機動警察パトレイバー:魔法少女、特車二課に着任す   作:ゆきざかな

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最終話:ここが私の居場所

【週間パトス 特集「湾岸火災、現場で何が起きた!?」】

 湾岸火災、謎の発火現象に関係者沈黙――現場に「人型の炎」目撃情報 特車二課も出動か?

 

【東京発】

 湾岸第十七ドック付近で6日午後2時すぎに発生した火災および爆発事故について、関係機関の対応が慌ただしさを増している。

 

 当該地区は開発途上の仮設施設群に囲まれており、当日は立ち入り制限区域。

しかし、同日午後に「黒煙と閃光を伴う発火」「巨大な爆風による構造物崩壊」といった異常が同時発生し、警視庁・消防庁による緊急合同出動が行われた。

 

 翌7日朝、政府は異例の緊急記者会見を開き、内閣官房副長官補(危機管理担当)が「本件は都市型災害として極めて特異な性質を有する」と発表。

 警察・消防の迅速な連携で市民被害は防がれたとする一方で、火災発生の原因や詳細な状況については「現在調査中」と繰り返し、明言を避けた。

 

 記者団の質問に対し、政府関係者は「詳細は控えるが、現場では何らかの異常現象が確認された」とコメントしており、一部では「演習中の事故」や「新型機器の暴走」といった未確認情報も飛び交っている。

 

 しかし、現場近くに居合わせた複数の市民からは、「炎の塊が人の形をして浮かんでいた」「たくさんの車が、踏みつぶされるように、へこんでいた」など、尋常ではない証言が寄せられている。

 

 また、取材班が独自に入手した映像によれば、現場には白を基調とした大型機動車両が複数確認されており、関係者の証言からも、警視庁特車二課の出動があった可能性が高いと見られる。

 

 なお、被災施設の詳細な構造や使用目的は明かされておらず、関係機関からは「機密性の高い試験設備の一部」との説明があるのみ。

また、火災の原因については「電源設備の過熱による連鎖的出火」とする仮説が流布されているが、これについても裏付けは取れていない。

 

 一連の事件を受け、今後は内閣府危機管理室を中心に、関係省庁による調査委員会の設置が検討されている模様だ。

 

 

 

 

 警視庁本庁舎の一角。

ここは本庁舎にいくつもある、ごく普通の無機質な会議室。

簡素な扉と、標準的な会議机が静かに置かれている。

午後の陽が、細く斜めに差し込み、床に淡い光の線を描いていた。

 

 整然と並んだ椅子はどれも硬質で、壁には時計と、省庁間連絡通達の掲示が一枚だけ無造作に掛けられている。

 

 空調の微かな唸りが、静けさの隙間を満たしている。

それ以外に、動くものはなかった。

人の気配すら、抑圧された空間に吸い込まれていくようだった。

 

 その室内に、二人の男が対峙していた。

 

 一人は警視庁公安部公安課の課長。

白髪混じりの短髪に、目元の皺は年季を物語っている。

だがその眼差しは未だ鋭く、感情を濁す術を心得た者のそれだった。

机上の書類に目を落とし、一枚一枚を丁寧にめくっては、目線でそれを貫いていく。

 

 その向かい――

背広の上着を羽織りながら、座るのは、特車二課 第二小隊隊長・後藤喜一だった。

背もたれに軽くもたれ、視線は一定の高さを保ったまま、警戒も誇張もない姿勢。

まるで別件で立ち寄ったかのような、とぼけた佇まい。

 

 だがその緩やかな態度の奥には、確かな警戒と判断力が張り詰めていた。

 

 課長の眼鏡の縁がかすかに光を反射し、その指が最後のページを静かに閉じる。

少しだけ長くとられたその間が、重たく沈んだ空気に輪を描く。

やがて、課長が顔を上げた。

 

「……これが、君たち特車二課の独自対応結果か」

 

 低く、冷えた声色。

だが、そこには感情がまったくないわけではない。

審問ではなく、評価でもない。処理という名の確認作業だった。

 

 机の上の報告書には、整然とした文体で事件の全容が記されていた。

 

『湾岸地区・特設試験会場における未登録個体の召喚活動及び都市型襲撃』

『術式実力行使による対象排除』

『第一・第二小隊の隊員による対応と終結』

『その後対応については、刑事課に移管』

 

