ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第79話 私は……この人を、愛してる

 

【宇宙世紀0087年10月30日/地球連邦臨時議会場】

 

 秋の終わりを告げる風が、宇宙へと通じる巨大なドーム天井を震わせていた。

 

 ティターンズ監察軍政官庁――その頂点に立つ青年軍政大将、アイン・ムラサメが、静かに演壇へ歩を進めると、議場の空気が一変した。

 

 彼が議案提出を示すタブレットを掲げた瞬間、場内はざわめき、鋭い視線が集中する。

 

「空気税撤廃草案──?」

 

 ささやきはあっという間に波紋となり、保守派の一部議員が立ち上がって声を荒らげる。

 

「馬鹿な! これは地球の防衛網に対する挑戦ではないのか!」

 

「アイン大将、あなたは何を考えておられるのですか!?」

 

「我々地球居住者への背信だ!」

 

 ヤジが飛び交い、議場の秩序が崩れかけたその瞬間、アインは一礼し、マイクの前に立った。

 

 ──議場が、静まり返る。

 

「……皆様。ご静聴いただき、感謝します」

 

 アインの声は穏やかで、しかし確かな意志を帯びていた。

 

「急激な撤廃ではありません。段階的減税を経て、空気税制度を廃止する草案であります」

 

 スクリーンには、連邦初代首相官邸爆破、ラプラス事件の記録映像が浮かぶ。

 

 重苦しい過去が議場に影を落とす。

 

「この税は、あの事件を契機として導入されました。宇宙に住まう者たちへの制御装置として……。確かに当時、地球上の人々にとって、それは“安全の代償”だったのかもしれません。しかし──」

 

 アインは一拍、息を飲んだ。

 

「その制度が引き起こしたのは、スペースノイドへの過重な搾取。そして、ジオン・ダイクンの思想。ジオン公国の独立。そして一年戦争という地獄でした」

 

 議場の一部がざわめいたが、アインの声は止まらない。

 

「今この瞬間にも、アースノイドの皆様が普通に吸っている空気のために、スペースノイドの方々は倍の時間を働き、その手取りは半分です。空気税を払えず、自らの子供を売らざるを得なかった者も居ます」

 

 静寂。

 

 まるで、時間が止まったかのようだった。

 

「銀河移民船団ヱクセリヲンには、空気に値段はありません。あの艦は、呼吸する船です」

 

 スクリーンに、建造中のヱクセリヲンの映像が浮かぶ。

 

 そこには、広大な緑地と青空が再現され、人々が子供たちと遊ぶ様子が投影された。

 

「人間が呼吸する空気に、値段がついて良いのでしょうか?  今の理性ある地球圏であれば、もはや新たなジオン公国は生まれません。生ませてはなりません」

 

 アインの声が、一段と強くなる。

 

「私たちは、人として生きるための尊厳を空気という形で握るのを、やめるべき時が来たのです」

 

 そして、深々と一礼した。

 

「私は切に願います。どうか、理解を賜りたく」

 

 議場はしばし静まり返った。

 

 やがて、中道派の若手議員がゆっくりと立ち上がり、拍手を送った。

 

 それは徐々に広がり、数十、数百の議員が立ち上がり、賛意を示す拍手の渦へと変わっていく。

 

 ただ一人、壇上に立つ青年は静かにそれを受け止めていた。

 

 ──空に値段をつける時代の終わりが、そこにあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 演説が終わった直後、議場のすぐ裏手にある政務会議室では、地球連邦政府の上層部が顔を揃えていた。

 

 ゴップ議長、経済省次官、安全保障局長官、財務監査局長、さらには地球復興庁や地球居住自治会連盟の代表までもが臨席していた。

 

 その空気は、張りつめていた。

 

 沈黙を破ったのは、経済省の重鎮だった。厚い眼鏡を外し、手元のデータ端末を机に叩きつける。

 

「……まさか、あのアイン・ムラサメが空気税にまで手を伸ばすとは……!」

 

 財務監査局長が苦虫を噛み潰したような表情でうなずく。

 

「空気税は“戦後の安全弁”だ。あれを外せば、地球居住者と宇宙居住者の摩擦が再燃する可能性がある……少なくとも、我々はそう説明してきたんだぞ」

 

「……だが、その説明がもう通用しない時代になった、ということだ」

 

