機動警察パトレイバー:魔法少女、特車二課に着任す   作:ゆきざかな

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第4話:術式運用マニュアル作成

 始業時間直後の特車二課会議室。

まだ朝の余韻を引きずるように、窓の外には湿った曇り空が広がり、仕事を開始するための気分の高揚を少々邪魔する天気であった。

 

 今日は、異世界から来た術者――ミーシャ・アウレリアのために、新たな任務が始まろうとしていた。

これから、彼女の持つ術式を警察業務にどう活かすか――そのための「術式運用マニュアル」を一から作り上げる作業が、今この部屋で始まる。

 

 白い蛍光灯の光はやや冷たく、それでも静けさを伴って天井から柔らかく降り注いでいた。

 

 壁にはホワイトボード。座するは二人の女性。

テーブルの上には開いたノートと、分厚い警察内書式のマニュアルのひな型。

 

 座っている二人のうち一人――熊耳武緒は椅子に深く腰をかけ丁寧に話しかけた。

 

「……じゃあ、順を追って教えてくれる? あなたの今使える術式と、各種条件を」

 

 向かいに座るのは、制服姿の少女――ミーシャ・アウレリア。

机の上にノートと手書きの補足メモを並べ、鉛筆を握っている。

 どうも彼女はシャープペンより鉛筆のほうが好きなようだ、今ではあまり見ないアルミ製の手動鉛筆削りが置いてある。

姿勢はやや緊張気味だが、瞳には真剣な光がある。

 

「……はい。ええと、まず、今日使用できる術式の回数は――」

 

 小さな声だが、言葉ははっきりしていた。俯きながらも丁寧に説明しようとする内心が見て取れた。

 

「1レベルが4回、2レベルが3回、3レベルが2回で、この回数だけレベルに対応した術式が使用できます」

 

 熊耳は進士とのやり取りで、ミーシャが出ていた単語を思い出す。MPと聞かれて返した、確か――

 

「草刈りの時に、呪文スロットって呼んでいたわね」

 

 ミーシャは、そんな会話の片隅にこぼれた言葉を覚えていてくれたことに、少し驚いた。

そして、嬉しさでぎこちなくなりそうながら、うなずいた。

 

「十分な睡眠――私の場合は瞑想ですが、それを含んだ休憩をしなければ、使用回数は回復しません。

私たちの世界ではこの回数を呪文スロットと呼んでいます。こちらに今日準備しているリストを書いてあります」

 

 瞑想――熊耳はふと、昨日泉巡査から聞いた話を思い出した。

ミーシャはエルフであるため、人間のような睡眠を必要としない。

その代わりに、彼女たちは「トランス」と呼ばれる状態に入り、およそ四時間の静かな瞑想によって、八時間分の休息と同等の回復効果を得るのだという。

 

 意識を深く内面に沈め、現実と心の境界を曖昧にしていくその瞑想は、

ただの休息ではなく、精神を整理し丁寧に再構築する時間でもある――

 

 エルフの瞑想について記憶を手繰り寄せていた熊耳に、一片の紙が提出される、

丁寧にゆっくり書かれたであろう文字で、呪文リストが書かれている。

 

 昨日、ミーシャに準備している呪文を書きだしておいてと頼んでいたものだ。

 

初級:《ライト()》《メイジハンド(魔導士の手)》《プレスティディジテイション(奇術)》《メンディング(修理)

1レベル:《グリース()》《スリープ(睡眠)》《メイジ・アーマー(魔導士の鎧)

2レベル:《ウェブ(蜘蛛の巣)》《インヴィジビリティ(透明化)》《ノック(開錠)

3レベル:《フライ(飛行)》《ガシアス・フォーム(ガス化形態)

 

 熊耳がそのリストを興味の光を瞳に宿しながら見る。

この前実演した《グリース》あれが1番低いレベルの呪文とはさすがに予想できなかった

《フライ》、《インヴィジビリティ》名前だけでどれほど強力な効果かが推察できる。

 

 ミーシャは熊耳がリストを見終わるのを待ってから、話を続ける。

 

