ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第75話 ここに《ネオ・ジオン》の結成を宣言いたします

 

U.C.0087年10月20日

 

 重い空気が、円卓を取り巻いていた。

 

 グリプス戦役および連邦軍内紛の終結を受けて開かれたこの臨時高等会議には、ゴップ議長をはじめとする政府閣僚、軍務省長官、安全保障局長官、会計監査院、そして宇宙方面軍の上層部などが顔を揃えていた。

 

 その中心にあったのは、ただ一人の名──。

 

 アイン・ムラサメ大将

 

 彼が指揮したグリプス攻略作戦、並びにティターンズ内紛の終結とゼダンの門の無血攻略によって、地球連邦軍はかつてない形で秩序を取り戻した。

 

 その功績と処遇を巡って、意見が交わされていた。

 

「……まず間違いなく、現行法下において最大級の栄誉に値する人物だ」

 

 軍務省の老練な次官が語ると、会議卓の数名が頷いた。

 

「議論は、表彰と処遇の二点に絞られるだろうな。ひとまず勲章については異論が出ないはずだが……」 

 

 そのとき、議長席に座るゴップが手を上げ、緩やかに口を開いた。

 

「……いや、問題はそこではあるまい。私はむしろ、“階級”の方に重みが足りんと考える」

 

 場が静まり返った。

 

 ゴップは続ける。

 

「軍の再編と、かつてのティターンズから続いた暴走の流れを断ち切り、しかも実働で統制と和解を成した。これを“大将”のまま据えてよいとは思えん。若年であれど、彼の功績にはそれだけの意味がある」

 

「……元帥にお上げになりますか?」

 

 安全保障局の責任者が慎重に尋ねた。

 

 だがゴップはすぐに首を振った。

 

「それでは“祭り上げ”になる。アイン・ムラサメの本質は、戦った英雄ではなく、秩序を建てた実務官僚だ。神棚に上げてしまっては動かせなくなる。今の地球に、それは致命的だろう」

 

 軍政局の官僚が言葉を引き継ぐ。

 

「……それでは、“上級大将”のような階級を、特設的にお作りになっては?」

 

 その言葉に、それしかないかと周囲は頷いた。

 

 毎度の事ながら、上げてくる成果が階級に見合わない上の後追い昇進というのは、それほどアイン・ムラサメという人間が特別であるとしか言いようがない。

 

 軍内部では彼に権限が集中し、議案提出数も群を抜いている事に依怙贔屓ではないかという声もあがっている。

 

 では彼と同じ事をしてみろと言えば口を噤むのだから、醜い嫉妬ほど情けないものはない。

 

「制度上の新設は容易とは言えませんが……前例はあります。統合作戦期における『臨時大元帥代行』『総軍長官補佐』といった官職がありました。“名誉階級”ではなく、あくまで現場に立てる“職務階級”として設ければ、“政治将校”とも“軍神”とも呼ばれずに済みましょう」

 

 だが、ここで軍務省の現場系高官が一人、反対を表明する。

 

「……待っていただきたい。上級大将という呼称では、他の大将格や方面軍司令官たちから“縄張りを荒らす気か”と反発が出かねません。現場は繊細です。“一段上の大将”など作れば、指揮系統がねじれ、各方面で統制不安が起きかねない」

 

 しばし沈黙ののち、内務省官僚が代案を示す。

 

「……では、こうしてはどうでしょう。“上級”という相対的な概念ではなく、“軍政大将”という制度上の特定職階を新設するのです。現場大将とは別系統。あくまで“軍政監理・制度改革・再建責任者”としての大将職という建前なら、軍務を脅かす意図はないと明確にできます」

 

  この提案に、ゴップは頷いた。

 

「それでよい。“軍政大将”。新設職階として、制度運用の責任者に据える。彼の裁量を保証しつつ、“将官たちの沽券”も守れる。名も体も、筋が通る」

 

 安全保障局長が補足する。

 

「“軍政大将”は事実上、統合参謀長に準ずる地位と権限を持つことになりますが、あくまで“戦略と制度の番人”として据えれば、現場との対立は避けられるでしょう」

 

