U.C.0087年10月31日
ホログラムが青白く揺らぎ、巨大なモビルスーツがその威容を現した。
それは、ネオ・ジオンが掲げる新たなる象徴──AMS-119《ギラ・ドーガ》である。
スードリの記者会見室。
だが今回、演壇に立ったのはキャスバル・レム・ダイクンではなかった。
重厚な黒衣と金のスーツを身にまとい、鋭くも静かな威厳を湛えた女性が姿を現す。
ハマーン・カーン。
ネオ・ジオン総帥である。
ゆっくりとマイクの前に立つと、その紫紺の瞳が一瞬、映像越しに全国民を見渡すように輝いた。
「我らネオ・ジオンは──地球と宇宙の秩序を見据え、今こそ“防衛”という名の下に一つの道具を得た」
背後にそびえ立つギラ・ドーガのホログラムが、微かに駆動音のような音響効果を重ねる。
記者席からのざわめきが高まる。
「この機体──《ギラ・ドーガ》は、アイン・ムラサメ軍政大将の協力を経て設計され、我がネオ・ジオンに供与されたものだ。そう、あの青年の理性と設計思想が、この機体には息づいている」
その一言に、会場全体が静まり返る。
「彼がキャスバル・レム・ダイクンに託した《ザクⅢ》が、攻守を兼ねた戦術機体であるならば、このギラ・ドーガは、真の意味で“秩序を守る者の剣と盾”である」
一歩、前へ。
「私は、もう争いの炎に身を投じたいわけではない。だが、我らが守るべき民の生命と未来を護るには、言葉と理性だけでは足りぬ時もある。アイン・ムラサメは、それを知っている。だからこそ、彼はこの機体を我々に託したのだ。ザクⅢ、ギラ・ドーガ──二つの剣が、今、連邦の《理性》の下にあるということを……どうか、誤解しないでほしい。これは威嚇ではない。《共鳴》の証なのだ」
会見の終盤、記者からの質問が飛ぶ。
「つまり、ネオ・ジオンは今後、連邦と共に歩むのですか? それとも、独自の道を──」
ハマーンの目が、記者席を鋭く見据えた。そして、ふっと口元を緩める。
「その答えを、あなたがたが知る日は……そう遠くない」
一礼もせず、彼女は背を向けて去っていく。
背後のギラ・ドーガは、静かに光の粒子へと還っていった。
◇◇◇◇◇
宇宙世紀0087年11月3日
荘厳とも言えるスードリ艦外に、数百の記者と報道関係者が静かに座していた。
前方ステージのホログラム投影装置がゆっくりと起動し、まず映し出されたのは──。
全長22m、量産型として洗練された重装甲機体《グスタフ・カール》。
その隣に、まるで異質な巨影が現れる。
70m超の圧倒的巨体、両腕に巨大な盾を備えた異形の機体。
“地球圏の番人”ジガンスクード。
その二つの影を背に立ち上がったのは、漆黒の制服に身を包んだ一人の青年──。
ティターンズ監察軍政官庁長官 地球連邦軍軍政大将、アイン・ムラサメ。
いつもと変わらぬ静かな声で、彼は語り始めた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は──地球を護る“盾”の存在を、皆様に正式にお伝えする機会を得ました」
彼の背後でグスタフ・カールとジガンスクードが、立ち上がるかのように投影角を変える。
映像は動き、左に重装甲の機体、右に巨大装甲を纏った巨人が並び立つ。
「こちら、《グスタフ・カール》は、連邦地上部隊における新たな主力量産機として開発が進められたものです。既に地上・宇宙双方への適応が確認されており、ジェガン系統と併せて“新世代標準”となる機体です。一年戦争以来、脅威にさらされ続けた地球を、これより我々が守っていきます」
会場のスクリーンには、砂漠・市街地・宇宙空間を問わず行動するグスタフ・カールの映像が次々と映される。
そして、アインは一歩前に出て言った。
「そして──こちらが、もうひとつの“盾”。《ジガンスクード》です」
映像が切り替わり、巨躯が広域兵装で敵の砲火を受け止める映像。海中から浮上し、コロニー外壁で迫る火線を覆い、
