ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第91話 我らが築いた未来を、決して焼かせるな!

 

U.C.0088年4月5日

 

スードリ艦内 ― 軍政大将執務室

 

 厚い報告書の束のうち、一通がアイン・ムラサメの目に留まった。

 

 差出人はアフリカ南部方面監視部隊。

 

 内容は、ここ数日で目に見えて増加している物資搬入記録と、周辺住民が語る「夜間の車列移動」の目撃情報だった。

 

「またか……」

 

 低く、静かに吐かれた声には、警戒と憂慮が同居していた。

 

 スードリの室内には、ただ端末のスクロール音と、換気ファンのわずかな振動音だけが響いている。

 

 かつては散発的だったジオン残党の動き。

 

 だが今は違う。

 

 数値で示される熱源反応、地下施設の電力消費、地域ごとの人員流動記録──どれもが「何かが始まる予兆」を告げていた。

 

「アフリカ……鉱山地帯と山岳拠点、物資の収集と集団移動。これは、偶然ではない」

 

 アインの指先が卓上の端末を軽く弾いた。

 

 地図上に赤いマーキングが浮かび上がり、点と線とが結ばれていく。

 

だが。

 

「軍政大将は秩序の番人だ。……こちらから仕掛ける権限はない」

 

 自らを戒めるように、その声は抑制された。

 

 監察軍政官庁は「統制」する存在であって「討伐」する存在ではない。

 

 明確な侵攻、明確な武装蜂起がなければ、動く理由も資格も持たない。

 

 そのとき、室内の通信パネルが点滅した。

 

『こちら技術監理部第三室。ヒリュウ改、艦体試験航行完了。全区画、機能正常。艦長配置待ちです』

 

 アインは一瞬だけ目を伏せた。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして──椅子を立ち上がると、彼は端末を閉じ、外套を手に取った。

 

「……分かった。向かおう。ヒリュウ改の整備が先だ」

 

(戦の影が忍び寄るのは感じている。だが、それでも僕は、秩序の側に立たなければならない)

 

 決して逸らさず、決して煽らず。

 

 対峙する時が来たなら、その時は真っ直ぐに迎え撃つ。

 

 それが、アイン・ムラサメという青年が背負う「軍政大将」という名の重責だった。

 

 執務室を出る彼を、ゼロとドゥーが無言で迎える。

 

「準備は?」

 

「済んでいる。──ハガネは、すでに発進準備に入っている」

 

「……行こう。新たな“本部”を迎えに」

 

 ダカールの空を切り裂くように、スペースノア級万能戦闘母艦《ハガネ》が浮上した。

 

 弾道軌道を描き、次の目的地──南米・ジャブローへ。

 

 その遥か彼方では、確かに静かな「地鳴り」が、地球の地殻の奥底から忍び寄っていた。

 

 そしてアインはまだ、それが“開戦の鼓動”であるとは知らなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

U.C.0088年4月9日

 

地球軌道上・ダカール宙域

 

 蒼き地球を背に、宇宙に二隻の巨艦が悠然と並走していた。

 

 一隻は、連邦の最新鋭艦たるスペースノア級万能戦闘母艦《ハガネ》。

 

 そしてもう一隻は、朱の艦体に鋭利な艦首を擁する最新鋭艦ヒリュウ級汎用戦闘母艦《ヒリュウ改》。

 

 ヒリュウ改艦橋──アイン・ムラサメは、艦長席に静かに腰を下ろしていた。

 

 表情に無駄な色はない。

 

 軍政大将にしてこの艦の艦長。

 

 彼は今、自らの意思でここに座っている。

 

「通信、ナビ、火器管制、全系統正常作動中。巡航試験、完了しました」

 

 淡々と報告するクルーの声が響く。

 

「降下軌道に移行してよろしいか、艦長」

 

 副長席から問うのは、元ティターンズ正規派少佐、ガディ・キンゼー。

 

 今はアインの副官として忠実に職務を遂行する男だ。

 

 アインは、無言で頷いた──が、直後に警報が鳴り響いた。

 

> 「レーダー接近反応! 12万キロ先、宙域座標8-2-1より艦影多数!」

 

 オペレーターが蒼白となりながら叫ぶ。即座にモニターに展開された戦術投影──そこに現れたのは、異様な艦隊だった。

 