 こうして──連邦史上初の、制度改革に基づく特設階級

 

 「軍政大将」

 

 それは戦乱の時代に、“組織の理性”を具現化するために生まれた階級となった。

 

 そしてその第一号に任じられるのが──アイン・ムラサメ。

 

 地球連邦軍を“ただの軍”から“国民を守る機構”へと進化させた、若き制度設計者だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静寂の会議室に、重厚なカーペットの足音が響いた。

 

 会議卓の最奥、中央席に座る男──ゴップ連邦議長がゆっくりと立ち上がる。

 

 その両側には、軍事評議会議長、財務省次官、法務監察局長、政務省次席補佐官らが無言で並び、睨むようにアイン・ムラサメの登場を待ち構えていた。

 

 扉が開く。

 

 黒と金の将校服に身を包んだ青年──アイン・ムラサメ大将が一礼し、堂々と歩みを進める。

 

「失礼いたします。アイン・ムラサメ、参上いたしました」

 

 短く、整った礼。

 

 しかしその一歩一歩には、グリプス戦役という内紛を終わらせた者としての“重み”があった。

 

 ゴップが口を開く。

 

「ご苦労、ムラサメ大将……いや、そう呼ばれるのも、今日が最後になるかもしれんがね」

 

 アインは表情を動かさない。ただ、その場に直立したまま静かに応じる。

 

「君のこれまでの働き、連邦としても無視できるものではなくなった。内紛を最小限の流血で抑え、グリプス戦役をほぼ単独で制した指揮系統──君一人で纏めた軍紀と、集まる投降兵の数。今やティターンズも、エゥーゴ、連邦正規軍すらも君の統制下にある始末だ」

 

 ゴップが静かに続ける。

 

「本来であれば、君を“元帥”に据える案も出た。だが、それでは軍の権威を独占し過ぎるという声もある。加えて、他の軍司令官たちからの反発も避けられない。それで、新たに定めた。“軍政大将”という階級だ。現行の大将より上位にして、元帥とは別の役割を担う階級となる」

 

 アインはすぐに理解したように静かに頷く。

 

「軍政を取り仕切り、戦力の統制・管理・再建・改革を任される……ですが、現場からは原則として退く」

 

 「そうだ」と、軍事評議会議長が代わって言う。

 

「ただし、“地球圏における国家的危機”が発生した際には、戦時裁量権が自動的に発動され、全軍を指揮する権限が即時君に移行する。極限状況であれば、現場に立つことも妨げない。それが、この軍政大将制度の柱だ」

 

 財務省次官が渋い顔で、「予算調整は後日話し合おう」とだけ吐き捨てる。

 

 政務省次席補佐官が低く呟く。

 

「……政争の道具には、ならんことを祈る」

 

 ゴップが手を挙げて全体の空気を整える。

 

「ムラサメ大将。君は今、“軍”という機構そのものを再定義する立場に立った。現場の英雄から、秩序を築く指導者へ──その象徴的責任を、ここに正式に委ねる。……引き受けてくれるか?」

 

 アインは静かに深呼吸し、直立不動の姿勢から、深く一礼した。

 

「……拝命いたします。自分はただ、軍という仕組みが、もう二度と内から崩れぬよう、理を以って支える柱となりたいのです」

 

 会議室の重い空気が、わずかに変わった。

 

 ゴップが頷き、背後の事務官に手渡された銀の徽章──「軍政大将章」を掲げる。

 

「本日を以って、アイン・ムラサメ大将を──“軍政大将”に任ずる」

 

 その瞬間、重厚な静寂がひときわ深く空間を包み込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

U.C.0087年10月25日

 

 静寂を貫く会議場に、荘厳なファンファーレが響き渡る。

 場内を埋め尽くすのは、連邦政府高官、各国代表、軍関係者、報道機関。

 

 そして、各コロニー・月・地上圏を含む全地球圏ネットワークによって中継される《軍政大将 任命式》。

 

 演壇に立つのは、ゴップ連邦議長。

 

 背後には連邦政府の象徴たる二つの旗がはためいている。

 