 口を開いたのは、ゴップ議長だった。

 

 彼は手元の草案データをスクロールし、投影ホログラムに切り替える。

 

「空気税撤廃後、スペースノイド側の生産・物流活動が“現状比3.2倍”にまで膨らみ、同時に税収未納率が9割改善され、総所得税による国庫収入が現在の2.03倍に増収するという試算だ……。これは、机上の空論ではない。技術部と経済庁予測班、ヱクセリヲン構想支援機関による三機関合同の試算だ」

 

「そんな数字……出せる訳が……!」

 

「実際に、出てるんですよ……!」

 

 新設された宇宙経済庁の若手局員が、抑えきれずに声を上げた。

 

「この試算は、既に複数のモデル計算と現場データをもとに導出されたものです。ジャブロー地下工区、ゼダンの門投降者を中心に導入されたAI支援作業システムと自動化プラント、それに加えてスペースノイド側のAIMS労働システムの効率指数を掛け合わせた結果──……スペースノイドは、地球側の倍の速度で経済成長できる基盤が整っている」

 

 誰もが言葉を失った。

 

 今まで、“宇宙側は未開で不安定”という前提のもとに組み立てられていた経済と安全保障体制。

 

 それを、あの19歳の軍政大将はたった一つの演説で土台から揺るがせたのだ。

 

 その時、安全保障局長官がぼそりとつぶやいた。

 

「……つまり、我々はこれまで“ジオンの亡霊”と“空気の値段”を楯に、スペースノイドを支配していたのか……?」

 

 その言葉に誰も否定を返さなかった。

 

「支配などと……!」

 

 顔を赤らめたのは地球自治会連盟の代表だった。

 

「我々は地球を守ってきたんだ。空気は有限だ、だからこそ“納得させる形”で課税してきた。あの空気税がなければ、コロニーは肥大し、戦争はもっと増えていた……そう説明してきたじゃないか……!」

 

「──“説明”は正しかったのか?」

 

 今度は、ゴップが冷静に問い返した。

 

「説明が“正しかった”からといって、それが“今も正しい”とは限らない。……今、地球圏は、理性と秩序で構築されようとしている」

 

 彼の視線は、投影されたアインの演説映像に注がれていた。

 

 その眼差しには、警戒と……しかし、わずかに、信頼が混じっていた。

 

「……あれが、時代を変える怪物というものか」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 スードリ艦内、静まり返った私室に明かりはなかった。

 

 壁面のコンソールパネルがわずかな光を放ち、その光がシーツの白と青年の横顔を淡く照らしていた。

 

 アイン・ムラサメ。

 

 地球連邦軍・軍政大将。

 

 監察軍政官庁の長官。

 

 銀河進出政策「ヱクセリヲン構想」の発案者。

 

 だが今、その青年は深夜のベッドに背を預け、動かぬ視線を天井に向けていた。

 

 

 ──なんで、こんなことになったんだろう。

 

 

 胸の奥で、何度も何度も繰り返されるその問い。

 

 まるで擦り切れたテープのように、思考が同じ円環を旋回する。

 

 ほんの8ヶ月程前。

 

 彼はただの一介の学生で、模型屋に通い、ガンプラを組み、アニメのセリフを暗唱し、宇宙世紀の戦争と英雄に酔っていた。

 

 そのすべてが虚構で、画面の中だけの遠い物語だと、疑いもせずに。

 

 だが、目を覚ませばそこは本物の宇宙世紀だった。

 

 コロニーは本当に軋み、連邦は腐敗し、人は人を殺していた。

 

 ジャミトフ・ハイマンは実在し、バスク・オムは跋扈し、シロッコも、ハマーンも。

 

 そして──ミネバも、アムロも、キャスバルもこの宇宙にいた。

 

 彼は「正義」を叫ぶことはしなかった。

 

 英雄にもならなかった。

 

 ただ、この世界に順応するしかなかった。

 

 生き延びる為に、して来たことだった。

 

 ──言葉が通じてしまった。

 

 ──行動が評価されてしまった。

 

 ──構想が通ってしまった。

 

 ──無血開城なんていう大戦果を上げてしまった。

 

 気づけば、“軍政大将”の肩書きが与えられ、国家の法案を通し、地球圏の秩序を担い、ニュータイプたちと魂を重ねていた。

 

