機動警察パトレイバー:魔法少女、特車二課に着任す 作:ゆきざかな
午前中の東京の空は晴れていた。
湾岸開発地帯の第十七ドックに特設された広場――そこは「特殊技能連携型・新型レイバー技術テスト会場」として、非公式に運用されていた。
周囲には「この先関係者以外立ち入り禁止」の看板でこの周囲一帯を締め出している。
仮設テントや技術ブースが並び、視察名目のスーツ姿がちらほらと立っている。
だが――そのすべてが芝居だった。
ステージを囲む関係者たちは、皆、刑事、機動隊。
視察者、係員、案内スタッフ。
どの立場も、任務のための仮面に過ぎなかった。
広場中央には、白い幕で覆われた新型レイバーの展示エリアが用意されている。
だが、実際にはそれは数年前にお蔵入りとなった、廉価レイバーという張り子。
外見だけを整えた、囮のオモチャだった。
その広場に面する交差点に、一台のパトカーが停まっていた。
エンジンは切られ、フロントガラスの内側はうっすらと曇っている。中には三人の人影。
運転席には刑事部捜査一課の松井警部補。助手席には、特車二課の後藤隊長。
覆面車の車内には、折りたたまれた数枚の現場配置図が広げられていた。
松井はそれらの紙束の一枚を指で押さえながら、言葉を選ぶように説明して、後藤は相槌も打たず、視線だけで地図をなぞっている。
後部座席にはもう一人、制服の女性が静かに座っていた。
特車二課第一小隊・南雲しのぶ。整った姿勢のまま、説明を受けながら配置を確認するように外の場へ視線を向けている。
その表情はいつもと変わらず冷静だったが、目の奥にはわずかに苦みを含んだ色が宿っていた。
「……ここには、私服三班が待機中。射撃許可は保留だが、無線連携は通してある」
「……ありがたいね。うちだけじゃ、何が出てきても想定外になる気しかしねぇ」
感謝の意を素直に口にしたが、松井は鼻を鳴らすように応じた。
「こっちとしても、想定なんて言葉は意味をなさないな」
松井は地図から視線を外し、フロントガラス越しに薄く広がる海の光を見やった。
「ある程度の異質さは覚悟していた。
だが……この前やっと公開許可が出た、アウレリア巡査の資料を見たときは……冗談かと思った。
異世界のエルフ? 百歳超えの魔術師? ――いや、漫画か神話かって話だろう」
松井は吐き捨てるように続ける。
「あの銀行強盗の黒幕も巡査と同類みたいなもんだろ? 正直、理解が追いつかない。
なのに、こういう大掛かりな仕掛けはすんなり上層部を通る。不気味なくらいだ」
その横顔には、職業刑事としての不満と不安が交錯していた。
後藤は、その不満を受け流すままに口元を緩めた。
「この前の新宿レイバー爆発事件――建前上は事故だったろ?」
後藤は前置きを述べながら、少々演技がかった口調で言葉を続ける。
「……あれな、報告書でだいぶ揺さぶってやったんだよ。
『その気になりゃ、政治家だって標的にできますよ』てな。
ヒヤッとしたのか、上も多少は動いた」
後藤は、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
それは作戦成功のいたずらっ子じみた満足感と、弱腰な上層部への自嘲とをないまぜにしたような――何とも言えない顔だった。
「嬉しいことに、今回は課長も相当後押ししてくれた。珍しく本気だったな。
――それでも、やっとこさってとこだ。集まったのは最低限の人員だけ。術者に関する知識もロクにない」
そこで後藤は、言葉を区切り、松井の方へちらりと視線を送った。
「黒い手のやつには、直接ぶつけられねぇよ。連中だけじゃ何をされたかすらわからん。
……だからこそ、おのずと――うちらが鍵になるってわけだ」
冗談めかしながらも、後藤の声音には微かな憂いがにじんでいた。