両腕の巨大シールドが、地球を象徴する“青い球体”を包み込むように広がる。
「この機体は本来、“地球圏防衛”を目的として開発されたものです。ですが──」
アインは一瞬、目を伏せ、それから正面を真っ直ぐ見据えた。
「我々の構想する“銀河移民船団”は、いずれ“もうひとつの地球”となる存在です。故にこの盾は──今ある地球を護るだけでなく、これから創られる“未来の地球”も守る存在として。その最初の一歩を、皆様にご覧いただくこととなりました」
場内が静まり返る。
だが、その沈黙は混乱でも驚愕でもなく、ただ一つの問いを心に生み出していた。
「この青年は……どこまで見ているのか?」
「このふたつの防衛兵器は、対立のためにあるのではありません。地球を護る者として、そして──この地球を旅立つ者を、守る者として、私は、この“盾”を全ての人類に捧げます」
その言葉のあと、会場が静かにざわめき始めた。
ある記者は「この“盾”が本当に守ってくれると信じたい」とつぶやき、ある軍関係者は「……やることが次元ごと違うな」と呆れ混じりに唸った。
けれど確かに、その会場には“希望”の香りがあった。
そして──この会見はのちに、こう記録されることとなる。
> 『U.C.0087年11月3日──「二つの盾が、人類の地平を護る」と語られた日』
◇◇◇◇◇
薄暗い室内に、ホログラムが浮かんでいた。
映し出されていたのは、ティターンズでもアクシズでもない。
地球連邦軍“監察軍政官庁”が公開した、最新鋭MS――《グスタフ・カール》と《ジガンスクード》だった。
「…………ッ!」
グレミー・トトの眉間がひくつく。
映像の中で、グスタフ・カールが都市制圧デモンストレーションを行い、続いてジガンスクードが地上模擬施設を掃射していた。
その背後には、ティターンズの紋章もなければ、連邦の官製マークもない。
ただひとつ、《軍政大将 アイン・ムラサメ》の名だけが、スードリ艦内のエンブレムと共に掲げられていた。
「……また、奴か」
グレミーは吐き捨てるように呟いた。
背後には、彼の信奉する急進派青年将校たち──《エーデル・ジオン》の中核を成す若き軍人たちが控えていた。
三日前、ネオ・ジオン総帥ハマーン・カーンが発表した《ギラ・ドーガ》の公開に怨嗟を上げた彼らの表情が、今や完全に凍りついている。
「ギラ・ドーガが“理想の貴族兵装”として、我らが独自に温めていた構想だったというのに……」
「ザクⅢといい、連邦は我々の“血統機構”にまで先んじて仕掛けてきた!」
別の士官が拳を机に叩きつける。
「それに、あの《ジガンスクード》……もはや要塞を超える暴力だ」
「アイン・ムラサメは、何を考えている!? 理性を説きながら、こんな物を……!」
すると、グレミーが静かに、しかし明瞭に言い放つ。
「──彼は、《理性でジオンを制する》つもりだ」
全員が息を呑む。
「彼はギラ・ドーガすら“提供した”上で、それを使わせて“導く”者の座を得ようとしている。奴の狙いは、《秩序を利用した支配》だ」
「ハマーンも、キャスバルも……それに乗っている」
グレミーの声は低く、だが雷鳴のように響いた。
「このままでは、ネオ・ジオンもヌーベル・ジオンも、《理性の怪物アイン・ムラサメ》の掌の上で踊ることになる。ならば……!」
彼はゆっくりと身を起こし、会議室中央の卓上端末にコードを入力した。
ピッ、と小さな音。
ホログラムが切り替わり、今度は異様な映像が浮かぶ。
四肢を破壊され、崩れた巨大フレーム――破壊された《サイコガンダムMk-II》の残骸である。
将校たちの瞳が、一斉に見開かれる。
「これは……まさか!」
「キリマンジャロで失われたはずでは……!?」
グレミーは頷いた。
「そうだ。だが、我々の同志が密かに回収した。ティターンズ崩壊の混乱に紛れて回収した」
「確かに損傷は激しい。しかし、解析は可能だ。再現性も、ある」
「これは朗報であります!」