「僕は──たかが一人の、ガンダムが好きなだけの人間だったのに」

 

 ふと、口に出た言葉は、誰にも届かないはずの空気に溶けた。

 

 その瞬間、コンソールの端末が光を灯す。

 

《お疲れ様です。AI-EIN、待機しています。話し相手が必要ですか?》

 

 アインはしばしの沈黙ののち、小さく息をついた。

 

「……いや、大丈夫だよ」

 

 だが本当は、大丈夫などではなかった。

 

 それを誰よりも知っていたのは、彼の模倣たるAIアインかもしれない。

 

 ──身の丈に合わない。

 

 ──でも、歩みを止めたら、きっと何かが壊れてしまう。

 

 「こんなはずじゃなかった」と思う自分がいる。

 

 「でも、やるしかない」と言い聞かせる自分もいる。

 

 「それでも──」と歯を食いしばるしかない

 

 その二つが拮抗して、アイン・ムラサメという存在は、いまも地球圏を背負っていた。

 

 

 

 外は深夜。スードリの機体は微かに鳴動しながら、地球の大気圏の高みを漂っている。

 

 青年はひとり、誰にも語れぬ“真実”を胸に、眠らぬ夜を見つめていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜のスードリ。艦内灯は落とされ、司令官区画も静寂に包まれていた。

 

 アイン・ムラサメは自室のベッドに腰掛け、掌の上で震えるように組んだ指を見つめていた。

 

 ──なぜ、僕がここにいるのか。

 

 ──なぜ、今こうして、銀河の未来を語っているのか。

 

 答えはまだ、自分でも整理しきれていなかった。

 

 そのとき、控えめなノック音が室内に響いた。

 

「……どうぞ」

 

 静かに扉が開き、月の光を背にして現れた少女。

 

 ミネバ・ラオ・ザビ。

 

 まだ幼さの残るその面差しには、どこか迷いのない光が宿っていた。

 

「やっぱり……ここにいたのですね」

 

 言葉の奥にあったのは、確信。

 

 アインは穏やかに頷き、彼女が椅子に腰掛けるのを促した。

 

 ふたりの間に、短い沈黙が訪れる。

 

「……何か感じたんですね。僕の……心の揺れを」

 

 ミネバはそっと、視線を彼に向けた。

 

「はい。あなたの……心が、泣いているように思えて」

 

 その一言に、アインの呼吸が一瞬、止まった。

 

 この世界で、誰にも知られていないはずの痛みに触れられた気がして。

 

「……ミネバ様。あなたに、お話ししておかなければならないことがあります」

 

 そう言うと、アインは立ち上がり、部屋の照明を最小に落とした。

 

 月光だけが、ふたりの輪郭を浮かび上がらせていた。

 

「僕は……この世界の人間ではありません。生まれたのは、別の地球……。そこには宇宙世紀は存在しませんでした。ガンダムという“物語”がある、ただの平和な時代です」

 

 ミネバの目が見開かれる。しかしそれは、拒絶ではなかった。

 

「僕は……その世界の“ただの一ファン”でした。アムロに憧れて、シャアに魅せられて、戦争の物語に心を震わせて。だけど気がついたら、ここにいた。アイン・ムラサメという存在になっていた」

 

 彼は目を伏せ、声を絞った。

 

「だから……僕は、偽物なんです。何かになろうと足掻きながら、ただ“本物になりたくて”、ここまで来てしまった。銀河の未来だとか、地球の運命だとか──そんな大それたものを背負っていい人間じゃないのに」

 

 その声は、震えていた。心の底から、湧き上がる自責と苦悩がにじんでいた。

 

「……僕は、本当は……怖くて仕方がないんです。誰かに『お前は違う』って言われる日が来るんじゃないかって。全部が嘘だったと暴かれる日が来るんじゃないかって──」

 

 次の瞬間。

 

 ミネバは立ち上がり、無言のままアインの手を取った。

 

 そして、小さな声で告げた。

 

「アイン……あなたは、偽物なんかじゃない」

 

 目を見開く彼に、彼女はしっかりと語りかける。

 

「あなたがどんな出自であっても、今ここで人の痛みを感じ、人のために涙を流し、未来を見つめている。それが“あなた”です。アイン・ムラサメという人間です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アインの喉から音が漏れた。

 

 それは、掠れた嗚咽だった。

 