 項目は事実の羅列に過ぎなかったが、その背後にある現実は重く、異様だった。

常識では定義しきれない何かが、今や警察の現場に日常として組み込まれつつある。

 

「異界来訪者による都市攻撃……それに伴う魔術的実力行使……」

 

 課長の声が淡々と記録をなぞる。

そこには、我々はこれをどう処理すべきかという、純然たる行政的視点が滲んでいた。

 

 彼の指が、ある一枚の記録に止まる。

 

「黒い手の男と呼ばれる存在――名前不詳、国籍不明、出生記録・渡航記録なし、戸籍の存在証明もなし」

 

 その言葉を口にする時、初めて課長の瞳にわずかな感情の揺らぎが走った。

それは、懸念や驚愕ではない。未知の存在を前にしたとき、治安を守る者としての計算と危機感が入り混じった表情だった。

 

「つまり、記録の全くない存在という扱いになるな」

 

 後藤は、腕を組んだままうなずいた。

まるで「そうだが、それがどうした」とでも言いたげに。

肩の動き一つ変えずに、視線だけで受け流す。

 

「ええ。野良の異界渡り。本庁の分類で言えば、特異起因事案の実行因個体です。

異世界の存在が彼女だけの特例となっている現行の法体系上では、明確に人間ではありません」

 

 課長は書類の一枚を指で押さえたまま、一拍置いて言葉を継いだ。

目線は資料を見ているが、その声音は明確に、後藤という個人に向けられていた。

 

「……つまり、殺人には問われないと」

 

 その言葉には、わずかに皮肉の匂いが混じっていた。

倫理と法の間で引き裂かれる判断を、職務の仮面で抑え込む者の問いだった。

対する後藤の返答は、驚くほどあっさりとしていた。

 

「はい。害獣駆除の扱いとしてでも処理できます。人員に危害を及ぼした異常個体に対する駆除行為。過剰防衛ですら不成立です」

 

 その言葉に、課長の眉がかすかに歪む。

書類から目を離し、椅子の背に身を預ける。

腕を組み、視線を細めながら、静かに後藤を見つめた。

 

「……そういう扱いにして、彼女に罪悪感を残さずに済むのか?」

 

 言葉の調子は穏やかだったが、問いかけは鋭かった。

法と現実の狭間で、誰が何を背負うのか。――それは、制度では定義しきれない問題だった。

 

 後藤は、少しだけ沈黙した。

視線をわずかに下げ、机の表面を指で軽くたたく。

木目の節が指先に触れ、その感触の向こうに、ミーシャと会話したあの夜の屋上の冷たさを思い出す。

 

「……あの子は、自分で自分の責任を決めたんですよ」

 

 同情ではない。庇護でもない。ただ、理解者としての言葉だった。

 

「法や書類がどうだろうと、結局――自分のしたことの結論は、自分の中からしか出せない」

 

 後藤はゆっくりと姿勢を直し、もう一度背もたれに身を預けた。

その所作には、言葉では語りきれない重みが滲んでいた。

 

「だから……せめて、こっちは法的責任から背中を支えるだけです」

 

 後藤は、つけ加えるように言った。

 

「それに――あの男をあのまま逃がしていたら、もっと多くの命が失われていたはずです。

あの時点では、捕縛も現実的には困難でした。

誰が何を言おうと、ミーシャ・アウレリア巡査は仲間と市民を守ったんです」

 

 その声だけは、柔らかさを捨てていた。

断言だった。誰にも譲らない、指揮官としての一線だった。

 

「それが、現実です」

 

 課長は、再び黙った。

数秒の沈黙が、ふたりの間に落ちる。

そして、ふっと、短く、息を吐いた。その目元には、わずかに笑みが浮かんでいた。

 

 それは、公安課の課長としての公式な評価でも、職務上の計算でもなかった。

あの現場で命を張ったひとりの巡査――ミーシャ・アウレリアという警察官に対する、ごく個人的な敬意。

正義と秩序を守ろうとした者への、ひとりの警官としての称賛だった。

 

「……わかった。処理は動物による襲撃事件で通す。法務に通達を回す。特例措置として記録しておこう」

 

 後藤は椅子から立ち上がり軽く頭を下げる。

動作に、過不足はない。礼儀と信念が織り交ざった、ごく自然な仕草だった。

 

「ご理解、感謝します。うちの子たち――よくやってくれましたから」

 

