ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第89話 “民意”の暴力の片鱗ってヤツを味わったぜ……!

 

 午前九時過ぎ。

 

 澄んだ秋空の下、芦ノ湖の湖面は静かに陽光を返していた。山々に囲まれたこの湖畔には、かつての戦火の爪痕も、政争の喧騒も届かない。

 

 だがこの静けさの裏には、多くの犠牲と、積み重ねられた再建の歴史が横たわっている。

 

 湖畔の展望台に立ち、アイン・ムラサメは遠く、東の空を見つめた。

 

 山並みの向こう、かすかに霞む青い帯。

 

 それは──太平洋。

 

 彼の唇から、誰に向けるでもない独白のような言葉が零れる。

 

「……第3新東京市、か」

 

 隣を歩いていたニャアンが、きょとんとした顔で振り返る。

 

「え、なにそれ? 東京って……三回目なの?」

 

 アインは微かに頷き、湖面に落ちる木漏れ日の揺らぎを見つめながら語りはじめた。

 

「……一年戦争の初期、オーストラリアのシドニーに、スペースコロニーが落とされました。その衝撃が地球を駆け巡り、その余波で発生した超巨大地震が太平洋プレート全域を震撼させた」

 

「まさか、それで……?」

 

「津波です。日本列島も例外ではありませんでした。沿岸部の都市は壊滅、旧東京──つまり今の東京湾周辺も、水没と地殻変動で地形そのものが変わってしまった」

 

 アインの声音には、どこか哀悼にも似た静けさが滲んでいた。

 

「政府はその直後、長野に中央機能を移して“第二東京市”を建設しました。今ではすっかり行政の中心です。……そして、ここから見える先。芦ノ湖北岸一帯の再開発が検討されていて、構想段階ですが、計画名称は“第三新東京市”」

 

 マチュが腕を組み、やや複雑そうな顔で言う。

 

「また人を戻すの? 地球に?」

 

「……象徴的な意味合いが強いとされています。地球を“休ませる”という僕らの理想に反するようにも思えるけれど、あの場所に意味を与え直さなければ、過去は過去のまま朽ちていくだけだと考える人もいる」

 

 ドゥーが湖畔の柵に肘をつき、水面に映る空を見ながらぼそりと呟く。

 

「……祈り、か」

 

 その言葉をきっかけに、辺りが一瞬だけ静かになる。

 

 誰も返さない。

 

 けれど、その沈黙には否定でも諦念でもなく──どこか、受け入れる静謐があった。

 

 アインは風を感じながら、さらに一歩、展望台の先へと進んだ。

 

「……未来を築くには、まず過去に名を与えなければいけない。壊されたままの都市にも、魂はあった。その声に応える責任が、僕たちにはあるのかもしれません」

 

 ミネバはその背を静かに見つめ、小さく頷く。

 

 かつての首都。地球圏を震撼させた傷。

 

 そして、そこに芽吹こうとしている、新たな名前。

 

 風が木々を揺らし、芦ノ湖のさざ波が再び音を立てた。

 

 アインは、再び目を細めて、太平洋の向こうを静かに見据え続けていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

地球連邦中央官庁・第七会議室

 

 午前十時、地球連邦政府本庁舎の高官たちが円卓を囲む。

 

 議題はただ一つ。

 

 アイン・ムラサメ軍政大将が提出した、先の“休暇名目視察”に関する報告についてだった。

 

 報告書の写しが電子端末に投影されている。

 

 その文面は簡潔ながらも要点を押さえ、政治的象徴性と再建への観測眼を併せ持った内容であった。

 

「……なるほど、芦ノ湖から第三新東京市再開発を示唆とは、また派手な名刺の切り方だな」

 

 軍務省次官が頷きながら唸る。

 

 報告そのものに問題はなかった。

 

 むしろ形式以上に“意味”を持たせていたことに、誰もが舌を巻いていた。

 

「むしろ──この男、何気なく未来都市計画の布石まで打っておる。視察というより、思想の投げ縄だよ」

 

 安全保障局の老将が苦笑交じりに言えば、会計監査院の筆頭理事が眉を上げた。

 