「ついに……《我らの象徴機》が!」
ある士官が歓喜の声を上げる。
グレミーの目は、誰よりも静かに燃えていた。
「《サイコガンダム》……あれは“理性を拒絶した力”の象徴」 「だが我らならば、それを“支配”できる」 「血を誇るジオン貴族にのみ許される《選別された力》だ。奴らが秩序と希望を演出するなら、我らは圧倒的暴威と覚醒によって宇宙を導く」
「名をつけるなら──《プロジェクト・ヴァルハラ》だ」
「ハマーンもキャスバルも、アインも……いつか必ず、振り向くだろう。我らが創る、《神の器》の完成を見て、後悔することになる」
青年将校たちの心に、歓喜と狂気が芽吹いた。
かくして、ザクⅢ、ギラ・ドーガ、グスタフ・カール、ジガンスクード……連邦とジオン各陣営が“理性と抑止の象徴”を発表する中、エーデル・ジオンだけが、“暴威”の復活に手をかけた。
宇宙世紀0087年11月
ジオンの名を掲げた三つの勢力が、それぞれの“未来の神”を目指し、動き出していた。
◇◇◇◇◇
静まり返った議員控室に、会見中継の映像が消える。
巨大な全身装甲。
重盾と胸部砲門、そしてテスラ・ドライブによる飛行機構。
その名は──《ジガンスクード》
「……何だ、今のは」
長机の前で立ち上がるのは、地球至上保守派のベテラン議員。
「重装甲にテスラ・ドライブ……水圧耐久フレーム……海中まで潜れるってのか、アレは?」
「大気圏内どころじゃない……地球、宇宙、コロニー、海底……」
「全対応型だよ。つまり、どこでも戦える《万能の盾》ってことだ」
「バカな……あれは“地球防衛兵器”じゃなかったのか?」
「……少なくとも、アインはそう“言っていない”。だが、言っていないだけで、“やれる”ということだ」
「ハッ、ふざけるな!」
別の中堅議員が机を叩いた。
「本来ならば、地球圏の防衛は各領域に固有の設計を持った兵器群で行うべきだ。だから我々はアンクシャに資金を投じたんじゃないのか!」
「まさか、アンクシャは捨て札にされるのか……?」
「いや、アンクシャは今も主力のはずだ。ただ──あの怪物兵器、《ジガンスクード》は──それを“超える”」
「全領域対応……つまり、我々の“領域”を超えてくるってわけだな」
沈黙。
「だが、あの青年……アイン・ムラサメは、一言も“配備方針”には触れていない。ならばまだ、牽制だ。圧力の範囲内だ」
「だとしても、だ。言っていないが“やろうと思えばできる”兵器を、あの男が用意した。そしてその設計思想に“人類圏の防衛網全体”が透けて見える……!」
「奴はもう、議会も、地球も、宇宙も“同じ座標”で考えている。どこであろうと“守れるように”と──」
別の議員がぼそりと漏らす。
「……地球を守りたいと言いながら、“地球に縛られていない”兵器を出す。あの男は本当に“地球の味方”か?」
「違うな」
沈黙の中、最古参の保守派重上院議員が口を開く。
「……奴は、我々が思う“味方”とは違う。アイン・ムラサメは“地球を愛している”が、我々の地球ではない」
「我々が愛してきたのは“地球という権威”であって、“地球という存在”ではない。だが、あの少年は……地球という生命体を救おうとしている」
「ならば我々は──この地球の王として生きてきた我々は、あの男からすれば“病原”のようなものかもしれん」
「…………」
重い沈黙。
それは《ジガンスクード》の映像よりも遥かに重く、明瞭な危機だった。
◇◇◇◇◇
多重ホログラムが脈打つ中、アイン・ムラサメ軍政大将は戦略開発室の中央に静かに立っていた。
彼の右手にはパプテマス・シロッコ大佐、左手のモニターにはAIシロッコの映像が投影されている。
「……皆さん、こちらが新機軸の推進理論、テスラ・ドライブの概要です」
アインは周囲の開発員たちに向かって、端末を操作しながら解説を始めた。