 そう言って、後藤は扉に手をかけた。

その瞬間、背後から課長の声がかかった。

 

「だが忘れるな。これからが始まりだ。

明確に敵意を持った者が隠しようもない大事件を起こした。

これは個人的感想だが、近いうちに政府も任用なんてお茶を濁さず、結論を出す羽目になるだろう」

 

 その声音には、警鐘とともにわずかな憂慮が込められていた。

この事態が例外として片づけられなくなる未来を、彼はすでに予見していたのだ。

それは、後藤に向けた忠告であると同時に、同じ現場に身を置く者としての共有だった。

 

 扉が、音もなく閉まった。

わずかに空気が揺れ、静寂が戻る。

 

 残されたのは、静かな部屋と、積み上げられた報告書、そして一人の公安課長の沈黙だけだった。

彼はしばらく椅子にもたれたまま、何も言わず、閉じられた扉を見つめていた。

その視線には、過ぎた会話の余韻と、これから訪れるであろう未来への思索が静かに漂っていた。

 

 

 

 

 永田町――内閣府本庁舎地下。

あの時と同じ、コンクリート打ちっぱなしの無機質な会議室。

薄暗い間接照明が、天井から机上を照らし、壁には一切の装飾もない。

分厚い扉が重く閉じられる音が、場の空気に緊張を走らせた。

 

 中央の重厚なテーブルを囲むのは、かつてと同じ三人。

警察庁・警備局次長。外務省・安全保障課長。内閣官房副長官補・内政担当。

 

 資料が静かに配られる。複数の文書がホチキスで綴じられ、極秘の朱印が表紙に押されていた。

その中には、「港湾大規模火災事故」に関する一連の調査報告、並びに特車二課関係者による現場記録、そして――術者ミーシャ・アウレリア巡査による術式行使の公式評価が添えられていた。

 

 今回の資料の中には、既に作成された「対マスコミ対応指針」も含まれている。

事件の性質から、詳細な映像や現場記録の一部は非公開扱いとし、政府発表は「都市型災害」「新型機器の事故」「合同訓練との関連性を調査中」など、既定の文言で統一することが決められている。

 

 質疑も必ず官房広報経由で一元化し、現場での証言やマスコミ報道については、早期に沈静化を図る広報を投入する方針だ。

 

 現場近くの作業員や周辺住民の間ではいくつかの目撃証言が噂として広がりつつあったが、時が経つにつれて次第に人々の話題から消えていくことも見込まれていた。

 

「では、報告を始めましょう」

 

 副長官補が言った。まるで前回の続きをなぞるように。

警備局次長が、開口一番、語気を強める。

 

「まず確認すべきは、敵対的来訪者の出現を、今回の事件で、事実として記録せざるを得なかった点だ。

これまで『来訪者はあくまで非脅威性』という前提が、根底から揺らいだ。

本件は、あらゆる意味で――警鐘である」

 

 その語気には焦燥と警戒が込められていた。

映像記録には、炎とともに顕現して空に浮かぶ巨人、会場内に積まれていた建材を一瞬で熔断する火炎鞭。

物理法則の逸脱がはっきりと記録されていた。

 

 外務省の安全保障課長が、やや抑えた口調で応じる。

 

「確かに、来訪者の危険性が可視化された事例です。

しかし同時に、我々の側にも抑止力が存在しうることが実証されたとも言えます」

 

 彼の指先が、一枚の報告書に触れる。そこには、『アウレリア巡査、小隊員一人と共に、単独術式展開により敵性術者制圧』の文言がある。

 

「――初動に混乱はあったものの、結果として人的被害ゼロ。民間資産の損害も最小限。

敵性術者の拘束には至らずとも、強制的排除という結末を得た。

この事実は、国際的にはコントロール可能な異能という認識を得る重要な実績です」

 

 副長官補は、両手を組み、しばし黙していた。

やがて、静かにその指をほどき、低く確信めいた声で語る。

 

「――仮に、今後も彼らの来訪が続いた場合。

我々が、これまでのように一名の来訪者にすがる状況でいいとは思っていない。

しかし現時点で、我々の味方としてこの社会に根ざしている術者は――彼女だけだ」

 

 その言葉に、場の空気がわずかに動く。

警備局次長が、緊張を緩めぬまま言った。

 

「ならば、制度上の整備を早急に進めるべきだ。

今回のような事件が再発すれば、社会秩序は崩れる。対応が現場の機転に依存している現状は、あまりに危うい」

 