「……中心艦、グワンバン級……左右にエンドラ級……ムサイ級複数……後方には、HLV──!」

 

 アインはスクリーンを凝視した。

 

 グワンバンの艦首、描かれた紋章──双頭の鷲と紅の紋。

 

「──あれは、グレミー・トトだ」

 

 静かに、だが決然と口にする。

 

「グレミー派の地球降下部隊……目標は、アフリカ。恐らく、ダカール……第1種戦闘配置。全艦、迎撃陣形に移行」

 

 彼の声が響いた瞬間、艦内に警報が鳴り響く。

 

「ガディ副長、全砲門展開、迎撃態勢。艦隊通信を開いてください」

 

「了解。ハガネにも戦闘信号送信。リオン隊、出撃準備に入らせます」

 

 ガディの指がコンソールを叩く。

 

 対空機銃が動き、ビーム砲塔が戦闘姿勢を取り始める。

 

 《ヒリュウ改》が戦艦として牙を剥き出した瞬間だった。

 

 アインは通信を開いた。

 

 宙域にいる味方全軍に向けて、響き渡る言葉が放たれる。

 

「こちらヒリュウ改艦長、アイン・ムラサメ。敵艦隊接近中──構成から見て、アクシズ急進派による地球降下作戦と判断する。迎撃する。我々がこの空を、地球を、秩序を、守り抜く。全戦力、迎撃準備。我らが築いた未来を、決して焼かせるな!」

 

 彼の声と共に、《ハガネ》と《ヒリュウ改》は一斉に進路を変え、敵艦隊を迎え撃つべく火を噴いた。

 

 青く美しい惑星──その守護者として。

 

 戦いの幕は、今、上がった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 艦橋に、硬質な緊張が流れた。

 

 警戒態勢に入ってはいるが、まだ砲塔の蓋すら開かれていない──その微妙な“前段階”を、グレミー・トトは冷静に読み取っていた。

 

「──艦影確認。進路上に大型艦2隻。識別コード照合中……!」

 

 緊張した声を上げたレーダー士官の瞳が、一瞬泳いだ。

 

「識別完了……連邦軍所属、スペースノア級《ハガネ》、および同型艦《ヒリュウ改》。いずれも議会旗艦クラス……!」

 

「なんだと……?」

 

 副長が呻いた。

 

「……実戦に出た記録はないはずだ。だが、あの艦影……間違いなく新鋭旗艦だぞ」

 

 参謀が吐き捨てるように言った。

 

「戦力バランスが崩れる。HLVの降下準備はまだ整っていない……今、あの艦隊とやり合えば、降下部隊が壊滅するぞ」

 

 艦橋中に、冷たい沈黙が走った。

 

「ハガネ……そしてヒリュウ改。どちらか一隻でも厄介だ。まして二隻──」

 

「……あの艦に乗っているのは、アイン・ムラサメか?」

 

 参謀の一言に、皆の視線がグレミーに集中した。

 

 彼は黙していたが、その眼は鋭く、既にヒリュウ改の構造やデッキ構成を思い浮かべていた。

 

 ──ダカールから上がっていた映像資料。

 

 ──スペースノア級の設計情報。

 

 そして、あの青年の戦術思想。

 

「まだ戦闘配置についてはいない……」

 

 グレミーの言葉は低く、しかし明瞭だった。

 

「ということは、こちらの反応次第では、即時交戦にはならないと?」

 

「……その可能性はある。が、彼は“理性で撃つ”男だ」

 

 副長が言った。

 

「どうされますか? 閣下。HLVの散開を?」

 

 グレミーは静かに首を振った。

 

「──動くな」

 

「しかし!」

 

「……我らは今、“正当なるジオンの末裔”として宇宙に立っている。その理念が本物であることを示すのは、なにより“覚悟”だ。もしここで狼狽し、HLVをばらけさせれば──我らは“新型艦に怯えた小賊”に成り下がる。違うか?」

 

 副長は口を閉ざした。

 

 グレミーは視線を艦橋前面のスクリーンへと向けた。

 

 その先に映る、二隻の連邦艦──未だ静かに軌道を進行している新鋭の巨艦。

 

 そこに宿るのは、ただの兵力ではない。政治の象徴であり、戦後秩序の中心核。

 

