宇宙に響かぬはずの音が、アインには“息遣い”として感じ取れた。
ふと目を向けた先、グリーンノア1の外壁に、一筋の閃光が突き刺さった。
極限まで収束されたメガ粒子砲──それが、グリーンノア1の採光エリアに着弾し、静かに、しかし確実に穴を穿った。
「これは……遠距離からのビーム? いや……」
アインは視線を彷徨わせ、直感を超えた確信を胸に抱く。
「シャア……」
彼と共鳴した記憶。
宇宙のどこかで共鳴する紅の波動。
それが、アインにひとつの答えを導き出した。
『ゼロ中尉。グリーンノア1の司令部に連絡を取ってください。敵がグリーンノアに突入している可能性があります』
『なんだって? 本当か?』
『感じました……“彼”です。間違いありません』
ゼロは即座に通信を試みたが、
『応答が……ない。いや、雑音がひどい。中継施設が破損してる可能性もあるな』
雑音交じりでどうにか聞き取れた通信によれば、先ほどMk-Ⅱ3号機が飛行テスト中に本部ビルへと墜落し、現場は混乱していたという。
『……仕方ない、戻るぞ』
ゼロが判断を下す。
だがこの距離を通常推力で戻るには時間がかかる。
ゼロはドゥーのヘイズル改に向かって言った。
『ドゥー、少し無茶をするぞ。アイン、俺と一緒に掴まれ』
『了解。……耐えます』
『へーい、しっかり掴まっててねー!』
ドゥーのヘイズル改の両腕とバックパックにはシールド・ブースターが装備されており、最大推力で加速すればこの三機を牽引してグリーンノア1まで戻れる。
三機が加速を開始した直後、アインの頭の中にまた“声”が響いた。
シャア・アズナブル──かつての赤い彗星。
その存在が、確実にグリーンノア1の中に迫っていた。
◇◇◇◇◇
コロニーの港湾ドックから戻るには時間が掛かりすぎると判断し、三機のガンダムは即座に方向転換した。
ゼロの駆るガンダムMk-Ⅱ4号機を中心に、ドゥーのヘイズル改、アインのアーリーヘイズルがその両脇を固める。
『……あの穴から入るぞ。敵が開けたのなら、今一番出入りに都合がいい』
ゼロの指示に、二人も異論はない。
宇宙から突き刺さったビームが穿った、グリーンノア1の外壁。
その破孔は今なお、空気が流出し、それをトリモチで雑ではあるが外に流出物が多く出ない様にされているが、MSが通るには十分な空間がある。
スラスターを絞って姿勢を制御しながら、三機はコロニー外壁の断熱素材と装甲を越え、一気にグリーンノアの内部へと滑り込んだ。
──そして、視界に飛び込んできたのは、爆煙とビームの残光が交錯する市街地の戦闘風景だった。
ビームライフルを撃ちつつ逃げるジムⅡが、背後から迫った赤い機体──リック・ディアスに狙いを定められる。
「撃たれる!」
ドゥーの叫びが上がるより早く、ジムⅡの脇腹に閃光が炸裂。
爆風と共に、街路に沿って建てられていた家屋の一角が巻き込まれて崩落する。
さらにもう一機、やはり回避運動を試みながらも、黒いリック・ディアスの追撃を受け、無残に撃墜された。
『……おかしいですね。ジムⅡの回避性能は、あんなに低くはないはずです』
静かに、アインが呟く。
コクピット内。
モニターに表示される被撃墜機の航跡を目で追いながら、彼はその動きに既視感を覚えていた。
──機体の軌道が直線的すぎる。
無駄なロールが多く、反復も不自然。
『あれはオート回避です。パイロット自身が動かしていない』
『ジムⅡの? じゃあパイロットは何してるのさ!』
ドゥーの声が驚きと苛立ちを含んで飛んでくる。
アインは言葉を選びながら続けた。
『ジムⅡの自動回避プログラムは、初代ガンダム──アムロ・レイ大尉の戦闘ログから構築されています。歴史的には正しい進化です。あれは新兵でも一定の回避機動を行える優秀な補助システムですが……』
そこで一呼吸おいて、言い切る。
『所詮は“過去の戦い”をなぞるだけの演算です。動きは綺麗に整っていても、読まれやすい。エースやベテランには“癖”として見抜かれるんです』
『つまり……種が割れてるってことか』
『はい。あれを“自分で動かせない”ままでは、避けきれません』
その指摘に、ゼロは短く頷いた。
ジムⅡの墜落と共に生じた火の粉が、グリーンノア1の静かな空を紅蓮に染める。
都市空間という狭い舞台で、思考停止の回避機動は通用しない。
知っている者には“先読み可能な演算結果”でしかなく、それはもはや“回避”とは言えなかった。
アインの目は、リック・ディアスの射線とジムⅡの挙動を正確に重ね合わせ、そこに残された僅かなズレが“わざと撃ち落としている”かのような精度である事実すら見抜いていた。
これが実戦だった。
