機動警察パトレイバー:魔法少女、特車二課に着任す   作:ゆきざかな

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第9話:軽き翼に重き責

 午後の訓練ヤードは、いつになく静かだった。

レイバーはすでに格納され、整備班の姿もない。

数日前の初出動の慌ただしさが嘘のように、いまそこには待機の時間が流れていた。

騒がしさの去ったあとに残る、わずかな余韻――束の間の静寂が、ヤード全体をやわらかく包んでいた。

 

 空は薄曇り。海風はやや強く、建物の隙間を笛のように鳴らしながら抜けていく。

だが、雨の気配はまだなかった。

のんびりとした空気のなかにも、いつ無線が鳴ってもおかしくないという、独特の緊張感が、肌の奥にじわじわと残っていた。

 

 ヤード脇のベンチには、太田功と篠原遊馬、そしてその隣に座るのは、単語カードをめくりながら漢字の勉強をするミーシャ・アウレリアだった。

初出動を経て数日――配属当初のぎこちなさも少しずつ薄れ、こうして並んで座る光景が、ごく自然なものとして見えてきていた。

 

 三人は、強めの海風を避けるようにして腰掛けていたが、それでも風は容赦なく彼らの間を吹き抜けていく。

ミーシャの長い耳は、風で揺れる髪が触れるたび、わずかにぴくりと震えていた。

 

「なあ、そういえばさ。ミーシャちゃんって飛行――《フライ》って術式、使えるんだよな?」

 

 最初に切り出したのは遊馬だった。

ミーシャは一瞬驚いたようにまばたきし、それから小さく頷いた。

 

「……はい。短時間の空中移動が可能な術ですが……急な風や障害物には注意が必要です」

「ほう。空を飛ぶとな……警察官の機動力として、実に有用ではないか」

 

 太田の声はやたらと張りがあり、風に乗って遠くまで届きそうだった。

ミーシャは思わず身をすくめた。話題に上がるのが苦手というより、その声が大きすぎるのだ。

彼女の髪が再び揺れ、長い耳をかすめる。

 

「見せてくれない?」

 

 その一言は、無邪気な好奇心から発せられたのだろう。けれどミーシャの中では重くのしかかった。

 

「いいではないか! 訓練、状況確認だ! 術式検証しよう!」

 

 太田は完全に盛り上がっている。どこかでスイッチが入ったのだろう。

その勢いに、遊馬も乗るように笑って、手をひらひら振ってフォローする。

 

「そんな固くならなくていいって。俺らも座って見てるだけだし。な? サービス精神って大事よ」

 

 その言葉に、ミーシャの心は揺れた。断ろうとした気持ちは、静かに溶けて消えていく。

二人の期待が、まるで形を持った何かのように彼女の背にそっと触れ、その重みが背中をわずかに押した――そんな感触があった。

 

 ミーシャはそっと目を閉じた。

小さく、けれど深く息を吸い込んで――その揺れを、確かめるように整える。

 

「……では、検証飛行として……一回だけです」

 

そしてミーシャはポーチから鳥の羽を取り出し、掲げ振り回しながら、詠唱を行う。

 

見えざる翼、空へ舞え(ヴァエレニャ・イス、シルメ・アラレ)」――《フライ(飛行)

 

 ミーシャの足元に淡く光が集まり、重力がその支配力をほどくように――

彼女の身体は、ふわりと浮き上がった。

 

 空気が揺れる。

風が頬を撫で、視界が滑らかに動いていく。

ミーシャの髪が宙でたゆたい、耳がふわりと後ろに流れる。

音もなければ力感もない。ただ、柔らかい浮力だけがそこにあった。

 

「……うわ。ガチで飛んでる……」

 

 遊馬の漏れた声はとても小さく、ほとんど呟きであった。

 

「姿勢制御良好。速度も十分……これは、使える!」

 