「しかし、面白いと思わんかね? 僅か三日の“休暇”で、ここまでの価値を引き出せる若者が、他にいると思うか?」

 

「……まぁ、いませんね。あの若さで、だ」

 

 文官たちの間に静かな感嘆が広がる。

 

「問題はむしろ、彼の“働き過ぎ”だろう」

 

 そう告げたのは内政監。

 

 無表情のまま、文書に目を通していた官僚の一人だ。

 

「この一年、彼はほぼ休みなく前線と内政を往復し、グリプスの戦後処理、宇宙港再建、兵制改革とすべてを背負った。

 通常の軍政官の五年分は働いている」

 

「事実、我々が止めなければ、彼は“自分の疲労”にすら気づかんだろうな」

 

 会議卓の空気が少しだけ重くなる。

 

 誰もが、彼の精神と肉体の“精密さ”を知っているがゆえの沈黙だ。

 

 そんな中、ゴップ議長がゆっくりと口を開いた。

 

「──ならば、制度化すれば良い」

 

 全員の視線が議長に向く。

 

「アイン・ムラサメ軍政大将に対し、『週一度の強制休暇権限』を特別に付与する。これはあくまで“健康維持”と“任務継続性”のための措置であり、本人の意志ではなく、制度上の義務として執行されることが重要だ」

 

「……つまり、働きすぎを“政府の命令”で止めると?」

 

「そうだ」

 

 議長は端末を軽く閉じ、背を伸ばした。

 

「彼のような若者を、燃え尽きさせてはならん。この制度は“保護”だ。そして、我々にとっては“戦力維持”でもある」

 

 ややあって、誰からともなく静かな拍手が湧き起こる。

 

 それは政治的判断というより、“人としての当然”への合意だった。

 

「……一週間に一日。たったそれだけで、彼が少しでも楽になるなら、やるべきだ」

 

「実務の空白は我々で埋める」

 

「それに、彼が休めば現場も少し休む。良い連鎖になるやもしれんな」

 

 決議はその場で可決された。

 

 名目は──

 

 

> 《軍政大将行動持続性確保措置・第01-1条》

「週一度の休養措置(通称:アイン休養令)」

 

■ 目的:軍政大将の作業効率・精神健康の恒常維持

■ 効力:週1日の完全休養を制度的に保証

■ 担当:軍政大将直轄秘書局・日程管理班

 

 

 それは、アイン・ムラサメという“たった一人の青年”を守るために、政府全体が動いてつくった、小さな、しかし確かな防波堤だった──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静寂に包まれた旅館の一室。

 

 障子越しの月明かりが淡く揺れ、畳の匂いが落ち着いた余韻を運んでいた。

 

 アイン・ムラサメは、帳が下りた部屋の中で湯上がりの体を涼ませながら、文書でも読もうかと手にした端末を閉じた。

 

 静かすぎる夜は、政務に明け暮れた身には、どこか落ち着かない。

 

 そんな折──襖の向こうから、二人分の足音が近づいてきた。

 

 ──コン、コン。

 

「……アイン、いる?」

 

 マチュの声だった。

 

 続いて、小さく返事をするようにニャアンの気配もした。

 

「どうぞ」

 

 そう言って戸を開ければ、二人が並んで立っていた。

 

 マチュは何かを企んだように口元を緩め、ニャアンはどこか浮ついた表情で視線を落としている。

 

「……どうしたんですか、二人して」

 

 不思議そうに首を傾げたアインに、マチュは肩をすくめた。

 

「ほら、ニャアンがさ。昨日からモヤモヤしてるみたいで。だから……“一緒に来ちゃった”」

 

 ニャアンは顔を赤らめたまま、まるで何かを堪えるようにアインを見つめた。

 

「……お願い。今夜だけは……その、あたしのこと、ちゃんと見ててほしい」

 

 小さく震えるその声を聞き届けて、アインは目を見開いた。

 

 その視線には決して軽さはなく、ただ静かに、真摯に──彼女の願いが込められていた。

 

 隣に腰を下ろしたニャアンの体温が、肌越しに伝わる。

 

 先ほど湯浴みをしたばかりの彼女の香りが、ふわりと羽織の隙間から忍び寄る。

 

 ぎこちなく肩が触れ、そして──触れたまま離れなくなる。

 

