ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

8 / 94
第7話 赤い彗星が試してやろう

 

 グリーンノア1の上空は、今や完全な戦場だった。

 

 閃光が交錯し、三機のガンダムタイプが赤いリック・ディアスと激突している。

 

 濃密な緊張と殺気、そして加速された思考が空間を満たしていた。

 

 赤いMS──リック・ディアスの操縦席で、クワトロ・バジーナは己の感覚を研ぎ澄ませていた。

 

 即席の三機編成とは思えぬ動き。

 

 だが、見誤ることはない。

 

 彼らには確かに、実力がある。

 

 濃紺と黒を基調としたガンダムMk-Ⅱ。

 

 色合いは真新しいが動きが何処かぎこちない、明らかに組み上げ直した補修機──それでも搭乗者は老練で、動きには一切の無駄がない。

 

 過不足なく、敵の間合いに入り、無駄な動作は徹底的に排除されている。

 

 ──熟練の操縦者、だが、それだけではない。

 

 僅かに機体が走る軌道に、感情が滲む。

 

 焦りでも怒りでもない、むしろ、冷徹なまでに戦場を俯瞰している気配。

 

 敵として、厄介だ。

 

 左右の腕とバックパックにシールドブースターを装着した、ヘイズル改。

 

 推力に物を言わせる直線的な突撃。

 

 ある種、機体に過負荷を与えてでも得られる速力を支配し、無理矢理に敵を押さえつけている感覚すらある。

 

 動きに迷いがない。

 

 搭乗者は直感的に重力と慣性を理解している。

 

 理解できる戦い方──だからこそ、危険だ。

 

 そしてアーリーヘイズル。

 

 装備は簡素、反面、機体そのものが削ぎ落とされた刃のような鋭さを持っている。

 

 その姿を見た瞬間、クワトロの記憶の奥底にある感覚が疼いた。

 

(……この気配……見覚えがある。いや──“感じた”ことがある)

 

 先のグリプスへの潜入時。

 

 機体越しに、意識が微かに擦れ合ったあの感覚。

 

 名も知らぬ、どこか傷を抱えた少年の気配。

 

「まさか……あのときの……」

 

 クワトロの意識は、アーリーヘイズルの動きに集中した。

 

 機体のリミッターぎりぎりまで反応速度を詰め、バレルロールでビームを回避しつつ反撃の軌道を描く。

 

 明らかに、マシンの限界を超えている。

 

 これは制御でも訓練でもない──直感と反射だけで戦っている。

 

「本能で動いている……いや、“呼応して”いるのか」

 

 それはまさしくニュータイプの片鱗。

 

 未熟ではある。

 

 だが、確かに宇宙に共鳴し、敵意と殺気を認識している。

 

 ──かつて己の宿敵がそうであったように。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 クワトロは理解した。

 

 この中で最も警戒すべきは、あの機体──アーリーヘイズル。

 

 そして搭乗者は未熟さゆえに、読めない。

 

 読めないが故に、予測が出来ない。

 

「……試す価値は、ある」

 

 火花が散る。

 

 リック・ディアスの姿勢を制御し、クワトロは宙を切り裂いた。

 

 赤い彗星としての矜持──いや、戦士としての血が沸き立っていた。

 

 三機のガンダム。

 

 どれもが異なる素性、異なる性能。

 

 だが──それがどうした。

 

「来い。赤い彗星が試してやろう」

 

 クワトロ・バジーナの口元に、戦士としての笑みが浮かんでいた。

 

 全推力で、赤い機体が三機の新世代へと突撃する。

 

 戦場に音はない。

 

 ただ、共鳴する心がそこにあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ──宙域。グリーンノア1、都市上空。

 

 陽光を模したコロニー照明が真昼のような光を撒き散らす中、高層ビルすら遥か下方に見下ろす空間に、四機のMSが錯綜する。

 

 クワトロが駆るリック・ディアスと、彼の前に立ちはだかる三機のガンダム──正確には、その系譜を持つ試作機たち。

 

 リック・ディアスのビームピストルが、空間を割るように火を噴いた。高速で編まれたビームの連弾が、一直線にガンダムMk-Ⅱ4号機へ迫る。

 

「……堅実、だな」

 

 クワトロの唇が微かに動く。冷静に放った一射を、ガンダムMk-Ⅱ4号機は、鋭く上昇してかわした。

 

 ただし、それだけだった。

 

 回避こそ見事だが、その先の動きが続かない。

 

 ゼロの操縦は極めて合理的で破綻がない。

 

 だがそれ故に、隙がないのではなく、意外性がない。

 

 動きは読みやすく、予測を外れない。

 

「追い詰めはしないか」

 

 そう呟いたクワトロの視界に、次に飛び込んできたのは、鋭く突き出す黒と青の機体。

 