「アイン・ムラサメ……お前の秩序が、我らの理念よりも強いというのか。ならば、示してみせろ。こちらもまた“後退する気はない”と、宇宙に伝えてやる──」

 

 その静謐な言葉の裏に、どこか確かな焦燥があった。

 

 グレミー・トトは、いまだ戦火の火蓋が落ちぬ宇宙で、“新たな時代”の到来を、確かに感じていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 漆黒の空に、二隻の巨艦が軌道を並走していた。

 

 ハガネとヒリュウ改。

 

 スペースノア級万能戦闘母艦とヒリュウ級汎用戦闘母艦──連邦新型戦力の象徴。

 

 そしてその艦橋には、既に第1種戦闘配置が発令されていた。

 

 だが、艦体はなお静止したままだ。

 

 艦内の赤い警戒灯が回り続け、各ブロックは戦闘開始を前提 に動いている。

 

 しかし格納庫のリオンシリーズも、ガンダムチームも、まだ出撃命令を受けていない。

 

 それは、アイン・ムラサメが“まだ戦端を開かせていない”という明確な意思表示だった。

 

 ヒリュウ改・艦橋。

 

 中央指揮台に立つ軍政大将アイン・ムラサメは、航行モニターの軌道予測に目を落とした。

 

 その視線の先に、敵影──エーデル・ジオンの艦隊。

 

「……来るべき日、というわけですね」

 

 副長のガディ・キンゼー少佐が、背筋を伸ばして報告した。

 

「敵艦隊、HLV15機を含む降下部隊を随伴。降下予測地点はアフリカ──ダカール上空と見られます。我が艦隊の直下、ですな」

 

 アインは静かに頷いた。

 

「……予定通りです。我々の位置は、彼らの“地獄への滑走路”に蓋をしている。第1種戦闘配置は維持。だが部隊展開は、まだだ。手を出せば、それは“こちらから撃った”という意味になりますから」

 

 ガディはわずかに唇を引き締めた。

 

「敵が先に撃てば──」

 

 アインは、即答した。

 

「“その時”です。敵に開戦の責を取らせる。こちらは“防衛”を貫く」

 

「……相手に、選ばせるのですね」

 

「ええ。降下するなら、私の真下に落ちてくることになる。

撃たなければ、彼らは自壊する。撃てば、我々が動く。……これ以上、分かりやすい構図もないでしょう」

 

 モニターに、敵艦隊の主力──グワンバンの巨体が映し出された。

 

 その艦橋に立つ男の顔も、名も、アインは知っている。グレミー・トト。

 

 ザビ家の血を騙り、アクシズを私物化した急進派。

 

 その艦からの通信は、まだ来ていない。

 

 アインはひとつ、命じた。

 

「通信封鎖、段階解除。映像付きで“この座標”を明示。──見せましょう。我々が、何を背負っているのかを」

 

 赤い警戒灯の中、格納庫では機体が静かに整備され続けていた。

 

 だが誰もが知っていた。

 

 いつでも出撃できる。命令があれば、すべては即時起動する。

 

 だが命令は、まだ出ない。

 

「止まっていることが、最大の戦略だ。……君たちは、もう撃てない」

 

アイン・ムラサメの瞳は、宇宙を貫いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 不機嫌な沈黙の中、戦術モニターに映る二隻の巨艦――連邦の新鋭艦、ハガネとヒリュウ改。

 

 彼らの座標は、まさにアフリカ降下の最適軌道上。

 

 降りるためには、必ずこの“門番”を突破しなければならなかった。

 

 円卓型の会議卓にグレミー・トトは立ち、周囲には参謀格の将校が控える。

 

「……まるで、我々の意図を見透かしていたように、奴らは鎮座している。だがこれは逆に言えば、向こうも我々を撃てないということだ」

 

 副官が確認するように問う。

 

「閣下、交戦規定に従えば、あちらが先に発砲しなければ我らは撃たれません。だが、HLVの降下が始まれば、確実に“動く”でしょう」

 

 グレミーは、静かに頷いた。

 

「そうだな……ゆえに我々は、目を逸らさせなければならない。あの二隻の“目”を」

 

 彼は卓上に表示された軌道予測マップに手を伸ばし、艦隊マーカーを前方へ動かした。

 

「前衛にエンドラ級3隻、両翼にムサイ8隻。機動部隊はガザD、ザクⅢ、それに新鋭のガ・ゾウムを含め全機出す。突撃陣形を組め」

 

