ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第93話 投降しろ。命まで奪おうとは思わない

 

 バレリオンのレールガン砲撃が火線を薙ぎ払ってから、エーデル・ジオン側の戦列はまるで地を裂くように崩れ始めた。

 

 視界の奥で閃光が連なり、リオン系列の自律航空機が幾層にもなって編隊を展開し、空間を掌握していく。

 

「敵主力、軌道艦隊に後退の兆候。グワンバン、動きました!」

 

 《ヒリュウ改》艦橋。最前線の中核艦にして、ティターンズ監察軍政官庁・軍政大将直属の指揮座。

 

 副長のガディ・キンゼー少佐が、表示パネルに指を滑らせながら報告を上げた。

 

「グレミー・トトの直裁で撤退命令が出た模様です。地上部隊の切り捨てを決断したと見られます」

 

 艦長席に座すアイン・ムラサメは、無言で画面を見据えていた。

 

 目に映るのは、後退を始めた敵艦隊と、置き去りにされつつある地上部隊の輪郭──。

 

「……退くというのならば、追撃は不要です」

 

 低く、静かな声が艦橋に響いた。

 

「全艦に通達を。敵艦隊の撤退を妨げるな。制宙圏の確保を優先し、地上への影響を最小に抑えるよう行動を統一しなさい」

 

 ガディ副長がわずかに眉を上げた。

 

「よろしいのですか? このまま撤退を許せば、グレミーは再編の機を得るでしょう」

 

 アインは、ゆっくりと頷いた。

 

「はい。しかし、追撃して味方を巻き込むようでは本末転倒です。……この宙域の秩序は我々が守るべきもので、復讐のための場所ではありません」

 

 ヒリュウ改の艦橋に、一瞬だけ静寂が訪れた。

 

 それは──その言葉が、艦内の誰もが内心望んでいた「許し」であったからかもしれない。

 

「……了解。全艦に伝達します。『追撃なし、制宙圏の固定と地上接続の保護を最優先』」

 

 ガディが言い終える前に、オペレーターが報告を挟んだ。

 

「地上方面、モニタリング反応あり。地上部隊の一部が通信を発信中。識別信号……旧ジオン系、反応散見」

 

 アインの視線が揺れることはなかった。ただ、静かに言葉を重ねる。

 

「地上に残された者たちへも、伝えましょう。“あなたたちは見捨てられたわけではない”と。……その証明は、こちらが担います」

 

 《ヒリュウ改》はなおも最前線にとどまりながら、すでに“勝ち”ではなく、“治める”という新たな局面へと動き出していた。

 

 彼が導く戦いは、滅ぼすためではない。守るためにある。

 

 それはティターンズという名の再定義でもあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ──西アフリカ・ダカール。薄曇りの空を焦がす火線が、市街地の外縁をなぞるように走る。

 

 未明の奇襲により、ドム、ドワッジ、ドム・トローペン──ジオン残党によるドム系の重撃部隊が、防壁線を突き破らんと進撃していた。

 

 しかし、そこに立ちはだかるのは、地球連邦正規軍・ダカール守備隊。

 

「前衛、グスタフ・カール! 第二列、リゼル部隊! アンクシャは市街地防衛を優先しろ、後退させるな!」

 

 指揮車両からの怒号が飛ぶ中、守備隊はジェガン、アンクシャ、リゼルに加え、試験的に先行配備されたグスタフ・カールを投入して防衛線を死守していた。

 

 だが、敵の波状攻撃は予想を超えて激しく、強襲により市街地近辺まで迫られつつあった。

 

 まだ市民の避難は完了しておらず、緊張が極限まで高まっていた。

 

「──このままじゃ、市街地に被害が……!」

 

 そのときだった。

 

 上空を裂く音が轟き、雲を押し分けるようにヒリュウ改が現れた。

 

「なにっ、宇宙艦……!? 降下してくる……機影複数──あれは……!」

 

「ガ、ガンダムだ…!!」

 

 艦底部ハッチが開き、火の海と化した地平線の先──破砕された戦列の狭間を、黒き影が疾駆する。

 

「左、シェンロンいっきまーす!」

 

 明るく跳ねるような声が、通信回線に割り込んだ。

 

 猛然と飛び込んできたのは、一機の白き機影──鋭く湾曲した龍の牙を思わせる武装を構えた、カスタム仕様のシェンロンガンダム《獠牙》。

 

「ニャアン、深追いは避けろ。敵の布陣は不明だ」

 

 ゼロ・ムラサメの冷静な声が響く。

 

 上空から戦場を監視していたウイングガンダムが、バードモードから機動展開、再び滑空に移る。

 

「分かってるって! でもさ──今、こいつら止めないと後ろが危ないでしょ?」

 

 笑いながら応答するニャアンの獠牙が、まるで跳ねるような挙動でドム・トローペンの脇へ滑り込み、蛇腹状のテイルブレードを伸ばして関節を絡め取り、瞬時に姿勢制御を封じる。