松井は一呼吸おき、別の疑問を口にした。
「で……彼女、本当に黒い手の男に対する武器として動けるのか?」
それは非難ではなく、現場を預かる者としての素朴な問いだった。
後藤は窓の外を見たまま、静かに笑った。
「武器じゃねぇさ。少なくとも、俺たちはそう思ってる」
そして、言葉をひとつ噛みしめるように、続けた。
「ただ、何を力と思うかは、使い方次第さ。――今日は、その使い方が問われる日だな」
二人の視線は、やがて再び広場の中心へと向けられていた。
車内の空気がひととき沈黙した後、南雲がぽつりと口を開く。
「……悔しいけど、術者との連携に関しては、今回はあなたたちのほうが分があるわ」
声は落ち着いていたが、その言葉の裏には葛藤が滲んでいた。
冷静を装ってはいても、第一小隊を預かる者として、何も感じていないはずがなかった
「第一小隊は保険。有事には即応するけど、主導は任せる。
うちの石和と古賀も、実はあの子の正体に薄々気づいてたみたいなんだけど……」
そこで南雲は小さく息をつき、口元に手を添える。
「いざ、異世界エルフの魔術師なんて、現実を突きつけられたら、ちょっとパニックになってたわ。無理もない話よ」
その言葉に、後藤はふっと口元を緩めた。
第一小隊のフォワード二人――石和と古賀。真面目で堅実、現場対応にも優れた信頼できる警官たち。
だからこそ、現実と非常識の狭間で戸惑う姿が、かえって想像しやすかった。
「うちも最初は似たようなもんさ。
けど、今じゃもう慣れた。……いや、慣れたって言うより、こいつは仲間だって思えるようになった、かな」
南雲はその言葉に、ちらりと横目を向ける。
「……それができたのが、第二小隊だったってわけね」
「まぁ、現場で痛々しいほど真っすぐぶつかって、それで今まで折れもせず、前を見据えてくれたからな。あの子が」
松井は運転席で、二人の絶妙な距離感のやり取りを聞きながら、少しばかり口角を上げていたが、何も口を挟まなかった。
やがて後藤は、煙草を取り出しながら、遠くの会場を見据えた。
「さて、演目はそろそろ始まる。役者も揃ったし――あとは、幕を上げるだけだな」
そのひとことと共に、車のドアが開く。
三人はそれぞれの責任を背負い、それぞれの持ち場へと向かっていく。
戦場へ出る者、支える者、整える者――誰ひとりとして、傍観者ではなかった。
◆
誰もが、待っていた。
静かな広場に立つ者、モニター越しにその時を見つめる者、機体の陰に身をひそめる者――誰もがその瞬間を、息を殺して待ち構えていた。
それは、疑いではなかった。
――もはや確信だった。
敵は来る。
遠くの空の色。風の流れ。空気の密度。
何とも知れない、どんよりとした空気からにじみ出るプレッシャーが、理由もなく皆を確信させていた。
張り詰めた静寂は、爆発の前触れのようだった。
じりじりと神経を焦がしながら、しかし誰も動かない。動けない。
沈黙という名の臨戦態勢が、広場を支配していた。
そして、午後二時。日も少し傾き、陽光が広場の端を斜めに照らす頃。
その時が、来た。
モニターのひとつが、低く、しかし確かに警報を鳴らした。
画面に赤い波形が走り、警告灯がゆっくりと点滅する。
「……熱源検出。広場中央、地表異常隆起」
通報を受けた係員が、誰ともなく目配せする。
その視線の一つが、仲間の視線と交差する。
それだけで、全員が理解していた。
次の瞬間、空気が一変した。
エコノミーのすぐそばの地面に、魔法陣が浮かび上がる。
それは《
見えないはずの何かが空間に擦れ、ひずみ、軋んでいる。
誰かが息をのんだ。いや、全員が。
そのとき、魔法陣が描かれている地面が音を立ててひび割れ、火山のごとく赤黒い光が噴き出す。
地面から浮き上がるように、この世にふさわしくない影が現出した。
