バレリオンのレールガン砲撃が火線を薙ぎ払ってから、エーデル・ジオン側の戦列はまるで地を裂くように崩れ始めた。
視界の奥で閃光が連なり、リオン系列の自律航空機が幾層にもなって編隊を展開し、空間を掌握していく。
「敵主力、軌道艦隊に後退の兆候。グワンバン、動きました!」
《ヒリュウ改》艦橋。最前線の中核艦にして、ティターンズ監察軍政官庁・軍政大将直属の指揮座。
副長のガディ・キンゼー少佐が、表示パネルに指を滑らせながら報告を上げた。
「グレミー・トトの直裁で撤退命令が出た模様です。地上部隊の切り捨てを決断したと見られます」
艦長席に座すアイン・ムラサメは、無言で画面を見据えていた。
目に映るのは、後退を始めた敵艦隊と、置き去りにされつつある地上部隊の輪郭──。
「……退くというのならば、追撃は不要です」
低く、静かな声が艦橋に響いた。
「全艦に通達を。敵艦隊の撤退を妨げるな。制宙圏の確保を優先し、地上への影響を最小に抑えるよう行動を統一しなさい」
ガディ副長がわずかに眉を上げた。
「よろしいのですか? このまま撤退を許せば、グレミーは再編の機を得るでしょう」
アインは、ゆっくりと頷いた。
「はい。しかし、追撃して味方を巻き込むようでは本末転倒です。……この宙域の秩序は我々が守るべきもので、復讐のための場所ではありません」
ヒリュウ改の艦橋に、一瞬だけ静寂が訪れた。
それは──その言葉が、艦内の誰もが内心望んでいた「許し」であったからかもしれない。
「……了解。全艦に伝達します。『追撃なし、制宙圏の固定と地上接続の保護を最優先』」
ガディが言い終える前に、オペレーターが報告を挟んだ。
「地上方面、モニタリング反応あり。地上部隊の一部が通信を発信中。識別信号……旧ジオン系、反応散見」
アインの視線が揺れることはなかった。ただ、静かに言葉を重ねる。
「地上に残された者たちへも、伝えましょう。“あなたたちは見捨てられたわけではない”と。……その証明は、こちらが担います」
《ヒリュウ改》はなおも最前線にとどまりながら、すでに“勝ち”ではなく、“治める”という新たな局面へと動き出していた。
彼が導く戦いは、滅ぼすためではない。守るためにある。
それはティターンズという名の再定義でもあった。
◇◇◇◇◇
──西アフリカ・ダカール。薄曇りの空を焦がす火線が、市街地の外縁をなぞるように走る。
未明の奇襲により、ドム、ドワッジ、ドム・トローペン──ジオン残党によるドム系の重撃部隊が、防壁線を突き破らんと進撃していた。
しかし、そこに立ちはだかるのは、地球連邦正規軍・ダカール守備隊。
「前衛、グスタフ・カール! 第二列、リゼル部隊! アンクシャは市街地防衛を優先しろ、後退させるな!」
指揮車両からの怒号が飛ぶ中、守備隊はジェガン、アンクシャ、リゼルに加え、試験的に先行配備されたグスタフ・カールを投入して防衛線を死守していた。
だが、敵の波状攻撃は予想を超えて激しく、強襲により市街地近辺まで迫られつつあった。
まだ市民の避難は完了しておらず、緊張が極限まで高まっていた。
「──このままじゃ、市街地に被害が……!」
そのときだった。
上空を裂く音が轟き、雲を押し分けるようにヒリュウ改が現れた。
「なにっ、宇宙艦……!? 降下してくる……機影複数──あれは……!」
「ガ、ガンダムだ…!!」
艦底部ハッチが開き、火の海と化した地平線の先──破砕された戦列の狭間を、黒き影が疾駆する。
「左、シェンロンいっきまーす!」
明るく跳ねるような声が、通信回線に割り込んだ。
猛然と飛び込んできたのは、一機の白き機影──鋭く湾曲した龍の牙を思わせる武装を構えた、カスタム仕様のシェンロンガンダム《獠牙》。
「ニャアン、深追いは避けろ。敵の布陣は不明だ」
ゼロ・ムラサメの冷静な声が響く。
上空から戦場を監視していたウイングガンダムが、バードモードから機動展開、再び滑空に移る。
「分かってるって! でもさ──今、こいつら止めないと後ろが危ないでしょ?」
