ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第81話 ジオングも、そう言ってる

 

 

 午前講義が終わった帰り道、マチュは携帯端末の画面を閉じ、空を見上げた。

 

 ──この空の先に、何があるんだろう。

 

 退屈なゼミ、繰り返されるレポート、母親の小言。

 

 何かが違う。

 

 きっと私は──「こんなもんじゃない」。

 

 ふと、胸の奥に疼くような気配が走った。

 

 ……誰かが、泣いてる。

 

 視線を落とす。

 

 通りの向こう、警備車のサイレンが鳴り、制服の男たちが一人の少女を追っていた。

 

 逃げているのは、どこかで見た顔。

 

 薄汚れたフード、細い体。

 

 必死に何かを抱えて走っている。

 

 ──あの子、名前は知らない。

 

 でも、感じる。

 

 あれが、私の“日常の外側”から来た何かだって。

 

 マチュは反射的に走り出していた。

 

 思考よりも早く、心が動いていた。

 

「こっち!」

 

 駆け出しながら、自分でも驚くほど自然に手を伸ばした。

 

 手を取ったその少女──ニャアンの瞳に、警戒と戸惑いと、どこか遠い戦場の色が混じっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 狭く、無機質な通路を二人の少女が駆け抜けていた。

 

 先頭を走るのはアマテ・ユズリハ。

 

 肩で息をしながらも、なおもニャアンの手を強く引く。

 

「こっち! ……多分、あのシャッター、開くっ!」

 

 乱れた赤髪。

 

 制服の上に羽織ったジャケットの裾が跳ねるたび、胸の奥にざわめく感覚が脈打つ。

 

 ──“何かが、呼んでる”。

 

 後方では、軍警の荒々しい声が無機質な構内スピーカーに木霊し、赤色灯の回転する光が壁を赤く染めていた。

 

 マチュは、まるで磁力に吸い寄せられるように、最後尾の格納区画──「12」と刻まれたシャッターに両手を突いた。

 

「お願い、開いて……!」

 

 キーを通す暇もなく、次の瞬間、シャッターは唸りを上げてゆっくりと上がっていく。

 

 自動認証──誰かのアクセス権限が、彼女を“許した”。

 

「……え?」

 

 ニャアンの目が見開かれる。

 

 そこに“それ”は、いた。

 

 巨大な、灰と紺の金属塊が、格納床に横たわっていた。

 

 頭部はと胴体はジオングと同じだが、脚部が──ある。

 

 脚部装備を備えた、完全な姿のジオング。パーフェクトジオング。

 

 それは機械であるにもかかわらず、そこに「眠っている」ような静けさと、圧倒的な存在感を放っていた。

 

「これ……なに?」

 

「わかんない。でも……」

 

 マチュは近づく。息を呑む。まるで夢の中のようだった。

 

 そして──彼女の瞳が、機体のモノアイと交差した瞬間。

 

 ザァア……ァァァアア……

 

 頭の奥に、銀の音が流れ込む。

 

 目の前の世界が、光の粒に解けていくような錯覚。

 

 言葉ではない、“なにか”が直接、心の奥へ届いてくる。

 

「……キラキラ、してる……」

 

 パーフェクトジオングのサイコミュが、マチュの脳波に自動接続を始めていた。

 

 マチュの足元に、蒼白い光の粒子が舞い始める。

 

 ニャアンが後ずさりかけた時、マチュが振り返って手を差し出す。

 

「ニャアン……行こう。ここしかない」

 

「え……マチュ……でも、コレって……!」

 

「わたし、わかる気がするの。これ、動く。わたしたちなら……動かせる!」

 

 刹那、格納庫の天井が軋む。

 

 軍警が追い付いたのだろう、遠くでドアを蹴破る音。

 

 ニャアンの目が揺れる。だが、その手を取った。

 

「いくよっ!」

 

 二人は、リフトに飛び乗り、胸部装甲のハッチへと滑り込む。

 

 ハッチが自動開閉し、静かに収束したとき、

 