 その声は震えていたが、曇りはなかった。

 

 アインは一瞬だけ息を呑み、視線を泳がせた。

 

 けれど、マチュが意地の悪い笑みを浮かべたままニャアンの背を押したことで、すべてを悟る。

 

「……いいんですか? 二人とも」

 

「……あんたが拒むなら、すぐに引き上げるけど」

 

 マチュの声音は強がり半分、優しさ半分だった。

 

 アインは静かに首を振る。そして、少しだけ戸を閉め、灯りを落とした。

 

 やがて、手が伸び、指が絡む。

 

 唇が触れ、頬に髪がかかる。

 

 静かな畳の音が、ほんの少しずつ、夜の空気を撫でていく。

 

 ──そしてニャアンは、夢に見た情景の中にいた。

 

 アインの腕に抱かれ、マチュのぬくもりに包まれて、挟まれて。

 

 頬に触れるキス、背中に伝う手のひら、交差する吐息と心音。

 

 それは想像よりもずっと優しくて、ずっと現実で──あたたかかった。

 

「……あたし、こんなわがまま言っていいのか、わかんなかったけど」

 

「言ってくれたから、届いたんだよ」

 

 そう言って、マチュが額を寄せる。

 

 アインが静かに背を撫で、彼女の名を優しく呼ぶ。

 

 ──世界に拒絶されることが当たり前だった。

 

 その冷たさを、あたしはずっと纏ってた。

 

 でも、今は──違う。

 

 「ふたりとも、大好き……」

 

 ようやく零したその想いに、返ってきたのはふたりの静かな微笑みと、包むような口づけだった。

 

 今宵、誰もひとりではなかった。

 

 交わる心と心の温度は、互いの不安や孤独を、少しずつ溶かしていった。

 

 ──これは、たった一夜のぬくもりじゃない。

 

 きっと、これからも。

 

 そう信じたくなるような、安らかな夜が、そこにあった。

 

 

 あとは──なにも言葉はいらなかった。

 

 月明かりが落ちる畳の上、三つの影が寄り添う。

 

 交差する手と手。重なる温もり。

 

 やがてその全てが、心の輪郭すら溶かしていく。

 

 時折、誰かの吐息が洩れ、誰かの指が誰かの髪を撫でた。

 

 マチュが微笑む、ニャアンが頬を染める。

 

 アインがそれを優しく受け止める。

 

 それは、衝動でも、激情でもなく、ただ、“選び取った今”を三人で大切にするような、穏やかで優しい時間だった。

 

 ──そして、いつしか布団の中、三つの鼓動がゆるやかに重なっていた。

 

 ニャアンは、夢か現か分からないままに、二人の間で目を細める。

 

 かつて胸の奥でこっそり描いていた妄想が、こうして形になって、自分を包んでくれている。

 

 孤独だった自分にとって、こんな夜がくるなんて、思っていなかった。

 

 マチュはそんなニャアンの髪を撫でながら、まるで姉のような眼差しを注いでいた。

 

 アインは二人を腕に抱き寄せながら、月を見つめていた。

 

 その瞳の奥には、ようやく訪れた「人としての静けさ」が、確かに宿っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 スードリ艦内・作戦統合指令室。

 

 淡い光に包まれたスクリーンの前に立ち、アイン・ムラサメは軍政大将としての威厳を纏いながら、厳粛な口調で告げた。

 

 まるで戦時布告かのような、簡潔かつ揺るぎのない声が空間を満たす。

 

「本日をもって、連邦軍監察軍政官庁直属特務小隊──コードネーム『ガンダムチーム』を発足する」

 

 一同が静かに息を呑む。

 

 アインはその反応に動じることなく、冷静な調子を崩さぬまま続けた。

 

「本小隊は、対宙域特殊機動任務、および将来導入予定の次世代機動戦術兵装《SRXユニット》の先行運用・戦術実証を兼ねて行動するものとする」

 

 背後のホロスクリーンに、次々とガンダムタイプ機の映像が展開された。

 

「各機配備は以下の通り──」

 

 アインの瞳が僅かに光を帯びた。

 