 無機質な蛍光灯の光の下、その声だけが場の空気を切り裂く。

 

「同意します」

 

 すぐさま外務省課長が静かに頷き、言葉を継いだ。

彼の眼差しは真剣そのもので、会議卓の向こう側へと意見を投げかける。

 

「だが同時に、彼女のような存在が、国家体制の中でどう位置づけられるべきか――

制度としての受け入れ口を明確にする必要があります」

 

 発言の余韻が残る中、今度は副長官補が低い声で応じた。

 

「そのための法案準備は、すでに開始している」

 

 彼の机上には、新たな草案ファイルがある。表紙にはこう記されていた。

 

《特異存在技能統合運用制度(仮)》

――内閣閣議決定草案・第一案――

 

 副長官補がゆっくりと語る。

 

「……これは、あくまでモデルケースにすぎない。

だが、アウレリア巡査という前例を我々は得た。

彼女は、敵ではなかった。いや、むしろ我々の中に在る力として、働いた。

ならば――我々が次に来る者に差し出すのは、銃口ではなく立場だ」

 

 言葉の余韻が、静かな会議室に落ちる。

副長官補は書類の一枚に目を落とし、低い声で続けた。

 

「そして、来るべき異界との接触に備え、今回の任用者の功績については、必要最低限の範囲で世間に伝えておくべきだろう。

現場での活躍や制度の有効性は、過度にならぬよう、しかし確実に印象づけておくこと――それが今後の備えとなる」

 

 その言葉を最後に、会議は静かに終わった。

会議室の外――分厚い扉の向こうに広がる世界には、何の変化もない。

だが、水面下では確かに新しい制度が、静かに形を取り始めていた。

 

 

 

 

特異存在技能統合運用制度(仮) 内閣閣議決定草案(極秘扱い)

 

1.趣旨

近年、未確認かつ既存の学術体系に収まらない能力を有する知性存在との接触事例が報告され、国家的対応の必要性が高まっている。

特に、来訪者の一部は既存の国際法・入管法・防衛体制において定義不可能な存在であり、その対応は個別的措置に依存しているのが現状である。

本法案は、これらの存在を「別次元的知性存在」として位置づけ、限定的かつ段階的に社会制度への組み込みを図る枠組みを整備することを目的とする。

 

2.定義

(1)別次元的知性存在

本邦に偶発的または意図的に出現した、地球外/現次元外由来の知的実体を指す。

物理的実体を有し、言語・意思疎通能力を持ち、社会的行動原理に基づく行動を示す者を対象とする。

(2)適合型来訪者

当該存在のうち、当局による安全保障上の適性審査・医療的観察・心理行動評価に基づき、我が国社会との共存が可能であると判断された者。

 

3.受け入れに関する原則

(1)原則として、任意の意思確認に基づき保護措置を講じること。

(2)適合型来訪者については、『社会統合支援プログラム(仮称)』への参加を条件に、限定的な公的地位を付与する。

(3)当該存在が有する能力が、安全保障・災害対応・公益技術支援等に資する場合、相応の職務資格を検討する。

 

4.制度的対応

(1)出入国管理上の特例措置の整備

現行制度に準拠しない出現経路・出自に関しては、専用の識別コードおよび身分保障制度(仮称:来訪者身分番号制度)を新設。

 

(2)公安的監視と倫理的保障の均衡

国家公安委員会および警察庁公安部による定期的監視のもと、生活権の侵害を最小限に抑えた統合モデルの確立を目指す。

 

(3)継続的制度見直しの明記

本法は恒久法ではなく、五年ごとの見直しを前提とした特例法とし、状況変化に応じて柔軟に改正可能とする。

 

5.今後の方向性

本閣議決定は、あくまで将来的接触に備えた先行的制度準備措置であり、現段階では一部の事例に対する内部対応の域を出るものではない。

ただし、今後類似の存在や集団(異界的共同体)との意図的な接触が発生する可能性を排除しきれない状況に鑑み、平時における法制度の準備は不可欠と判断される。

 

6.付記(内閣官房備考)

本件は公表を行わない。

一連の法制度は、社会的混乱の回避および外交的誤解の防止を優先し、国家安全保障会議の管掌下にて非公開での審議を継続する。

必要に応じて、内閣官房副長官補・内政担当を中核とする特設準備室の設置を検討。

 

