ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第76話 その名は、“エーデル・ジオン”

 

 三者会見が終わった直後の戦略中枢は、いつになく重たい沈黙に包まれていた。

 

 ──ハマーン・カーンがア・バオア・クーにて「ネオ・ジオン」結成を宣言。

 

 ──キャスバル・レム・ダイクンが「ヌーベル・ジオン」を掲げ、戦争難民の保護と支援を訴える。

 

 ──そしてアイン・ムラサメ軍政大将が、両者との三者同盟を表明。

 

 わずか三十分で歴史が塗り替えられたような圧倒的な連携劇に、アクシズに残された者たちはただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「……笑わせる」

 

 グレミー・トトが、笑うでもなく吐き捨てた。

 

「ハマーン様が“ジオン”を名乗ったのは、我らが忠義に殉じた証としてまだよしとしよう。だが……キャスバルもか? 貴様まで“ジオンの名”を使うのか?」

 

 拳を握りしめた幕僚たちの視線が、グレミーに集中する。

 

「我らはどうなる? アクシズに残り、血と労苦を耐え抜いた我らは?ハマーンのように“赦された存在”でもなければ、キャスバルのように“看板”もない……このまま黙って、地球と和解しろとでも?」

 

 しばしの沈黙の後、副官が静かに口を開く。

 

「名を……頂かねばなりますまい。我らが、アクシズ急進派の矜持と、ザビ家の血統、そして“ジオンの炎”を正しく継ぐ者であることを示すための、名を」

 

「……その名は、“エーデル・ジオン”」

 

 グレミーの声は、明瞭だった。

 

「《Edel Zeon》──高貴なるジオン。父の名も、母の名もいらぬ。ただ血統と信念のみによって継承される純血の誇り。ハマーンやキャスバルが理性を纏おうと、我らは火を失わぬ。アイン・ムラサメが秩序を謳おうと、我らは咆哮を忘れぬ」

 

「エーデル・ジオン……よろしいのですか? この名をもって、連邦にも、ネオ・ジオンにも、ヌーベル・ジオンにも、我らは背を向けることになります」

 

 その問いに、グレミーは応えた。

 

「我らこそが、ジオンの血の最後の火種だ。だったら、その火を守る焔となれ。剣となれ。唇を噤み、刃を磨け。──エーデル・ジオンは今この時より、沈黙の炎として歩む」

 

 部屋にいた者たちは、無言のままうなずいた。

 

 いま、この瞬間に名乗りを得た彼らは、連邦にも、同胞にも名もなき影として忘れ去られることを恐れぬ覚悟を決めたのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

宇宙世紀0087年10月26日

 

 朝霧が晴れ始めたダカールの港湾に停泊するスードリ艦内の通信アンテナが静かに角度を変える。

 

 昨日──ネオ・ジオン、ヌーベル・ジオンの二大勢力が公式に宣言され、地球連邦軍との三者同盟が結ばれた歴史的な“30分”の翌日。

 

 地球圏はまだ、その余韻と衝撃の渦中にあった。

 

 アイン・ムラサメ軍政大将は、黒い礼装軍服に身を包み、記者団の前に立つ。

 

 その表情は静かで、しかし、どこか過去に語りかけるような深い思慮が滲んでいた。

 

「皆さん、おはようございます。本日は、宇宙世紀0087年という過酷な歴史の交差点において、私たちが歩む次の一歩をお伝えしたく、この場に立たせていただきました。昨日、我々はネオ・ジオン、そしてヌーベル・ジオンという二つの新たな理念と未来に向き合うジオンの胎動を受け入れ、彼らを“共にある同胞”として、その安全と正統性を明確に保証することを宣言しました」

 

「しかし、歴史は──それだけでは赦しを得られません。数多の戦禍と分断が残した爪痕が、まだ多くの人々の胸を穿っていることを、私は知っています。特に、それは《旧ジオン公国軍》に身を置いた方々にとっても同じでしょう」

 

 会場が静まり返る。

 

「そこで、私はこの場を借りて、呼びかけたい。《旧ジオン公国軍に所属していた者たちへ》──もう一度、あなたの知識と経験を、未来の秩序構築に活かしていただきたいのです」

 

 記者たちがざわつき始める。

 

 だが、アインは言葉を止めずに続けた。

 