笑いながら応答するニャアンの獠牙が、まるで跳ねるような挙動でドム・トローペンの脇へ滑り込み、蛇腹状のテイルブレードを伸ばして関節を絡め取り、瞬時に姿勢制御を封じる。
「一機確保。次、いっくよー!」
シェンロンの機動は獣のようだった。
砂塵の中を螺旋状に突き進み、狙いすました動きでドムのバックパックへ獠牙を突き立てる。
その戦法はただ破壊するのではなく、「動けなくさせる」ことに重点が置かれていた。ニャアンの機体が跳ねるように後退し、次の獲物を探す。
「……ドム部隊、後列崩壊中。市街地までの進路、封鎖完了」
ゼロの分析が入る。
上空のウイングガンダムは、バスターライフルで対空弾幕に放たれたバズーカの弾頭を薙ぎ払い、戦場全体の監視を続けていた。
「ドゥー、南の土煙……敵増援の可能性あり。追撃は制限する」
「了解、ゼロ。こっちもこっちでいっぱいいっぱいだけど、やってみせるよ」
重厚な装甲のガンダムヘビーアームズ・イーゲル装備が、着弾の合間を縫って姿を晒す。
左肩の装甲がスライドし、内蔵されたミサイルポッドが開放される。
「行くよ……みんな逃げて!」
ドゥーの叫びとともに、マイクロミサイルが次々と発射される。狙いはドムの脚部──機動力を奪い、無力化する。
「足がっ──!?」
「伏せろ! 飛んでくるぞ!」
爆煙が連鎖し、視界が霞む中でビームガトリングが唸りを上げた。跳びかかってきたドム・トローペンのヒートサーベルを、空中へジャンプし、上から正確に撃ち落とす。
「もー、危なすぎるってば……! 怪我しても知らないよ……」
ぼやきながらも、ドゥーの手は決して止まらない。
今、戦場に立っている意味が、彼女には分かっていた。
その瞬間──まるで空が割れたかのように、黒い羽を持つ死神が舞い降りた。
「──羽根付きの死神なんて、イカしてんじゃん」
マチュのガンダムデスサイズ・ルーセット装備が、ハイパージャマーで電子センサーからその存在を消しながら、爆発の中から姿を現す。
「こっち見てる暇ある? って、見えてないか」
鋭く突進し、ビームシザースが無防備なドムの頭部を狙う。
返す刃でその脚部を横薙ぎ一閃。
「──いっちょ上がり!」
そのまま市街地を背にして構えを取るマチュ。
彼女は今、間違いなく“守る側”にいた。
その中心に、白い騎士がいた。
「……投降しろ。命まで奪おうとは思わない」
アイン・ムラサメのガンダムサンドロック・アーマディロ装備が、一人進み出る。
機体から発せられたその言葉に、ドムの一部が憤怒と共に突撃してくる。
「地球連邦の犬がッ!」
「大将首だ! 討ち取れば我々の悲願も達成出来るっ!!」
「そうか……仕方ない」
ヒートショーテルが、まるで刃ではなく“意志”のごとく抜かれる。
軌跡は最小限。
敵の胴体や頭部ではなく、あくまで四肢と関節を正確に斬り裂く。
「……次こそは、止まってください」
動けなくなったドワッジが地面に崩れ落ちる。
その横をランドリオン部隊が通過し、退路を塞ぐ形でフォーメーションを展開した。
戦場に、わずかな静寂が生まれた。
それは恐怖ではない。
圧倒的な意思と、非情なまでの正確さによって打ち立てられた、鉄の“秩序”の象徴だった。
かつてのティターンズも、ジオンも、今この場では意味をなさない。
ただ、市街地を守る者と、それを脅かす者。
黒き多脚機《ランドリオン》の間を縫うように、サンドロックがゆっくりと振り返る。
「……前進を。避難ルートの確保を最優先」
再び、彼らは動き出す。
《ランドリオン》
それは銀河移民船団向けのAM「リオン」シリーズの地上戦バリエーションであり、監察軍政官庁・再任兵部隊による地上戦力の象徴でもあった。
「こちらティターンズ監察軍政官庁再任部隊、ランドリオン部隊。都市南東部の敵部隊に対し、迎撃を開始する」
最前列のランドリオンが通信を開き、味方にだけ聞こえる帯域で冷静に告げる。
「……再任部隊……!? あの、ティターンズだった連中か……」
連邦正規軍兵の一人が、思わず目を見開く。
その機体に乗っているのは、かつてティターンズに属していた元兵士──しかし今は、アイン・ムラサメ率いる監察軍政官庁の兵士として、“市民を守る”戦場に帰ってきた者たちだった。