 「これより、地球連邦軍における新たな階級──『軍政大将』の任命式を執り行う。本日付けをもって、アイン・ムラサメ大将を軍政大将に任ずるものである」

 

 言葉とともに、ゴップの隣にアインが進み出る。

 

 黒金の礼装に身を包んだアインは、19歳の若さとは思えぬ冷静な面差しで、壇上の全員に敬礼を送った。

 

 儀礼官によって、銀を基調とした新たな襟章──“軍政大将章”が左肩に装着される。

 

 会場は拍手も歓声もなく、ただ深い敬意と緊張が支配していた。

 

 ゴップが一歩下がり、アインへと視線を送る。

 

「ムラサメ軍政大将、演説を」

 

 促され、アイン・ムラサメは演壇の前へと立つ。

 

 全地球圏へと放たれるカメラの赤いランプが一斉に点灯する中、アインは深く一礼し、語り始めた。

 

 

「諸君、私は軍人であり、同時に、軍という制度を正す者でもあります」

 

「かつてこの軍は、誤った指揮の下で内に向かい、銃を交え、血を流しました。私自身、その責を免れる立場ではありません。しかし、我々は変わらねばならない。過去の過ちを、未来への礎とするために」

 

「私は軍政大将として、以下を宣言します──」

 

 一拍。

 

「一、軍のすべての指揮体系を明確にし、命令の責任所在を可視化します。

 一、すべての兵は、政治的主張ではなく秩序に基づいて再任されるべきです。

 一、地球圏の平和と秩序を守るため、武力は最終手段として保持し続けます。

 一、過去に囚われず、未来の銀河開拓と地球の再生のため、新たな軍制度を築きます」

 

 聴衆の一部はざわつくが、誰も遮る者はいない。

 

「私の就任は、英雄の戴冠ではありません。これは“再建の誓い”であり、“責任の象徴”です。……この階級は、決して称号ではなく、重石です。自らを律する楔として、私はこの地位を受け入れました」

 

 言葉の最後に、アインは静かに演壇の前で直立し、全地球圏の視聴者へ向けて最後の言葉を放つ。

 

「今後、いかなる敵が来ようとも、我々は秩序の柱として屹立します。地球を、そして宇宙を──未来へと送り出す礎となるために。私は、誰のためでもなく、“全人類”のためにこの剣を携えます」

 

 礼。

 

 その場にいたすべての者が、息を呑んで彼を見つめていた。

 

 拍手はなかった。

 

 だが、それは“評価の欠如”ではなかった。

 

 ただ、誰もがその言葉の重さと正面から向き合い、沈黙という名の敬意を送っていたのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 軍政大将任命式を終えたアイン・ムラサメは、午後になってから《スードリ》艦内の応接室に一人の来客を呼び寄せていた。

 

 ハマーン・カーン。

 

 アクシズの摂政であり、現在はアインの“同志”として戦後秩序の再構築に協力している女性である。

 

 応接室の窓越しに映るのは、午後の陽光に沈むダカールの海と、軍政庁旗を掲げるスードリの格納桟橋。アインは窓の傍で立ち、振り返らぬまま静かに切り出した。

 

「ハマーン様。今、アクシズから出てきた貴方の同志たち──拠点となる場所は、ありますか?」

 

 ハマーンはわずかに眉を動かしたあと、すぐに頷いた。

 

「いいや、ない。今我々が停泊しているのは、月の裏側にあるゼブラゾーンの暗礁空域……表立って動けばサイド3にもアクシズにも睨まれる状況だ」

 

「グラナダには?」

 

「入れない。私たちが入港すれば、急進派にとって“攻撃する理由”を与えてしまう。彼らに正義を与える必要などない」

 

 そこまで言い切ったあと、ハマーンは座したまま目を閉じ、少しだけ呼吸を整えた。

 

 それを聞いていたアインは、顎に人差し指を添え、しばし思案するように口を閉ざした。

 

 やがて、静かに問う。

 

「……《ア・バオア・クー》、使う気はありますか?」

 

 ハマーンの目が細くなる。

 

「……あの旧要塞を?」

 