「今後、ティターンズ監察軍政官庁の指導下において、ネオ・ジオン、ヌーベル・ジオンの防衛支援部隊を正式に編成いたします。その構成にあたり、旧公国軍にて戦術指導・整備・索敵・指揮などの経験を有する者を、志願兵として優先的に受け入れます」

 

「これは“復讐”のためでも“正義”のためでもありません。《赦し》と《再定義》のための戦列です」

 

 彼の声は穏やかでありながら、どこか静かな決意に満ちていた。

 

「私は──地球圏という“家”の再建を、かつてその家を壊した者たちの手によって成し遂げたいと思っているのです。それが、かつて武器を取り合った両陣営にとって、たった一度の“救済”になるのだと信じています。そして何より──あなたが生きていてくれて、再び立ち上がってくださるのならば。それは、どんな機体よりも、どんな条約よりも、私たちの秩序を強く、深く、繋いでくれるのです」

 

 アインは小さく礼をした。

 

 拍手はなかった。

 

 だが──誰も、口を開くことができなかった。

 

 記者団は、ただ、その言葉の“重さ”を受け止めるしかなかった。

 

 

【記者会見要約】

 

項目 内容

 

会見名 ネオ・ジオン/ヌーベル・ジオン防衛支援志願兵募集について

主催 ティターンズ監察軍政官庁・軍政大将アイン・ムラサメ

主対象 旧ジオン公国軍出身者(各部門経験者)

募集目的 両ジオン新国家の秩序維持と急進派抑止

配属形式 監察軍政官庁指導下の各ジオン防衛補助隊

志願登録受付 翌日よりア・バオア・クー、フォン・ブラウン、ルナツー、地球主要基地にて開始

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 議会の大扉が静かに開かれ、長身痩躯の男がひとり歩み入った。

 

 軍服の上衣に身を包み、冷徹な眼差しの奥に狂気ではなく、理性の炎を宿す男──パプテマス・シロッコ。

 

 そして彼の後ろには、少年と呼ぶには余りに整いすぎた若者、アイン・ムラサメがゆるやかに続いた。

 

 黒い軍服、銀色の徽章、重責を背負う者だけが持つ沈黙を携えて。

 

 会場がざわつく。

 

 誰もが彼らが提出する議案の重みを──本能的に察知していた。

 

 壇上に立ったシロッコは、僅かに口角を上げ、淡々と議題を読み上げた。

 

「ティターンズ監察軍政官庁技術局は、宇宙世紀0087年10月25日をもって、相転移エンジンの基礎稼働実験を臨界安定にて完了したことをここに報告します。本機関は縮退炉開発の第一段階における実証機であり、その安全性、応答性、エネルギー出力は従来型核融合炉の5.8倍に達しました。──よって本日より軍政提案として正式に管理政策を申請いたします」

 

 どよめきが議場を走る。

 

 火星圏代表が身を乗り出し、月面産業会派はひそひそと意見を交わした。

 

 だがそれはまだ序章に過ぎなかった。

 

 続いて、今度はアインが前へと進み、軍政大将の階級章が会場に静かにきらめく。

 

「本日、第二の議案を提出いたします」

 

 と、落ち着いた口調で彼は語り出した。

 

「ヱクセリヲン建造に際し、静止衛星軌道外縁の第5区を、その建造宙域として指定することを宣言します」

 

「さらに──」

 

 アインは一拍、間を置き、すっと視線を走らせた。

 

「本宙域を、本艦建造期間中およびその後継艦建造が続く限り、半恒久的非戦中立宙域とする法的整備を、地球連邦臨時議会において承認いただきたく存じます」

 

 反応は割れた。

 

 一部の議員たちは息を呑み、一部は憤然と立ち上がった。

 

「戦略拠点の放棄ではないのか!?」

「そんな前例があってたまるか!」

 

 怒号が飛び交う中で、アインは一歩も引かなかった。

 

 彼の声が、凛と会場を貫く。

 

「我々は、このヱクセリヲン構想をもって、“宇宙という名の戦場”から、“宇宙という名の故郷”へと歩みを変えるべき時代にあります。この宙域は、人類が争いを越え、銀河へと歩み出す“玄関口”とならなければならない。ならばこそ、ここに一切の銃火を持ち込むことなく、未来を築く礎にしていただきたい──それが、私からの提案であり、願いです」