「俺たちを信じろ。あの頃とは違う。今は──正義の側にいるつもりだ」
黒き多脚が地上を滑る。四脚のランドムーバー・ユニットによって高速移動しながら、腕部の大型レールガンが砲火を放つ。
「撃てッ! 南側、ドム部隊が市街地へ突破を図っている!」
轟音とともに、砲撃の一閃がドワッジの胴体を撃ち抜き、黒煙を噴き出させる。
「命中確認。ランドリオン、左翼展開。市街地通路は死守」
隊長機が次の目標を捕捉しつつ、再任兵士たちは冷徹に、確実に敵を削っていく。
彼らにとって、それはただの戦闘ではなかった。かつての罪に対する贖罪であり、自らの軍人としての矜持を取り戻す戦いでもあった。
「おい見ろよ……あれ、ティターンズのやつらじゃねぇのか……?」
「違うよ……今は、“あいつら”が、俺たちを守ってくれてるんだ」
連邦正規兵が、思わずそう呟いた。
互いに背を預けるように、ランドリオンとグスタフ・カールが並び立つ。
旧時代の因縁が、今この戦場で、肩を並べて人々を守っていた。
砂塵を巻き上げながら、ドム・トローペンが転倒する。脚部の関節を正確に撃ち抜かれたその巨体は、地を揺らして崩れ落ちた。
「な、何だあの動きは!? 脚が止まらねぇ!こっちの射線にすら入ってこねえぞ!」
ジオン残党の兵士が絶叫する。
眼前を滑る黒い影──《ランドリオン》。
その異形の四脚は、戦車のように地面を掴みながら跳ねるように、或いは地面スレスレを駆け、レールガンの砲口が次の標的にぴたりと狙いを定める。
「射角制御完了、脚部ロックオン──発射」
淡々と報告される着弾と同時に、また一機のドムが脚を砕かれ、無力化された。
それは虐殺ではなかった。殺さずに、止める。ただ、進ませない。
「隊長、もう……もう無理です! バズーカも効かねぇ! どうすりゃいいんだよ!」
「ば、馬鹿野郎ッ! 下がるのか!? ここで引いたら、他の仲間は──!」
しかし一度崩壊した士気を立て直す事は容易ではない。
地上で無敵を誇るドムが手玉に取られてしまっている。
そんな状況で士気を保てる者など居なかった。
やがて、ドム部隊の中からも、武器を捨てて両手を上げる者たちが現れ始めた。
「……もう、無理だ。投降する。もう……こんな戦争は……」
その様子を、アイン・ムラサメはサンドロックの操縦席から静かに見下ろしていた。
「各隊、戦闘停止。敵が退くなら、追撃は不要とする。……全軍に徹底させろ」
穏やかに、しかし揺るぎなく告げられる命令。
だが、それに困惑する声が即座に上がったのは、連邦正規軍の方だった。
「な、なんだって? あれだけ攻めてきた相手を逃がす気か!? 殲滅しなければ──!」
「なにが『再建』だよ……これじゃあ、見逃しじゃないか……!」
混乱する連邦兵たち。
しかし、再任兵──かつてティターンズにいた者たちは、誰一人として動揺しなかった。
「命令、了解。再任部隊、全機戦闘停止」
ランドリオンの一機が、ゆっくりと砲身を下ろし、四脚を地に伏せるように沈める。
「……俺たちは、あの人を信じて、ここに戻ってきたんだ」
「殺すことしかなかった頃を超えるために、あの人は“止め方”を教えてくれた」
「……これでいいんだよ。今の俺たちは、連邦軍人だからな」
殺さずに“止める”という戦い方。
その意味を、誰よりも知っていたのは彼らだった。
通信帯域を通して、アインの声が全戦域に届く。
「君たちの勇気を、無駄にはしない。投降を選んだ者には、正しく裁きを。戦いを終える意志には、正しい未来を」
その声に、ドワッジが膝を突き、ディザート・ザクが両手を挙げた。
そして、連邦軍の若き兵士のひとりが、呟く。
「……こんなの……こんなやり方が、本当に、できるのかよ……?」
その背後で、再任兵の老練な操縦士が、静かにヘルメットを外し、空を見上げていた。
「できるさ。俺たちはそれを選んだんだ。──あの男と共に、な」
空には、ヒリュウ改の影がふたたび現れる。
そしてその下、瓦礫の上に立つサンドロックが、沈黙の中でバイザーを光らせた。