 格納庫の光が、緑に染まった。

 

 内部システムが目を覚ます。

 

 《ニュータイプ反応波検出:同調率 72.9%……上昇中》

 

 《起動プロトコル認証:条件下における特別解除手続き発動》

 

 《電源供給開始……全系統チェック、クリア》

 

 モノアイが光り、機体が低く唸りを上げ始めた。

 

 静かだった格納庫に、雷のような低音が響きわたる。

 

 二人は、コックピットに座っていた。

 

 マチュは座席に体を沈めながら、深く息を吐く。

 

 汗とともに、どこか高揚感が胸を満たしていた。

 

「……わたし、知ってる。これ、すごく懐かしい……初めてなのに」

 

 ニャアンが震える手でレバーを掴みかけて、マチュを見た。

 

「ほんとに……できるの?」

 

 マチュは静かに頷く。

 

「……ううん、やるしかないよ。行こう、ニャアン」

 

 その瞬間、パーフェクトジオングは唸りを上げ、ゆっくりとその巨体を起こした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙の静寂に沈む資源衛星の陰。

 

 そこに、かつての亡霊がいた。

 

 ──パーフェクトジオング。

 

 鈍い光沢の機体は、軍籍もマーキングも消され、ただ“そこにある”だけ。

 

 だが、圧倒的な存在感はなお消えず、周囲の宙域すら凍りつかせるような威圧感を放っていた。

 

 その姿を、遠距離からひとり見つめる者がいる。

 

 ──ギャン・クリーガー。

 

 古式ゆかしき騎士の意匠を纏う一機。

 

 コクピットに座るのは、エグザべ・オリベ。

 

 彼はジオンの影に生きる者。

 

 ニュータイプと呼ばれながらも、その力は“感応”ではなく“戦闘”に現れるタイプ──アムロ・レイに似た直感と運動能力の突出。

 

 ゆえに、彼はサイコミュによる共鳴にはあまり強くなかった。

 

 だが──。

 

「……これは……?」

 

 眼前のパーフェクトジオングから放たれる、うねるような感応波。

 

 本来なら彼のような“戦闘型”には届かぬはずの“声”が、脳裏を撫でた。

 

 いや、厳密には“声”ではない。“輪郭”だ。

 

 ──2人いる。

 

 ──片方は……熱を帯びた、奔放で、まっすぐな“焦点”。

 

「女……? 少なくとも、訓練された軍人じゃない」

 

 そう直感した瞬間、全身の皮膚が粟立つ。

 

 この共鳴波は、パーフェクトジオングの旧式サイコミュの出力を超えていた。

 

 だがそれは単に“強化”されたのではない。適合者の存在が、機体の神経回路を拡張していたのだ。

 

「……動かしているのか、まさか、素人が? いや──“繋がっている”……」

 

 ギャン・クリーガーがゆっくりと推進を始める。

 

 戦うつもりはない。

 

 ただ、確かめたい。

 

 この未知の共鳴の出所が──自分が追い求めてきた“何か”と繋がっているかどうかを。

 

 やがて、距離2キロ圏内でパーフェクトジオングのモノアイが稼働する。

 

 ゆるやかに、こちらを向いた。

 

 その瞬間、再び脳を撫でるような“気配”。

 

「君か……。君が“触れた”のか。俺に──」

 

 その輪郭は、名前も顔も知らぬ少女。

 

 だが、紛れもなく確かに“いた”。

 

 名もなき感応。

 

 気づけば、エグザべの唇がひとりでに動いていた。

 

「……私は、敵じゃない。パーフェクトジオングのパイロット……いや、“少女”たちよ」

 

 言葉は届かない。

 

 だが、想いは揺らいだ。

 

 パーフェクトジオングのモノアイが、ほんのわずかに角度を変える。

 

 まるで、“見返した”かのように。

 

「……マチュ。君がその名かどうかは、まだ分からない。だが、君の中の“問い”は、俺と同じだ。──世界を見たい。未来を知りたい。ニュータイプとは、何なのか……と」

 