高さは六メートルをゆうに超え、筋骨隆々の肉体を保持していた。
赤銅色の皮膚は煮えたぎる魔力の炎に包まれ、常に揺らめき、明確な輪郭すら掴ませなかった。
――螺旋状にねじれた二本の角。
――鋼鉄のように黒光りする爪。
――蝙蝠のような、巨大な膜の翼。
その姿は、悪夢を立体化したかのようだった――人はそれを
魔法陣は、出現と同時に焼き切れた。
強制的な空間穿孔――異界ゲートの痕跡だけが、灼け焦げた円環として地表に残された。
召喚ポイントのすぐ隣には、エコノミーが立っている。
今回使用された、囮の機体、塗装は綺麗にされていたが、当然、武装も無い完全な張り子だ。
悪魔の巨体がゆっくりと片手を持ち上げる。
その動きは緩慢にも見えたが、圧倒的な質量がその一動作に宿っていた。
そして、横から殴りつける。
圧壊音が響いた。
上半身が一瞬で凹み、エコノミーは哀れに後方に倒れ込む。
その存在を、ここにいる誰もが知らないはずだった。
だが――
全員が、本能的に悟っていた。
これは――人間の範疇にあるものではない。
「……来た」
泉野明が、静かにヘルメットのバックルを締める。
指先にわずかな震えがあった。けれど、それは恐怖からではなかった。
むしろ、長く張り詰めていたものが、ようやく解き放たれる安堵に近い。
「まさかもう一回、イングラムで巨大生物と戦うはめ*1になるとは、思わなかった」
笑って言ったつもりだったが、口の奥に微かに渇いた緊張の味が広がっていた。
重たい油圧の駆動音が、会場全体に低く響く。
もう一台のキャリアの荷台が傾き、白い巨体――イングラム2号機が静かに起き上がる。
コックピットに鎮座する太田功が、左側の操縦グリップに手を添える。
その視線は、完全に戦闘に入っていた。
瞳孔がわずかに開き、息が野獣のように荒くなっていく。
「見るからに邪悪な敵って面構えだな……いいねえ。久々に、レイバーの仕事だ!」
太田特有の無限に湧き出る闘志が、その声には混じっていた。
通信チャンネルから、遊馬の声が届く。
彼の声音は、どこか軽く聞こえたが、その軽さはいつも通りの安心を周囲に与えるための演出でもあった。
「イングラム1号・2号、出撃準備完了! ミーシャちゃんも配置完了。こっから本番だぞ!」
その言葉に呼応するように、通信チャンネルに割り込む音が走った。
「こちら第一小隊、南雲です。緊急報告!」
全員の耳に、ただならぬ緊迫した声が届く。
「閉鎖区域境界、交差点にて大型術式召喚体を二体確認。
アウレリア巡査の見立てでは《
全身が土石で構成された構造体で、覆面パトカー数台既に損壊! 第一小隊が対応……」
ノイズの向こうからは、重機の駆動音と爆裂音。
そして、何か巨大な物体が地面を叩き割るような衝撃音が混じっていた。
「こちらの対応で手一杯。そちらへの支援、……間に合わない! 第二小隊、そちらの悪魔が本命、気をつけて!」
通信がそこで一瞬だけ途切れ、次に戻ってきた声は、より沈着で、だが重たかった。
「――健闘を祈る!」
ブツッ、と通信が切れる音が静かに響いた。
広場に戻ると、短い沈黙が空気を支配する。
全員が、それを受け止めた。
太田功が腕を組み、鼻息荒く前を睨みつけて吠える。
「――よし、こっちが本命だ! 絶対に負けねえからな!」
悪魔は動かない。
ただ、赤いオーラを纏ったその巨体は、存在そのものが呪いのように空気を歪ませていた。
脈打つような赤い刻印が、胸元に浮かび上がる。
召喚と同時に焼き付けられた、強制制御の痕跡。
魔界の存在でありながら、人の手でこの現世に繋ぎ止められた異形。
「召喚個体、確認しました」
ミーシャ・アウレリアの声が、冷静な声音で通信に乗った。
その語調には、恐れも戸惑いもない。
術者として、戦場の一員として、すでに立っている者の声だった。