マニュアル通りの動きに命を預けた者は、マニュアルに通じた敵の前では、ただの標的になる。
『……だから、僕は“僕自身”で操縦するんです。じゃないと、命を落としますから』
穏やかな声色に宿る、静かな覚悟。
ゼロはそれを聞きながらも、すでに次の行動を決めていた。
『二人とも、エリア内の掃討に移るぞ。こっちが黙って撃たれる理由はない』
『りょ、了解っ! ドゥー、いっくよーっ!』
『……了解です、ゼロ中尉』
三機のガンダムが並ぶように飛び出す。
宙を切る光条の狭間に、彼らの戦いが始まろうとしていた。
◇◇◇◇◇
宇宙空間に開いたグリーンノア1の採光孔。
その裂け目から、三つの光点が滑り込んでくる。
コロニーの内部に侵入したシャア──いや、クワトロ・バジーナは、リック・ディアスのモニターに映るその影に目を細めた。
「……ガンダムタイプか?」
先頭を進むのは、重装仕様のMS。
両腕とバックパックにシールド・ブースターを備え、機体各部には増加スラスターとセンサーポッド。
ガンダムMk-Ⅱ系の面影を残しながらも、より攻撃的に構築された機体。
その機体の動きに、クワトロは既視感を覚えた。
“力づくで空間をねじ伏せる”操縦。
加速も、姿勢制御も、数値上は理想的ではない。
しかし、逆にそれが人の意思を伴った動きであることを証明していた。
「……あれが“ゼロ”か?」
一瞬、そう思った。
だが──。
そのガンダムは、後続の機体を“牽引”していた。
浮かび上がるもう一機。
予備部品から組み上げられたガンダムMk-Ⅱ4号機。
装備はシンプルでありながら、その挙動は極限まで研ぎ澄まされていた。
ブーストのタイミング、制動の間合い、加速度と慣性の抜き差し──まるで機体そのものを“延長した身体”のように扱っている。
「……そうか、そういうことか」
クワトロは唇の端をわずかに動かした。
機体に騙されかけた。ヘイズル改の圧倒的な装備と推力に目を奪われたが、本物の“使い手”は、むしろ後ろにいる方だ。
牽引されていたガンダムMk-Ⅱ4号機──そのパイロットの意思が、空間に滲んでいる。
“感じる”。
これは理屈ではない。ニュータイプとしての感応。
「……なるほど。“ゼロ”というわけだな」
あの青年の存在は、既にクワトロの中で特別な位置を占めていた。
重装と装備で飾った機体ではなく、制約のある量産型をその身に馴染ませ、意志のままに振るう技量──。
パイロットがMSに乗っているのではない。MSが、パイロットの一部と化している。
「これが……“次代の意志”か」
クワトロ・バジーナの胸中に、かすかに熱が灯る。
そして確信する──この戦場には、確かに“変革の火種”が投げ込まれたと。
◇◇◇◇◇
グリーンノア1──その中枢都市区画、人工重力が機能する市街地上空。
崩れた採光窓から吹き込んだ真空の風と残響のような警報が響きわたる中、リック・ディアス3機が推進剤の閃光を撒きながら宙を舞っていた。
その標的となっていたのは、ジムⅡの小隊。
各機、オート回避プログラムに頼るように規則的な軌道で逃げ回っていたが、それが逆に読みやすさを晒していた。
「予測通り、見事に当たるな……」
クワトロ・バジーナが呟く。連邦の汎用MSは、かつての“ガンダムの戦闘記録”をベースにした自動回避アルゴリズムに依存している。
それは量産機の生存性を高めたが、経験豊富なパイロットの目からすれば、既に「パターン」だ。
そこへ──。
大穴から侵入してきた三機のガンダム。
ドゥーのヘイズル改、ゼロのガンダムMk-Ⅱ4号機、アインのアーリーヘイズル。
この順に、リック・ディアス隊の眼前に現れる。
「来たか……まさかここまでガンダムが造られているとは」
クワトロの目が素早く識別を行う。
最も推力を発して突入してきたのはヘイズル改、それに続くのがガンダムMk-Ⅱ4号機とアーリーヘイズルがビルの谷間を舞うように散開した。
「アポリー、ロベルト、対応を急げ! 敵もこちらを見ている!」
応答の直後、クワトロは正面に現れたガンダムMk-Ⅱ4号機の挙動に一瞬たじろぐ。
(Mk-Ⅱか……いや、違うな。だが……この動き──まさか)
ゼロのガンダムMk-Ⅱ4号機は、予備パーツの寄せ集めとは思えぬ加速と軌道制御を見せ、ビルの縁を蹴って縦回転。
瞬時に照準をずらしたクワトロの狙撃は、空を裂くだけに終わる。
一方で、アポリーに狙われたドゥーのヘイズル改は、三基のシールドブースターによる推力全開で宙を駆け、火線を紙一重で回避。
その背中越し、目にも止まらぬ挙動で躱していたのが、アーリーヘイズル──アインだった。
ロベルト機のクレイ・バズーカが火を噴く。
空間に放たれた破砕弾は、市街地上空をなぎ払うように迫った。
「……!」