 

「一機確保。次、いっくよー!」

 

 シェンロンの機動は獣のようだった。

 

 砂塵の中を螺旋状に突き進み、狙いすました動きでドムのバックパックへ獠牙を突き立てる。

 

 その戦法はただ破壊するのではなく、「動けなくさせる」ことに重点が置かれていた。ニャアンの機体が跳ねるように後退し、次の獲物を探す。

 

「……ドム部隊、後列崩壊中。市街地までの進路、封鎖完了」

 

 ゼロの分析が入る。

 

 上空のウイングガンダムは、バスターライフルで対空弾幕に放たれたバズーカの弾頭を薙ぎ払い、戦場全体の監視を続けていた。

 

「ドゥー、南の土煙……敵増援の可能性あり。追撃は制限する」

 

「了解、ゼロ。こっちもこっちでいっぱいいっぱいだけど、やってみせるよ」

 

 重厚な装甲のガンダムヘビーアームズ・イーゲル装備が、着弾の合間を縫って姿を晒す。

 

 左肩の装甲がスライドし、内蔵されたミサイルポッドが開放される。

 

「行くよ……みんな逃げて!」

 

 ドゥーの叫びとともに、マイクロミサイルが次々と発射される。狙いはドムの脚部──機動力を奪い、無力化する。

 

「足がっ──!?」

 

「伏せろ! 飛んでくるぞ!」

 

 爆煙が連鎖し、視界が霞む中でビームガトリングが唸りを上げた。跳びかかってきたドム・トローペンのヒートサーベルを、空中へジャンプし、上から正確に撃ち落とす。

 

「もー、危なすぎるってば……! 怪我しても知らないよ……」

 

 ぼやきながらも、ドゥーの手は決して止まらない。

 

 今、戦場に立っている意味が、彼女には分かっていた。

 

 その瞬間──まるで空が割れたかのように、黒い羽を持つ死神が舞い降りた。

 

「──羽根付きの死神なんて、イカしてんじゃん」

 

 マチュのガンダムデスサイズ・ルーセット装備が、ハイパージャマーで電子センサーからその存在を消しながら、爆発の中から姿を現す。

 

「こっち見てる暇ある? って、見えてないか」

 

 鋭く突進し、ビームシザースが無防備なドムの頭部を狙う。

 

 返す刃でその脚部を横薙ぎ一閃。

 

「──いっちょ上がり!」

 

 そのまま市街地を背にして構えを取るマチュ。

 

 彼女は今、間違いなく“守る側”にいた。

 

 その中心に、白い騎士がいた。

 

「……投降しろ。命まで奪おうとは思わない」

 

 アイン・ムラサメのガンダムサンドロック・アーマディロ装備が、一人進み出る。

 

 機体から発せられたその言葉に、ドムの一部が憤怒と共に突撃してくる。

 

「地球連邦の犬がッ!」

 

「大将首だ! 討ち取れば我々の悲願も達成出来るっ!!」

 

「そうか……仕方ない」

 

 ヒートショーテルが、まるで刃ではなく“意志”のごとく抜かれる。

 

 軌跡は最小限。

 

 敵の胴体や頭部ではなく、あくまで四肢と関節を正確に斬り裂く。

 

「……次こそは、止まってください」

 

 動けなくなったドワッジが地面に崩れ落ちる。

 

 その横をランドリオン部隊が通過し、退路を塞ぐ形でフォーメーションを展開した。

 

 戦場に、わずかな静寂が生まれた。

 

 それは恐怖ではない。

 

 圧倒的な意思と、非情なまでの正確さによって打ち立てられた、鉄の“秩序”の象徴だった。

 

 かつてのティターンズも、ジオンも、今この場では意味をなさない。

 

 ただ、市街地を守る者と、それを脅かす者。

 

 黒き多脚機《ランドリオン》の間を縫うように、サンドロックがゆっくりと振り返る。

 

「……前進を。避難ルートの確保を最優先」

 

 再び、彼らは動き出す。

 

 《ランドリオン》

 

 それは銀河移民船団向けのAM「リオン」シリーズの地上戦バリエーションであり、監察軍政官庁・再任兵部隊による地上戦力の象徴でもあった。

 

「こちらティターンズ監察軍政官庁再任部隊、ランドリオン部隊。都市南東部の敵部隊に対し、迎撃を開始する」

 

 最前列のランドリオンが通信を開き、味方にだけ聞こえる帯域で冷静に告げる。

 

「……再任部隊……!? あの、ティターンズだった連中か……」

 

 連邦正規軍兵の一人が、思わず目を見開く。

 

 その機体に乗っているのは、かつてティターンズに属していた元兵士──しかし今は、アイン・ムラサメ率いる監察軍政官庁の兵士として、“市民を守る”戦場に帰ってきた者たちだった。

