの僅かにスロットルを緩めた。
置いていくわけにはいかない、だが、手加減ではない。
あくまで“僚機”としての判断だ。
『ゼロ、どうかしましたか?』
アインから通信が飛ぶ。
「いや……ちょっと、空間のクセを見てただけだ」
ゼロは短く返し、再びスロットルを開いた。
腐ってもMk-Ⅱ、だが“腐らせない”のは、乗る者の技量だ。
◇◇◇◇◇
静かに、重力から解き放たれた宙を、三機のガンダムが駆けていた。
グリーンノア1宙域。
ガンダムMk-Ⅱ4号機、高機動型ヘイズル改、そしてアーリーヘイズル。
先頭に立つゼロが、控えめにスロットルを開く。
咆哮するほどでもない中出力の加速が、機体を緩やかに押し出した。
背後でドゥーのヘイズル改が、その推力に反応するように一気に加速した。
『ボクがいっちばーん! って、うおっ!?』
パイロットスーツ越しにも、きゅっと肩をすくめる彼女の挙動が目に浮かぶ。
両腕のシールド・ブースター、そしてバックパックのシールド・ブースターの計三基が炸裂音のように炎を噴き、爆発的な前進力を生み出す。
だが、それは制御不能との隣り合わせだった。
『あれれれ!? はや、はやすぎるぅ!? なんかボクの機体、ぐるんって、やばっ!』
加速に機体が追いつかず、機首が僅かに横へ逸れる。
ドゥーが慌てて補正を入れるも、その挙動のブレはOSにも記録された。
高機動に特化した装備であっても、パイロットが性能を引き出せなければ、ただの暴れ馬だ。
対して、ゼロのMk-Ⅱは滑らかに宙を舐めるように回頭する。
彼が操縦桿を傾けるその瞬間、機体は反射的に応じた。
脚部スラスターが細やかに反転し、機体バランスは常に最適を保っている。
試作0号機に比べれば遅い──しかし、その分“扱いやすい”。
『腐ってもMk-Ⅱってところだな。やっぱり、素体としての完成度は高い』
飾らぬ声が通信越しに響いた。
機体性能と操作反応に冷静に評価を下すその声は、実戦で生き抜いてきた者の重みを帯びていた。
一方、後方で追従するアーリーヘイズルのコクピット。
アインは、誰よりも静かに、そして正確に操縦桿を握っていた。
『……問題ありません。まだいけます』
加速も旋回も、Mk-Ⅱやヘイズル改に比べれば、アーリーヘイズルは見劣りする。
それでも、彼の技量がすべてを補っていた。
操作限界ギリギリの推力配分を、彼は“感じて”理解していた。
どこまで押して良いか、どこで抑えるべきか──判断が一瞬も遅れない。
結果、警告アラート一つ鳴らすことなく、劣る機体を限界の速度で“静かに”走らせていた。
だがその時だった。
宇宙を裂く、光。
遠く、グリーンノア1が正面に広がる視界の奥で、一筋の光線が突き刺さった。
視認の僅か前に、三人のニュータイプは“気配”としてそれを感じ取っていた。
ゼロが即座に制動をかけ、通信を開く。
『今のは──ビームだ』
モニターには何も映らない。
宙域センサーも沈黙したままだ。
だが確かに、視界の果てから放たれたエネルギーの線が、グリーンノア1の一角を直撃した。
明らかに──狙って撃たれたものだ。
『ゼロ……今のは……』
『わからん。ただの試射か、それとも何かの……』
ドゥーが小さく震えた声を漏らす。
『……なんか、すっごい、寒気がした……ボク、あれ、やだ……やばい……』
そのとき、アインの視界が鋭く細められる。
彼の心が、どこか遠くと“共鳴”した。
『……赤い……光の中に……誰かが……』
彼の内に響いたのは、まだ名前を知らぬ“クワトロ・バジーナ”の息遣い。
彼こそが──“赤い彗星”の影を引く者であることを、アインだけが感じ取っていた。
その刹那、警報がようやく基地中枢に鳴り響いた。
グリーンノア1が、敵影を捉えたと──。