「……ありがとう、ございます……」

 

 そして次の瞬間。彼は堪えきれず、ミネバをぎゅっと、抱きしめた。

 

 彼女は驚いたように息を呑んだが、抵抗しなかった。

 

 アインの肩が、小さく震えていた。

 

 彼は泣いていた。声を押し殺しながら、必死に、涙をこらえながら。

 

「ずっと……ずっと、ひとりだと思ってた……! 怖くて、仕方がなくて……!」

 

 その言葉は、彼が背負ってきた孤独の総てだった。

 

 そして、ようやくそれを誰かに預けられた、解放の瞬間でもあった。

 

 ミネバはそっと、彼の背に手を添えた。

 

「あなたは、もうひとりではありません。……私はここにいます。ずっと、あなたの隣に」

 

 その月夜、アイン・ムラサメという青年は、ようやく“誰かに受け止められた”のだった。

 

 そしてそれは、彼の中に新たな光を灯す。

 

 ただの責任でもなく、義務でもなく、彼自身の意思として。

 

──人として、愛されていいのだと。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その胸の中で、彼は──泣いていた。

 

 静かに、抑えるように、それでも確かに肩を震わせながら、ミネバを抱きしめるアイン。

 

 軍政大将として幾億の命を束ね、連邦という巨人と、ジオンの残影を背負い、銀河移民という未来を切り拓こうとしている男。

 

 けれど今、この部屋の中で彼はただの──ひとりの少年だった。

 

(……あなたが……)

 

 ミネバはその腕をほどかなかった。

 

 驚きはあった。けれど、拒絶はなかった。

 

 幼い頃から、自分を「象徴」として見つめる者ばかりの中で、初めて「一人の人間」として彼の震えを受け止めている。

 

「ずっと……ずっと、ひとりだと思ってた……! 怖くて、仕方がなくて……!」

 

 アインの声は、ほとんど掠れていた。

 

 彼の息が、ミネバの肩にかかる。

 

 言葉を紡ぐたび、かすかにその胸が震えた。

 

(知っていた……心のどこかで)

 

 理性と秩序の申し子、あらゆる演説と戦略において隙のないアイン・ムラサメ。

 

 けれど彼の「声」の奥には、常に何か、深い孤独のような揺らぎがあった。

 

 それがどこから来ているのかを──ミネバは、今ようやく理解できた気がした。

 

 彼は“なるべくして生まれた者”ではなかった。

 

 この時代に、望まずして立ってしまった者。

 

 その覚悟と矛盾、その痛みを背負いながら、なおも「誰かのために」と歩き続ける者。

 

 ミネバは、そっと瞳を伏せた。

 

(あなたが、泣ける場所があって、よかった)

 

 アインの涙は、きっと誰の前でも流せないものだった。

 

 それを自分にだけは見せてくれたという事実が、胸の奥に小さな火を灯した。

 

 それは、誇りではなかった。

 

 所有欲でも、優越感でもなかった。

 

(……私は、あなたの居場所になりたい)

 

 そう思った瞬間──何かが、明確に「形」になった。

 

 それはこれまでミネバの中で、言葉にならないまま漂っていた感情だった。

 

 彼の横顔に惹かれた日。

 

 彼の父を語ってくれた事に心を揺さぶられた日。

 

 そして、キリマンジャロで共鳴し、彼の魂の叫びを胸に刻んだ日──。

 

 それら全てが、一本の糸のように結びつき、今、はっきりとした名を得た。

 

(私は……この人を、愛してる)

 

 それは、守られるべき少女の感情ではなかった。

 

 誰かの後ろに隠れる“象徴”の恋でもなかった。

 

 彼の孤独に寄り添いたいと願う、ひとりの人間の愛だった。

 

 泣いているアインの背に、そっと手を添える。

 

 まるで、何も言わずに包み込むように──彼の存在そのものを、抱きしめ返すように。

 

 彼の頬に当たる金の髪が揺れた。

 

 ミネバは、小さく息を吐くように囁いた。

 

「……ありがとう、アイン。私を信じてくれて」

 

 その声に、アインの震えが止まった。

 

 彼の腕が、ほんの少し強くなる。

 

 その時、ミネバは確信した。

 

 この人の涙に、自分の存在は意味を持てたのだと。

 

