ヱクセリヲン建造宙域
地球静止衛星軌道上・監察軍政官庁直属建造宙域にて
陽光なき宇宙に、青い地球を背にして──それは、ひとつの“浮かぶ大陸”のように現れた。
ヱクセリヲン。
全長7205メートル、全幅2295メートルという常識外れの巨体が、今、宇宙における新時代の象徴として少しずつその姿を現しつつあった。
その船体は、骨格から装甲に至るまで全て宇宙工法により組み上げられており、AI制御の無人建材アームと、無数の作業用ポッドが規則正しく稼働していた。
中央艦橋部には、監察軍政官庁の旗印が投影され、その下では人工磁場バリアに守られた無重力ドックが広がっている。
整備士たちは作業ポッドで外壁パネルを締結し、スラスター制御ベイや重力ブロックの接合作業に追われていた。
その間も、無人ポッドが次々とパーツを搬送し、別の無人ポッドを組み立てるという“無限増殖建造”が続いていた。
《AIアイン》通信リンク:全作業ポッドへ配信中
【AIアイン】
「みなさん、今日もご協力ありがとうございます。作業は緻密で過酷ですが──この艦が完成する時、宇宙には新たな秩序と希望が灯ります。どうか、誇りを胸に進んでください。僕も、共にあります」
その声は温かく、そして確かだった。
人工知能《AIアイン》による作業員への定期励まし通信は、整備員たちの精神的な支柱となっていた。
整備員の一人が思わず呟く。
「……こいつ、本当にAIか?人間より人間らしいぜ」
《AIシロッコ》統括リンク:建造進捗モニタールーム
> 「船体第112隔壁の電磁フレームに歪み3.2度、接合部を三層スキャンし、補正ポッドの編成を自律指定。また、構造ベースC-12では溶接遅延7.4秒。周囲AIに自己複製命令。無人ポッド3機の追加建造を許可」
無機質で冷静な命令が飛ぶ。
だがその演算は、すでに人間の数百倍の精度とスピードを持っていた。
統合指令系AI《シロッコ》は、全域の建造状況をモニタリングし、秒単位で無人作業体制を最適化していた。
必要があれば自ら部品搬送ドローンを制御し、作業遅延領域に別系統から補填用ユニットを割り込ませる。
機械が機械を造り、誤差をなくしていくその様は、まさに自己進化型宇宙ドックであった。
休憩区画では、整備士たちが酸素のある作業船内で仮眠を取り、食事をとる。
その横を、無人作業ポッドが静かに滑空し、建造現場へ向かっていく。
眠っていても、仕事は止まらない。
人類とAI、両方がこの艦を“生み出している”。
「この艦の心臓はまだ鼓動していない……だが、いずれ縮退炉が息吹を与える。その時、宇宙は──変わる」
人工頭脳《AIアイン》は、そう静かに語った。
彼の視線の先には、徐々に構造骨組みを満たしていく“巨大なる城”──ヱクセリヲンの勇姿があった。
地球の青を背に、それは確かに未来を内包する巨艦として、静かに膨らみ続けていた。
◇◇◇◇◇
──ヱクセリヲン級航宙艦建造エリア
地球の重力を遥かに離れた静止軌道上。
真空の闇を背に、二隻の巨大艦影が静かに、だが確かにその姿を刻みつつあった。
中央に浮かぶのは、ヱクセリヲン級航宙艦・一番艦《ヱクセリヲン》。
全長七キロを超える超巨大艦体。
その船体は既に艦首部から中部構造体の約4割が完成しており、艦橋フレーム、主機エリア、格納区画などの主要ブロックが形成されつつある。
各区画では無数の無人ポッドと作業員たちが入り乱れ、人工重力支持構造・多層装甲ユニット・主砲発射架台といった複雑なコンポーネントが、一つずつ丁寧に接合されていた。
◆《AIアイン》通信:現場全体リンク
【AIアイン】
「……ヱクセリヲン一番艦は、あと56日以内に船体構造60%達成が見込まれています。これは、皆さん一人一人の力がもたらした成果です。……誇ってください。そして、見せてやりましょう。地球圏の未来を、ここに築いているのだと」
その柔らかく、それでいて芯のある声は、静かな宇宙の中でもしっかりと作業者たちの心に届いていた。
その隣、わずか5km先の建造軌道帯には、新たなる艦影が芽吹いていた。
ヱクセリヲン級航宙艦・二番艦。
先行艦である一番艦での建造ノウハウとエラー修正データを全て継承し、AIシロッコおよび現場AI群が最適化したプロセスによって、こちらは建造開始からわずか9日で全体の10%が完成しつつあった。
◆《AIシロッコ》リンク:二番艦施工AI群指令
「一番艦の構造歪み発生率を基準に、第9構造ユニットには余裕率4.3%を与えて接合。ポッドT26〜T41による自律搬送列を構築、8時間以内にバルクヘッドセクションを組み上げろ。なお、第二段階での作業用ポッド自己複製は許可する」
冷徹だが無駄のない命令が、建造宙域に反響する。
二番艦は、すでに人類の手を離れた精密機械の領域に足を踏み入れていた。
AIによって設計され、AIによって施工され、AIによって自己増殖する──それは、ある意味で“宇宙に育つ艦”とも言える存在だった。
ヱクセリヲン一番艦の下部ドックでは、建造主任の整備士が静かに二番艦の軌道へ目を向けた。
「……あれが俺たちの次代かよ。ったく、嬉しいような悔しいような……」
「でもさ、俺たちの仕事をAIが受け継いで、もっと先に進んでくれるってのは、ちょっと誇らしいよな」