「これはスカラー場振動と制御磁場の共鳴作用により、機体そのものの質量慣性を一時的に可変制御することで、空間上に“滑るように存在させる”推進機構です。ミノフスキー粒子濃度の影響を受けにくく、安定的な飛行を可能とするだけでなく、従来の慣性加速度限界すら突破できると考えております」
視線を交わす者たちの間にどよめきが走る。その中でシロッコが一歩進み出る。
「テスラ・ドライブの制御構造については、私が責任を持って設計しよう。ジガンスクード──あれは“盾を主武装とする特機”として、理論上は重力圏においても運用可能だ」
ホログラムに投影されたのは、巨大なシルエットを持つ一機の人型兵器。
両腕には固定式の大盾《シーズシールド》、胸部には熱線砲、機体全体にエネルギーフィールドを纏う設計が確認できた。
「出力、耐久、電装設計すべてを通常のMSの2倍以上に設定し、ABフィールドも標準搭載。まさしく“地球圏の番人”に相応しい装備です。あとは、制御演算処理を可能とする高精度AIの構築が必要だ」
その言葉に応えるように、AIシロッコが画面に表示され、冷静な音声が場に響いた。
「建造試算、開始いたします。
基本設計完了予測:42時間。
資材調達:ジャブロー第3区画より転用可能。
フレーム構築:地上ドックの場合、標準21日間。
テスラ・ドライブ適合テスト:5日間。
全火器および防御フィールド制御試験:4日間。
運用可能目標日時:建造開始より30日目以降。
本機体は、複数戦域への即時展開、および中距離迎撃、防衛拠点としての機能を併せ持ちます──」
アインは端末を操作して数秒、AIシロッコの演算ログを一瞥すると、ゆっくりと返答した。
「ありがとうございます。演算結果、大変参考になりました。……シロッコ大佐、AIシロッコ、そして諸君。これより監察軍政官庁は、このジガンスクード計画に全力をもって取り組みます」
その静かな命令に、開発室の空気が引き締まる。
アインは、AIに向かってなおも丁寧な声で告げた。
「AIシロッコ、今後も引き続き、建造計画の更新と並行演算をお願いできますか?」
「了解しました。全スレッドを本計画に優先接続し、逐次更新を行います」
その回答に、アインは穏やかにうなずいた。
「感謝します。あなたの支援は、この“盾”を完成させるために欠かせないものです」
そして最後に、静かに語気を強めた。
「──これは、未来を守るための“防壁”です。たとえ暴力に満ちた世界であっても、“殴るための盾”があっても良いと、私は思っています」
その一言に、技術者たちは思わず息を呑んだ。
そこには“兵器を創る”のではなく、“世界を支える”という意志が宿っていた。
◇◇◇◇◇
【U.C.0087年11月16日/ジャブロー地下第3工廠・第17格納整備区画】
冷たい空気が、地底の空間を包んでいた。
その中央には、異様な静けさと緊張感が漂っていた。
そこには、“枠”だけが存在していた。
全高70メートルを超える超大型人型兵器──《ジガンスクード》。
その胴体となる中空複合装甲骨格が、つい数時間前、吊り下げフレームによってようやく垂直に固定されたばかりだった。
「……これが、“地球の盾”か」
整備主任の老技師が、汗ばんだ額を拭いながら呟いた。
溶接班が火花を散らし、内部フレームを組み付けていく。
資材搬入ドローンが倉庫と建造区を往復し、数十基のマニュピレータが、プログラムされた通りにパーツを嵌め込んでいく。
そこに、人の手は──「残って」いた。
「左脚、補強完了!アイン大将の指示通り、膝軸部を倍加フレームに切り替えた!」
「いいぞ、あと23時間で第3胴体ユニットも届く!現場AIが補間計算済みだ!」
「溶接ヘッド、レーザー焼き切りじゃ足りん!アークビームに切り替えろ!……おい、そっち危ねえってば!」
怒号と、熱と、振動と、歓声が交錯する。
だが、誰一人として“疲れた”とは言わなかった。
なぜなら――彼らは“作らされている”のではない。
《創っている》のだ。