「ゼロ・ムラサメ大尉、ウイングガンダム。

 ドゥー・ムラサメ少尉、ガンダムヘビーアームズ。

 アマテ・ユズリハ少尉、ガンダムデスサイズ。

 ニャアン少尉、シェンロンガンダム。

 そして、私がガンダムサンドロックに乗る」

 

 名を呼ばれた者たちは、それぞれ軽く反応を見せるが、場の緊張は崩れない。

 

「また、並行して次期主力統合機体《SRXプロジェクト》を立ち上げる。この機体は3機の支援型ユニット《R-1》《R-2》《R-3》によって構成され、戦術合体によって全領域戦闘に対応する多目的可変戦力を構成する」

 

 ホロスクリーンに3機のシルエットが映し出される。

 

 構成員の視線が集まる中、アインは一拍置いて続けた。

 

「パイロットの割り当ては以下の通りとする」

 

 その表情はあくまで無感情を装いながらも、言葉の一つ一つが鋭く空気を切り裂いた。

 

「R-1ユニット:アマテ・ユズリハ

 R-2ユニット:アイン・ムラサメ、ゼロ・ムラサメ

 R-3ユニット:ニャアン、ドゥー・ムラサメ」

 

 あくまで任務上の通達という体を崩さず、アインは最後にひとつだけ感情を滲ませる。

 

「我々はすでに“結果”を出している。だが、未来はまだ試され続けている。これは休暇明けの余興ではない。……地球圏の未来と、理性の意志を託す、新たな礎である」

 

 言い終えると同時に、場に張り詰めていた空気が僅かに和らいだ。

 

 伝令の役目は終わった。

 

 アインは一瞬だけ仲間たちに視線を送り、口元に静かな意志の線を描く。

 

 その視線は命令者のものではなく、共に立つ者のそれだった。

 アインの声が止むと、静寂が指令室を包んだ。

 

 誰もが、その場の“重大さ”と“始まり”を感じ取っていた。

 

 ──最初に動いたのは、ゼロだった。

 

 腕を組んだまま無言で目を伏せていた彼は、やがてゆっくりと視線を上げた。

 

 その双眸には、確かに燃えるものが宿っていた。

 

「……了解だ。俺がやる。任された以上、誰にも後れは取らない」

 

 淡々とした口調だったが、その言葉には固い意志が込められていた。

 

 ゼロはすでに覚悟を決めていた。

 

 アインがそこまで言うなら、その未来に殉じる価値はある、と。

 

「ボク、ガンダムヘビーアームズ……!」

 

 次いでドゥーが、少しだけ瞳を丸くして小さく呟いた。

 

 その顔には、興奮と喜び、そしてほんの少しの不安が混じっている。

 

「……アインと一緒に戦えるの、すごく嬉しい……。あのガンダム、いっぱい弾撃てるやつだよね……!」

 

 その声はどこか夢見るようでいて、しかしすぐに真剣な表情へと引き締まる。

 

「ちゃんと、役に立つように頑張る。……アインにも、みんなにも、胸を張れるように……!」

 

 そう言ったドゥーの小さな拳が、ぎゅっと握られた。

 

「なるほどねぇ……ガンダムデスサイズ、かぁ。いい趣味してるじゃん、アイン」

 

 マチュはやれやれと肩をすくめながらも、その目にはどこか誇らしげな光があった。

 

 彼女にとって“任される”ということは、“認められる”ことと同義だ。

 

「これって、さ……ガンダム任されて、さらにはR-1にも乗るってこと? ちょっと贅沢じゃない?」

 

 と口にしつつ、マチュはアインの方に視線を投げた。

 

 からかうような色も混じっているが、そこにあるのは確かな信頼と“分かってる”という理解の色。

 

「──ま、覚悟決めなよ、大将。アタシ、期待されたらちゃんと応える女だからさ」

 

 そして最後に、ニャアン。

 

 彼女は一瞬、何も言わなかった。

 

 小さな唇をわずかに噛み、目を伏せる。

 

 指先が小さく震えていたが、それは怖れでも緊張でもなく、心の奥で揺れているなにか──。

 

「……シェンロン、か」

 

 その言葉は、ぽつりと落ちた。

 

 そして彼女はゆっくりと顔を上げ、アインと視線を交わす。

 