 そしてこの夜が、自分の人生の中で、きっと決して消えない灯火になることを。

 

(私は、もう迷わない。──この人の傍にいたい)

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 無機質な床に反響する二つの足音だけが、静寂を切り裂いていた。

 

 長机の上には、封印コードの付いたカプセル型コンテナが置かれている。

 

 その中身──AMX-011《ザクⅢ》の完全設計データであった。

 

 やがて、アイン・ムラサメ軍政大将が静かに口を開いた。

 

「……この機体は、時代を逆走する設計かもしれません。ですが、“銀河系を歩く地上軍”としての貴方の理想に、最も適した機体であると私は判断しました」

 

 アインが指先でコンテナのロックを外すと、ホログラムで構造図が展開される。

 

 全高23.9メートル、頭頂高21.0メートル。本体重量は44.2トン。ガンダリウム・コンポジット製の装甲を有し、総推力は172,600キログラム。

 

 頭部および腰部にビーム・キャノンを内蔵、さらにビーム・サーベルとライフルを標準装備。汎用性と重装甲の両立に成功した“ZAKU”の極点です。

 

「ギラ・ドーガよりも若干コストはかさみますが、白兵戦における対応力と姿勢制御の反応速度は、旧来のジオン系技術の集大成と呼べるものです」

 

 キャスバルがその設計図面を目で追い、ひとつ、深く息を吐いた。

 

「……まさかこの機体を、君から渡される日が来るとは思わなかったよ、アイン・ムラサメ」

 

「貴方の理想に応じる責任が、私にはあると考えています。現地戦力を維持するためにも、まずはこのデータを、ヌーベルジオンの技術陣へ」

 

 アインはそこで言葉を切ると、わずかに表情を和らげて続けた。

 

「ただし、量産はアナハイム社経由で。私たちもアースノイドである以上、全てを許すわけにはいかない……それが“理性の均衡”です」

 

 キャスバルはしばし無言のまま頷き、最後に静かに言った。

 

「君は地球を休ませたい。私は地球を赦したい。違うようでいて、目指すべきは同じ未来なのだろうな」

 

 封をされたコンテナが再び閉じられ、キャスバルの手に渡された。

 

 ──この日、ザクⅢは新たな意志と共に、宇宙へ再び歩みを進めることになる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 白い照明の下、緋色の軍服を纏った男が演壇に立つ。

 

 背後のホログラフには、一機の威容を誇るモビルスーツ──ザクⅢが静かに投影されていた。

 

 その機体は、旧ジオンの意匠を受け継ぎながらも、圧倒的な出力と火力を内包する設計であり、「再定義されたザク」の名にふさわしい存在感を放っていた。

 

「……諸君。今日、我々ヌーベル・ジオンは、新たな時代の象徴として『ザクⅢ』を発表する」

 

 静寂が、会場を包んだ。

 

「この機体は、地球連邦監察軍政官庁、アイン・ムラサメ軍政大将より提供された設計図をもとに、ネオ・ジオンの再建を支える主力量産機として開発されたものだ」

 

 記者たちのカメラのシャッター音が激しくなりはじめる。

 

 だがキャスバルの声音はあくまで静かで、落ち着いていた。

 

「我々が求めるのは、無益な戦争のための軍備ではない。地球圏に再び理性と秩序を築くための──抑止力としての象徴である」

 

 ホログラムに映るザクⅢの姿が変わる。モーションデータが再生され、実際にビーム・キャノンを展開し、前進する機体の映像が映し出される。

 

「諸君らは疑問に思うかもしれない。なぜこの機体が“ザク”の名を冠しているのか。なぜ今、我々が“古き名”に立ち返ろうとしているのかを」

 

 彼はわずかに頷くと、かつてのザクI、ザクIIの映像を並列表示させながら、言葉を続ける。

 

「ザクとは、兵士の象徴であり、同時に宇宙の夜を照らす松明であった。戦うことだけではない。“存在する”ということそのものが、地球と宇宙の均衡を象徴していたのだ」

 

 報道陣の中に、一瞬ざわめきが走る。

 

「ザクⅢは、その本質を受け継ぎながら、まったく新たな構造と思想で再構築された。単なる再利用ではない。**“生まれ直し”**である」

 

 その言葉とともに、ホログラフィックに機体諸元が映し出される。

 

 

【AMX-011 ザクⅢ/公開仕様諸元】

 