〆の一文:

これは、現時点において発表するものではない。

だが、我々はすでに来てしまった者を知っている。

ならば、次に彼らの同胞が来る時に備えること――それこそが、唯一の味方を得た我々に残された責務である。

 

 

 

 

 朝の光が、庁舎の窓から遠慮なく差し込んでいた。

潮騒が遠くで鳴り、湾岸の風が、ほんのり潮の匂いを運んでくる。

昨日までと変わらない青空。穏やかで、騒々しくて、平和な朝だった。

 

 特車二課――そこは、相変わらずだった。

にぎやかで、うるさくて、そして、どこか心地よかった。

 

「ミーシャちゃん!」

 

 庁舎の一角で、泉野明がホウキを指さし声を張り上げる。

宙に浮かんだそれは、妙にふらふらと廊下を漂い、くるくると回転しながらロッカーの上をかすめていく。

 

「ねー、ホウキ、勝手に浮いてるよ!」

 

 慌てて駆け寄ってきたのは、今日も制服をきっちり着こなしたエルフの少女。

髪の先が跳ね、長い耳が揺れ、瞳に焦りが浮かんでいる。

 

「す、すみません! 制御の調整中で……!」

 

 ミーシャ・アウレリアは、両手で《ブルーム・オブ・フライング(空飛ぶホウキ)》をそっと掴み、ルーンの一部に指を触れて魔力の暴走を停止させた。

空気の振動が止まり、ホウキはおとなしく重力に従って床へ戻る。

ぺたん、と控えめな音が響いた。

 

「も、もう浮きません、たぶん……!」

 

 その姿に、あちこちから親しみに満ちた苦笑やからかいの声が飛ぶ。

そこへ、整備棟側の窓の向こうから重低音のような声が響く。

 

「シゲさん!! 俺のレイバーに術式砲身増やせって言っといたのに、まだかよ!」

 

 太田功のごつい体が格納棟から半分乗り出し、手には設計図らしきものを握っている。

 

「太田ちゃんのトンチキ兵器のために、整備班は存在してないってば!」

 

 無茶な要求に、斯波繁男(シバシゲオ)の返しが容赦なく飛んでくる。

そんな賑やかなやりとりが続くなか、第一小隊の石和と古賀が、ミーシャのもとへ歩み寄ってきた。

 

「アウレリア巡査、ちょっといいですか? 術式運用マニュアルについて質問したいことが……」

 

 その声を聞きつけて、進士幹泰と山崎ひろみも手に書類を持ったまま近づいてくる。

 

「石和さん、術式連携関係なら僕も協力できますよ」

「僕も僭越ながら、力を貸させていただきます」

 

 こうして、いつの間にか自然にできあがった、五人の即席現場ミーティング。

術式の運用、機体との連携――それぞれが持ち寄る疑問や工夫が、現場の日常の一部になっているのだった。

 

「篠原君!」

 

 今度は熊耳武緒の声が響く。

 

「報告書! 異界由来燃焼痕分析報告書って何これ! もうすこしタイトル考えなさい!」

「え、でもバロールって異界の生物だったし……」

「分析はともかくタイトルどうにしなさい!」

 

 熊耳のダメ出しを受けて、篠原遊馬はミーティング中のミーシャの前で、わざと大げさに肩を落とし、しょんぼりとしたポーズを取った。

その様子を見たミーシャは、思わず吹き出しそうになり、必死に笑いをこらえる。

 

 福島課長がその光景を憮然とした態度で、遠くから眺めていた。

その先には、整備班に発破をかけている榊清太郎の姿も確認できる。

 

 遠くから、ラジオの音がかすかに聞こえてくる。

 

「続きまして、港湾地区で発生した大規模火災事故に関する、政府の記者会見のニュースです。

政府発表によりますと、今回の事件対応では、今年制定された国家公務職任用制度で任用された巡査が、現場で重要な役割を果たしたとのことです。

また、今後同制度の運用拡大や、さらなる現場支援体制の強化を検討する方針も示されました」

 

 ラジオから流れる淡々としたアナウンサーの声が、事件の余韻とともに静かに響いていた。

 

 その喧騒を、窓越しに静かに聞いている人物がいた。隊長室の後藤喜一である。

後藤は椅子にもたれ、湯気の消えかけたカップを片手に持ちつつ、本庁から届いた通知に目を通していた。

カップの底に残ったコーヒーは、もうすっかりぬるくなっている。

 

