ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第92話 これが“軍隊”ってもんだろうがよッ!

 

U.C.0088年4月10日 地球静止軌道宙域《ダカール上空・戦闘宙域》

 

「味方のHLV、壊滅っ……!?どういうことだ、迎撃は……!!」

 

 ザクⅢのコクピットの中で、若いエーデル・ジオンのパイロットが悲鳴を上げた。

 

 正面を行く味方機のザクⅢが──閃光に包まれて爆散する。

 

「!? いつの間に、こんな距離から撃ってきやがる――ッ!」

 

 砲撃の発射音は聞こえない。だが一拍遅れで、必ず爆光が生まれる。

 

 そのタイムラグこそが「死の宣告」だった。

 

「敵MS、来ますッ!展開速い、めちゃくちゃ速いぞ──っ!?」

 

 その叫びとともに、宇宙を切り裂く紅と蒼の疾風が、バレリオンの後方から矢のように飛び出す。

 

「あれは……連邦軍の新型!? バスクの時代にこんなのは──っ!」

 

 その姿に見覚えがない兵士たちも、今の性能を見ては今までの連邦軍とは別物と断じるしかなかった。

 

「くっ、あいつら動きが違いすぎる……! ガ・ゾウムでも、振り切られてるぞ!」

 

 指揮系統が混乱していた。

 

 エースパイロットの乗るザクⅢは撃墜され、ガ・ゾウムの部隊も機動で後手に回り、ガザシリーズは火力を活かせる間合いすら保てず、散開すればバラバラに、固まればまとめて薙ぎ払われる。

 

 宇宙は、リオンシリーズの独壇場と化していた。

 

 その最前線を突き進むのは、青の機体――コスモリオン。

 

「──くそ、ほんとに飛ぶわ、こいつ……」

 

ヘルメット越しに汗を流しながら、アルファ・A・ベイト大尉は目の前のガ・ゾウムを狙い、横転軌道から振り向きざまの大型レールガンを一閃。

 

「ッらぁああっ!!」

 

 爆散。回避行動を取った敵の護衛機へ、すぐさま横合いからリオンが飛び込む。

 

「ベイト、前開けろ! 抜ける!」

 

「おうよ!行け、モンシア!」

 

 灰色のリオンが、旋回しながら敵編隊の中央に乱入し、ビームアックスをぶち下ろす。

 

 ベルナルド・モンシア中尉が叫びながらも冷静な索敵操作は失われておらず、

 

 「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ!」とでも言いたげに突き進む。

 

 そして後方支援を任されているバレリオンの照準席では──

 

「高度よし……風向きなし……空気も重力もないのは最高だ」

 

 チャップ・アデル中尉が冷静に砲撃指示を送っていた。

 

 一射、二射。あっという間にガザDを2機葬る。

 

「お二方、遮蔽後方に接近。アンクル回避。弾道に入らないでくださいよ?」

 

「分かってるって、参謀さんよォ!」

 

 その背後で、さらに多くの機体が飛び出してくる。

 

「ハガネ隊より、コスモリオン12機、リオン24機、発艦完了!」

 

「ヒリュウ改より、リオン10機、コスモリオン5機、展開中!」

 

 テスラ・ドライブの煌光が、青く、紅く、夜空を切り裂いていく。

 

 そのすべてが、地球を守るために生きる兵士の意志を宿していた。

 

「俺たちは──ただの再任兵なんかじゃねぇ!」

 

「バスクの下で飼い殺されてたあの頃とは違う!今の俺たちは……!」

 

「“地球連邦軍の軍人”だッ!!」

 

 その声に応えるように、再任兵たちのコスモリオンが一機、また一機と編隊を組んで宙を舞う。

 

 機体が走る。弾幕を抜ける。火花を散らし、爆炎を蹴る。

 

 それは彼らにとって──“誇り”を取り戻す戦いだった。

 

 そして、宙域のあちこちで、エーデル・ジオンの兵士たちは──

 

「何が起きてやがる……!? こっちの数のほうが多いのに、押されてるだと!?」

 

「奴らの……あの翼、なんだ!? 見たことねぇぞ、あんな動き──!」

 

「中に乗ってるのは……バスクの連中じゃねぇのか!? どうして連邦側に……!?」

 