「見てよ、あれ……」
若い整備士の一人が、作業台の隅でつぶやいた。
ジガンスクードの胸部、コアフレームに刻まれた設計コード。
>「GS-01」
>「Earth Shield」
>「FOR ALL MANKIND」
誰が彫ったのか、作業ログには記録されていない。 だが、それがこの工廠全体の“心臓”になっていた。
「アイン大将は言ったんだ……“これは兵器ではなく、世界を守る盾だ”って」
別の男が言った。
「バカみてぇだよな、戦争の真っ最中に、“守るための巨大ロボ”なんてよ……」
でも、と続けた。
「それでも、この地球の上に、そんな馬鹿げたものを真面目に造る奴がいたって、なんか……救われるだろ」
笑った。
だが、その目は真剣だった。
上層フロア、指揮管制ブロック。光学強化ガラス越しに建造風景を見下ろしているのは、黒い軍服の青年だった。
「──あと、15日」
アイン・ムラサメの瞳が、何かを計測するように動いた。
「ゼロ。予定通り進めてください。胴体ユニットの統合は最短で。テストパイロットとの神経リンクも並行して進めます。あと──」
壁面に浮かぶ青いホログラムが、通信経路を示す。
「シロッコ大佐、量子圧縮通信経由で《テスラ・ドライブ》制御シミュレーションの第三段階に入ってください。AI補助が予測整合域に入りました」
アインを整備士は語る。
まるで設計者ではなく、これは「魂を吹き込む祈り人」だった。
現場に散る汗と火花の、その全てが──未来へと向かっていた。
◇◇◇◇◇
【U.C.0087年11月22日/南米ジャブロー地下第3軍政区・第17格納整備区画】
重厚な防音シャッターが音を立てて開いた。
地下100メートル級の巨大な整備ドック、その中心に──70メートルの巨躯が立ち始めていた。
まだ頭部はない。
肩フレームの接続部も仮設。
胸部ハッチも未装甲。
だがその構図は、誰の目にも“完成”を想像させるだけの迫力を湛えていた。
無骨に、静かに。
フレームだけの《ジガンスクード》が、空を見上げるように立っていた。
「……ほう、やるではないか」
鉄の通路を歩みながら、ゴップ議長は帽子の庇を上げて見上げた。
「地球連邦の盾」――その設計思想に政治的懸念を抱いていたはずの男の目が、わずかに和らいでいる。
「……大将、君の言っていた“理性の象徴”とは、これかね?」
「はい」と隣を歩く青年は答えた。
アイン・ムラサメ。
年若き軍政大将は、工事用昇降路から組立中の巨体を見上げたまま、小さく口を開いた。
「これは、“正義のための兵器”ではありません。人類が初めて“恐怖でなく、守るために作った巨人”です」
「……理想主義だな」と、ゴップは口元を歪めて笑った。
「地球を愛していなければ、そんなもの造ろうとは思わんだろうな」
アインは静かに頷いた。
「私たちは、地球を壊し尽くす力を持ってしまった。だからこそ、地球を“守るための力”が必要だと思ったのです」
「この70メートルの化け物が“守るための力”だと、そう言うのか?」
「……ええ。この機体は、攻撃型の火器を持ちません。ビームを遮断し、衝撃を吸収し、対象を守り切る。“守る力”に特化した、初めての機体です」
ゴップは何も言わず、そのシルエットをしばし見上げていた。
仮組みされた腕部に、巨大な《シーズ・シールド》が接続されていく。
胸部に残されたマーキング。
>「GS-01」
>「EARTH SHIELD」
>「FOR ALL MANKIND」
老政治家は息をついた。
「──バスクにこの設計思想があれば、グリプス戦役は起きなかったかもな」
「いえ」と、アインはきっぱりと首を横に振る。
「バスクのような“支配のための思考”がある限り、いずれまた戦争は起きます。だからこそ、我々は《思想の道具》を“力”としてこの世に出す必要があるんです」
ゴップは小さく目を細めた。
その青年の言葉には、若さでも理想でもなく――「責任」が、あった。