 

「俺たちを信じろ。あの頃とは違う。今は──正義の側にいるつもりだ」

 

 黒き多脚が地上を滑る。四脚のランドムーバー・ユニットによって高速移動しながら、腕部の大型レールガンが砲火を放つ。

 

「撃てッ! 南側、ドム部隊が市街地へ突破を図っている!」

 

 轟音とともに、砲撃の一閃がドワッジの胴体を撃ち抜き、黒煙を噴き出させる。

 

「命中確認。ランドリオン、左翼展開。市街地通路は死守」

 

 隊長機が次の目標を捕捉しつつ、再任兵士たちは冷徹に、確実に敵を削っていく。

 

 彼らにとって、それはただの戦闘ではなかった。かつての罪に対する贖罪であり、自らの軍人としての矜持を取り戻す戦いでもあった。

 

「おい見ろよ……あれ、ティターンズのやつらじゃねぇのか……?」

 

「違うよ……今は、“あいつら”が、俺たちを守ってくれてるんだ」

 

 連邦正規兵が、思わずそう呟いた。

 

 互いに背を預けるように、ランドリオンとグスタフ・カールが並び立つ。

 

 旧時代の因縁が、今この戦場で、肩を並べて人々を守っていた。

 

 砂塵を巻き上げながら、ドム・トローペンが転倒する。脚部の関節を正確に撃ち抜かれたその巨体は、地を揺らして崩れ落ちた。

 

「な、何だあの動きは!? 脚が止まらねぇ!こっちの射線にすら入ってこねえぞ!」

 

 ジオン残党の兵士が絶叫する。

 

 眼前を滑る黒い影──《ランドリオン》。

 

 その異形の四脚は、戦車のように地面を掴みながら跳ねるように、或いは地面スレスレを駆け、レールガンの砲口が次の標的にぴたりと狙いを定める。

 

「射角制御完了、脚部ロックオン──発射」

 

 淡々と報告される着弾と同時に、また一機のドムが脚を砕かれ、無力化された。

 

 それは虐殺ではなかった。殺さずに、止める。ただ、進ませない。

 

「隊長、もう……もう無理です! バズーカも効かねぇ! どうすりゃいいんだよ!」

 

「ば、馬鹿野郎ッ! 下がるのか!? ここで引いたら、他の仲間は──!」

 

 しかし一度崩壊した士気を立て直す事は容易ではない。

 

 地上で無敵を誇るドムが手玉に取られてしまっている。

 

 そんな状況で士気を保てる者など居なかった。

 

 やがて、ドム部隊の中からも、武器を捨てて両手を上げる者たちが現れ始めた。

 

「……もう、無理だ。投降する。もう……こんな戦争は……」

 

 その様子を、アイン・ムラサメはサンドロックの操縦席から静かに見下ろしていた。

 

「各隊、戦闘停止。敵が退くなら、追撃は不要とする。……全軍に徹底させろ」

 

 穏やかに、しかし揺るぎなく告げられる命令。

 

 だが、それに困惑する声が即座に上がったのは、連邦正規軍の方だった。

 

「な、なんだって? あれだけ攻めてきた相手を逃がす気か!? 殲滅しなければ──!」

 

「なにが『再建』だよ……これじゃあ、見逃しじゃないか……!」

 

 混乱する連邦兵たち。

 

 しかし、再任兵──かつてティターンズにいた者たちは、誰一人として動揺しなかった。

 

「命令、了解。再任部隊、全機戦闘停止」

 

 ランドリオンの一機が、ゆっくりと砲身を下ろし、四脚を地に伏せるように沈める。

 

「……俺たちは、あの人を信じて、ここに戻ってきたんだ」

 

「殺すことしかなかった頃を超えるために、あの人は“止め方”を教えてくれた」

 

「……これでいいんだよ。今の俺たちは、連邦軍人だからな」

 

 殺さずに“止める”という戦い方。

 

 その意味を、誰よりも知っていたのは彼らだった。

 

 通信帯域を通して、アインの声が全戦域に届く。

 

「君たちの勇気を、無駄にはしない。投降を選んだ者には、正しく裁きを。戦いを終える意志には、正しい未来を」

 

 その声に、ドワッジが膝を突き、ディザート・ザクが両手を挙げた。

 

 そして、連邦軍の若き兵士のひとりが、呟く。

 

「……こんなの……こんなやり方が、本当に、できるのかよ……?」

 

 その背後で、再任兵の老練な操縦士が、静かにヘルメットを外し、空を見上げていた。

 

「できるさ。俺たちはそれを選んだんだ。──あの男と共に、な」

 

 空には、ヒリュウ改の影がふたたび現れる。

 

 そしてその下、瓦礫の上に立つサンドロックが、沈黙の中でバイザーを光らせた。

 

 

 

 

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