 ──混乱と焦燥の声を上げながら、撃ち落とされていく。

 

 爆炎の中、ひとつの確信だけが、宇宙を貫いた。

 

 かつて失ったものを、今、彼らは取り戻している。

 

 名誉も、立場も、そして──己自身の名も。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 エーデル・ジオン艦隊より展開された機動部隊は、百機を超える圧倒的な物量を誇っていた。

 

 艦隊の前面を防衛するように、ガザDが隊列を組み、戦闘爆撃機として運用されるガ・ゾウムが先陣に立つ。

 

 指揮中枢の象徴であるザクⅢは、戦意を鼓舞するように前方へ進み出ていた。

 

 しかし、戦場に走った最初の衝撃は、彼らの士気を根底から叩き潰すものだった。

 

 ヒリュウ改より滑るように展開した群青の編隊。

 

 テスラ・ドライブの粒子航跡が虹のように軌道を描き、空を翔けるようにリオンシリーズが出現した。

 

「……あれは何だ……!? 見たことがない! 機種番号が合わないぞッ!」

 

 一人が叫び、もう一人が叫び返す。

 

「ミノフスキー粒子散布中だぞ!? どうしてあんな速度が──!」

 

 その答えは誰にも分からなかった。だが、次の瞬間に──

 バレリオンの頭部大型レールガンが、静かに、そして確実に火を噴いた。

 

 連携照準を終えたバレリオンの三機が、同時に放った斉射。

 

 その軌道は一秒後、艦隊中央のザクⅢの装甲を貫通し、爆発四散させた。

 

「ッ!? 隊、隊長が……! 隊長機がやられたァッ!!」

 

 たった一発のレールガン、たった一機の撃墜。

 

 それだけで、エーデル・ジオンの戦列に破綻の兆しが走った。

 

 だが、地獄はそこからだった。

 

 青く煌めく戦影──リオンとコスモリオンの編隊が、前衛部隊へ突入。

 

 剣戟はない、接近戦もない。

 

 ただ、ミサイルの軌道が幾重にも走り、レールガンの閃光が戦場を裂いた。

 

 その動きは、まるで宇宙そのものに滑るようだった。

 

 ガ・ゾウムでさえ追いきれず、照準すら合わない。

 

「……あいつら、バカか……!? 空気抵抗もない宇宙で、何であんな動きが……!」

 

「もうやめろ! まともに戦えねえッ!!」

 

 狼狽が、混乱に変わる。混乱が、恐慌に変わる。

 

 ──そして、恐慌は、崩壊へと繋がった。

 

 一方その頃、リオンに搭乗したパイロットたちの胸中には、まったく別の情動が燃えていた。

 

 彼らは元バスク派。

 

 命令に背けば粛清され、戦果を上げても名を記録されることすらなかった元兵士たち。

 

 その彼らが、今。

 

 新たなる艦と、新たなる秩序の旗の下で、「再び軍人としての自分」を取り戻していた。

 

「俺は……もう、誰かの盾じゃない。守るために、この空を飛ぶんだ」

 

「俺はティターンズじゃねぇ。連邦軍の、正規のパイロットだ──ッ!」

 

 リオンという名の翼が、彼らに宇宙を与えた。

 

 その圧倒的な機動性と戦術性は、バスクの支配ではなく、思想と秩序に基づく信念によって運用される。

 

 ミサイルが走り、敵の隊列を誘導する。

 

 そのわずかな乱れにレールガンが貫通し、空間の一角を爆炎が裂いた。

 

「当てろ、外すな……俺たちの誇りに、偽りはないッ!」

 

 エーデル・ジオンの将兵が絶望の声を上げるたび、監察軍政官庁の再任パイロットたちは、胸を張って宇宙を翔ける。

 

 彼らは、戦っていた。

 

 ただ勝利のためではなく、己の過去と、これから守る未来のために。

 

「本隊、突入始めッ! 全機、リオン編隊はコスモリオンを先頭に、バレリオン支援射撃を要請!」

 

 指令が通信網に走る。

 

 それに応じるのは、かつて地球連邦軍の暗部を担わされた男たち──ティターンズの名を背負い、命令だけに従っていた兵士たちだった。

 