「わたしが使っている術式体系は、準備制詠唱型といって……その日ごとに使える呪文を、朝に準備する必要があるんです。

それ以外の術式は使用できず。使用した回数は回復せず、次の日にまた組み直す形になります」

 

「整理するとアウレリア巡査は、今日《グリース》《スリープ》《メイジ・アーマー》のどれかを合わせて4回展開できる

《グリース》2回に《スリープ》《メイジ・アーマー》を1回づつでもよいし

《スリープ》4回でもよい」

 

「はい……補足しますと大は小を兼ねるので、2レベルを消費して1レベルの《スリープ》も使えます」

「……、撃ち切り制なのね。銃で言うなら、朝に込める弾の種類を決めるようなもの」

 

 ミーシャは、ほんのわずかな説明だけで自分の能力を正確に翻訳してみせた熊耳に、深い尊敬の念を抱いた。

同時に、第二小隊の懐の深さを感じずにはいられなかった。

 

「はい。再装填はできません。しっかり休憩とって、ゆっくり精神の織を練り上げれば、

その日一回合計2レベル分回復できると思うのですが」

 

熊耳は、思わず背筋を伸ばした。想像以上に【ゲームのルール的】だったからだった。

 

「なるほど……。じゃあ、使い切ると……?」

 

「無防備、です。だから慎重に使う必要があります。

何が必要かを、前もって予測して構成しないと、いざというときに手詰まりになります」

 

熊耳はペンを止めて、視線を上げた。

 

「……それ、かなり戦術的な判断力がいるわね。毎朝、今日、何が起こるかを見極めるの?」

「はい。可能性に備えて、【いつものやつ】を準備する日が多いですが、出動が予測される場合は、対レイバー向きや、救助向きを準備する形になると思います」

 

「まるで、予想訓練じゃない。間違えたら大変ね」

 

「はい。そうならないように、組み合わせとバランスを考えます。

でも一応術式を書き込んだ呪文書を読みながらなら、準備しなくても発動できる術式もあります。

それは、儀式系と分類してます」

 

 その言葉に、熊耳はしばらく沈黙した。

目の前の少女は、柔らかい口調で話しているが、言っていることは冷静な戦略だった。

 

「あとこの初級というのは?」

 

 熊耳は今の説明になかった種類の呪文に対して問いただす。

この際、未知の力をただ受け入れるのではなく、きちんと仕組みから把握しようと細部まで把握しようと意気込んでいる。

 

「えっと、はい……自分の身体の一部までしみこませた、小さな術式です。

これは力を消費せずそうですね……腕を上げて手を握るぐらいの感覚で何度でも行使できます」

 

 ここまでミーシャの言葉が止まる。

躊躇いがちに視線を上げ、熊耳の顔をそっとうかがう。

 

「ここで見せてもよいですか?」

 

 その提案には、熊耳に私のことを少しでも多く見てほしい、という一歩踏み込んだ想いが現れていた。

熊耳は少し口元を緩めて、小さく頷いた。

 

「危なくないなら、ぜひお願いするわ」

 

 その言葉には、確認とともに、信頼と好奇心が柔らかく織り交ぜられていた。

許可を得たミーシャはポーチからヒカリゴケを取り出しコップに触れ軽くつぶやく、

この前のグリース呪文と打って変わってただつぶやくだけのように見えた。

光の精霊よ、柔らかく輝け(リミエラ・アウロス・エルミニス)」――《ライト()

 

 するとコップが柔らかく白い光に包まれる。

「こちらは長い時間をかけて体に馴染むことで使えるようになるので、準備の対象外で日によって変えることはできません」

 

 熊耳は軽くうなる。確かにこの前見た《グリース》に比べたら些細な力だ。

 それでも既存の法則を無視している。

 

「いったん休憩にしましょう。ちょっと情報がありすぎてこっちも整理したいから」

 

 と、熊耳はのどの渇きを潤すために立ち上がる。

 

――この子の力は、決してあやふやなものではない。構造で、仕組みで動いてる。だったらちゃんと扱える。

 

 熊耳の喉の渇きは、単なる生理的なものではなかった。

未知なる術式体系をいかに自分の理解に落とし込めるか――その挑戦に対するやりがいと、知的興奮が、内側から彼女を熱くしていたのだ。

 

