U.C.0088年4月10日 地球静止軌道宙域《ダカール上空・戦闘宙域》
「味方のHLV、壊滅っ……!?どういうことだ、迎撃は……!!」
ザクⅢのコクピットの中で、若いエーデル・ジオンのパイロットが悲鳴を上げた。
正面を行く味方機のザクⅢが──閃光に包まれて爆散する。
「!? いつの間に、こんな距離から撃ってきやがる――ッ!」
砲撃の発射音は聞こえない。だが一拍遅れで、必ず爆光が生まれる。
そのタイムラグこそが「死の宣告」だった。
「敵MS、来ますッ!展開速い、めちゃくちゃ速いぞ──っ!?」
その叫びとともに、宇宙を切り裂く紅と蒼の疾風が、バレリオンの後方から矢のように飛び出す。
「あれは……連邦軍の新型!? バスクの時代にこんなのは──っ!」
その姿に見覚えがない兵士たちも、今の性能を見ては今までの連邦軍とは別物と断じるしかなかった。
「くっ、あいつら動きが違いすぎる……! ガ・ゾウムでも、振り切られてるぞ!」
指揮系統が混乱していた。
エースパイロットの乗るザクⅢは撃墜され、ガ・ゾウムの部隊も機動で後手に回り、ガザシリーズは火力を活かせる間合いすら保てず、散開すればバラバラに、固まればまとめて薙ぎ払われる。
宇宙は、リオンシリーズの独壇場と化していた。
その最前線を突き進むのは、青の機体――コスモリオン。
「──くそ、ほんとに飛ぶわ、こいつ……」
ヘルメット越しに汗を流しながら、アルファ・A・ベイト大尉は目の前のガ・ゾウムを狙い、横転軌道から振り向きざまの大型レールガンを一閃。
「ッらぁああっ!!」
爆散。回避行動を取った敵の護衛機へ、すぐさま横合いからリオンが飛び込む。
「ベイト、前開けろ! 抜ける!」
「おうよ!行け、モンシア!」
灰色のリオンが、旋回しながら敵編隊の中央に乱入し、ビームアックスをぶち下ろす。
ベルナルド・モンシア中尉が叫びながらも冷静な索敵操作は失われておらず、
「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ!」とでも言いたげに突き進む。
そして後方支援を任されているバレリオンの照準席では──
「高度よし……風向きなし……空気も重力もないのは最高だ」
チャップ・アデル中尉が冷静に砲撃指示を送っていた。
一射、二射。あっという間にガザDを2機葬る。
「お二方、遮蔽後方に接近。アンクル回避。弾道に入らないでくださいよ?」
「分かってるって、参謀さんよォ!」
その背後で、さらに多くの機体が飛び出してくる。
「ハガネ隊より、コスモリオン12機、リオン24機、発艦完了!」
「ヒリュウ改より、リオン10機、コスモリオン5機、展開中!」
テスラ・ドライブの煌光が、青く、紅く、夜空を切り裂いていく。
そのすべてが、地球を守るために生きる兵士の意志を宿していた。
「俺たちは──ただの再任兵なんかじゃねぇ!」
「バスクの下で飼い殺されてたあの頃とは違う!今の俺たちは……!」
「“地球連邦軍の軍人”だッ!!」
その声に応えるように、再任兵たちのコスモリオンが一機、また一機と編隊を組んで宙を舞う。
機体が走る。弾幕を抜ける。火花を散らし、爆炎を蹴る。
それは彼らにとって──“誇り”を取り戻す戦いだった。
そして、宙域のあちこちで、エーデル・ジオンの兵士たちは──
「何が起きてやがる……!? こっちの数のほうが多いのに、押されてるだと!?」
「奴らの……あの翼、なんだ!? 見たことねぇぞ、あんな動き──!」
