機動警察パトレイバー:魔法少女、特車二課に着任す 作:ゆきざかな
第1話:来訪者に居場所を
ある一室。コンクリート打ちっぱなしの壁は、冷たく堅固な存在感を放っていた。
薄暗い間接照明は、天井から柔らかく落ち、室内の隅々までを淡い影で包み込む。
電子ロックの施された重厚な扉が閉まる。その瞬間、内部と外界は完全に遮断される。
ここは永田町内閣府本府庁舎の地下会議室。
国の命運を左右する決断が下される、厳かな重圧が支配する場所であった。
中央に据えられた重厚なテーブルの周囲には、三人の男が静かに着座していた。
警察庁・警備局次長、外務省・安全保障課長、中央で手を組んでいるのは、内閣官房副長官補内政担当――官僚歴三十年の経歴を持つ男だった。
副長官補がゆっくりと口を開く
「では、報告を始めましょう」
ページを繰る音が重い。
資料にはこうある。
来訪者個体調査報告書
対象:ミーシャ・アウレリア
種族:エルフ(確認不能・本人証言による)
年齢:112歳(確認不能・本人証言による)
出自:異界(詳細不明。幻想世界に類する構造と推測)
能力:
・魔術行使が可能。
・魔術による独自物理法則にも精通している模様。
言語:
・独自の洗練された言語を有する。
・日本語については、魔術行使により一時的に対話可能であったが、現在は自発的に取得。
現状:
・日本国内東京都内において発見。
・本人の意志によるものではなく、偶発的な事象によるものと判断される。
・現在、保護下にあり。
・行動・言動ともに非常に従順であり、こちらの指示にも素直に従う。
・現時点で危害を加える意図は認められない。
措置:
・引き続き、詳細な調査及び監視を継続する。
三者の関係者は事前に本件について承知していたものの、さすがにこの思春期の少年が書いたかのような稚拙な文面が、
たとえ非公式とはいえ政府関係文書に記載されていることは、冷笑を誘うほど滑稽な状況となっていた。
「異世界の魔術師だと? 冗談にもほどがある。
現状、これの危険性を完全に否定できる根拠は存在しない。
直ちに拘束処置を講じるべきだ。いかなるリスクも許容する余地はない」
警備局次長が鼻を鳴らした。現実を見据える厳しい目は、事態の異常さをあらためて強調する。
「しかし、現時点で彼女が敵対的な行動を取っているという証拠はございません。
むしろ、やや消極的ですが、当初から継続的に協力の意思を示しています。
この機会を、新たな協力関係の始まりと捉えるべきではないでしょうか?
拙速な排除は、今後もし彼女の世界と接触し、外交関係が発生した場合。悪影響を及ぼす可能性も十分に考えられます」
外務省の男が、外交的な予測事項を即座に返す。
「……外交って、その相手がまともな人間の集団とは限らんぞ。何分我々はアレしか知らない」
警備局の男が唸る。未知の存在への警戒と現実的な対応を求められる立場が彼を苛立たせる。
「だが、既に来てしまった者をどうするか。その対処をするのに法の隙間がある」
内閣官房副長官補は、手を組んだまま言った。やがてあきらめたように告げる。
「今回は特例措置を取る」
「特例?」
「法的には、身元不明の人間として一時保護。しかし、その保護先は――通常の福祉部門ではなく、治安機関の傘下とする」
「つまり……どこかの組織に預けて管理するのか」
「ああ。正式な採用ではない。委託受け入れだ」
静寂が一瞬この場を支配し、外務省の男の視線は、机の上の書類から内閣官房副長官補へと移る。
「どの部門ですか? まさか警察庁直属の――」
「いや。もっと柔軟なところがいい。既に非常識に慣れていて、現場対応も優れている。かつ、異端者がいまさら増えても周囲の風当たりが少ない」
その言葉に、警備局次長がふっと笑った。見当がついたからである。
「……まさか、あそこか?」
「そう。特車二課 第二小隊だ」
ご名答といった顔つきをする副長官補がさらに続ける。
「法整備の議論は避けられんが、世間の反応と現場の混乱を考えると、
当面は帰化人の特殊技能者という建前で処理するのが現実的だろう」
その日のうちに、非公式非公開の政府内通達が関係者に回された。