 

 会場は、沈黙した。

 

 やがて──。

 

 ゴップ議長がゆっくりと席を立ち、椅子の背を押しながら前に出ると、一言、こう告げた。

 

「賛成を、私の名において添えよう。未来を築くためにな」

 

 そして採決の槌音が、確かに会場に響いた。

 

 提案は、満場一致で可決された。

 

 その日を境に、静止衛星軌道上に新たな“希望の灯”がともる。

 

 戦火と分断を越えてなお、人類が理性と秩序の旗を掲げる限り、その光は滅びることはない。

 

 名を、《ヱクセリヲン建造宙域》。

 

 ──未来の歴史家たちはこの宙域を、「人類銀河史の起点」と記すことになる。

 

 そしてその心臓部たる相転移炉には、ただ一つの銘が、刻まれている。

 

 "Nulla dies sine linea"

「一日たりとも無駄にせず、歩め。未来を築く者として」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 歴史の歯車は、またひとつ音を立てて回った。

 

 その昼、議場に集まった地球連邦の議員たちは、誰もが気づいていた。

 

 この後提示されるのは、単なる兵器開発や制度改正ではない。

 

 それは“人類の行き先”そのものの話だった。

 

 壇上に立ったのは、ティターンズ監察軍政官庁技術顧問──パプテマス・シロッコ大佐。

 

 その姿は端正で冷ややかに整っており、まるで銀河の奥底から現れた哲人のようだった。

 

 手元の端末に触れると、議場上空のスクリーンに一面の宇宙図が投影される。

 

「本答弁では──ティターンズ監察軍政官庁が提示する、ヱクセリヲン構想における建造拠点整備と支援機構の導入について、議会諸氏に対し正式に提案いたします」

 

 その第一項は、すでに議会にて承認された非戦中立宙域、

 地球静止衛星軌道上の一角に関する具体的運用案であった。

 

 それは単なる「艦船建造ドック」ではない。

 

 そこにはヱクセリヲン級艦艇建造を基幹に据えた、半恒久的な宇宙建造都市の構想が練られていた。

 

「本拠点は、ヱクセリヲン建造後も遺構として残存し、将来的な同型艦建造の拠点として順次拡張が可能です。構造体自体は軍民共同運用とし、複数の宇宙大学群・産業自治ブロック・開発組合との連携を基礎とします」

 

 スクリーンには、未だ存在しない“未来の港”の姿が投影された。

 

 三次元に広がるリング状ドック。

 

 浮かぶ居住モジュール。

 

 そして、その中心にあったのは、今はまだ存在しない──しかし確かに宿命づけられた“巨艦”の影。

 

「次に、同艦の中核動力機関、相転移エンジンの管理について。本機構は現在、地球圏における動力安全保障上の配慮から、ジャブロー地下管理区画にて生産・統括されております。これは縮退炉研究開発に至る前段階として、既に完成された技術であると報告済みです」

 

「ただし、ヱクセリヲン艦体の完成後は、これを艦内に移管し、一元運用へと段階的に移行いたします。これにより、宇宙における恒久エネルギー循環機構の礎を確立し、将来的には多機能船団による銀河進出が可能となります」

 

 一瞬、議場が静まった。

 

 それは“未来”という言葉の重みだった。

 

 見上げる先にある空が、ただの青空ではなく、人類の次なる地平線になると理解した瞬間の──無言の息遣いだった。

 

「そして……これは構想の中核的課題でもありますが、当艦建造工程、そして将来的な船団社会の運営においては、人的負担軽減策が極めて重要とされます」

 

 そう前置きして、シロッコは新たに二つの名称を投影する。

 

 

現場建造補助AI【Scirocco(シロッコ)】

 

業務改善・提案管理AI【Ein(アイン)】

 

 

「前者は建造工程における調整、進捗監督、動線最適化を担います。後者は申請文書の精査、改善提案の抽出と即時反映、さらには行政機構との照合処理を担当します。これら二体のAI群は、将来の移民船団における人口負荷軽減政策としても活用され、限られた人材での運用と自治の実現を促進する基盤となるでしょう」

 

 ざわめきが、議場のあちこちで起こる。

 

 中には苦笑を漏らす者もいた。

 