 太田の声には、まるで兵器評価のような真剣さが宿っていた。

ミーシャはほんの少しだけ視線を落とす。その二人の喜びにつられてミーシャの心も踊りだしていた。

 

 やがてゆっくりと高度を下げ、草の匂いを帯びた空気の中で、無音のまま着地する。

足裏が地を感じた瞬間、胸の奥でほどけた緊張が、ふうっと細い息とともに抜けていった。

 

「……任務では、移動や救助に使用します。……あまり、見せるものでは……」

 

 ミーシャが口をつぐみがちに言葉を濁す。その声にはどこか申し訳なさがにじんでいた。

 

「いやいや、最高だったって! これならもう、隊の飛行要塞だよ!」

 

 遊馬の声は弾んでいた。楽しい気持ちが抑えきれずにあふれ出しているようだった。

ミーシャは、その熱に少しだけ戸惑うように、遠慮がちにぽつりと返した。

 

「その……そんなに私は要塞みたいに重くありません……」

 

 言葉は抗弁のようで、どこか小さくすねたようにも聞こえた。

そんなミーシャを見ながら、篠原が少し何かを思いついたようだ。

 

「あのさ、ちょっとだけでいいんだけど……俺も、飛んでみてえなって思ったりして。まだ術式つづいているんだろ」

 

 言った瞬間、遊馬は自分でも驚いていた。

口に出した瞬間、それがただの興味本位ではなく、どこか本気だったことに気づいてしまったのだ。

 

 ミーシャはしばし沈黙――小さく首をかしげ、考えるそぶりを見せたのち口を開いた。

 

「……それですと、私が運ぶ形になりますので……篠原さんは、わたしに――羽交い絞めにされる形になります」

 

 ……数秒の沈黙。

 

「は……はがい……えっ?」

 

 遊馬は目を見開いた。言葉の意味は理解した。だが心が追いつかない。

 

「飛行中の安定のために、密着をしないといけないと思います……背後から、両腕でしっかりと固定を……」

「固定って、ミーシャちゃん、それはもう羽交い絞めじゃなくて逮捕だよ!?」

 

 太田がなぜか満足げに腕を組んで頷く。

 

「いいではないか。警察らしくて」

 

 ミーシャは、すっと立ち上がると、真剣な表情で遊馬を正面から見据え――

ぱっと両手を広げた。

 

「……では、屈んでください。すぐに……抑え込みに入らせていただきます」

 

 ミーシャは、神妙な声でそう告げた。その表情は真剣そのもの――もはや儀式の直前ですらある。

 

「抑え込み!?」

 

 遊馬が思わず声を裏返す。

 

「……そのまま運びますので……少しだけ、呼吸を整えてくれますか?」

 

 どこか救急医療のインストラクターのような口調で言い切るミーシャ。

一方で、当の本人は運搬対象である自分に待ち受ける運命にじわじわ気づき始めていた。

 

「……俺、これもう飛ぶじゃなくて、配送されるやつじゃん……」

 

 遊馬はすでに覚悟を決めかけていた顔を、もう一段階下げて遠くを見た。

そして――観念したように背を向けしゃがむ。

背後から、ミーシャの両腕が、がっちりと遊馬の脇と首をホールドする。

 

「……意外と本気で羽交い絞めぇ……!? う、腕と首まわんないかもってくらい強い!」

「安定が第一ですので……失礼します」

 

 その瞬間、足元にふわりと光が広がり――

二人の体は、地面から持ち上がっていく。

 遊馬の喉から、驚きと歓喜の入り混じった声がこぼれた。

 

「お、おおお……!? マジで飛んでる! 羽交い絞め状態で飛んでるぅ!?」

 

 見上げる太田が、にやにやしながら呟いた。

 

「ふむ。これは新たな拘束術式の可能性を感じるな……!」

 

 ゆっくりと視界が持ち上がっていく。

地面が遠ざかり、整備ヤードの端に積まれた資材が、まるで模型のように小さくなっていく。

ヤードが沈み、整備棟の屋根が眼下に滑り込んで広がる。

そのすべてが、まるで現実感を欠いたように、ふわふわと頼りなかった。

 