「連れてってくれるんだ、アイン……。アタシも、“その未来”に」

 

 呟くように言ったその声は、どこまでも素直で、どこまでも脆く、それでも強かった。

 

「やるよ。アタシも。誰にも置いていかれないように」

 

 それぞれが、立ち位置も、覚悟も違えど。

 

 今、この場に立つ“意味”を、ひとりひとりが噛みしめていた。

 

 戦いは続く。だが、それは“終わらせるための戦い”だ。

 

 そして、アイン・ムラサメの目には確かに映っていた。

 

 この者たちは、もう決して誰も後れを取ることなく、共に歩いてくれると。

 

「──ありがとう。みんな」

 

 静かに告げたその言葉は、軍政大将ではなく、一人の青年としての“信頼”の証だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 重厚な会議室に、紙と電子が併用された報告書が回覧されていた。

 

 表紙に刻まれたタイトルは、軍政大将アイン・ムラサメ発信の通達──

 

 

> 『ティターンズ監察軍政官庁所属 新編機動戦力群(通称:ガンダムチーム)およびSRX特別戦力開発計画について』

 

 

 議長席に座るのは、地球連邦首相直属の安全保障会議メンバー。

 

 防衛省、軍務省、財務局、科学技術局、そして首都防衛司令部の代表者がずらりと顔を揃える。

 

「……“SRX”、ね。読めば読むほど、あの若造のやることは理解を超えている」

 

 嘆息したのは、軍務省軍政局の老官僚だった。

 

 だが、その顔に浮かんでいたのは決して否定ではなく──興味深げな、驚きだった。

 

「R-1、R-2、R-3……個別でも充分な戦力となる構成。しかも、合体機構ありと来た。まるでスーパーロボットアニメだな」

 

「連邦がこれまで温存していたサイコミュ技術、バイオセンサー、サイコフレームを全て軍政官庁が吸い上げている。……一体どこまで先を読んでいるのだ、あの男は」

 

 技術局の局長が唸るように言う。

 

「だがこれは……既存の艦隊運用やMS部隊の枠組みを根底から塗り替えるぞ。陸軍も空軍も、今や軍政官庁の補助的な部門になりつつある」

 

「問題は予算と制度だ。……ガンダムを5機も常備運用し、さらにSRXなどという専用機構を維持する予算を、あの若造はどこから引っ張ってきた?」

 

 財務監査院の代表が顔をしかめた。

 

 そのとき、ひとりの男が静かに口を開いた。

 

「……既に通っているよ」

 

 それは、議長──ゴップその人であった。

 

 全員の視線が集中する中、ゴップは穏やかな声で言葉を続けた。

 

「スードリの整備予算。ヱクセリヲン計画支援費。さらには軍政官庁によるティターンズ再編事業費。全て合法的に議会承認済みだ。彼は、何も違法なことはしていない。一番大きいのは市民からの義援金だ」

 

「だが……この動きは、事実上“彼らが主力戦力になる”ということを意味する。軍としての均衡が……」

 

「──ならば、なぜ均衡を守らねばならん?」

 

 ゴップの声に、空気が張り詰めた。

 

「地球は焼け、宇宙は荒れる。今、我々に必要なのは“調和”ではなく、“希望”を具現化する戦力だ」

 

 彼は報告書を一度見下ろし、その中央に記された文字を指でなぞった。

 

 

> 『全戦力の“象徴的統合”と“次世代型部隊連携”の試験実施──SRX計画』

 

 

「……あの少年は、ただ戦うのではない。“築く”ことを選んだ。ならば、我々はそれを見届ける義務がある」

 

「……今後、失敗したらどうする?」

 

「そのときは、彼が全責任を取るだろうよ」

 

 そう言ったゴップの口元には、皮肉でも侮りでもない──静かなる信頼の色が滲んでいた。

 

 こうして、“ガンダムチーム”と“SRXプロジェクト”は、地球連邦政府の正式承認を得ることとなった。

 

 それは、アイン・ムラサメという若き指導者の、政治と戦略を横断する“確かな歩み”の一手だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

それは、一通の匿名寄付から始まった。

 

「軍政大将アイン・ムラサメ殿の手に、未来を託します」

 