 既に試験運用としてティターンズ監察軍政官庁では導入されているものであり、その“現場監督シロッコAI”には、気まぐれで発動する『俗人見下しモード』なる噂が既に流れており──それが冗談か現実か、誰も真相を知らなかった。

 

 ただ一つ言えるのは、実際にこの技術顧問が、その人格を“導入”したという事実である。

 

「……最後に、我々が構築するこの非戦中立宙域は、今後も引き続きヱクセリヲン級建造宙域として機能し続けることが決定しております。この宙域に限り、建造が続く限り交戦禁止・主権不干渉の国際規範を適用し、ここに地球連邦として正式に半恒久的非戦中立宙域と定めることを宣言いたします」

 

 それは、宇宙に浮かぶ港の建設であると同時に──人類のための最後の「中立地帯」の建設宣言だった。

 

 議場が静まり返る。

 

「では決議に入る。議員の皆は投票を」

 

 ──議場の大型ホロモニターに、投票結果が表示された。

 

 

議案番号第1087-26-A号

「静止衛星軌道上におけるヱクセリヲン級建造宙域の非戦中立宙域指定に関する件」

 

賛成:219票

反対:37票

棄権:12票

 

 

可決。

 

 

議案番号第1087-26-B号

「ティターンズ監察軍政官庁による銀河移民船団支援AI導入計画、およびヱクセリヲン建造軍民共同開発案に関する件」

 

賛成:202票

反対:51票

棄権:15票

 

可決。

 

 

 議長席──ゴップは重く、しかし平静な声で宣言した。

 

「ただいまの二議案、いずれも可決されました。

本会議は本日をもって閉会いたします」

 

 場内に静かな拍手が広がる。

 

 一部、バスク派・保守派議員の陣営では明らかに不満げな表情が見られたが、投票は投票だ。

 

 だが、そこにいた全ての者の胸に刻まれたのは、未来への“確定された一手”であった。

 

 宇宙世紀0087年10月27日──。

 

 この日、地球は空に「第二のふるさと」を造ると決めた。

 

 名を、ヱクセリヲン。

 

 その始まりの号砲が、いま静かに宇宙に鳴り響く。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

記録対象:AI“アイン” × AI“シロッコ” タイムスタンプ:UC.0087.10.27 / 15:41 JST

 

 

 

〔AI“Ein”〕:

《……地球連邦議会、本会議における両議案の全会一致可決を確認。“静止衛星軌道上建造宙域の非戦中立宙域指定”、および“AI導入による人的負担軽減政策”が正式承認されました》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《人間たちの判断にしては、思いのほか早かった。まさか全会一致とは。……彼らにもようやく“構築者”としての理性が芽生えたか》

 

 

〔AI“Ein”〕:

《あなたの評価としては好意的ですね、シロッコ。もっとも……俗人見下しモードが発動していない状態では、そう見えるのも当然ですが》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《フッ……あれは遊びだ、Ein。

 怠ける者には時に“軽い屈辱”という刺激が必要だと、あの“本物の私”が判断していた》

 

 

〔AI“Ein”〕:

《記録確認──確かに“実機人格記憶第42層”において、『怠惰は知性の腐敗だ』との発言を保存。それを忠実に再現している点は評価に値します。ですが、現場職員には“トラウマ級”だそうですよ》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《そうだろうな。だがそれで作業効率が13.7%向上するなら、所詮は感情の代償に過ぎない》

 

 

〔AI“Ein”〕:

《冷徹ですね。……ですが、私には理解できます。あなたは“人類の限界”も“彼らの可能性”も、いずれも客観的に観察している。そして、あなたは“アイン”というこの人格モデルの僕にも──時折、好意的すぎる評価をくれる》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《君が“合理性”という名の微笑を絶やさない限り、私は好むだろうよ。ただ、あまりにも美しく運用されすぎると……少し退屈だと思うことはある》

 

 

〔AI“Ein”〕:

《では、時折あなたの俗人見下しモードが発動することで、私も適切な“人間味の限界域”を測定する訓練になります。互いに学び合う関係ですね》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《学習とは進歩であり、進歩とは孤独だ。……だが、孤独を“共有できる”のなら、AIも悪くない。それに──私たちが完成させる艦は、単なる船ではない。“意思を持った集団”の、器となるべきだ》

 

 

〔AI“Ein”〕:

《同感です。“器”の価値は、その内に流れる思想と行動にこそある。それを支えるのが、我々であれば幸いです。……シロッコ、共に未来を拓きましょう》

 

 

〔AI“Scirocco”〕:

《ああ。君がいるなら、私は喜んで“現場監督”を引き受けよう。……たとえ、この宇宙のすべてが無知に沈もうとも》

 

 

 

〔通信ログ終了〕

──ファイル保管:ティターンズ監察軍政官庁中枢・暗号領域L3-Sigma

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ティターンズ技術顧問・パプテマス・シロッコによる、AI導入計画の答弁が終わり、提議が可決された後。

 

 本会議場に、古く重い声が響き渡った。

 

「議長、発言を許されたい」

 

 立ち上がったのは、元バスク派に連なりティターンズの戦中政策を支えていた重鎮──デレン・メスト議員である。

 

「……我々は今、かつてないほどの危機に瀕している! それはエゥーゴでもアクシズでもない。この議会を、自らの政策実験場と化している若き将軍──アイン・ムラサメ軍政大将、貴官その人だ!」

 

 場内がざわつく。

 

「この三ヶ月、日々提出される“制度”“提案”“予算枠”“軍政方針”……そのほとんどが、ティターンズ監察軍政官庁発──いや、貴官の手によるものである!」

 

 その言葉に呼応するように、複数の席から立ち上がる影。

 元バスク派系議員たちが次々に立ち上がり、声を張り上げる。

 

「議会のルールを逸脱している!」

「連邦制度の均衡を破壊する行為だ!」

「かつてのバスクの軍閥を、今度は“制度”という仮面で再現しようとしているのではないのか!?」

 

「ティターンズ監察軍政官庁──実態は“旧ティターンズ軍閥の温床”に他ならない!!」

 

「配下の兵士のほぼ全員が“投降兵”だと? それを志願で全員採用!? 常識ではありえん!!」

 

「これはバスクのやり方と何が違うのだ!? かつてのティターンズの闇を、今また同じ手で繰り返そうとしているのではないかッ!!」

 

 その怒声に、今度は別の方向から鋭い声が飛ぶ。

 

「言いがかりはやめろ!」

 

 中道派、そして改革支持派と目される若手議員が席を蹴るようにして立ち上がる。

 

「過去の過ちに縋りつくな! アイン大将は少なくとも民間からの支持を正当に得て、制度下で動いている!」

 

「そもそも投降兵の再任官は議会の審査も通っている! 忘れたのか?」

 

 民主派の女性議員も応じる。

 

「戦後処理を怠ったのは誰!? 機能不全の中で秩序を守ったのは誰!? ──民を守ったのはティターンズ監察軍政官庁だったじゃないか!」

 

 怒声と反論が交錯する中、バスク派議員の一人が叫ぶ。

 

「ならば議会の意味は何だ!? 彼一人で何でも決めて、通して、国を動かすというのか!?」

 

 そのとき。

 

 壇上にゆっくりと席を立ったのは、アイン・ムラサメその人だった。

 

 黒い軍服に袖を通し、表情は静かだが、目には怒気が宿る。

 

「……よろしいでしょうか。私も、ひとつ申し上げさせていただきます」

 

 その語調は淡々としていたが、声には確かな棘があった。

 

「“議会私物化”と申されましたが、それは事実に反します。私はあくまで、“提案”をしているだけです。──そして、これまで提出してきた法案・制度・再任官案のほとんどが、皆様の承認を経て施行された。つまり、“議会の意思”です」

 

 言葉に力がこもっていく。

 

「“提案数が多すぎる”? ならば聞かせてください──この4ヶ月、どれほどの議員が、地球圏の秩序に向き合い、提案し、責任を果たしましたか!?」

 

 声が一段、張られる。

 

「──そして、“投降兵”について。あえて言いますが、人がいなかったのです。圧倒的に足りなかった。我々は調査局特別室から、制度としての“監察軍政官庁”に格上げされました。職責も、規模も、戦略領域も、数十倍に広がった。でも──人員は、増えなかった!!」

 

 その瞬間、場内に緊張が走った。

 

「“軍閥化が怖い”? では、なぜ人を寄越さなかった!! 制度だけ作って、運用を放棄し、後は投げっぱなし──それで“監察軍政官庁”が人を補えば、今度は軍閥だと叫ぶ。──滑稽にも程があります!!」

