グリーンノア1の上空は、今や完全な戦場だった。
閃光が交錯し、三機のガンダムタイプが赤いリック・ディアスと激突している。
濃密な緊張と殺気、そして加速された思考が空間を満たしていた。
赤いMS──リック・ディアスの操縦席で、クワトロ・バジーナは己の感覚を研ぎ澄ませていた。
即席の三機編成とは思えぬ動き。
だが、見誤ることはない。
彼らには確かに、実力がある。
濃紺と黒を基調としたガンダムMk-Ⅱ。
色合いは真新しいが動きが何処かぎこちない、明らかに組み上げ直した補修機──それでも搭乗者は老練で、動きには一切の無駄がない。
過不足なく、敵の間合いに入り、無駄な動作は徹底的に排除されている。
──熟練の操縦者、だが、それだけではない。
僅かに機体が走る軌道に、感情が滲む。
焦りでも怒りでもない、むしろ、冷徹なまでに戦場を俯瞰している気配。
敵として、厄介だ。
左右の腕とバックパックにシールドブースターを装着した、ヘイズル改。
推力に物を言わせる直線的な突撃。
ある種、機体に過負荷を与えてでも得られる速力を支配し、無理矢理に敵を押さえつけている感覚すらある。
動きに迷いがない。
搭乗者は直感的に重力と慣性を理解している。
理解できる戦い方──だからこそ、危険だ。
そしてアーリーヘイズル。
装備は簡素、反面、機体そのものが削ぎ落とされた刃のような鋭さを持っている。
その姿を見た瞬間、クワトロの記憶の奥底にある感覚が疼いた。
(……この気配……見覚えがある。いや──“感じた”ことがある)
先のグリプスへの潜入時。
機体越しに、意識が微かに擦れ合ったあの感覚。
名も知らぬ、どこか傷を抱えた少年の気配。
「まさか……あのときの……」
クワトロの意識は、アーリーヘイズルの動きに集中した。
機体のリミッターぎりぎりまで反応速度を詰め、バレルロールでビームを回避しつつ反撃の軌道を描く。
明らかに、マシンの限界を超えている。
これは制御でも訓練でもない──直感と反射だけで戦っている。
「本能で動いている……いや、“呼応して”いるのか」
それはまさしくニュータイプの片鱗。
未熟ではある。
だが、確かに宇宙に共鳴し、敵意と殺気を認識している。
──かつて己の宿敵がそうであったように。
「なるほど、そういうことか」
クワトロは理解した。
この中で最も警戒すべきは、あの機体──アーリーヘイズル。
そして搭乗者は未熟さゆえに、読めない。
読めないが故に、予測が出来ない。
「……試す価値は、ある」
火花が散る。
リック・ディアスの姿勢を制御し、クワトロは宙を切り裂いた。
赤い彗星としての矜持──いや、戦士としての血が沸き立っていた。
三機のガンダム。
どれもが異なる素性、異なる性能。
だが──それがどうした。
「来い。赤い彗星が試してやろう」
クワトロ・バジーナの口元に、戦士としての笑みが浮かんでいた。
全推力で、赤い機体が三機の新世代へと突撃する。
戦場に音はない。
ただ、共鳴する心がそこにあった。
◇◇◇◇◇
──宙域。グリーンノア1、都市上空。
陽光を模したコロニー照明が真昼のような光を撒き散らす中、高層ビルすら遥か下方に見下ろす空間に、四機のMSが錯綜する。
クワトロが駆るリック・ディアスと、彼の前に立ちはだかる三機のガンダム──正確には、その系譜を持つ試作機たち。
リック・ディアスのビームピストルが、空間を割るように火を噴いた。高速で編まれたビームの連弾が、一直線にガンダムMk-Ⅱ4号機へ迫る。
「……堅実、だな」
クワトロの唇が微かに動く。冷静に放った一射を、ガンダムMk-Ⅱ4号機は、鋭く上昇してかわした。
ただし、それだけだった。
回避こそ見事だが、その先の動きが続かない。
ゼロの操縦は極めて合理的で破綻がない。
だがそれ故に、隙がないのではなく、意外性がない。
動きは読みやすく、予測を外れない。
「追い詰めはしないか」
そう呟いたクワトロの視界に、次に飛び込んできたのは、鋭く突き出す黒と青の機体。