「対象はバロール。現実世界に実体化した魔界存在。
左手に嵐の剣、右手に炎の鞭、飛行を行い常に体から熱を発しています。
断末魔を迎えた際に猛火の爆発を生じます。とどめを刺したら速やかに退避してください」
ミーシャは異世界の魔術師としての知識を動員して説明する。
だがその強力な個体の説明で、自ら背筋が凍り付いてくるのが身に染みてきた。
だが、その重苦しい説明を受けてもなお、泉野明、太田功――両巡査の眼差しには、一片の迷いも見えなかった。
どれほど強大な相手であろうと、自分たちが現場の最前線に立つ以上、決して引くわけにはいかない――そんな、特車二課の矜持そのものが、二人の背中にくっきりと刻まれているのだった。
「了解――機動警察の仕事っぷり見せてやるから! イングラム、出るよ!」
「よーし来たァッ! 相手が何だろうが、絶対ぶっ倒してやる!」
ギャリィン、と鉄が軋む音。
レイバーの巨体が、地を蹴る。
西暦200X年――東京都湾岸。
公安、刑事課、そして特車二課の連携によって進められた『テスト会場』は、魔術と技術の交差点になった。
現代日本に、異界の侵略者が姿を現す。
その脅威は、もう幻想ではない。
現実の大地を揺らし、人々の命を脅かす魔。
正義に生きる人間が、鋼の体を借りて魔に挑む――それが、今この瞬間の現実だ。
――破壊と悪の権化ともいえる魔界の大将軍。
――鋼鉄の巨体と、正義の心を持つ警官たち。
魔術と技術が、力と信念が、いま――ひとつの場所で交わる。
未曽有の決戦の幕が、今、上がった。
◆
湾岸広場。
騒然とした人工地帯の一角で、巨大な悪魔と鋼鉄の警察レイバーが激突しようとしている。
だが――その喧噪から、ほんの少しだけ離れた場所に、奇妙な静けさがあった。
会場の隣の一画。
老朽化した商業ビルの一つ、既にテナントも撤退し、解体予定となっていた廃ビルの屋上。
そこに、ミーシャ・アウレリアがひとり立っていた。
制服の裾が、潮風にたなびく。
彼女は何者かに自分の姿を見せつけるように、その場所を選んでいた。
静かに、しかし確かな意志を持って。
周囲には誰もいない。
だが、彼女には分かっていた――近くに奴がいる、と。
あれほど大掛かりな召喚術を使ったのだから、すぐそばにいなければおかしい。
「……アウレリアさん! そっちに人影あり! そいつ、巡査のいるビルに接近してます!」
進士の声が、通信越しに届いた。
息を切らす様子はなく、状況を冷静に把握している声だ。
けれど、その中にはわずかに焦りも混じっていた。
ミーシャは、周囲を慎重に見渡した。
目に映るのは、ビルの谷間に広がる風景。しかし、彼女が注視しているのは単なる景色ではない。
その静かな街並みに、じわじわとにじむ男の影――殺意をまとった死の化身の姿が存在していた。
「……来ました」
小さく、しかし確かな声が口をつく。
「やはり黒い手の男は……隊長の言う通り私に執着していますね」
その言葉に、誰も返さなかった。
だが、全員がその意味を理解していた。
あの大悪魔の存在ですら、囮にすぎない。
本当の狙いは、ここにいるただ一人――術者ミーシャ・アウレリアなのだ。
ミーシャは、すっと身体の向きを変えた。
屋上の扉へと静かに歩み寄り、ゆっくりと手をかける。
その一連の動作に、まったくの無駄はなかった。
屋内への扉が、きぃ、と音を立てて開く。
階段の踊り場に差し込む陽光が、ミーシャの頬をわずかに照らす。
彼女は静かに、階段を降り始めた。
一歩ごとに靴底がコンクリートを踏みしめ、ビルの内部に反響する。
敵は、すぐそこまで来ている。
彼女が決戦の地と決めていた玄関ホール――そこへと、導くように。
ミーシャの耳元の通信機が、再び音を立てた。
またもや、進士の声だった。