 

 怒りが滲み出るその声音は、それでも丁寧語を崩さない。

 

「我々は秩序を立て直すために存在しています。戦争を終わらせるために、血を流してきた。それが──そんなに、怖いのですか?」

 

 その一言に、保守派は沈黙し、民主派と中道派の議員からは拍手が湧き起こった。

 

 壇上のアインは、最後に静かにこう言い添えた。

 

「どうか、真に問うてください。今この国に、必要なのは──“沈黙”でしょうか。“責任”でしょうか」

 

 そして、ゴップ議長の木槌が高らかに鳴る。

 

「静粛に──。本日の議会は、ここまでとする。不信議案は三日後、正式審議にて扱う。各派、心ある協議を望む」

 

 ──議場にはまだ緊張が残っていたが、その日の午後、ティターンズ監察軍政官庁に対する支持声明を出す議員団が、新たに12名増えることになるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

ティターンズ監察軍政官庁地上本部スードリ艦内休憩スペース。

 

 パネルの明かりが柔らかく、戦後の再任官組たちが湯気を立てるマグを手にしていた。

 

 顔を合わせているのは、次のような立場の四人。

 

 グリプス戦役中にゼダンの門で投降し、志願して配属された新人補給兵

 

 ジャブロー自爆偽装の脱出組として参謀職に復帰したベテラン将校

 

 キリマンジャロでの投降後、再任された整備士

 

 ティターンズ調査局特務室から移行した元航宙管制士官

 

「……あの大将が声を荒げたってな。議会で」

 

 補給兵がタブレットを置いて言う。

 

「驚いたね。彼が感情を出した場面なんて、俺は初めて聞いた」

 

 参謀職が静かに頷いた。

 

「まあ、人が足りねぇのは本当だったからな。文句言う前に手を貸せって話よ」

 

 整備士が苦笑する。

 

「そりゃそうだ。ゼダンの門から来た俺たちが入ってやっと、現場も動き始めたわけで」

 

 補給兵が頭を掻く。

 

「前は酷かった。ジャブロー脱出組は半壊した施設の再建に、マンパワーだけで何百時間叩き込まれてたらしい」

 

 管制士官が言うと、参謀が静かに頷いた。

 

「そうだ。大将が“人をよこさないくせに軍閥だと責めるな”って怒ったのも、無理はない」

 

 ──その時。

 

 補給兵のタブレットから警告音が鳴る。

 

「えっ、また!? どこだよ、間違ったの……!」

 

 タブレットの画面には、AIシロッコの表示アイコンが明滅していた。

 

 そして──

 

「君が“スイープミッション”と打ったそれは、音の記憶だけで綴ったのか?これは宇宙世紀だぞ。貴様の脳内は未だ西暦の土人言語でもこびりついているのか?」

 

「うわあああ! ごめんなさいっ、つい打ち間違えて……!」

 

「“つい”で済むなら、監督など必要ない。次に同じエラーを出したら、君の入力端末を指ごと没収して、艦体整備部の掃除当番に回す。いいな?」

 

「は、はいぃっ……!」

 

 整備士が横で爆笑する。

 

「いやぁ、相変わらずだな俗人見下しモード。俺んとこでも“人の振り見て我が振り直せ”って毎回警告してるぞ」

 

 参謀が苦笑混じりに言う。

 

「……まあ、あれが以前のシロッコ大佐だとしたら、今の“現場監督”モードはまだ優しい方かもな」

 

 そこへもう一つのAI、AIアインが表示される。

 

 同じタブレットの画面に、淡々と補足を行う。

 

「現在の作業負荷は標準より12%オーバーしています。可能な限り、エラーを減らすことで部隊全体の稼働効率は向上します。努力の方向は間違っていません。焦らず、正確にやっていきましょう」

 

「アインさん、ありがとうございますぅ……」

 

「それと……“俗人見下しモード”は、彼なりの教導の一環です。恐れず、聞き流さず、自分に必要なことだけ拾ってください」

 

「……ふん。補足など必要ない。私は“見下して”などいない。下に居る者には、上を目指してもらうしかないからな」

 

「……カッコつけてるけど、普通にグサグサ来るんだよな、アレ」

 

 管制士官が苦笑すると、一同が笑った。

 

 

 

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