「はい。バスク・オムが去ったことで管理者が不在になっています。現状では、連邦議会に申請すれば、名目上の再利用は通ります。“アクシズ奪還までの仮宿”という名目なら、なおさらです」

 

 ハマーンは返答せず、思案深げに眼差しを海へ向ける。

 

 その表情に、怪訝さと同時に、現実を受け入れざるを得ない複雑な苦渋が滲んでいた。

 

「……あの場所は、兵を休められる。使い勝手を心得ている者も多いだろう。軌道上での隠蔽も利く。だが……」

 

「中で兵器の開発や生産をするつもりではないかと?」

 

「ふふ……話が早いな。そういうことだ」

 

 アインは微笑んだ。いや、どこか達観したように口元を緩めた。

 

「むしろ、そうして自立してくれるほうがありがたい。そのために、ひとつ──貴方の側で設計が止まっていたMSをこちらで生産していただきたい」

 

 そう言うと、アインは手元のデバイスを操作し、テーブルの上に設計図のホログラムを展開した。

 

 “AMS-119 ギラ・ドーガ”──アクシズ内で概案止まりになっていた最新鋭機の改良図面である。

 

 ハマーンの瞳が細くなった。

 

「これは……改良されている。熱効率、エネルギー伝導系、ナノ積層構造まで……」

 

「設計支援はシロッコとアナハイムの技師です。生産はアナハイムに委託してください」

 

「……金は?」

 

「連邦軍の防衛予算から、一時的な貸付として捻出します。アクシズを取り戻せたら、返還していただければ結構です」

 

 言い切ったアインの声音は、静かであった。

 

 だが、その目には“信用”と“期待”という色が隠されていた。

 

 ハマーンはしばし黙したのち、ふっと小さく笑う。

 

「……降参だわ。そこまでされて、断れる理由がない。利子をつけて返してあげましょう、軍政大将」

 

 そう言ったハマーンの声音には、もはや敵意も疑念もなかった。

 

 そこにあったのは、理想を見通す者への“認知”と“信頼”──そして、かすかな羨望にも似た感情であった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ティターンズ監察軍政官庁より提出された議案は、会場に即座に火を点けた。

 

 その議案とは──「亡命したハマーン派勢力に対して、ア・バオア・クーを一時的な仮宿として貸与し、戦後処理と人道的安定を図る案」である。

 

「ふざけるなッ!」

「ジオンの残党に、ア・バオア・クーをくれてやるだと!?」

「馬鹿も休み休みに言え!」

 

「歴史を忘れたのかッ!あの場所でどれだけの連邦兵が死んだと思っているんだ!」

 

「まさかアイン大将、ジオン復活の協力者にでもなるおつもりか?」

 

「これはティターンズの反逆だ!」

「連邦の象徴を……敵に貸すなど……!」

 

「そもそも、あれはゼダンの門として再建された連邦軍施設だぞ! その資産を勝手に流用するなど……!」

 

「本気で通すつもりか!?これは議会の背信にも等しい暴挙だぞ!」

 

 ──その怒号の嵐の中。

 

 議場の中央、静かに立ち上がった青年軍政大将、アイン・ムラサメの姿があった。

 

「……皆さん、仰る通り、“ジオン”という言葉には、確かに忌まわしき記憶があるでしょう」

 

 その声は丁寧で、だが会場の喧騒をわずかに抑え込む強さを帯びていた。

 

「ですが──それは名前の問題であって、"人間"の問題ではありません。彼らは敗れ、武装を解き、故郷を失ってなお……地球圏の秩序へ帰還しようとしている。我々の仲間になろうとしている。それを拒むのは、政治ではなく、暴力です。」

 

 議場が少しずつ静まり、視線が一点に集まる。

 

「我々は、銀河進出という未曽有の課題を目前にしています。しかし、“使える資源”を、過去の象徴や怨念で封印し続けていては、前には進めません。象徴だの因縁だのと、繰り返している暇があるのなら──代替施設を、今この場でご提示いただけますか?」

 

 どよめきが広がる。

 