 

 

 

 十分後。

片手に湯気の立つ湯のみを持った熊耳が、静かに部屋へ戻ってきた。

 

 ミーシャは、この瞬間を待ちわびていたかのように、背筋をぴんと伸ばして座っていた。

姿勢の崩れは一切ない。緊張の抜けも一切ない。

 

 外見にそぐわぬ健気さと律儀さが胸に刺さる。

――こんなふうに肩に力を入れて、じっと待っていたのか。

そう思うと、不憫な気持ちが胸の奥に少し広がった。

 

「始めましょう。術式を実際に展開するには、どのような手順で行うの?」

 

 熊耳が湯のみをそっと卓に置き、静かに問いかけた。

声の静かさとは裏腹に、知的興奮の熱はまだ抑えきれずにいた。確かな期待と観察者としての集中がどうしても心の底から滲み出してしまう。

 

「はい。術式には物質要素と動作要素があります。

たとえば《レヴィテート(浮遊)》――十分間空中に浮かび、上下に移動できる術式の場合は、まず物質要素はこの革製の小さな輪になります」

 

 熊耳はまじまじとその輪を見つめる。

くすんだ茶色の輪には、目立った刻印や装飾は一切ない。

見た目だけでは、ただの平凡な皮細工にしか見えない。

 

「これは、特別なものじゃないのね? この前の《グリース》のバターと同じ?」

 

 ミーシャの口調が少しずつ滑らかになる。説明することで緊張が抜けていたのであろう。彼女も知的刺激に敏感な人物というわけだ。

 

「そうです。どこにでもある材料で作りました。術式の起点になったり。

効果元になったり……いわゆるレンズの焦点みたいな感じでしょうか?」

 

 次にミーシャは動作と詠唱の説明に入る。

 少し熱がこもっているのか、術式の動作が大げさになっている。

 

「そして、動作要素として指先の特定の印と接触対象への視認と魔力を込めた詠唱

この場合ですと

力を解き放ち、昇らせよ(グラヴィタス・リベラ・アスケンド)』になります」

 

 ミーシャの説明を一通り理解した熊耳は、運用において最も重要となる点を、改めて確認するように口を開く。

一度この目で魔術の実演を見て、大まかな性質は把握できていた。

だが、実戦配備を考える以上、あいまいな理解では済ませられない。

 

「展開にかかる時間と展開時の制限は?」

 

 これこそが、正確に知っておくべきことであり、術式を確実に展開するための要であった。

 

「展開にかかる時間は3、4秒――私たちの世界では1アクションと呼んでいます。

唱えながら動くことは可能ですが、急な外乱には弱くなります」

 

 熊耳が静かに片手を上げ、制するような仕草を見せる。

その動きに、熱を帯びていたミーシャの言葉がふっと止まった。

ようやく、自分が少し興奮して早口になっていたことに気づく。

ミーシャの頬に薄紅が差していく。

 

 そんな彼女の変化に気づきながらも、熊耳は冷静な声でこれまでの話を簡潔にまとめ始めた。

 

「つまり、物質要素を取り出し身振りをする腕と詠唱する口の自由にしておく時間が3~4秒必要で、

展開中に邪魔されないようにするってことね」

 

 熊耳の分析は鋭く簡潔だった。要点を一瞬で掴み、確認するように言葉にするその姿に、ミーシャの瞳に知性の輝きが灯りだす。

また少し早口になっていることには気づいていたが、それでも止められなかった。

 

「はい。さらに維持型術式では、詠唱後も精神集中が必要なものがあります。

先ほどの《レヴィテート》もその類で、展開したらそれで終わりではなく、維持のあいだは常に意識を置いておく必要があります」

 

 言いながら、ミーシャは無意識に指先を組み、わずかに自分の胸の前でぎゅっと握りしめた。

その動きには、過去の失敗を思い出しているような影が差していた。

 

「維持? 同時に複数を展開することはできるの?」

 

 熊耳がさらに一歩踏み込む。ミーシャは静かに首を横に振った。

 