三基のシールドブースターを燐光と共に輝かせたヘイズル改が、正面から突っ込んでくる。
勢いはある。機動力も申し分ない。だが──直線的だった。
「──っ!」
ドゥーのヘイズル改がビームライフルを構えた瞬間、クワトロのリック・ディアスは既に横滑りの機動に移っていた。
軌道を読んだ回避ではない。
元から“あの動き”が来ると確信していたかのように、当然のように滑っている。
「悪くない機体だが……動きが直情的すぎる」
クワトロのリック・ディアスが、バーニアの噴射を最小限に抑えながら、空間を舐めるように旋回。
スラスターからの噴光が、軌道を描いて空中に円を描く。
その円の中に、アーリーヘイズルが居た。
「……来る」
アインは、リック・ディアスの進行方向を“読む”のではない、“理解していた”。
(あのモーションは、右上方へ振り抜いた後に……下から──)
視界に収まる前から、それが来ると感じる。
何度も見た赤い彗星の挙動。
それだけではない、様々なMSの動き、そしてこの世界の記録資料、それらを繰り返し学び、身に刻んだ反応。
──だが、機体が追い付かない。
アインのアーリーヘイズルは、旧式機の枠を出ていなかった。
ジム・クゥエルをベースにした、シンプルな中身を持つ機体は、パイロットの動きを再現しきれない。
それでも。
アインは応じる。
感性のままに、リック・ディアスのビームピストルから放たれた熱線を、ビームサーベルで斜めに切り払った。
焼き切れた粒子が閃光を放つ。
次の瞬間、彼は既に“それ”を知っていた。
ビームサーベルを振るった慣性で、アーリーヘイズルの右腕が上がる。
その動きの先に、ビームライフルの銃口が向く。
──撃たれる。
思考と同時に、機体が回避の加速を開始する。
慣性制御限界の警告が耳元で鳴る前に、アインはさらに回避軌道を重ねていた。
空間が震えた。
クワトロのリック・ディアスから放たれたビームピストルの一閃。
それがアーリーヘイズルの肩スラスターをかすめる寸前、彼は再びビームサーベルを振り抜き、熱線の進行方向をずらした。
その“刃”は、切り裂いた。
物理的なものではない。意図と意志、そして戦意そのものを。
「なに……?」
クワトロの目がわずかに見開かれる。
戦場で、“予測される”という体験はそう多くない。
彼の動きは即興性に満ちており、そこに明確な理屈はなく、反射と経験が導くものだった。
だが今、目の前のガンダムは、その予測不能の流れに“揺らぎ”を与えてきた。
(こいつ……いや、このパイロット──)
見覚えはない、名も知らない。
だが、既視感のように、どこかで“響いた”感覚があった。
──グリプスで、交差したあの気配。
目の前の一機が、その延長線上にあるのだと、本能が告げていた。
(やはり……共鳴は、錯覚ではなかったか)
クワトロの意識がわずかに熱を帯びる。
名も知らぬ少年。機体性能は劣る。
だが、動きだけは……いや、感性そのものが、追いつこうとしていた。
それは、赤い彗星である自分自身にとって、驚きでもあり、喜びでもあった。
「──やってみろ。できるものならばな」
独りごちる声に、抑えきれぬ熱が滲む。
昂り。
そう、これは──戦士としての昂りだ。
格上である自分を知覚し、読み、反応しようとする若者たち。
その“気配”に晒されながらも、自分の中に燻るものが、再び炎を灯すのを感じていた。
「まだだ。まだ、私は……終わっていない」
クワトロのリック・ディアスが、宙を割って再加速する。
舞う。
滑る。
駆ける。
ガンダム三機に向けて、赤い彗星が──飛翔する。
◇◇◇◇◇
グリーンノア1市街地上空
擬似的な青空の下で繰り広げられていた4機のMSによる戦闘は、徐々に、その熱を引き始めていた。
戦況は一見拮抗しているように見えて、実際は一方的に“あしらわれている”と表現しても差し支えなかった。
「……ダメだな」
ゼロの口から、小さく嘆息のような言葉が漏れる。
クワトロの動きは、鋭さと柔らかさを同時に備えたもので、三機がかりで挟もうにも綻びすら見せない。