全高: 23.9m

 

本体重量: 44.2t(全備重量:68.3t)

 

装甲材質: ガンダリウム・コンポジット

 

出力: 2,150kW

 

総推力: 172,600kg

 

センサー有効半径: 9,700m

 

主武装: 頭部ビーム・キャノン、腰部ビーム・キャノン×2、ビーム・ライフル

 

 

「この設計は極めて堅牢でありながら、柔軟なカスタマイズを許容する構造を持つ。将来的には、治安維持機・コロニー守備機・輸送護衛機など、多様なバリエーション展開も想定されている」

 

 ひと息、間を置いて──彼は視線をまっすぐ前へ向けた。

 

「……今この時、地球圏の未来を決めるべきは、過去の亡霊ではない。理性と希望を掲げ、現実に向き合おうとする人々の意志だ」

 

「ザクⅢは、その意志の象徴となるだろう」

 

 堂々たる締めくくりだった。

 

 拍手は起きなかった。だが、すべての報道関係者が息を呑んで、彼の姿を見つめていた。

 

──この瞬間、世界は“かつてのジオン”ではなく、“未来のヌーベル・ジオン”という言葉を、確かに覚えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 暗がりの部屋に、白いホログラム映像が揺れていた。

 

 その中央に立つ男──キャスバル・レム・ダイクン。

 

 「ザクⅢ」なる新型MSを背にした堂々たる演説を、今まさに《スードリ》より全地球圏に中継していた。

 

 部屋にいた数名の将校たちは、皆沈黙したまま映像を見つめていた。

 

「……バカな」

 

 重く低い声を漏らしたのは、グレミー・トト本人だった。

 

 まだ青年の域にある彼は、指先でホログラフィックパネルを操作し、ザクⅢのスペックデータを拡大表示する。

 

 全高、推力、装甲材、センサー性能──すべて、彼らが今試作段階で設計している「エーデル仕様ザクⅢ・案01」を、明確に凌駕していた。

 

「おい……これは、本当に完成しているのか?」

 

「間違いありません、グレミー様。既に映像からは稼働モーション、エネルギー出力のリアルデータ反映も確認されました」

 

「馬鹿な! あの機体はまだ設計段階で──いや、それより……」

 

 言葉を詰まらせた。

 

 “ザクⅢ”という名を、キャスバルが先に全世界へ提示してしまった。

 

 つまり、ジオン由来の“次代MS”としての名を、正統派ジオンではなく、ヌーベル・ジオンが掲げてしまったことになる。

 

「……やられたな。アイン・ムラサメか、あるいはキャスバル本人か。どちらにしても、“名”を奪われた」

 

 冷ややかに呟いたのは、技術顧問のひとりだった。

 

「グレミー様。現時点では、我々のザクⅢ草案はMS-14J型ベース構造であり、AMX-011という型式番号自体、我々の設計帳には未登録のままです」

 

「登録など意味はない……名が世界に刻まれたのだ。ヌーベル・ジオンの“象徴”として」

 

 グレミーはぐっと拳を握ると、映像を睨みつける。

 

 その目には、怒りではない、何か別の……焦りが滲んでいた。

 

「……ふざけるな……キャスバル……!」

 

「ご命令を。直ちにエーデル・ジオンのザクⅢ草案を“AMX-011-EZ(Edel Zeon)”として再定義し、並行して仕様の上方改訂を行います。機体設計局に緊急指示を」

 

「よし、それと──」

 

 彼はふと、映像に映るキャスバルの背後の《スードリ》の巨大艦内設備を見て、言葉を止めた。

 

 ザクⅢの背後に、“本物の国家”がある。

 

 ただのモビルスーツではない。

 

 あれは、“秩序”と“政体”を伴って動き出したザク”だった。

 

「……あの機体が象徴しているのは、もはやジオンではない。新しい何かだ。ならば我らも──“次”を示さねばならない」

 

 グレミーの瞳に、静かな炎が灯る。

 

「急げ。エーデル・ジオンは“理想のジオン”だ。亡霊ではない。未来を描け」

 

 報告官たちが一斉に動き出す。

 

 その裏で、グレミー・トトは映像に映るキャスバルを、じっと見つめていた。

 

 その視線には、激しさと羨望、そして恐怖が入り混じっていた。

 

 

 

 

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