──スペースノイド市民、モニカ・アルテシア。

 

寄付金額、五百円。

 

ジャーナリストがそれを見つけたのは、偶然だった。だが、その「たった一口」の義援金が、連邦情報局の報道部門によって取り上げられると、静かだった水面は一気に騒ぎとなる。報道番組では、「連邦議会選挙出馬を辞退した“若き英雄”へ、せめてもの応援を」と市民の声が紹介され、インタビューに答えたモニカはこう言った。

 

> 「私たちは、戦ってくれた人に、何も返せていない。ただ“ありがとう”の気持ちを形にしたかったんです」

 

 

 

その言葉は、たった一晩で数千万のスペースノイドたちの胸に火を灯した。

 

U.C.0088年1月。

 

年が明けると同時に、宇宙世帯の銀行・金融機関が一斉に「アイン・ムラサメ軍政大将支援金受付」の特設口座を開設する。

 

最小額は五百円──それでも、65億人のスペースノイドのうち実に78.6%が「毎月支払う」と回答し、実際に送金を始めたのだった。

 

驚いたのは連邦政府でもあった。

 

「ちょっと待て……これは税ではないのか? 新税の創設か?」

 

「違います、あくまで“寄付”です。誰も強制しておりません」

 

「強制してないのに……なぜこんなに?」

 

その理由は明快だった。

 

 

アイン・ムラサメの存在が、戦火の中で親を亡くした子どもたち、職を失った労働者、崩壊した居住ブロックを立て直したかった市民たちに、深く刺さっていたからだ。

 

「この人が居てくれたから、宇宙は壊れなかったんだ」

 

「この人が居なかったら、バスクの狂気に飲み込まれてた」

 

「この人が、たった19で俺たちを守ったんだ」

 

アインの名は、英雄ではなく「恩人」として語られた。

 

そして、地球が黙っているはずもなかった。

 

「スペースノイドだけにいい格好させるな!」

 

「俺たちだって助けられたんだ!」

 

──アースノイド20億人。そのうち46%、およそ9億2千万人が、月額500円から義援金を送り始めた。

 

中には、月一万円を送る企業主や名士もおり、送金件数は日を追うごとに指数関数的に跳ね上がっていく。2月末には総額が70兆円を突破し、3月中旬には、ついに年間見通しで104兆円──連邦防衛予算の4倍近い超巨大予算が、「アインのもと」に集まってしまった。

 

──そして、アインは頭を抱えた。

 

スードリの執務室、帳簿と財務報告の山。

 

「……これは、マズい。なんで使ってるのに減らない、いや、増えてる……なんでさ?」

 

スードリの運用予算、ガンダムチームの整備費、SRX計画の初期開発費、ドレッドノート建造費、ジガンスクード整備予算、リオンシリーズの宇宙港設計予算……すべて「義援金」から賄ってなお、月次報告では“繰越残高増加中”。

 

 執務室の巨大なモニターに並ぶ義援金の最新データ。

 

 今も増える額にアインは、硬直していた。

 

 ──それはもはや「軍政予算」ではなかった。

 

月間寄付総額:8.6兆円

予測年間総額:104兆円超

 

 整備費を払っても、施設を作っても、船を造っても──まったく減らない。

 

アインは机に手をつき、額に手をやり、そして──静かに、だがどこか投げやりに呟いた。

 

「……あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。

 国の予算に匹敵する金が、毎月俺の口座に振り込まれている……。

 使っても使っても、減らないどころか──むしろ増えているッ……!

 な……何を言ってるのかわからねぇと思うが、俺も何が起きてるのかわからなかった……。

 ただの寄付だと思ってたら、いつの間にか財政の根幹にッ!

 こいつは……バズーカでも火薬でもねぇ、“民意”の暴力の片鱗ってヤツを味わったぜ……!」

 

 沈黙する副官たち。

 

 そこへ、ゼロがぼそりと呟く。

 

「……やっぱ財団作ろう。今すぐ。な?」

 

「うん…」

 

 アインは小さくうなずきながら、すでに資金運用と透明性を確保する組織設計へと、全力で“逃げ”出そうとしていた──。

 

 

 

 

 

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