「……無いのであれば、よろしいですね? 本議案は“貸与”です。所有権も管理権も地球連邦にあります。連邦軍による監視下のもと、兵器開発・武装拡大を行う場合には即時是正可能な条項も盛り込まれております。これは敵への便宜ではなく──未来における混乱の芽を摘むための政治的・戦略的判断です。」

 

 アインは周囲を静かに見渡し、言葉を締め括る。

 

「地球と宇宙に境界を引いていた時代は、もう終わった。我々は今こそ、赦し、共に立ち、理性ある秩序を築く道を選ぶべき時に来ているのです」

 

 沈黙。

 

 そして──数名の議員がゆっくりと頷き始める。

 

「……まったく、年端もいかない大将に一杯喰わされたな」

 

「仮宿か……言い得て妙だ。バスクの怨念が籠もっていそうで誰も手を付けたがらなんだ」

 

「だったら逆に監視しやすいってわけか……確かに」

 

「ジオンの亡霊ではなく、未来の証明か……」

 

「彼ならば、まだ任せられる」

 

 その後、形式的な賛否を経て──この議案は人道的必要性と安全保障上の緊急性に基づき、可決とされた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

【U.C.0087年10月30日 ダカール港湾《スードリ》艦内記者会見場】

 

 白を基調とした記者会見室の壇上に、漆黒の制服に身を包んだ一人の女性が静かに姿を現す。

 

 端整な顔立ち、その鋭い眼差しは、一瞬にして場内の空気を支配した。

 

 ハマーン・カーン。

 

 アクシズの摂政。

 

 そして今日、この日をもって──

 

「本日は、私ども亡命アクシズ派に対し、旧ゼダンの門──すなわちア・バオア・クーを仮宿として貸与するという議会決議に、正式な感謝を述べるべくこの場を設けました」

 

 一礼の後、彼女は語調を強める。

 

「地球と宇宙。アースノイドとスペースノイド。かつては対立し、戦争と混迷を繰り返したこの地球圏に──いま、理性と秩序による新たな潮流が生まれつつあります。その胎動を目の当たりにし、私は確信しました。この時代に、我々はただの亡命者として留まることは許されない、と」

 

 一瞬、視線を天井に向けたあと、はっきりと、全記者に目を向ける。

 

「よって本日──ここに《ネオ・ジオン》の結成を宣言いたします」

 

 カメラのフラッシュが連続して焔のように迸る。

 

 その中心で、彼女は誇り高く胸を張る。

 

「ネオ・ジオンは、アースノイドとスペースノイドの共存を掲げ、いかなる過去の怨恨にも与せず、理性と信義のもとで地球圏秩序の一翼を担うものです。かつてのジオンが掲げた自治権の理念を否定はしません。しかし我々は復讐の亡霊ではない。宇宙の静けさと、地球の青さを、未来へと繋げる者であると自負しております。《ジオン》という名を冠する以上、過去を背負わねばならぬことも理解しています。それでも──この名は、ただの反乱ではないという証左。同胞たちに、『ここに還れる場所がある』と伝えるための象徴です」

 

 一息の間を置き、最後にこう言い放つ。

 

「ネオ・ジオンは、いまここに──戦いではなく、共に未来を築くために、旗を掲げます」

 

 静まり返った記者会見室に、拍手はなかった。

 

 しかしそれは拒絶ではない。

 

 言葉を失い、ただ圧倒された結果に過ぎなかった。

 

 カメラのファインダー越しに、彼女が“亡命者”から“時代の担い手”へと変貌した瞬間が、克明に記録された。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ハマーン・カーンの記者会見から、わずか10分。

 

 まるで呼応するように、もう一つの会見ホールにカメラが集まり始めた。

 

 壇上に現れたのは、赤い儀礼服に身を包んだ男──その目は、迷いを脱した者の強さを湛えていた。

 

「……本来、私は人前に立つべきではない人間だったのかもしれない」

 

 淡々と、しかし澱みのない声で彼は語り始める。

 

「だが、今この時、あえて名前を明かし、ここに立つ。私の名は──キャスバル・レム・ダイクン。スペースノイドの自治と自由のために命を燃やした、ジオン・ズム・ダイクンの息子だ」

 

 場内にどよめきが走る。

 