「中に乗ってるのは……バスクの連中じゃねぇのか!? どうして連邦側に……!?」
──混乱と焦燥の声を上げながら、撃ち落とされていく。
爆炎の中、ひとつの確信だけが、宇宙を貫いた。
かつて失ったものを、今、彼らは取り戻している。
名誉も、立場も、そして──己自身の名も。
◇◇◇◇◇
エーデル・ジオン艦隊より展開された機動部隊は、百機を超える圧倒的な物量を誇っていた。
艦隊の前面を防衛するように、ガザDが隊列を組み、戦闘爆撃機として運用されるガ・ゾウムが先陣に立つ。
指揮中枢の象徴であるザクⅢは、戦意を鼓舞するように前方へ進み出ていた。
しかし、戦場に走った最初の衝撃は、彼らの士気を根底から叩き潰すものだった。
ヒリュウ改より滑るように展開した群青の編隊。
テスラ・ドライブの粒子航跡が虹のように軌道を描き、空を翔けるようにリオンシリーズが出現した。
「……あれは何だ……!? 見たことがない! 機種番号が合わないぞッ!」
一人が叫び、もう一人が叫び返す。
「ミノフスキー粒子散布中だぞ!? どうしてあんな速度が──!」
その答えは誰にも分からなかった。だが、次の瞬間に──
バレリオンの頭部大型レールガンが、静かに、そして確実に火を噴いた。
連携照準を終えたバレリオンの三機が、同時に放った斉射。
その軌道は一秒後、艦隊中央のザクⅢの装甲を貫通し、爆発四散させた。
「ッ!? 隊、隊長が……! 隊長機がやられたァッ!!」
たった一発のレールガン、たった一機の撃墜。
それだけで、エーデル・ジオンの戦列に破綻の兆しが走った。
だが、地獄はそこからだった。
青く煌めく戦影──リオンとコスモリオンの編隊が、前衛部隊へ突入。
剣戟はない、接近戦もない。
ただ、ミサイルの軌道が幾重にも走り、レールガンの閃光が戦場を裂いた。
その動きは、まるで宇宙そのものに滑るようだった。
ガ・ゾウムでさえ追いきれず、照準すら合わない。
「……あいつら、バカか……!? 空気抵抗もない宇宙で、何であんな動きが……!」
「もうやめろ! まともに戦えねえッ!!」
狼狽が、混乱に変わる。混乱が、恐慌に変わる。
──そして、恐慌は、崩壊へと繋がった。
一方その頃、リオンに搭乗したパイロットたちの胸中には、まったく別の情動が燃えていた。
彼らは元バスク派。
命令に背けば粛清され、戦果を上げても名を記録されることすらなかった元兵士たち。
その彼らが、今。
新たなる艦と、新たなる秩序の旗の下で、「再び軍人としての自分」を取り戻していた。
「俺は……もう、誰かの盾じゃない。守るために、この空を飛ぶんだ」
「俺はティターンズじゃねぇ。連邦軍の、正規のパイロットだ──ッ!」
リオンという名の翼が、彼らに宇宙を与えた。
その圧倒的な機動性と戦術性は、バスクの支配ではなく、思想と秩序に基づく信念によって運用される。
ミサイルが走り、敵の隊列を誘導する。
そのわずかな乱れにレールガンが貫通し、空間の一角を爆炎が裂いた。
「当てろ、外すな……俺たちの誇りに、偽りはないッ!」
エーデル・ジオンの将兵が絶望の声を上げるたび、監察軍政官庁の再任パイロットたちは、胸を張って宇宙を翔ける。
彼らは、戦っていた。
ただ勝利のためではなく、己の過去と、これから守る未来のために。
「本隊、突入始めッ! 全機、リオン編隊はコスモリオンを先頭に、バレリオン支援射撃を要請!」
指令が通信網に走る。
それに応じるのは、かつて地球連邦軍の暗部を担わされた男たち──ティターンズの名を背負い、命令だけに従っていた兵士たちだった。