 三基のシールドブースターを燐光と共に輝かせたヘイズル改が、正面から突っ込んでくる。

 

 勢いはある。機動力も申し分ない。だが──直線的だった。

 

「──っ!」

 

 ドゥーのヘイズル改がビームライフルを構えた瞬間、クワトロのリック・ディアスは既に横滑りの機動に移っていた。

 

 軌道を読んだ回避ではない。

 

 元から“あの動き”が来ると確信していたかのように、当然のように滑っている。

 

「悪くない機体だが……動きが直情的すぎる」

 

 クワトロのリック・ディアスが、バーニアの噴射を最小限に抑えながら、空間を舐めるように旋回。

 

 スラスターからの噴光が、軌道を描いて空中に円を描く。

 

 その円の中に、アーリーヘイズルが居た。

 

「……来る」

 

 アインは、リック・ディアスの進行方向を“読む”のではない、“理解していた”。

 

(あのモーションは、右上方へ振り抜いた後に……下から──)

 

 視界に収まる前から、それが来ると感じる。

 

 何度も見た赤い彗星の挙動。

 

 それだけではない、様々なMSの動き、そしてこの世界の記録資料、それらを繰り返し学び、身に刻んだ反応。

 

 ──だが、機体が追い付かない。

 

 アインのアーリーヘイズルは、旧式機の枠を出ていなかった。

 

 ジム・クゥエルをベースにした、シンプルな中身を持つ機体は、パイロットの動きを再現しきれない。

 

 それでも。

 

 アインは応じる。

 

 感性のままに、リック・ディアスのビームピストルから放たれた熱線を、ビームサーベルで斜めに切り払った。

 

 焼き切れた粒子が閃光を放つ。

 

 次の瞬間、彼は既に“それ”を知っていた。

 

 ビームサーベルを振るった慣性で、アーリーヘイズルの右腕が上がる。

 

 その動きの先に、ビームライフルの銃口が向く。

 

 ──撃たれる。

 

 思考と同時に、機体が回避の加速を開始する。

 

 慣性制御限界の警告が耳元で鳴る前に、アインはさらに回避軌道を重ねていた。

 

 空間が震えた。

 

 クワトロのリック・ディアスから放たれたビームピストルの一閃。

 

 それがアーリーヘイズルの肩スラスターをかすめる寸前、彼は再びビームサーベルを振り抜き、熱線の進行方向をずらした。

 

 その“刃”は、切り裂いた。

 

 物理的なものではない。意図と意志、そして戦意そのものを。

 

「なに……?」

 

 クワトロの目がわずかに見開かれる。

 

 戦場で、“予測される”という体験はそう多くない。

 

 彼の動きは即興性に満ちており、そこに明確な理屈はなく、反射と経験が導くものだった。

 

 だが今、目の前のガンダムは、その予測不能の流れに“揺らぎ”を与えてきた。

 

(こいつ……いや、このパイロット──)

 

 見覚えはない、名も知らない。

 

 だが、既視感のように、どこかで“響いた”感覚があった。

 

 ──グリプスで、交差したあの気配。

 

 目の前の一機が、その延長線上にあるのだと、本能が告げていた。

 

(やはり……共鳴は、錯覚ではなかったか)

 

 クワトロの意識がわずかに熱を帯びる。

 

 名も知らぬ少年。機体性能は劣る。

 

 だが、動きだけは……いや、感性そのものが、追いつこうとしていた。

 

 それは、赤い彗星である自分自身にとって、驚きでもあり、喜びでもあった。

 

「──やってみろ。できるものならばな」

 

 独りごちる声に、抑えきれぬ熱が滲む。

 

 昂り。

 

 そう、これは──戦士としての昂りだ。

 

 格上である自分を知覚し、読み、反応しようとする若者たち。

 

 その“気配”に晒されながらも、自分の中に燻るものが、再び炎を灯すのを感じていた。

 

「まだだ。まだ、私は……終わっていない」

 

 クワトロのリック・ディアスが、宙を割って再加速する。

 

 舞う。

 

 滑る。

 

 駆ける。

 

 ガンダム三機に向けて、赤い彗星が──飛翔する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 グリーンノア1市街地上空

 

 擬似的な青空の下で繰り広げられていた4機のMSによる戦闘は、徐々に、その熱を引き始めていた。

 

 戦況は一見拮抗しているように見えて、実際は一方的に“あしらわれている”と表現しても差し支えなかった。

 

「……ダメだな」

 

 ゼロの口から、小さく嘆息のような言葉が漏れる。

 

 クワトロの動きは、鋭さと柔らかさを同時に備えたもので、三機がかりで挟もうにも綻びすら見せない。

 