 遊馬の心は軽いが、手足には緊張が走る。

無理やり浮かされているのではなく、ただ空気に溶けるように体が預けられていく感覚。

重さの所在がわからない。それが怖くもあり、同時にどこか心地よくもある。

 

「……なあミーシャちゃん。俺……ちょっと感動してる……」

「……喜んでくれて何よりです」

 

 声も、風に乗って柔らかく届く。

遊馬からは見えない笑みが、確かにそこにあるような気がした。

ほんの数秒の浮遊――けれど、それは地に足のついた日々とは別の場所に心を運ぶ、不思議な時間だった。

 

「お疲れさまでした、篠原さん。何とか安定することができました」

 

 彼女の手がそっと下がる。遊馬の体には浮遊の余韻が、まだほんの少し肌に残っていた。

 

「そりゃもう……精一杯、耐えたよ……首の痛みに」

 

 遊馬はぐったりと笑みを浮かべながらも、その声にはどこか感動が滲んでいた。

空を飛んだ、という体験が、彼の中で非日常の何かを確かに揺さぶっていた。

そんなやり取りの横で、太田が両手を高く掲げて拍手していた。

 

「いやー、実に良い訓練だった! 次は俺も……!」

 

 鼻息荒く名乗りを上げる太田に、ミーシャは困ったように小首をかしげつつ、真面目な口調で返す。

 

「さすがに太田さんを運ぶのは……私の体格では荷重制限を超えそうです。試算しますか?」

「つまり俺は重いって言ってんのか!?」

 

 太田が叫び、遊馬が吹き出す。ミーシャも少し顔が上下する。

潮風が、三人の笑い声をさらっていく。午後の陽射しはやや傾き、訓練ヤードのコンクリートに長く影を落としはじめていた。

そんな、緩やかな空気の中。

 

 ――その空気を切り裂くように、通路の向こうから、ひとつの気配が近づいてきた。

 

 足音すらなく、ただ、存在感だけが重く、じわじわと迫ってくる。

振り返るよりも早く、誰かが来たと察してしまうような、あの独特な圧。

そして、静かにそこに立っていたのは――

 

 

 熊耳武緒だった。

 

 

 腕を組み、口元には笑み一つない。

海風が、彼女の黒髪をわずかに揺らし、シャツの袖口をはためかせていた。

 

 笑い合っていた三人の動きが、一斉に止まる。

 

 遊馬は弾かれたように一歩下がり身を引き、太田はそっぽを向いて、咳払いで誤魔化した。

ミーシャは咄嗟に姿勢を正したが、視線が定まらない。言葉を探す唇は動いたが、音にならなかった。

 

 まるで、さっきまでの浮遊感がすべて潮風とともに流れ去ったかのようだった。

空気が一段、冷えたような気がした。

 

 熊耳の視線がゆっくりと三人をなぞる。そして、重く落ち着いた声が、一切の怒声を含まずに、低く響いた。

 

「――あんたたち、なにやってたの?」

 

 一言だけ。だが、その問いの重さは、沈んだレイバーの車体ほどに重かった。

空気が一気に凍る。まるで訓練ヤードに、ドライアイスが大量に放り込まれたようだった。

 

「ちょっと飛行術式の軽いデモをですね……」

「訓練、訓練だ。戦力確認……」

 

 熊耳は返答を遮らず、ゆっくりと歩み寄ってきた。

視線はただまっすぐに三人を射抜いている。

 

「《フライ》は、最高術よ」

 

その声に鋭さはなかった。だが石のように重かった。

 

「あなたたちは、その一回がどういう意味を持つか、考えたことある?