 ギャン・クリーガーが後方に旋回し、ゆるやかに並走する。

 

 エグザべはそれ以上の交信も、接近も求めなかった。

 

 この“沈黙の会話”で、充分だった。

 

(君たちが、進む気なら……その道を邪魔する者には、俺が立ちはだかる)

 

 そう心中で呟きながら、彼はギャン・クリーガーをその影の如く滑らせた。

 

 亡霊の護衛騎士。

 

 その名も知らぬ少女たちのために、青年は再び、己の剣を研ぐ覚悟を固めていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 薄暗い宇宙に浮かぶ、巨大な鉄塊。

 

 それはもはや“機体”というより、“意志を持った箱舟”のようだった。

 

 サイド6を離れて数時間、コロニー警備網も抜け、哨戒艦の索敵もかいくぐった。

 

 それもこれも、目の前のモニターに映るこの異形の機体──パーフェクトジオングのおかげだ。

 

 だが、到達した宙域の果てで、少女たちは迷っていた。

 

「……でさ、マチュ。これから、どうするわけ?」

 

 肩に汗が冷えて重たく張りつく。

 

 緊張の糸が切れた反動で、ニャアンの声は震えていた。

 

「軍警は多分、サイド6中に指名手配回してるし、あたし……もう戻れないよ」

 

 マチュは無言だった。

 

 操作パネルに添えた手のひらが、まだ少し震えている。

 

 けれど──その目だけは、確かな光を湛えていた。

 

「……でも、ワクワクする」

 

 ぽつりと、マチュが呟いた。

 

「ねえ、ニャアン。わたしたち、ほんとに“ここ”まで来ちゃったんだよ。空を越えて、宇宙へ出て……自分の意志で、ジオングを動かして」

 

 その声音は、かすかに震えているはずなのに、底が見えないほど昂揚していた。

 

「非日常なんて、テレビの中の話だと思ってた。けど……わたし、今、ちゃんと生きてるって感じがするんだ」

 

 ニャアンは言葉を返せなかった。

 

 その横顔には、何かが“覚醒してしまった”人間特有の、危うい輝きが宿っていた。

 

 と、そのとき。

 

 警告灯が一つだけ、静かに点灯した。

 

 背後宙域。

 

 単独機、接近中。

 

「……!」

 

 即座に防御モードに移行しようとするニャアン。

 

 だが、マチュがそれを制した。

 

「待って。来るけど、敵じゃない……気がする」

 

「気がするって、気がするってなに!? あたしらMS奪ってんだよ!? 普通撃たれるでしょ!?」

 

 そのとき、モニターに機影が映った。

 

 青と灰色の流線的ながら鋭角なフォルム。

 

 頭部のシールドには、あの――古の騎士の紋様。

 

 ギャン・クリーガー。

 

 近い。

 

 だが、武器は構えていない。

 

 淡々と、まるで「寄り添うように」航行してくるだけ。

 

「ほら、やっぱり……敵意はない」

 

 マチュが囁いた瞬間、パーフェクトジオングのモノアイが僅かに動いた。

 

 まるで、意思を持つように、ギャン・クリーガーへと“目線を返した”ように。

 

「……繋がってる」

 

 マチュは小さく呟き、操縦桿を握り直す。

 

「マチュ……ついてくの? こいつ、何者かもわかんないのに?」

 

 ニャアンの問いに、マチュはふっと笑った。

 

「でも、わたしには分かる。“この人は、わたしたちを撃たない”って。ジオングも、そう言ってる」

 

 その確信は、根拠などない。

 

 けれど、ニュータイプの片鱗が、“心”ではなく“感覚”に訴えていた。

 

 パーフェクトジオングがゆっくりと軌道を変える。

 

 静かに、ギャン・クリーガーの側へ──。

 

 少し後ろ、少し下。

 

 まるで、大人の後ろを歩く子どものように。

 

「いいの……?」

 

 ニャアンの問いに、マチュは静かに頷いた。

 