アインの表情は変わらない。
機体を捻り、翻り、バレルロールを描いて飛び出す。
機体制御ギリギリ、アラートが鳴る寸前──それでいて、鳴らない。
そういう領域で動いている。
そのまま反転したアーリーヘイズルが、ロベルトのリック・ディアスのクレイ・バズーカを狙い撃つ。
ビームライフルの一閃がロベルト機の武装を破壊した。
「ロベルト!」
アポリーの声に反応しながら、クワトロはアーリーヘイズルを見据える。
(――あの動き。機体じゃない、あれはパイロットの……感応能力のなせる技か)
システムに頼る操縦ではない。
制御限界ギリギリを見極め、入力と感覚を一致させて「機体を支配している」動き。
その姿が、過去の幻影と重なる。
「ララァ……まさか」
だが、目の前にあるのはアーリーヘイズル。
そして機体性能で言えば、3機中最も劣るもののはずだった。
(性能を凌駕する感応……これはニュータイプの証左だ)
圧倒的な動きで戦場を切り裂くゼロのMk-Ⅱ、暴力的な推力で攻め込むドゥーのヘイズル改。
だが──。
「最も脅威なのは……アレか」
クワトロはそう呟く。
彼の視線は、迷いなくアインのアーリーヘイズルを追っていた。
舞台は、人工重力下の市街地上空。
その中で明確に一機、重力すら“意識の内”に取り込んでいる存在がいた。
◇◇◇◇◇
グリーンノア1――市街地上空。
乱戦の最中に、四機目のガンダムMk-Ⅱが舞い降りた。
ティターンズ仕様の黒を纏ったその機体は、明らかに出遅れていた。
『ティターンズ所属、カクリコン・カクーラー中尉だ。応援に来た』
通信が開かれるが、ゼロは小さく息を吐いた。
「……武装無しか。サーベルとバルカンだけで何をしに来た?」
それは戦力ではなかった。むしろ、この戦場においては"的"であり、"ノイズ"だ。
しかも敵味方の識別が曖昧な中、黒い機体色はクワトロたちにとって格好の標的でしかない。
ゼロは一瞬、カクリコン機を「撃墜される前に退避させるか」とも考えたが、それよりも目の前の赤い機体──クワトロのリック・ディアスの動きが優先だった。
そして、それを見ていたクワトロもまた、戦況の変化に素早く対応する。
「アポリー、ロベルト──あの新たに現れたMk-Ⅱを追い込め。私は残りの三機を引き受ける」
即断だった。
ティターンズの“戦力”が、むしろ戦場の“隙”になる。
それを利用するに、クワトロ・バジーナは一分の迷いもない。
リック・ディアスが赤い残光を放って跳躍する。
三機のガンダムに向かって。
「来るよ……!」
ドゥーが叫び、ヘイズル改のスラスターを最大出力にする。
機体が火花を吐いて地上を蹴るように跳ね、旋回する。
ゼロのMk-Ⅱ4号機も合わせるように動いた。
機動性と加速性は高い。
しかし、それでもなおクワトロは冷静だった。
「やはり──機体じゃない。……問題は、シャア・アズナブルのほうだ」
クワトロ──シャアの乗るリック・ディアスの軌道は正確で、加速と慣性の制御に一切の無駄がない。
特筆すべき推力も火力もない機体であれど、そのポテンシャルを100%引き出している。
それを肌身で感じる赤い彗星の脅威に、アインは身構える。
『来るぞ、二機とも散れ!』
ゼロの声に、アインとドゥーがすぐさま呼応する。
「はい。ドゥー、右へ」
「わかった!」
三方向に展開するガンダム。
その中心へ突き進むクワトロ機。
その瞬間、アインのアーリーヘイズルが鋭く旋回する。
反応速度と操縦スキル──それは、並のニュータイプでは到達し得ない領域に近づいていた。
(……すごいな。だが──)
クワトロの視線が一瞬、アイン機を捉えた。
そして次の瞬間、ドゥーのヘイズル改が凄まじい推力で割って入る。
(動きは粗い。だが、速い――!)
ゼロのMk-Ⅱ4号機は中間距離から冷静に狙撃。
だが、その精密な攻撃すら読み切ったかのように、赤いリック・ディアスは滑るように回避していた。
クワトロは自覚していた。
この三機のガンダム、いずれも只者ではない。
だが──。
だが、それでもなお──。
「不足なし、か」
口の端が、わずかに笑みを刻む。
運動性ではMk-Ⅱに劣る。
推力ではヘイズル改に劣る。
そして、アーリーヘイズルの直感的な機体操縦は、まるで自身の意識を読まれているかのような錯覚すら与える。
けれど、それでも構わなかった。
この三機を相手にすること。
それは、彼の中の“戦士としての血”を沸かせるのに、充分すぎた。
(これほどに昂っているとはな……まだ、私は──)
──戦場に、生きている。
そしてその証明を為すかのように、クワトロのリック・ディアスが三機のガンダムを纏めて一蹴すべく、火線の交錯に飛び込んでいった。