「対象来訪者『ミーシャ・アウレリア』について、公安的脅威なしと暫定認定する。
政治的・宗教的立場を有しないものと認める。
将来の懸念となる来訪者由来の社会との接触・交渉時の実績作成のため、
非公式だが組織的対応下に置く方針とする。
特車二課 第二小隊仮配属の形式で処理。報告義務は警察庁・警備局が持つ」
その末尾に添えられた備考。
※本件は、「地球外の知的存在に対する社会統合モデルケース」として、将来あり得るかもしれない法制度整備の基礎データとなる。
◆
閣議決定文
外国出身者の特殊技能に基づく国家公務職任用に関する基本方針
近年の国際社会における技術・知識の多様化および人材流動性の高まりを踏まえ、
我が国に帰化・定住した高度技能者・特殊技術保持者のうち、安全保障・治安維持・公益技術支援に適する者に対し、
国家公務員等の任用を通常方式とは別に、特例的に可能とする枠組みの整備が急務とされている。
本閣議においては、以下の通り当該枠組みの導入を政府方針として明記するとともに、
関連制度の整備に向けた法制措置の着手を指示する。
1.基本的な考え方
外国出身者のうち、特定技能を有する者であって、かつ本人の意思により日本国籍を取得した者については、
その技術的資質および職務倫理を評価の上、特例的に公務職への任用を可能とすること。
特に国家警察組織における高度技能においては、先に発生した黒いレイバー事件等、
その職務特性上、一般任用枠では対応困難な職能を要する場面があるため、別建ての任用枠が必要である。
任用は、能力認定書類の提出・医療的審査・公安による適性調査を条件とし、かつ適正機関による個別審査を経た上での限定任用とする。
2.想定される活用分野(例示)
都市安全活動における新規原理による構造解析
救助支援・災害即応に関する技術応用
未確定な新技能の解析提供協力
◆
外国特殊技能者等国家公務職任用特例法案
第一条 目的
この法律は、特殊かつ高度な技術を有する外国出身者を、国家および公共機関の限定的職務において、流動的に任用するための特例措置を定める。
第二条 定義
本法において「特殊技能」とは、現行の学術体系または技術法則に基づかないが、
再現性・有用性を有する応用的知識および作用を含む。
第三条 任用対象
日本国籍を有すること
技術内容を証明しうる技能実証書または第三者報告を有すること
国家公安委員会による身上審査に適合すること
第四条 任用形態
任用は限定職員とする
任用期間は原則1年、以後更新可能
限定職員は通常の階級系統外であり、実務上の階級は個別に定める
第五条 秘密指定
特殊技能の性質上、当該職員の経歴・技能の一部は秘密指定される場合がある
◆
埋立地の広い空が窓の向こうに広がり、その下のヤードには警察用レイバーの姿がぼんやりと見える。
室内は、書類を友とする使い込まれたデスクと本棚が並ぶ。
ここは特車二課棟――海に面しアクセスが悪く、まるで隔離施設のような雰囲気さえ漂う場所である。
その隊長室に一人の男がデスクに向かっていた。
男の名は後藤喜一、この特車二課の第二小隊を預かる隊長だ。
後藤喜一はコーヒーをすすりながら、二通の着任予定者名簿に目を通していた。片方には【極秘】の判子が押されている。
「【ミーシャ・アウレリア】ねぇ、まーた妙な人が来たな。外国人研修でもない、民間出向でもない。特例法案ときたもんだ」
彼は「やれやれ」といった感じで、書類の端を指でパチンとはじいた。
【極秘】と記された書類を手に取り、目を通していく。
途中までは全く同じ内容だったが、こちらにだけ続いている後続の文章が、異彩を放っていた。
「……魔術師? エルフ? 112歳?……はあ、面白くなってきたじゃないか」
後藤はゆっくりと背もたれに体を預け、外のヤードの流線型のボディを持つレイバー――AV-98イングラムをぼんやりと見つめた。
「どこから来たって、現場で動いてくれりゃ仲間だよ。うちは個性派が集まるところだ。
しっかし、社会統合モデルケースねえ……。なんだかここを実験場にしようとしてない?