「……怖いな」
「はい?」
「君のような人間が、この地球の盾になるということが――だ。誤解するな。称賛だよ。……だがな」
帽子を整えながら、ゴップは歩みを再開した。
「こんなものが“真面目に造られてしまう世界”が、本当に正しいのか……私は今でもわからんよ」
「それでも、必要です」
アインの言葉は変わらなかった。
その背後では、技術者たちが拍手を交わしていた。
胸部コアフレームと制御ユニットの統合が成功したらしい。
構造音が共鳴し、機体がほんのわずかに揺れた。
まるで、鼓動のように。
◇◇◇◇◇
再建中のジャブロー第3軍政区画。その一角に設けられた簡素な私室には、ランプの淡い明かりが灯っていた。
金属製の二段ベッド。壁際の簡易机。配給制の熱い紅茶。
どこか“人の匂い”を残すこの部屋を、アイン・ムラサメとドゥー・ムラサメの兄妹──二人が共有していた。
「アイン……最近、ちょっと変わったね」
ベッドの縁に腰かけながら、ドゥーが声を落とす。言葉には確信があった。
「アインの中にあるものが……あたたかくなった。なんか、こう、まるで“人間”になったみたい」
アインは、一拍置いて微笑んだ。
「……ありがとう、ドゥー。たぶん、それは本当のことです」
ドゥーが小首を傾げる。
「じゃあ……教えてよ。その“あたたかさ”の正体を」
アインは黙ってうなずき、懐の通信端末を操作した。
「ゼロ。少し、来てくれますか」
数分後、私室の扉が静かに開き、緑髪の男が姿を現した。ゼロ・ムラサメ。
寡黙にして、アインの技術的“兄”としての影を宿す男。彼は無言で頷き、アインとドゥーの前に腰を下ろした。
アインはゆっくりと深呼吸をし、そして語り始めた。
「僕は……自分が何者なのか、ずっと考えてきました。なぜ“ここにいる”のかと」
ドゥーの眼差しが真剣さを帯びる。ゼロは無言のまま、見守っていた。
「僕は──前世……地球で戦争も知らない時代に生きていた、“ただの一般人”だった。……その頃の僕は、この世界を“物語”として見ていた」
「物語……?」
「はい。『ガンダム』という名で語られる戦いを、外から見ていた。それは記録であり、戦史であり、文化であり、物語としての戦争。だからこそ……この世界に来たとき、僕は知っていたんです。どこで、誰が、何をして、どこで滅びるかも」
ドゥーが息を呑む。
「でも……それって……」
「僕は、すべてを知っていた。でも、ずっと、そんな僕は偽物だと思っていた。けれど、彼女──ミネバ・ラオ・ザビは……僕のその在り方を、否定しなかった。僕は偽物ではないと、受け入れてくれたんです」
「……!」
アインの声は震えていない。けれど、そこには確かな“鼓動”があった。
「僕はそれで救われました。自分がここにいてもいいと、やっと思えたんです」
ゼロがわずかに頷いた。
「なら、それが答えだな」
アインが微笑む。
ドゥーは少し目を潤ませながら、それでも口を尖らせた。
「でもさ。でもさー……そんな大事な話、なんでミネバに先に言うの? ボク、ずっと一緒にいたのに」
アインはハッとし、真面目に頭を下げる。
「……ごめんなさい、ドゥー。本当に怖かったんだ。きっと……君に、嫌われるのが一番、怖かった」
それを聞いたドゥーは小さく笑った。
そして、アインの顔を両手で包み込むようにして、そっと唇を重ねた。
長くも短くもない、でも確かな“約束”のキスだった。
「……何時までも傍に居るって言ったのは、嘘じゃないよ」
「……ありがとう。ドゥー」
アインの頬はうっすらと紅潮していた。
その光景を、ゼロは黙って見守っていた。
だが、微かに目元が和らいでいる。
「……それで、ドゥー。君のことをもう少し話しましょう」
「え?」
アインは、懐からタブレット端末を取り出すと、歴代のムラサメシリーズに関する“記録”を映し出した。