「無理です。一つが限界で、二つ目の維持型術式を展開したら一つ目が終了します」

 

 小さな沈黙。

そのあと、彼女はバツが悪そうな顔で、語尾を弱めながら、付け加えるように告げた。

 

「……以前それで、わたし……失敗したことがあります」

 

熊耳はミーシャの落ち込みを慰めるように頷きながら、ノートにまとめる。

ノートにまとめる速度が、徐々に上がっていく。

 

(これ……思ったより、ずっとシステムじゃない)

 

 熊耳の脳内で、警察内部の各種マニュアル構造が自動的に動き出していた。

災害時対応フロー。管制連絡。装備点検票。警備区画ごとの予備対応表――

それらと照らし合わせて、ミーシャの魔法を割り付けていく。

 

「……面白いわね、巡査。

あなたの使ってる魔法って、まるで資格持ち専門職の技能みたい。構成、許容範囲、集中力、予測――全部、業務に落とし込める」

 

 ミーシャは、きょとんとした。

魔術は自分の世界では当たり前で、身につけるものだった。

誰かがそこに「業務効率」や「構造性」を見出すなんて、考えたことすらなかった。

 

「……そうですか?」

 

 答えながらも、ミーシャの声にはまだ半信半疑が混ざっていた。

熊耳は真面目な顔のままで答える、だが少し楽しそうだった。

 

「最初、魔法って聞いたときは、こっちは感覚と雰囲気で動くものかと思ってたのよ。

でもこれ……マニュアルで運用できる技術じゃない。

逆に言えば、正しく運用しなければ、危険物と同じってこと」

 

 ミーシャの手が止まり、やや不安げに視線を伏せた。

 

「……だから、皆さんが恐れるのも、仕方ないと思います」

 

 その声は静かだったが、自分が他者にとって異物であるという自覚が滲んでいた。

保護された直後、役人たちが距離を置いて接した姿が、嫌でも脳裏をかすめる。

 

「違う」

 

 熊耳は少し語尾を強くきっぱり言った。

その力強い声が、ミーシャの自己嫌悪の間から引き戻す。

 

「恐れるべきは、知らないこと。

でも、把握して、分類して、管理できるなら……それはもう、戦力よ。

そして今のあなたの話は、完璧に把握可能な仕事として成立してる」

 

ミーシャは、一瞬だけ目を丸くした。

 

「……わたしの力が、みんなの仕事……」

 

 戸惑いながら呟いたその言葉には、少しだけ夢を見るような響きがあった。

 

「そう。ちゃんと構造があるなら、マニュアルを作れる。

それができれば、こっちも指示が出せる。連携できる。あなたに無茶な頼みをしないで済む」

 

 熊耳の声は穏やかでしっかりと芯があった。

そこには管理する者ではなく、共に動く者として扱う姿勢が見て取れた。

 

「だから、今日から始めましょう。あなたの術式、特車二課用運用マニュアルの初版――一緒に作りましょう」

 

 その提案に、ミーシャは喉の奥からこみあげてくるのを抑えゆっくり破顔した。

 

「……はい。ありがとうございます。

わたし、こんな共同作業初めてなので少し……ワクワクします」

 

 熊耳は立ち上がり、ホワイトボードに「ミーシャ・アウレリア技術運用表(案)」と大きく書き始めた。

窓の外には、まだ曇った空と濡れたヤード。

けれど、その会議室の中には、確かに新しい一歩が刻まれようとしていた。

 

 




《ライト》 ―― 光
呪文レベル:初級
キャスト時間:1アクション
射程:接触
持続時間:1時間
コンポーネント:詠唱(V)、身振り(S)、材料(M:ホタル1匹、あるいは燐光ゴケ)
効果
接触した1つの物体が、半径20フィート(約6メートル)に明るい光、さらにその外側20フィートに薄明かりを放つようになります。
光る物体はキャラクターの持ち物や武器などでも可。
光る物体が完全に隠されている(布で包む等)場合、その光は見えなくなります。
同じ呪文で2個目を光らせると、1個目は消えます。
意志に反している生き物の装備品には効果がありません。
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