 参謀の一人が息を呑んだ。

 

「囮にしては、あまりにも主力すぎます」

 

「主力だからこそ、連邦は反応する。ハガネとヒリュウ改は未だ“戦果のない新鋭艦”だ。彼らも実戦経験を欲しているはずだ。挑発に乗る。そして、その間に後衛のHLV15機を……」

 

 グレミーは、再び手を動かし、HLV編隊を地球方向へ曲げる矢印を描いた。

 

「新軌道を使い、誘導降下。降下ベクトルは一時的にズラし、アフリカ上空の別ルートを経て再接近する。主降下地点はダカール。目標は地上政府中枢の制圧だ」

 

 参謀が追加した。

 

「迎撃のリスクは避けられませんが、現在の連邦戦力がすべてヒリュウ改・ハガネに集中していれば、地上は一時的に無防備になります」

 

「成功すれば、連邦の“正当性の地”たるダカールを押さえることが可能です」

 

「やってみる価値はあるな……」

 

 グレミーは目を細め、軽く息を吐いた。

 

「我がジオンにこそ、地球を導く正当性がある……ミネバがいくら名を語ろうとも、戦場で勝つのはこの私だ。降下作戦、実行する」

 

 会議卓を見渡し、静かに命じる。

 

「艦隊、第一陣形へ移行。機動部隊、全機発艦準備。降下部隊、HLV接続を急げ。これは、地球を奪還する作戦だ。我々に残された“最初で最後の機会”と知れ!」

 

 作戦名は掲げられない。なぜならそれは、“虚構の戦端”の下に隠された“真の矛先”だからだ。

 

 しかし確かに、グレミーの声に応じて艦隊は動き始めた。

 

 前方の空には、静かに構える二隻の巨艦──ハガネとヒリュウ改が、何も語らずその軌道を護っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 星の青を眼下に見下ろしながら、二隻の艦が並ぶ。

 

 先頭を往くは《ハガネ》。その後方は《ヒリュウ改》。

 

 その二艦が、同時にテスラ・ドライブを唸らせ始めた。

 

 中央通信モニターに映し出されたのは、軍政大将アイン・ムラサメの姿。

 

 背後には火器制御タワー、そして副長席に座すガディ・キンゼー少佐の姿も映る。

 

 アインは迷いのない声音で言い放った。

 

「……グレミー・トトは動きました。HLV15機の地球降下。艦隊は囮です。HLVを落とせなければ、アフリカが再び焼ける」

 

 モニター越し、ハガネ艦橋のブライト・ノアが腕を組む。

 

「となれば、艦隊に目を向けている暇はない……か。しかし、どうやってあの降下軌道を塞ぐつもりだ?」

 

 アインはすぐに戦術ホロを起動。

 

 緻密な航路データとベクトル計算が、視界いっぱいに展開された。

 

「これより、《ブレイクフィールドによる軌道衝突転位作戦》を実施します。《ハガネ》は降下軌道の正面に“壁”として突き立っていただきます。ただし、そのままでは間に合わない。……そこで」

 

 ホロ画面の航跡が交差する。

 

「《ヒリュウ改》をハガネの背後から突入させ、ブレイクフィールド同士を衝突させて、強制的にハガネの軌道を逸らします」

 

「……そんなことが可能なのか?」

 

 ブライトの問いに、副長ガディが答える。

 

「可能です。ブレイクフィールドは接触時に慣性を反発・転位させる。ヒリュウ改の質量と推進ベクトルで、ハガネの角度を数度捻ることが可能です。僅かな角度であっても、下方進行軌道へ遷移できます」

 

 アインが言葉を継ぐ。

 

「その“遷移した先”が、グレミーのHLV降下軌道の真正面です。そこからは、ハガネの艦首バスタービーム・キャノンによる曲射砲撃で、HLV編隊を“落とす”」

 

「……宙で突き飛ばされて、下で槍を突き出すか。まったく、君らしい無茶だな、アイン大将」

 

 ブライトの目元に、古傷に似た笑みが浮かんだ。

 

 アインは軽く、頭を下げる。

 

「無茶であるのは承知の上です。しかし、彼らに地球を踏ませれば、我々のすべてが無に帰す。監察軍政官庁の存在も“未来”すら」

 