まあ、おれたちも最初から実験部隊みたいなもんだしな。困ったもんだな、上層部のアイデアも」
後藤は一通りぼやいた後、悪戯を思いついたよう顔をして、名簿に一行だけメモを残した。
【来訪者に居場所を】
◆
雨上がりの朝だった。
特車二課棟の土の面には昨夜の雨が残した水たまりがところどころ広がっている。
数人の整備班員が水たまりを避けて足場を運んでいた。十字の形をした二課棟の中央鉄塔からは雫がしたたり落ちている。
隊長室にいるのは第一小隊隊長南雲しのぶ、第二小隊隊長後藤喜一、そして黒髪で短髪の女性隊員。今日から特車二課に復帰する熊耳武緒巡査部長だ。
熊耳武緒は、今年起こった台風の日の大事件後に休暇をとっていた。
【いろいろ】あったため、心の整理をつける期間が必要だったのだが、ここではその詳細は割愛する
背筋を伸ばした凛とした立ち姿。彼女はすでに業務に集中する顔をしていた。
復帰挨拶をした熊耳の前で、後藤喜一隊長は久しぶりに聞く、安心できるいつもの飄々とした口調で告げた。
「――さて。熊耳、復帰初日で悪いけど、ひとつ付き合ってもらうよ。新人の受け入れだ」
熊耳は、僅かに眉を上げる。意外ではあるが、驚くほどでもない。人の出入りはこの仕事にはつきものだ。
「新人? また変わり者ですか?」
その言葉には、第二小隊において「変わり者」が特異ではなく、むしろ常態であるという現実への、ささやかな皮肉が滲んでいた。
向かいに立つ後藤は、それが面白くて仕方ないといった様子で口元を吊り上げる。
まるで、何か仕掛けを施した玩具の動作を見届ける瞬間のように、目にいたずらな光を宿す。
「今回の変わり者ぶりは、ちょっと想像を超えるぞ。だってさ――」
後藤が何かを言いかけその時、部屋のドアがノックされた。若い職員が控えめに顔を出す。
「失礼します……新配属のミーシャ・アウレリア巡査をお連れしました」
その名が告げられると同時に、熊耳は一瞬、険しい顔になる。
名前の響きはどうにも日本国籍が必要な日本警察の文脈に馴染まない。
ニューヨーク市警の刑事期限付きの研修員とかだろうか?
もしそうなら、その人物とは相性最悪なのでは? と根拠なく思ってしまった。
その背後から姿を現したのは、濡れたローブを纏った小柄な少女だった。
肩までの木の枝のような茶髪は、少し雨に濡れて、その先からしずくがぽたりと床に落ちる。
あどけなさを感じる顔は繊細さに包まれ、グリーンの瞳がそれを彩っていた。
何より目につくのはその耳、職人が作ったような優美な造形の装飾品のような耳は長く頭の後ろに伸びていた。
背は150センチにわずかに満たず、小柄だ。服越しにも、その体躯が華奢であることがわかる。
その身にまとう服は、袖付きのワンピース型で、ゆったりとした造りのいわゆるローブだった。
背中にはキャンバス地のバックパックを背負っており、外側のポケットには薬草や羊皮紙、小瓶が無造作に覗いている。
腰回りには、くたびれた小さな袋がいくつも、ローブのベルトに括りつけられていた。
そして、ローブの裾から覗くブーツは色あせ、擦り切れている。長い旅路を共に歩んできたことを、その姿が静かに物語っていた。
少女――ミーシャは、ぎくしゃくした動きで部屋の中央に進み出る。
その動きにはまだ馴染みというものがない。不安感を隠しきれず、それでも礼儀を尽くそうとする意志だけが前に出ていた。
彼女は小さく、一礼する。頭の角度も控えめで、まるで相手の反応をうかがっているようだった。
「……ご、ご挨拶、申し上げます……。ミーシャ・アウレリア巡査です。よろしくお願いします。
すみません……この世界に来てから間もないもので、言葉遣いに失礼がなければよいのですが」
言い方が、どこか変だった。アクセントがずれている。話し慣れていない感じだ。
そして、その声は、か細く震えていた。
「そういうこと、彼女は異世界から来訪した魔術師。それでエルフっていう種族らしい」
熊耳は横目で後藤を見た。言葉に含まれる情報の非現実性に、脳内で確認作業を強いられる。
「まぁお偉いさんは処遇に困っただろうな。で、うちらに白羽の矢が立ったわけだ。
な? ちょっと超えただろ?」
後藤はいたずら成功とでも言いたげな表情で説明する。熊耳は、緊張で硬直の極限にいる少女を見ながら小さく嘆息した。
――まったく復帰初日から、この仕打ちですか。
「それと異世界の魔術師を知っているのは今のところ俺と課長、南雲隊長、
あとは――仲間になる第二小隊のみんなには、知っていてもらおうか。