「実は、僕たち──君も僕も、“公式記録”には存在しないんです。ムラサメ研究所の強化人間として登録されているのは、ゼロ、サード・ムラサメ、フォウ・ムラサメ……その間に、僕たちの名前はない。物語の中では」
「つまり……」
「僕たちが“誰なのか”……あの宇宙には、記録も存在しない。だから僕達がどんな運命を背負っているのか、本当に分からないんです」
アインの言葉に、ゼロが重ねる。
「なら、迷うことはない」
ドゥーが目を瞬く。
「え……?」
ゼロは言った。
「今、生きているお前たちがお前たちだ。それ以外に、何が必要だ?」
アインはその言葉に、小さく微笑んだ。
「……はい。ゼロ」
ドゥーは一瞬の沈黙のあと、ふわっと笑い、アインの肩に頭を預けた。
「よくわかんないけど……うん、わかった。ボクたちが“ここにいる”のが答え、だね」
夜は静かだった。
けれど確かに──“物語に記されなかった者たち”が、ここに刻まれていた。
◇◇◇◇◇
U.C.0087年12月4日
海風が、南半球の夏を孕んで吹き抜けていた。
ダカール港湾。
この地に──三機の巨躯が並び立っていた。
左:AMX-011《ザクⅢ》
中央:GS-01《ジガンスクード》
右:AMS-119《ギラ・ドーガ》
三機ともが、異なる思想と過去を背負った機体である。
それでも今、この場所に揃って立つということが──一つの“可能性”を示していた。
群衆がひしめき、上空には報道用のホバードローンが旋回する。
報道席のマイクが点灯し、アナウンサーが告げた。
「これより、地球連邦軍・監察軍政官庁、アクシズ代表、ヌー・ジオン代表による三機共同発表を開始いたします」
その直後、特設の檀上に三人の人物が現れる。
中央:アイン・ムラサメ(地球連邦 軍政大将)
左手:ハマーン・カーン(ネオ・ジオン代表)
右手:キャスバル・レム・ダイクン(ヌーベル・ジオン代表)
カメラのフラッシュが一斉に光り、歴史が“定点”を打つ音が響いた。
アインが、ゆっくりと一歩前に出た。
「──本日、私たちは、かつて敵として相対した技術、思想、歴史の“その先”に立ちました。ここに並ぶ三機は、それぞれの過去を背負いながら、未来の盾となる機体です。ジガンスクードは、地球を守るために。ギラ・ドーガは、アクシズの民を導くために。ザクⅢは、自由を信じた者たちの最後の槍として。異なる信念は、争いの種ではなく“選択肢”であると、私は信じています。我々は今ここに、“相互不可侵の下での思想共存”を宣言します。この三機は、同じ宇宙に生きる者たちの“選択肢”として、同時に記録されるべきです」
アインが一歩退き、今度はハマーン・カーンが壇上に立つ。
「……我らが地球へ降りるなど、誰が予想しただろうか。だが、アイン・ムラサメという男が、地球と宇宙の境界に“理性”を持ち込んだ。このギラ・ドーガは、かつてのジオンの象徴《ザク》の系譜に、近代技術と生産性を重ねた一機。それが意味するのは、“我らは戦うためだけに生まれたのではない”という証明だ。ネオ・ジオンは、この地で共に歩むと決めた。……今はそれだけでいい」
最後に、キャスバルが立つ。
その横顔には、どこか少年のような哀しみが宿っていた。
「──あの戦争から、私は多くのものを奪い、そして失った。だが、アイン・ムラサメという男の姿を見て、“今ならば築ける”と感じた。このザクⅢは、ジオンの原点であり終着だ。誰もが知るその姿に、現代の技術と、自由を願う心を宿した。これは、“終わりではない過去”として……宇宙に返すための槍だ。私は、私の責任において、この槍を“宇宙の守護”に捧げる」
三者が並び立つと、報道席から拍手と歓声がわき上がった。
その背後で、三機のMSが静かに起動し、並ぶ姿勢を変える。
《ザクⅢ》は槍を構え、《ギラ・ドーガ》は敬礼の姿勢で膝をつき、そして《ジガンスクード》は、胸のハッチが開き──巨大なエンブレム《FOR ALL MANKIND》が、白金色に輝いた。
まさに、これは“歴史の証明”だった。