堅実さを信条とするゼロの操縦は、相手の読みを外すには至らず、先読みを封じることもできない。
ドゥーの猛然とした攻めは直線的すぎて誘導されるように避けられ、押し切るには決定打が足りない。
そして唯一、戦いに食らいついているアインのアーリーヘイズルは──その緻密な反応と知識によってクワトロの機動を予測していたが、いかんせん機体性能が足りない。
アラート寸前の挙動を続けてなお、性能の壁が、アインの操縦に追いつけていないのだ。
このままでは、いずれ誰かが沈む。
そして、沈むとすればアインのアーリーヘイズル。
脆弱な装甲、控えめな推力、旧世代のフレーム構造。
どれをとっても、長期戦に向かない。
ゼロは、周囲に警戒しながら一歩引いた。
コクピット内で舌打ちを飲み込む。
──守備隊の増援はない。ティターンズ本隊からの支援も来ない。
元より、彼らはあくまで試験部隊であり、ムラサメ研究所という外部組織に所属するパイロットたちだ。
コロニー防衛のために戦う義務もなければ、公式に動員されたわけでもない。
「……やってられないな」
ゼロはモニター越しに、ちらりと周囲の状況を確認する。
そして、その中央に現れた“それ”を見て、露骨に舌打ちした。
グリーンノアの司令部施設の方から黒いリック・ディアスとガンダムMk-Ⅱ3号機に両脇を抱えられた──ガンダムMk-Ⅱ2号機。
その操縦席に居るのは、ティターンズのパイロット、カクリコン・カクーラーだったはず。
──だが、武装がなかったから仕方がないといえばそこまでだが、抵抗した様子もないまま鹵獲された状態で連れて来られていた。
それに続いて、ガンダムMk-Ⅱ3号機もが、それは味方のものではなかった。
既に敵の手に堕ちた様子で、明らかに制圧されている。
「……馬鹿が」
呆れと怒りが入り混じる中で、ゼロは確信する。
──この戦場は既に崩れている。
もしこの状況でさらに数で攻められれば、真っ先に崩されるのはアーリーヘイズル。そして全体が崩れる。
それが“見える”。
ならば、退くべきだ。
後退は敗北ではない。
彼らは敵前逃亡ではなく、任務不在のテストパイロット。戦闘継続の大義など存在しない。
そもそも、ここで戦っていること自体が異常だったのだ。
──後退する。
ゼロがクワトロとの間合いを僅かに広げた。
その一手に合わせて、連携を重んじるドゥーとアインも、それぞれ機体を引き気味に構える。
連携を乱さないための、機敏な反応。
その機微を、クワトロ・バジーナが読み取らぬはずがなかった。
「……潮時か」
リック・ディアスのコクピットの中で、クワトロはふっと息を吐く。
こちらの戦果は十分。ガンダムMk-Ⅱの1号機と3号機を制圧し、2号機も捕縛済み。目的は果たされた。
さらにこの場で三機のガンダムと戦い続ける必要もなければ、戦術的にも損耗のリスクが高い。
──行かせてやろう。
クワトロはバーニアを点火させ、滑るように反転。
リック・ディアスが静かに宙を抜け、陽光の射す侵入口へと向かう。
その後ろ姿を見送る中で、ドゥーが唇を噛みながら通信を開いた。
『追わなくていいの? ゼロ』
『構わない。向こうが退くって言ってるならそれでいい』
ゼロの言葉は短く、冷静だった。
『下手に追えば返り討ちに遭いますよ』
アインも、抑えた声で補足した。
明確な敗北感こそないが、戦場を引き下がった感覚は拭えない。
だが、全滅よりは遥かにマシだ。
その中で、ゼロは静かに次を見据えていた。
“敗北ではない後退”が意味するもの──それを戦術的に正当化する理性が、彼の中にあった。
一方、ゆっくりとコロニー外縁部へ向かうクワトロの意識もまた、静かに過去と現在を重ね合わせていた。
(……若い芽か)
共鳴を覚えた名前も知らない少年。
そして、機体で凌げずとも、意志と感性で立ち向かおうとする姿勢。
あれは、かつて自分が目指した未来の形だったかもしれない。
惜しい──だが、敵だ。
クワトロのリック・ディアスは、最後まで彼らに背を向けたまま、静かに宙へと消えていった。