誰かがそう呟く。
人類とAI。
過去と未来。
努力と継承。
それらが静かに交差する軌道上で、ヱクセリヲン級建造計画は確かに進行していた。
「……この艦は、希望だ。命を載せる器であり、未来を運ぶ橋梁であり、そして──“戦火を越え、誰かが帰ってくる場所”になるんです」
AIアインの呟きに、無人ポッドが静かに返答するように航跡を描いた。
◇◇◇◇◇
《スペースノア級万能戦闘母艦導入に関する特別報告》
議場は一面に冷たい沈黙が張り詰めていた。
だがそれは緊張ではない。
興味と疑念と、そして政治的な思惑に彩られた沈黙だった。
円形に配置された議席の中央、壇上には地球連邦軍・軍政大将アイン・ムラサメ。
その隣に立つのは、かつて木星帰りの男と呼ばれた科学技術顧問、パプテマス・シロッコ大佐。
今や彼は、建築家のような穏やかな眼差しで宇宙世紀の構造を見据えていた。
「──では、始めます」
アインがマイクを前に一礼し、議場の空気がわずかに動いた。
「本日は、次世代宇宙戦艦《スペースノア級》の導入提案に関し、概要および技術報告を行います。まず提示するのは、壱番艦《シロガネ》の納入案です」
ホログラムが起動し、白と青を基調とした艦影が静かに投影された。
折りたたまれた後翼、鋭角的な艦首。
誰もが初めて見る艦影に、わずかに息を呑んだ。
「本艦は宇宙・大気圏・海中における全領域運用が可能な、万能戦闘母艦です。最大MS搭載数は60機。地球連邦軍本隊に納入予定であり、運用は中央艦隊および地球方面軍の旗艦クラスとして行われます」
「……地球方面軍に、だと?」
「エリート艦か? またティターンズの影響か?」
誰かが呟き、誰かが訝しむ声を上げる。
しかしアインは顔色一つ変えず、軽く頷いて続けた。
「監察軍政官庁の直轄艦ではなく、本艦《シロガネ》はあくまで地球軍に先行納品されるものです。後述する二番艦《ハガネ》とは明確に運用系統を分けております。技術的な詳細については、シロッコ大佐よりご説明をお願いします」
隣で一礼したシロッコが、静かに前に出た。
「──技術顧問、パプテマス・シロッコです」
その名にざわつく者がいない訳ではなかった。
だが、それ以上に彼の語りは澄んでいた。
「《シロガネ》には、複合テスラ・ドライブとロケットエンジンの並列運用により、大気圏突入・宇宙機動・海中潜航の全てにおいて優れた応答性能を実現しています。格納・整備・発艦が一体化された《艦首カタパルトモジュール》により、最大60機のMSを同時に即応運用可能です。これはドゴス・ギア級に匹敵し、かつ汎用性では凌駕します」
「そんなものを地球軍に渡すのか? 制御できるのか?」
「逆に考えろ、それだけの戦力を本隊に持たせるという意味ではバランスは取れている」
「ドゴス・ギアは最新鋭艦だぞ? こんな艦が必要になるのか……?」
──そして、第二の艦影が投影される。
鈍い金属色をまとったそれは、静かに、だが明確に「砦」としての風格を纏っていた。
アインが再び言葉を継ぐ。
「そしてこちらが、監察軍政官庁旗艦《ハガネ》であります。本艦は現在、旗艦《アルビオン》の後継艦として設計されています。アルビオンは旧式艦であり、テスラ・ドライブを搭載せず、長期的な宇宙機動が困難です。また、地上本部《スードリ》は宇宙展開力を持ち得ません」
シロッコが再び一歩進み、指を掲げる。
「《ハガネ》には、我々が《ヱクセリヲン計画》において開発したバスタービーム・キャノンを艦首兵装として装備しています。これは従来のメガ粒子砲とは異なり、極低温冷凍収束線による範囲制圧能力を備えた、非核・高精度・多目的砲です」
「冷凍線か……」
「だが地球に使われるなら、放射性残留よりはマシかもしれんな」
「MS搭載数は48機。突出した兵装と航続性能によって、単独艦隊指揮・遊撃指揮・前線旗艦の任を兼ねる艦として設計されました」
シロッコの説明に次いでアインが頷く。
「我々はこの《シロガネ》と《ハガネ》をもって、地球連邦の新たな秩序の両翼といたします。一方は地球を護る母艦として。もう一方は、宇宙を統べる理性の旗艦として」
議場が静まり返る中、誰かが立ち上がった。
「……だが、それだけの予算と資材をどこから出すつもりだ!? 現場はまだ荒れているんだぞ!」
別の議員が応じた。
「連邦の再建に必要なのは見せかけの兵器じゃない、運用の理だ!」
シロッコが淡々と返す。
「既存インフラの再利用と、AI建造ポッドの拡張により、必要な人員と資材は従来の1/3以下で済みます。現場では、AIがAIを製造しています」
また別の声が飛ぶ。
「……どうせ“監察軍政官庁のための艦”じゃないのか? 貴様らだけが得をする!」
アインはその声に、ほんのわずか、視線だけを向けた。
「それが真であれば、本艦《シロガネ》は我々の手には渡っておりません。──あくまで“地球軍”に納めたもの。これが我々の誠意であり、理性です」
沈黙が落ちた。
やがて、ゴップ議長が咳払い一つ。
「……議案は、予算委に送致。各軍司、配備案について早急に検討に入れ」
アインとシロッコは、そろって一礼した。
彼らが去った後も、議場にはまだ、重い議論の余熱が残っていた。
それは新しい“宇宙の形”が、確かに議場へ持ち込まれた証でもあった。