 そして、ゆっくりと語気を強める。

 

「我々が地球に立つのは、戦うためではありません。守るためです。この宇宙で叩けば、再び焼かずに済む……!」

 

 沈黙ののち、ブライトが短く頷いた。

 

「《ハガネ》、作戦受領。衝突転位位置へ向け、進路確定」

 

「《ヒリュウ改》、後方より突入用意。副長、転位衝角ベクトルを最終調整してください」

 

「了解。ブレイクフィールド最大展開まで、あと180秒」

 

 アインは最後に言った。

 

「“重力”を振りほどいて、我々は軌道を変える。宇宙に生きると決めた者たちの手で……。ハガネ・ヒリュウ改、全艦展開──地球、守りに行きます」

 

 通信は切れ、戦闘準備の警報が両艦に鳴り響いた。

 

 青く静かな地球の上空で、二本の剣が重なる音がした。

 

 作戦、開始まで180秒。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「敵艦隊、接近──《ハガネ》《ヒリュウ改》です!」

 

 グレミー・トトは額に手をやり、前方の戦況モニターを睨みつけた。

 

 こちらがHLVの降下準備に入った段階──そんな時に、連邦の新型艦が真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

「まさか……この距離から、突撃してくるつもりか?」

 

 艦橋内の空気が張り詰める。

 

 中央モニターには、異常なまでに高速で接近してくる2隻の艦影が映る。ひとつは先行する、《ハガネ》。

 

 その背後から紅き艦影、《ヒリュウ改》が並走すらせず、まっすぐにハガネの背部に向かって突進していた。

 

「ぶつかるぞ……!? あれ、何をしている……ッ!?」

 

 次の瞬間──ヒリュウ改が、そのままハガネの船体に接触する。

 

 だが爆発は起きない。艦体が軋むようなエネルギー反応ののち、ハガネが不自然な角度で軌道を変えた。

 

「え……ハガネの軌道が……!?どういう原理だ……?」

 

 艦隊管制士官がうろたえる。

 

 グレミーの脳裏に、理解を越えた戦術が刻まれていく。

 

 常識外の艦体加速と強引な軌道制御。

 

 それが“ただの突撃”などではないと気づいたときには、事態は既に動いていた。

 

 ヒリュウ改はそのまま艦隊中央へと突入。

 

 前方のムサイ級巡洋艦が、紅い艦体に進路を遮られ──

 

「ああっ、衝突回避不能ッ!!」

 

 次の瞬間、艦首から艦尾まで一刀両断されたかのようにムサイが爆散。

 

 だがそれは、火力による撃破ではなかった。

 

 艦体の質量と装甲を纏った力による“圧殺”だった。

 

 衝撃に言葉を失うグレミー艦隊。

 

 そしてその混乱の最中──大きく軌道を変えた《ハガネ》が、地球の重力を見据え、艦首を斜め下へ向けていた。

 

「艦首バスターキャノン──発射ぁ!!」

 

 ブライト・ノアの声が、通ハガネ艦橋に響き渡る。

 

 艦首部が一閃の光を放ち、バスタービーム・キャノンが斜めに曲がった軌道で放たれた。

 

 それは曲射だった。

 

 宇宙空間では本来ありえないはずの“砲弾の落下”──だが、地球の引力を利用して軌道上から降下中のHLV群へ命中させた。

 

 降下準備中の15機のHLVは──全滅した。

 

 一斉に火球となって四散し、地上降下の作戦は開始前に頓挫する。

 

「HLV群……全機撃破……」

 

 オペレーターの震える声が、グレミー艦橋に響く。

 

 そして、その背後から火線が降り注いだ。

 

 180度ターンを完了した《ヒリュウ改》が、グレミー艦隊の背面から主砲射撃を加えていた。

 

「全艦、回頭急げッ……! 奴ら、正面から突破して──背後に回り込んでる……!」

 

「機動部隊、展開中です! データ照合、新型のリオンシリーズ、出てきます!」

 

 宇宙に撒かれる閃光の雨──グレミー艦隊は完全に陣形を崩された状態での、後背からの奇襲を受ける。

 

 その光景はまさしく、紅と鋼の艦が切り開いた“裂け目”から、連邦の流星群が噴き出す一幕だった。

 

 

 

 

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