ほかの人には内緒だ。最近帰化した特殊技術を持つ人ってことにしている」
熊耳は、横目で南雲警部補――第一小隊の隊長を見る。
南雲の表情はほとんど動かない。が、微かに手が止まったのを見逃さなかった。
熊耳はこの事態に少々めまいを覚える。ローブをまとった耳の長い魔術を使う可憐な女の子が配属というのは、確かに想像の域を超えていた。
唐突すぎる話に、熊耳の思考が迷う。信じるには材料が足りなさすぎるし、話が荒唐無稽すぎる。
だが、自然から浮き出たような茶色の髪、石膏美術品のような顔立ち、綺麗な耳は作り物ではない本物だった。
緊張に包まれた空気のなか、先に口を開いたのは南雲だった。
「あなたがアウレリア巡査ね。ようこそ、特車二課へ」
その声は穏やかで、一分の無駄もなかった。ただ職務として、真正面から相手を受け止めている印象だ。
南雲のその発言に、熊耳は思考の迷路から現実へと引き戻される。
彼女に静かに歩み寄り、表情を緩めた。自分でも、思ったより優しい声音になっていたことに気づいた。
「肩の力、抜いていいわよ。特車二課は、割とこういうの慣れてるから」
その言葉に、ほんの微か口元が動いたように熊耳には見えた。だがその整った顔は依然として固い。
「ま、とにかく。特例中の特例ってやつだ。
異世界人というのは、いつ公にされるかどうかはまだわからんが、俺たちは前例を育てる係になったってわけさ」
――この子は……ここで、やっていけるだろうか。
熊耳はミーシャの雨で湿ったローブを見やって考える。
公共安全最前線のこの職場、訓練どころかこの世界そのもの未経験の人間がいきなり参加。
そんな問いが脳裏に浮かぶのは自然だろう。
だがそれは自分たちも答えを出すべきことでもあると思った。
それが仲間になるということだ。
◆
第二小隊の朝は、いつもと変わらずどこか雑然としている。
朝の日差しが、小隊オフィスに静かに差し込む。窓際からは風に乗って潮の香りがほのかに流れ込んでくる。
整備班の声が、レイバー格納庫から遠く聞こえてくる。
一号機の整備チェック記録を綿密に確認する男性――篠原遊馬巡査。
片手に朝のブリーフィング資料を確認して、今日のスケジュールを頭に叩き込んでいる男性――進士幹泰巡査。
朝のコーヒーを淹れながら、隊員たちの動きを見守るひときわ大柄な男性――山崎ひろみ巡査。
眠気を覚ますようにぱしっと頬を叩き「よし頑張ろう!」と気合を入れる女性――泉野明巡査。
それに対し「だよ、なあ! 巡査部長の復帰日だぜ!」と大声で答える男性――太田功巡査。
そう、なんとなくオフィスの住人が落ち着かないのは、今日が巡査部長――熊耳の復帰日だからだ。
熊耳が休暇する原因となった事件、それから月は何度か変わっていた。
朝の定例業務を終え、今日もまた特車二課の一日が始まろうとしていた。
その始まりの空気を切るようにドアが開いた。
「おーい、ちょっとだけ手を止めろ。知っていると思うが今日から熊耳の復帰だ。
それと、新入りを紹介する」
隊員たちが振り向くとそこには後藤隊長と熊耳それと一人の見慣れぬ人物がいた。
特車二課の隊員服を着た小柄な少女。年は10代後半に見える。
もし彼女が見た目相応に高校に在学していたら、誰もがその存在に一番気を配るだろうほどの美少女だ。
そしてとがった耳はひときわ異彩を放っていた。
「こっちはミーシャ・アウレリア巡査。今日からお前らの仲間だ」
みんなの思考と視線が止まる。そう、全員の視線がミーシャに集中したのだ。
その圧に、ミーシャは反射的に一歩後ろに下がる。
細い肩がすくみ、体がきゅっと小さくなる。
その表情には、緊張と恐れ、そして自分が異物として見られていることへの自覚がにじんでいた。
最初に声を発したのは遊馬だった。
けれど、それは冗談交じりの調子に包まれていたものの、本音の戸惑いを隠しきれていなかった。
彼女の存在が、それほどまでに日常からかけ離れていたのだ。
「すいませーん、話が見えないんですけど。 唐突すぎてどこから聞けばいいのか、それすらつかめません」
他のメンバーも「……だよねぇ」といった微妙な顔を浮かべるなか、ただ一人、野明だけが抑えきれない気持ちをそのまま口にした。
「でも、この子すっごくかわいいよ! ぎゅっってしたくなる!」
弾けるような声に、周囲の空気がわずかに緩む。
ミーシャは戸惑ったように目を瞬かせたが、敵意のない純粋な賞賛に、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