 その機体は滑るように加速し、宙域を裂いて突撃した。

 

 両肩の可変推進翼が展開し、視界に映るガ・ゾウム中隊を躱しながら、縦横無尽に軌道を描く。

 

「あの頃は、考えることを止めてた……命令さえ聞いていれば生きられるって、そう思ってた」

 

 機内、彼は独りごちる。

 

「でも、あの人は……俺たちを見捨てなかった。なら……今度は、俺が信じる番だ」

 

 敵に向けて放たれたミサイル群が、電子戦妨害をすり抜けて一斉に爆発する。

 

 ガザEが誘爆し、隊列を乱す。

 

 彼の瞳は、誰かの命令に従う者のそれではなかった。

 

 自身の正義と意思で操縦桿を握る、“兵士”のものだった。

 

「チッ、あの頃の“ティターンズ”じゃ考えられねぇ動きだな……俺たちが、今やってるのは“戦争”じゃねぇ。“仕事”だ」

 

 両腕のレールガンを構え、敵の後方推進ユニットを撃ち抜く。

 

 分離した残骸が、味方の進路を邪魔せぬよう誘導ミサイルで逸らす。

 

 それは訓練でも再現できない、実戦でしか磨かれぬ連携だった。

 

 彼はふと、昔の記憶を思い出す。

 

 上官の命令で民間施設を封鎖し、口答えした同僚が制裁された日。

 

「俺たちは、いつの間にか……兵士じゃなくて、道具になってた」

 

 それが、今はどうだ?

 

 後ろを振り返れば、コスモリオンが彼の動線を守っている。

 

 正面には、バレリオンの狙撃が、隊列を開いて道を作ってくれる。

 

「おう、最高だぜ……! これが“軍隊”ってもんだろうがよッ!」

 

 その声は、笑っていた。

 

 バレリオンの巨大レールガンが唸りを上げる。

 

 冷静に、正確に、彼女は敵のザクⅢの関節部を撃ち抜いた。

 

「狙撃点、再照準……次。座標補正、あと1.3度」

 

 冷徹な声。だが、その胸中は静かに高鳴っていた。

 

「昔の私なら、“上の言う通りに撃て”で終わってた。どこを狙うかなんて、考えさせてもらえなかった……」

 

 でも今は違う。

 

 アイン・ムラサメという指導者の下で、“考える兵士”として扱われている。

 

 部隊運用、連携、敵分析……彼女の技能は、組織の一部として組み込まれていた。

 

「ありがとう、アイン閣下……。私、やっと“自分”に戻れた気がするわ」

 

 彼女はレールガンのスコープ越しに、遥か遠くの敵機へ狙いを定める。

 

 それはかつての“罪”を、誇りで塗り替えるための一撃だった。

 

 一方、エーデル・ジオンの兵士たちは、眼前の光景に凍りついていた。

 

「なんだ……なんなんだあいつらは……!!」

 

「おい、当たらねえぞ!? ガ・ゾウムでも振り切られるってどういうことだッ!?」

 

 ザクⅢの中隊長が撃墜され、ガザ部隊は蜂の巣のように崩れ、

 

 整然とした隊列はリオンの一撃離脱戦術で瞬く間に瓦解していく。

 

「指揮系統がもうッ……ダメだ、オレ達、何やってるかわかんねぇ……!」

 

「落ち着け、落ち着けって言ってんだろォッ!!」

 

「そ、そんなの無理だよォォッ……来るなァァァッ!!!」

 

 戦術を組まれた敵の恐怖。

 

 誰かの怒声すらも、もはや耳に届かぬほどの恐慌状態。

彼らは理解したのだ。

 

 目の前にいるのは、「かつてのティターンズ兵」ではない。

 

 秩序を持ち、矜持を持ち、人として戦っている連邦軍兵士なのだと――。

 

 アインの率いるティターンズ監察軍政官庁の再任兵たちは、“罪”と“汚名”を背負いながら、今こうして戦場で、「己の矜持と軍人としての誇り」を胸に、飛んでいた。

 

 それは、もはや敗残兵の姿ではない。

 

 この宇宙においてもっとも誇り高き者たちの、戦いであった。

 

 未来の秩序を背負う、真の戦士の姿だった。

 

 

 

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