 だが、キャスバルはそれに怯むことなく、次の言葉を紡ぐ。

 

「私は父の遺志を継ぐ者ではない。ただ、理想と名声に人々を巻き込むことの恐ろしさを知る者として──この時代に責任を果たすためにここにいる」

 

 カメラの閃光がまばらに焔を走らせる中、キャスバルはその一言を告げた。

 

「ここに、《ヌーベル・ジオン》の結成を宣言する!」

 

「ヌーベル──それは“新生”を意味する。我々は、かつてのジオンが残した思想の残骸ではなく、その“過ち”と“責任”を正面から受け止めるための、新たな礎として立つ」

 

「目的は一つ。

戦争によって荒廃した地球圏に生まれた、すべての難民と被災者を保護し、政治によって取り残された命に『帰る場所』をつくることだ」

 

 彼の語り口は演説というより、裁定に近かった。

 

 自らの過去を認め、恥じ、それでも前へ進むことの覚悟を込めたように。

 

「我々は、秩序ある新時代を脅かす急進的な暴力には、断固として対抗する。たとえそれが“ジオン”の名を冠した存在であったとしても──」

 

 そして、かつての赤い彗星ではあり得なかっただろう、穏やかな口調で締めくくる。

 

「ハマーン・カーン率いるネオ・ジオンが、新たな共存と防衛の理を掲げるならば、我らヌーベル・ジオンは、その理想に呼応し、地球連邦と共に戦う楯となろう」

 

「私は、ジオンの子として、ジオンを終わらせる」

 

 その言葉に、幾人かの記者は言葉を失った。

 

 《ジオンの子》が、自らその看板を過去に葬り去り、新たな時代の「盾」として名乗りを上げたのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 わずか30分の間に三度、通信網に切り替わる報道ヘッドライン。

 

 会見室は混乱しつつも、異様な熱気に包まれていた。

 

 今や“新時代の象徴”と化したティターンズ監察軍政官庁長官──アイン・ムラサメが、階段を静かに上り壇上に姿を現す。

 

 その姿は軍政大将としての儀礼服に身を包みながらも、どこか穏やかで、今まさに「歴史を織る者」の落ち着きを備えていた。

 

 記者たちがカメラを向けた瞬間、アインは胸に手を当て、静かに一礼し、語り出す。

 

「諸君──地球圏に新しい秩序が芽吹く、歴史の瞬間に立ち会っていることを、心に刻んでほしい」

 

 その声は静かに、しかし全地球圏へ力強く届いた。

 

「たった今、ハマーン・カーン閣下は《ネオ・ジオン》を、そしてキャスバル・レム・ダイクン閣下は《ヌーベル・ジオン》を、それぞれ結成された」

 

「彼らは決して対立するものではない──むしろ、我々がようやく辿り着いた“理性の時代”を共に歩む、真の同胞である」

 

 カメラの向こう、全地球圏とサイドの民が息を呑む。

 

 アインは、ためらうことなく言い切った。

 

「ここに、地球連邦軍軍政大将として、正式に《ネオ・ジオン》《ヌーベル・ジオン》との三者同盟を宣言する!」

 

 拍手も歓声もない。

 

 ただ、歴史の鐘だけが鳴っているようだった。

 

「この三者は、決して支配し合わず、決して蔑み合わず、それぞれの空を見上げながら、共に地球と宇宙の未来を守り抜く。我々は、もはや“敵”ではない。我々は、時代という名の難敵に、肩を並べて立ち向かう《同盟者》である」

 

 そして、視線を正面のカメラに向けた。

 

「我々は知っている。この地球圏の安寧とは、与えられるものではなく、築かれるべきものであると」

 

「ならばこの手で、共に築こう。

 過去の因縁を踏み越えて、いま、この場から始めよう。

 戦争ではなく、理性と秩序によって、未来を編む世界を!」

 

 その一言が終わると同時に、会見場にいたすべての者が立ち上がった。

 

 拍手ではなく、黙礼だった。

 

 誰もがこの瞬間が歴史に刻まれることを知っていたからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 歴史的会見から数時間後、艦内で最も防諜に優れた区画──ティターンズ監察軍政官庁長官たるアイン・ムラサメの私室に、二人の客人が招かれていた。