「……アウレリア巡査。泉さんと太田さんが、何とかするまで踏ん張ってください。
僕はこっちで、山崎さんが居ない分のサポートに回ります。
それから、術式使用判断は――全て、任せます」
進士の声は、静かで、どこまでも信頼に満ちていた。
不安やためらいを少しも滲ませず、ただ事実として告げるその言葉に、ミーシャの胸に微かに熱いものが広がった。
誰も、無理強いはしない。
だが、誰も、彼女の力を軽んじていない。
今、彼女がここにいる意味。
彼女がここで踏みとどまることに、どれだけの意味があるか――進士は、それを全て理解していた。
バロールという災厄に立ち向かうレイバー。
もしそこへ、術師が横から奇襲を仕掛けてきたら――その効果は、絶大だ。
レイバーの操縦席に座る警官たちは、術式に対してほとんど無力だということを。
そして、どれほど簡素な術でも、戦術次第でレイバーを揺るがせることを。
――ミーシャ自身が、これまでの出動で何度も証明してきた。
ならば、今、ここで彼女がなすべきことは――
「はい。私が、予定通りここで囮になります」
その言葉に、通信回線が一瞬だけ静かになった。
そして、割り込むようにもう一つの声が走る。
「ミーシャちゃん……っ!」
泉野明だった。
「いいの? サポート、何もなしで……!」
その問いには、心配の色がにじんでいたが、それでも彼女はミーシャの決断を止めようとはしなかった。
ミーシャは、ゆっくりと通信機に口を寄せる。
その声は、静かで、柔らかく、だが確かな意志を宿していた。
「……はい、大丈夫です」
「サポート無しは、野明さんも太田さんも同じだと思います――これは、二正面作戦になりますから」
その言葉に続くように、ミーシャの声に少しだけ熱が帯びた。
「私は信じてます。第二小隊は……イングラムは、あのような悪魔に負けることはないです」
最後の言葉を言い終える前に、彼女は通信を切った。
「……だって、私の誇りですから」
静かに息を整えながら、ミーシャは視線を正面に向けた。
視線を向けた先に、黒い手の紋章をかたどったペンダントをぶら下げた、灰色の長いローブ――その影が、静かに立っていた。
その姿は、まるで最初からそこに在ったかのように、自然にそこにいた。
フードの奥、顔の半分を影に沈めたその男は、音もなく一歩、また一歩と近づいてくる。
楽しげな足取りだった。
それは戦場に向かう兵士のそれではない。
まるで、舞台の幕が上がるのを待ちわびていた役者のようだった。
マントの裾からはみ出した黒い右手――それはもはや人の手ではなかった。
ねじれ、染まり、獣のように蠢くその指先は、まるで何かを求めるように微かに震えていた。
破れた自動ドアの隙間から、滑り込むように男は屋内に入り、ゆっくりと彼女を見つめた。
その目には、軽蔑でも憎悪でもない――ただ、興味と嗜虐と、倒錯した執着が渦巻いていた。
「……ベイン。狂信者」
ミーシャは、その黒い手の聖印を見るなりつぶやいた。
それはレルムで信仰されている神。専制と侵略と抑圧などをつかさどる悪の社会に根差す邪神。
教義は「恐怖によって支配せよ」「意志の弱い者は従わせろ」「敵は完全に打ち砕け。慈悲は弱さ」
今、ミーシャは合点がいった。
自らの手で仲間を殺させ、わざわざ《シャター》を見せつけ、仲間を目の前で失わせようとする。
全ては、恐怖により自分を苦しめ意思を完全に砕き、従わせるための段取りだったわけだ。
そのような恐怖の体現者が、この世界に仇なそうとしている。猶更この男を止めなければならない。
『そうさ、僕の偉大なる主はベイン様だ。やっぱりいたね、君一人で』
その言葉が空気を震わせた瞬間、ロビー全体がわずかに冷え込んだ気がした。
それは日本語ではない。
この世界の誰にも通じない、けれどミーシャにとっては、母国語に等しいものだった。