「きっと、この人も、わたしたちと同じ。迷ってて、探してる。だから、今は“ついていこう”。……それでいいと思う」

 

 ギャン・クリーガーのスラスターが、わずかに噴いた。

 

 そのあとを、パーフェクトジオングもまた、ついていった。

 

 不思議な編隊飛行。

 

 少女たちと、騎士のような青年と、亡霊のような機体。

 

 この銀河のどこにも属さぬ“仮初めの隊”が、確かに宇宙に存在していた。

 

 そして、それはほんの始まりだった。

 

 宇宙の果てに、名もなき“新たなジオンの火種”が、小さく灯り始めたのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 灰色の月面に、陽の光は届かない。

 

 それでも、宙に浮かぶ地球の青さは──この冷たく乾いた土地でも、なお温かく、美しかった。

 

 マチュはひとり、展望窓の縁に腰を掛けていた。

 

 赤髪を揺らし、左手には湯気の立つマグカップ、右手は膝に添えたまま。

 

 視線の先には、格納庫に鎮座する一機のMS。

 

 あの春に奪った“パーフェクトジオング”は、今や──《グレートジオング》と呼ばれていた。

 

 月の裏側にあるキシリア派の秘密基地。

 

 ここに身を寄せるようになって、もう九ヶ月。

 

 彼女の名前は、“アマテ・ユズリハ”。

 

 ジオングのパイロットとして、ニュータイプとして、キシリア派に“利用される”ことも、当然分かっている。

 

 でも。

 

 それでも――。

 

「マチュー、ここにいたの?」

 

 声がして、背後の扉が開いた。

 

 現れたのは、相棒であり、かつて助けた少女。

 

 ニャアン。

 

 軍服を着慣れぬまま、スリッパのまま廊下を駆けてきたその姿には、どこかあどけなさが残っている。

 

「お腹、空かない? 食堂でシチュー出てたよ。今日はアタリっぽい!」

 

「うん、あとで行く。ありがとう」

 

 マチュは静かに微笑みながら応じた。

 

 けれど、ニャアンの胸の奥には別の感情がある。

 

 そう──“マチュだけが、頼りなのだ”。

 

 この九ヶ月間。

 

 軍警、サイド6、追われる者、保護される者、そして今やキシリア派の道具のような存在。

 

 でもそれでもいい。

 

 マチュとなら、どこにでも行ける。

 

 マチュが隣にいてくれさえすれば──。

 

「……ねえ、マチュ。あたしたち、さ……」

 

 ニャアンが、ふと口を開く。

 

「これから、どうなるんだろうね。地球も、宇宙も、変わっちゃった。アクシズの連中、まだ残ってるって話だし……」

 

 マチュは少しだけ黙って、青い地球を見つめた。

 

「…わたしにも、まだ分からない。世界がどこへ行くのか。でも……見たいの、ずっと。“この目で、ちゃんと”」

 

 彼女の視線は、格納庫の中に降ろされる。

 

 そこには、パーフェクトジオングを改装した機体──《グレートジオング》が、静かに待機していた。

 

 複座式のコクピット。

 

 主操縦席にはマチュ。

 

 そして、副座には火器管制を担当するニャアン。

 

 二人の意志と、機体のサイコミュが共鳴し合い、今や完全な戦闘ユニットとして完成していた。

 

「わたしは、戦うことが目的じゃない。でも、“見る”ためなら、どこにでも行ける。だから……一緒に、いてね。ニャアン」

 

 その言葉に、ニャアンは目を見開いた。

 

「っ……うん。いるよ、ずっと。……あたし、マチュの“マヴ”なんだから」

 

 依存とも、友情とも、まだ言葉にできない感情。

 

 けれど、それでも。

 

 二人は、確かにこの宇宙で──同じコクピットを生きる“パイロット”だった。

 

 グレートジオングのモノアイが、ゆっくりと灯る。

 

 この機体と共に、いつか“自分たちの場所”を見つけるその日まで。

 

 マチュとニャアンの旅は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

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