 

 ハマーン・カーンと、キャスバル・レム・ダイクン。

 

 この部屋には記録も記憶も残らない。

 

 ここで交わされた言葉は、全てが非公式のまま、時の砂に溶ける。

 

 部屋は無機質だが、清潔に整えられていた。

 

 テーブルには用意されたティーセット。

 

 そして銀のポットから、アイン自らが湯を注いだ。

 

 白磁のカップから微かに香る紅茶の匂い。

 

 そんな柔らかな空間に似つかわしくなく──アインは、少しだけ乱暴に、ソファに腰を沈めた。

 

「……まったく、びっくりしましたよ。ほんとうに」

 

 アインは、手元のティーカップをそっと置くと、目元にかかる前髪を押しのけるように指を通した。

 

「いきなり言うもんだから、議会が一時騒然としてしまって──『それ見たことか、ジオンの亡霊が尻尾を出したぞ!』とか、『ジオン・ダイクンの復活だと!? アイン大将、今すぐ彼らを鎮圧したまえ!』とか……」

 

 そこまで言うと、紅茶に口をつけ、ふぅと息を吐いた。

 

「抑えるの、大変だったんですよ? そのせいで原稿も考える暇がなくて。あの演説──全部、アドリブだったんですからね?」

 

 言葉は丁寧で穏やかだ。

 

 だがその声音には、珍しく“怒り”が宿っていた。

 

 正確には、“信頼していた相手だからこそ見せられる素の怒り”。

 

 ハマーンも、キャスバルも、アインがこんな風に感情をあらわにするのを初めて見た。

 

 完璧な理性で構築された青年の“地”が、そこにはあった。

 

 ハマーンは、一瞬だけ視線を伏せ、率直に口を開いた。

 

「……申し訳ない。だが、あのタイミングこそが最適と判断した。ネオ・ジオンという旗を掲げることで、急進派に“こちらが先だ”と牽制できる。印象に残るだろうとも思った。だが──貴方の負担になったのは誤算だった」

 

 その瞳には偽りがなかった。

 

 誇り高き摂政が、真っすぐに謝罪したのは、アインを“同志”と認めているからこそ。

 

 その横で、キャスバルは柔らかく笑みを浮かべた。

 

「……いや、すまなかったな。私も、少し悪ふざけが過ぎたかもしれん」

 

 悪戯が成功した少年のような口調。

 

 だがすぐに、その笑顔が静かに消え、瞳の奥に真剣な光が灯る。

 

「だがな、アイン。私は……以前から、水面下であの会見の準備を進めていた。キャスバル・レム・ダイクンとして立つ以上、どう世界と向き合うべきか──父・ジオンの咎を、どう背負うか──それは逃げられないと、悟っていたからだ」

 

 拳を静かに握りしめ、言葉を続ける。

 

「戦争難民たちは、私の父が遺した理想がもたらした副産物でもある。ならばその償いもまた、私が背負わねばならない。だからこそ、私は“ヌーベル・ジオン”を名乗った。新しい名で、新しい秩序を築く。その覚悟の名だ」

 

 沈黙が落ちた。

 

 アインは、目を閉じて、ふっと微笑んだ。

 

「……それを聞かされたら、何も反論する言葉はないですね」

 

 彼は椅子の背にもたれかかりながら、どこか慈しむように、二人を見つめた。

 

「いいじゃないですか。ネオもヌーベルも。ようやく“名前”に、意味が生まれた気がします。ジオンとは、もう過去の呪縛ではなく、“責任”と“希望”の象徴になった──」

 

 少年のような微笑の裏に、確かに“歴史”を赦された者の顔があった。

 

 この日、歴史はまた一つ、静かに転換点を迎えた。

 

 三人の“怪物”が、地球と宇宙を背負いながら、紅茶を囲んで語らったこの夜──その裏側を知る者は、ごく少ない。

 

 だが、この夜を境にして、宇宙世紀は“赦しと責任”によって前に進むこととなる。

 

 

 

 

 

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