フェイルーン――彼女の故郷、魔術と剣と神々の支配するあの世界で、もっとも広く使われる共通語。
その響きは、心の奥に直接触れてくるようだった。
『狂っているとは心外だなぁ。この世界では僕たちはそういうものなんだ。
自分を正そうとして狂う、いずれそうなる。
なら、最初から上に立つ側に行こうよ。操る側に。そうすれば、いちいち傷つかずに済む。
改心するなら今のうちだよ……ベイン様と共にソードコーストへ戻ろうよ!』
その囁きは、ひどく甘かった。
だが、今のミーシャの心には何の感慨も起きなかった。
ミーシャは、髪をかき上げ、その目はまっすぐに男を捉え共通語で返す。
『折角のお誘いだけど残念ね。あなたの思い通りにならないわ』
それは解放された言葉。何ものにも制限されていない、本当の彼女の口調だった。
『悪いけど、どうやってもあなたのこと、好きになんてなれないから。むしろ大嫌いなんだから』
発音には少しだけ、エルフのなまりが混じる。
だが、それがまた、彼女の帰属をはっきりと物語っていた。
その言葉を聞いた男が、フードの下で口を開いた。
にやり、と笑う。唇が歪み、牙のように尖った白い歯がのぞく。
『そんな風に僕を振るのか。君は、やっぱり壊すには惜しいな』
声色は、楽しげだった。
けれどその奥に滲むのは、純粋な破壊の欲求――愉悦に似た、倒錯した所有の感情だった。
広大なロビー。
磨かれた床には、戦う者たちの影が二つ――静かに伸びている。
近代建築の中枢――鉄とガラスと人工照明の支配する文明の象徴。
その中で、二人の魔術師が、いままさに向かい合っている。
この現代という舞台の上で、幻想世界の決闘が始まろうとしていた。
《カンジャーエレメンタル》 ―― エレメンタル召喚
呪文レベル:5レベル
キャスト時間:1分
射程:90フィート
コンポーネント:詠唱(V)、身振り(S)、材料(M:物質:火鉢・水盆・土の塊・空気の入った管など(エレメンタルの種類に対応)※消費しない)
持続時間:1時間
脅威度5以下のエレメンタル1体を、選んだ地点に召喚する。
エレメンタルのタイプは使用した物質素材に応じて決まる(火・水・土・空気)。
エレメンタルはあなたの味方として行動し、あなたのイニシアチブの直後に行動する。
ボーナスアクションで命令可能。命令がないと敵味方敵を攻撃するなど「防衛的な行動」をとる。
集中が切れた段階で、エレメンタルはあなたを含むあらゆるクリーチャーを攻撃し召喚者の命令は無効になる。
呪文の持続時間中は、暴走したまま残る。
《ゲート》 ―― 次元門
呪文レベル:9レベル
キャスト時間:1アクション
射程:60フィート
コンポーネント:詠唱(V)、身振り(S)、材料(M:物質:M:5,000gpのダイヤモンド一個。消費される)
持続時間:1時間
ゲートは2つの呪文の効果がある。
①次元の扉を開く: ゲート呪文を唱えると、術者の近くに別の次元や平行世界、あるいは同じ世界の遠く離れた場所に通じる「門(ポータル)」を作り出す。
この門は安定しており、ほぼ瞬時に両側を安全に行き来できる。
門の大きさは呪文説明に従いますが、通常は大型クリーチャーも通れるサイズ。
②特定の存在を呼び出す: ゲート呪文の特徴的な使い方として、「特定の名前を持つ存在(主に異界の存在や神格など)」を指定して呼び出すことができる。
この場合、その存在は強制的に門を通って現れる。
呼び出された存在は術者の命令に従う義務はありませんが、術者が追加の魔法的手段や交渉を用いることで従わせることも可能。
※本文内で黒い手の男が使用したアイテム式使い捨て魔法陣(敵専用オリジナルマジックアイテム)の効果は②に準ずるもので
決められた個体を呼び出してある程度の命令に従えるようになっています。