そんな和やかさを一拍置いて、後藤が遊馬の視線に応えるように口を開く。
その声はいつもの調子で、軽い――それはわざと軽くしているようにも感じる。
「んー、この子ね。帰化したばっかで、なんか特殊技術があるって話でさ。ま、仮入隊ってやつだよ。うちはそういうの慣れてるから」
さも日常茶飯事のように言ってのけるその態度に、隊員たちは言いようのない違和感を覚える。
だが、その違和感が明確な形をとる前に――後藤は特大の爆弾を投げつける。
「……ま、さっきのは建前な」
後藤は両手を軽く上げ、やれやれといった仕草で肩をすくめた。演出がかった動きに、一同の警戒心が増す。
「本当は――異世界から来たエルフで、魔術師だ。
政府の頼まれごとで、今だけうちで預かってる。みんなには内緒な。
真面目でちょっと不器用だから、最初はぎこちないかもしれないけど――ま、そこは適当に面倒見てやってくれ」
その瞬間、空気が固まった。場の全員が、言葉の意味を頭で再構成するのに数秒を要した。
熊耳にはこの瞬間、空中に大きな「はぁ?」の文字が浮かんだように見えた。
沈黙を切り裂いたのは、進士だった。
彼の表情には戸惑いと現実逃避が混じっている。何か言わねばという義務感だけが、彼の言葉を押し出していた。
「……異世界って……あの、いわゆるファンタジーの……?」
遊馬が現実感のなさのまま、苦笑まじりに冗談めかす。
彼は冗談で処理してしまいたい気持ちに身を任せるしかなかった。
「えーと、つまり、魔女っ子警察官ってこと……?」
そんな、場の緊張を打ち破ったのは、太田だった。彼は目を輝かせ、もはや興奮を隠そうともしない。
「ほ、ほんとにエルフか!? しかも魔術師!?」
その大声に、ミーシャはビクッと肩を震わせ、反射的に一歩後ろに下がる。
そんな彼女をそっと支えるように、ひろみが静かに言葉をかけた。
「……エルフの魔術師さんですか。不思議な世界ですね。あ、緊張しなくてもいいですよ」
その声は優しく、穏やかだった。まるで硬い地面の上に、そっと敷かれた毛布のような安心感。
そしてその隙を逃さず、野明が勢いよくミーシャに近づく。
彼女の目はまるで宝物を見つけた子どものように輝いていた。
「私は泉野明! よろしくね、ミーシャちゃん! あ、ミーシャさん? エルフだから年上?」
無邪気な笑顔とまっすぐな好意が、言葉と共に飛び込んできた。
ミーシャは反射的にびくりと身をすくめ、まるで強い光を浴びた小動物のように一瞬固まる。
頬がみるみる赤く染まり、視線が揺れる。
「い、いえっ……【ちゃん】で……だい、丈夫……です」
しどろもどろな返答。言い慣れない言葉に舌がもつれるのを、必死で押さえ込んでいるのがわかる。
一通りの反応を見据えた後藤は、肩をすくめながら軽い笑みを浮かべる。
「信じるか信じないかは君ら次第だが……レイバー犯罪を止められるなら、俺は魔法でも歓迎するよ」
彼の言葉に、進士と遊馬が思わず顔を見合わせる。困惑と興味が入り交じった視線をミーシャに向け、進士が口を開く。
「つまり、警察でいうところの武器にあたるのが魔法、みたいな……?」
進士は状況を何とか理解しようとするように、慎重に言葉を選んだ。
一方、遊馬はもう切り替えを終えている。
その顔に浮かんだのは、完全に「面白そう」という色だ。好奇心に満ちた子どものような笑みを浮かべ、前のめりになる。
「いやあ、また面白いのが来たなー。特車二課ってやっぱ魔窟だよ。な、な、どんな魔法見せてくれるの?」
その声に、ミーシャは焦ったようにうつむき、指先で制服の裾をぎゅっと握りしめる。小さく息を吸い、ようやく声を絞り出す。
「戦闘用の術は、たぶん許可がないと……あと、毎朝今日使う呪文を決めなくてはいけなくて、準備にも時間が……その……」
声は小さく、途切れがちだった。説明しようとする気持ちに、口が追いつかない。
そんな固まりだしているミーシャに、山崎が優しく助けをだす。大きな体からは思えないほど口調も表情も柔らかい。
「ミーシャさん、ゆっくりでいいですよ。みんな優しいですから」
後藤は山崎の声音に癒されだしているミーシャの姿を見届けると話を締める。
「ま、使い方はこれから考えるとして……とりあえず今日の午後、整備班の見学と、模擬出動な。熊耳と一緒に行動だ」
その声に応じて、熊耳がミーシャに近づき肩にそっと手を置く。慈しむように柔らかく声をかけた。
「ゆっくり慣れていけばいいわ」
肩の力が、少しずつ抜けていく。言葉が、少しずつ心をほぐす。
ミーシャは、まだ緊張の名残を残しながらも、小さくうなずいた。