 堅実さを信条とするゼロの操縦は、相手の読みを外すには至らず、先読みを封じることもできない。

 

 ドゥーの猛然とした攻めは直線的すぎて誘導されるように避けられ、押し切るには決定打が足りない。

 

 そして唯一、戦いに食らいついているアインのアーリーヘイズルは──その緻密な反応と知識によってクワトロの機動を予測していたが、いかんせん機体性能が足りない。

 

 アラート寸前の挙動を続けてなお、性能の壁が、アインの操縦に追いつけていないのだ。

 

 このままでは、いずれ誰かが沈む。

 

 そして、沈むとすればアインのアーリーヘイズル。

 

 脆弱な装甲、控えめな推力、旧世代のフレーム構造。

 

 どれをとっても、長期戦に向かない。

 

 ゼロは、周囲に警戒しながら一歩引いた。

 

 コクピット内で舌打ちを飲み込む。

 

 ──守備隊の増援はない。ティターンズ本隊からの支援も来ない。

 

 元より、彼らはあくまで試験部隊であり、ムラサメ研究所という外部組織に所属するパイロットたちだ。

 

 コロニー防衛のために戦う義務もなければ、公式に動員されたわけでもない。

 

「……やってられないな」

 

 ゼロはモニター越しに、ちらりと周囲の状況を確認する。

 

 そして、その中央に現れた“それ”を見て、露骨に舌打ちした。

 

 グリーンノアの司令部施設の方から黒いリック・ディアスとガンダムMk-Ⅱ3号機に両脇を抱えられた──ガンダムMk-Ⅱ2号機。

 

 その操縦席に居るのは、ティターンズのパイロット、カクリコン・カクーラーだったはず。

 

 ──だが、武装がなかったから仕方がないといえばそこまでだが、抵抗した様子もないまま鹵獲された状態で連れて来られていた。

 

 それに続いて、ガンダムMk-Ⅱ3号機もが、それは味方のものではなかった。

 

 既に敵の手に堕ちた様子で、明らかに制圧されている。

 

「……馬鹿が」

 

 呆れと怒りが入り混じる中で、ゼロは確信する。

 

 ──この戦場は既に崩れている。

 

 もしこの状況でさらに数で攻められれば、真っ先に崩されるのはアーリーヘイズル。そして全体が崩れる。

 

 それが“見える”。

 

 ならば、退くべきだ。

 

 後退は敗北ではない。

 

 彼らは敵前逃亡ではなく、任務不在のテストパイロット。戦闘継続の大義など存在しない。

 

 そもそも、ここで戦っていること自体が異常だったのだ。

 

 ──後退する。

 

 ゼロがクワトロとの間合いを僅かに広げた。

 

 その一手に合わせて、連携を重んじるドゥーとアインも、それぞれ機体を引き気味に構える。

 

 連携を乱さないための、機敏な反応。

 

 その機微を、クワトロ・バジーナが読み取らぬはずがなかった。

 

「……潮時か」

 

 リック・ディアスのコクピットの中で、クワトロはふっと息を吐く。

 

 こちらの戦果は十分。ガンダムMk-Ⅱの1号機と3号機を制圧し、2号機も捕縛済み。目的は果たされた。

 

 さらにこの場で三機のガンダムと戦い続ける必要もなければ、戦術的にも損耗のリスクが高い。

 

 ──行かせてやろう。

 

 クワトロはバーニアを点火させ、滑るように反転。

 

 リック・ディアスが静かに宙を抜け、陽光の射す侵入口へと向かう。

 

 その後ろ姿を見送る中で、ドゥーが唇を噛みながら通信を開いた。

 

『追わなくていいの? ゼロ』

 

『構わない。向こうが退くって言ってるならそれでいい』

 

 ゼロの言葉は短く、冷静だった。

 

『下手に追えば返り討ちに遭いますよ』

 

 アインも、抑えた声で補足した。

 

 明確な敗北感こそないが、戦場を引き下がった感覚は拭えない。

 

 だが、全滅よりは遥かにマシだ。

 

 その中で、ゼロは静かに次を見据えていた。

 

 “敗北ではない後退”が意味するもの──それを戦術的に正当化する理性が、彼の中にあった。

 

 一方、ゆっくりとコロニー外縁部へ向かうクワトロの意識もまた、静かに過去と現在を重ね合わせていた。

 

(……若い芽か)

 

 共鳴を覚えた名前も知らない少年。

 

 そして、機体で凌げずとも、意志と感性で立ち向かおうとする姿勢。

 

 あれは、かつて自分が目指した未来の形だったかもしれない。

 

 惜しい──だが、敵だ。

 

 クワトロのリック・ディアスは、最後まで彼らに背を向けたまま、静かに宙へと消えていった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。