 その向かいの椅子には南雲しのぶが座り、腕を組んで窓の外を眺めていた。

隣では、事件の報告に来た松井警部補と風杜刑事が、「相変わらずだな」といった表情で書類を取り出している。

 

 後藤の机の上には、先ほど目を通していた一枚の通知が置かれていた。

 

ーーーー

警視庁警備部特科(特殊)車両二課 第二小隊所属 巡査

任用期間短縮に伴う正式採用通知書

 

このたび、下記の者につきましては、当初、特例任用に基づき警備部特科(特殊)車両二課第二小隊に配属されておりましたが、任用開始以降の職務遂行における高い適性、行動規範の遵守、ならびに災害対応等における顕著な貢献が認められました。

 

つきましては、関係各署との協議の上、予定任用期間を繰り上げ、正式採用とする手続きを完了いたしましたので、以下のとおり通知いたします。 

 

 

氏名:ミーシャ・アウレリア

階級:巡査

所属:警視庁 警備部 特科(特殊)車両二課 第二小隊

備考:本採用に伴い、身分、装備、職務権限等については所定の規定に準じて更新済みです。

 

以上

ーーーー

 

 その文面を、後藤は静かに見つめていた。

何度も読み返したわけではない。

けれど、そこに記された意味を、彼は誰より深く理解していた。

 

「……ま、うるさいくらいが……この課らしいな」

 

 ぽつりと後藤が呟く。その言葉に、南雲と松井・風杜が自然と視線を向ける。

気づいた後藤は、どこか挑発的にニヤリと笑った。

 

 背後から聞こえてくる笑い声も、怒声も、冗談も、報告書の誤字さえも――そのすべてを含めてここには必要なものであった。

それが、この特車二課という場所の正しさなのだからだ。

 

 その喧噪の中に――彼女の声がある。

すっかり混ざって、自然に溶け込んでいた。

 

 異世界から来た魔術師が、今や日本の警察組織の一員として、誰にも不自然に思われることなく、そこに居る。

――そう、魔法少女が、特車二課に着任したのだ。

 

 即席ミーティングを終えたミーシャが、両手いっぱいに書類束を抱え、慌てて隊長室に入ってくる。

 

「す、すみません! これ、提出するの忘れてて――!」

 

 そんなミーシャの姿に、隊長室にいた面々の表情が自然とやわらぎ、どこか微笑ましい空気が広がった。

 

――泉と笑い、進士と相談し、遊馬にからかわれながら、彼女は歩んでいた。

――太田に詰められ、山崎に頼み、熊耳に叱られながら、彼女は歩んでいた。

――課長に恐縮し、隊長に挨拶し、整備班に囲まれながら、彼女は歩んでいた。

 

 笑って、走って、怒られて、でも立ち止まらず、彼女は歩んでいた。

 

 この日、空には一点の曇りもなかった。

風も穏やかで、港の匂いが遠くにかすかに残るだけ。

 

 ただの一日。ただ、彼女がそこに居て、誰かと喋り、誰かと悩み、誰かと笑う、ただの一日。

それは、彼女が手に入れたものだった。

 

――ここにいても、いいのかな?

 

 その答えは、オフィスにあった。整備棟に、食堂に、ロッカールームにあった。

かつて、「来訪者に居場所を」と誰かが彼女の着任予定者名簿に書き込んだ。

今、ミーシャは迷わず言える。

 

「……ここが、私の居場所」

 

 騒がしい特車二課の勤務が続いていた。

それが彼女の、かけがえのない日常になっていた。

そして、それを見届ける者たちが、彼女のまわりにはちゃんといた。

 

― 完 ―

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ブラック企業で心身をすり減らした元社畜は、並行世界の地球軌道上に浮かぶ完全ステルス要塞〈サイト・アオ〉で目を覚ました。▼彼の新たな肉体は、銀河帝国の最高権力者のスペアとして培養された完全無欠のクローン「ティアナ・レグリア」。神のごとき超能力と超絶テクノロジーを行使し、広大な銀河での大冒険すら早々に「クリア」してしまった彼は決意する。▼「宇宙の覇権とか面倒くさ…


総合評価:1240/評価:6.48/連載:83話/更新日時:2026年05月10日(日) 12:46 小説情報


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