その機体は滑るように加速し、宙域を裂いて突撃した。
両肩の可変推進翼が展開し、視界に映るガ・ゾウム中隊を躱しながら、縦横無尽に軌道を描く。
「あの頃は、考えることを止めてた……命令さえ聞いていれば生きられるって、そう思ってた」
機内、彼は独りごちる。
「でも、あの人は……俺たちを見捨てなかった。なら……今度は、俺が信じる番だ」
敵に向けて放たれたミサイル群が、電子戦妨害をすり抜けて一斉に爆発する。
ガザEが誘爆し、隊列を乱す。
彼の瞳は、誰かの命令に従う者のそれではなかった。
自身の正義と意思で操縦桿を握る、“兵士”のものだった。
「チッ、あの頃の“ティターンズ”じゃ考えられねぇ動きだな……俺たちが、今やってるのは“戦争”じゃねぇ。“仕事”だ」
両腕のレールガンを構え、敵の後方推進ユニットを撃ち抜く。
分離した残骸が、味方の進路を邪魔せぬよう誘導ミサイルで逸らす。
それは訓練でも再現できない、実戦でしか磨かれぬ連携だった。
彼はふと、昔の記憶を思い出す。
上官の命令で民間施設を封鎖し、口答えした同僚が制裁された日。
「俺たちは、いつの間にか……兵士じゃなくて、道具になってた」
それが、今はどうだ?
後ろを振り返れば、コスモリオンが彼の動線を守っている。
正面には、バレリオンの狙撃が、隊列を開いて道を作ってくれる。
「おう、最高だぜ……! これが“軍隊”ってもんだろうがよッ!」
その声は、笑っていた。
バレリオンの巨大レールガンが唸りを上げる。
冷静に、正確に、彼女は敵のザクⅢの関節部を撃ち抜いた。
「狙撃点、再照準……次。座標補正、あと1.3度」
冷徹な声。だが、その胸中は静かに高鳴っていた。
「昔の私なら、“上の言う通りに撃て”で終わってた。どこを狙うかなんて、考えさせてもらえなかった……」
でも今は違う。
アイン・ムラサメという指導者の下で、“考える兵士”として扱われている。
部隊運用、連携、敵分析……彼女の技能は、組織の一部として組み込まれていた。
「ありがとう、アイン閣下……。私、やっと“自分”に戻れた気がするわ」
彼女はレールガンのスコープ越しに、遥か遠くの敵機へ狙いを定める。
それはかつての“罪”を、誇りで塗り替えるための一撃だった。
一方、エーデル・ジオンの兵士たちは、眼前の光景に凍りついていた。
「なんだ……なんなんだあいつらは……!!」
「おい、当たらねえぞ!? ガ・ゾウムでも振り切られるってどういうことだッ!?」
ザクⅢの中隊長が撃墜され、ガザ部隊は蜂の巣のように崩れ、
整然とした隊列はリオンの一撃離脱戦術で瞬く間に瓦解していく。
「指揮系統がもうッ……ダメだ、オレ達、何やってるかわかんねぇ……!」
「落ち着け、落ち着けって言ってんだろォッ!!」
「そ、そんなの無理だよォォッ……来るなァァァッ!!!」
戦術を組まれた敵の恐怖。
誰かの怒声すらも、もはや耳に届かぬほどの恐慌状態。
彼らは理解したのだ。
目の前にいるのは、「かつてのティターンズ兵」ではない。
秩序を持ち、矜持を持ち、人として戦っている連邦軍兵士なのだと――。
アインの率いるティターンズ監察軍政官庁の再任兵たちは、“罪”と“汚名”を背負いながら、今こうして戦場で、「己の矜持と軍人としての誇り」を胸に、飛んでいた。
それは、もはや敗残兵の姿ではない。
この宇宙においてもっとも誇り高き者たちの、戦いであった。
未来の秩序を背負う、真の戦士の姿だった。