飛んで見せてで、戦場の武器を一つ失ったのよ」

 

 遊馬と太田の肩が、目に見えて縮こまった。

ミーシャは、反射的に一歩踏み出しかけて、足を止めた。

「あのとき、断るべきだった」――その後悔は、心の奥で何度も何度も繰り返されていた。

けれど、みんなの願いをはっきりと拒むほどの意思の土台は、まだ自分の中に築かれていなかった。

 

 熊耳は言葉を続けた。

 

「便利そうだから見せてって、軽く言って使わせたの?

この後、もし緊急出動があったら?

――その一回の有無で、任務が失敗するかもしれないのよ」

 

 夢のようだった時間が、現実の一言であっさりと壊された気がした。

ほんのり甘かった気持ちは、今はもう、苦味だけが残っていた。

 

 沈黙ののち、遊馬が一歩踏み出す。

その足取りには、誤魔化しも照れもなかった。言わねばならないと、腹をくくった声だった。

 

「……すみません、調子に乗りました……」

 

 その声に続くように、太田も静かに頭を下げる。

 

「熊耳巡査部長。次からはちゃんと確認して、目的を事前報告します!」

 

 ミーシャも、ようやく前に出る。胸の奥にひりつくような後悔を握りしめながら。

 

「……わたしが、断らなかったのがいけなかったんです……」

 

 熊耳は、職務の顔を保ったまま、柔らかくも逃さぬ調子で告げる。

 

「……そうね。術式行使者として、最終的に断るべきだったのはあなた。

その責任は、あなたが負うもの。言うべきことは言いなさい。あなたもうちの隊員なんだから」

 

 その言葉が、錨となり後悔の海に沈むミーシャの胸の奥に届いた。

その錨の重さでこじ開けられた心から、少し、また少しと言葉が漏れ出す。

 

「……ごめんなさい。断るのは、少しだけ……勇気が、いります」

 

 彼女の素直な弱さに、熊耳は無言でその肩に手を置いた。

 

「言うべき時に黙ってたら、誰のためにもならないって……わかった?

少なくとも、みんなはちゃんと聞く耳を持ってる。

だから、あなたの言葉を、遠慮せずに使っていいのよ」

 

 その目が、後ろの太田と遊馬に向けられる。

さっきまで少しバツが悪そうにしていた二人の顔が、ぴりっと引き締まる。

太田は無言で深くうなずき、遊馬は軽く顎を引いて、ミーシャに向き直る。

 

 ミーシャはようやく、肩の力を抜いて、小さく微笑んだ。

だが――笑っている場合ではなかった。

 

「……それと、今回の術式《フライ》の使用については――確認と訓練目的という建前で処理してあげる。

だからその分、ちゃんと記録を残して。術式の観察結果と使用用途について、提案レポートを作成。

明日の朝までに提出。各自A4三枚。アウレリア巡査は術式行使者として六枚。提出先は私。……以上」

 

 きびすを返して去っていく熊耳の背に向かい、三人は同時に腕を伸ばしかけ――

 

「レポートって……手書きか!?」

「明日朝って……もう夕方近いんですけど!!」

「……私だけ、ば……倍?」

 

 だが、熊耳からの返事はない。すでに背中を向け離れつつあった。

残された海風だけが、ヤードの上を吹き抜けていた。

 

 数秒の沈黙。ぽつねんと取り残された三人――太田、遊馬、ミーシャは、ゆっくりと顔を見合わせた。

 

 誰からともなく、肩を落としながら小さなため息がもれ、そして――

三人同時に、力なく笑った。

 

 

 

 

 ミーシャ・アウレリアは、長い一日を終えて宿直室へと向かう途中だった。

廊下の先、ロビーの灯りだけがまだ淡く灯っている。

誰もいないかと思っていたその空間のソファーに、ひとりの人影があった。

 

 熊耳武緒――巡査部長の彼女は、背を沈めるようにソファーに身を預けていた。

 傍らには紙コップ。その中身ももう残ってはいないらしく、ただ手に持ったまま、退勤前のひとときを静かに味わっているようだった。

ミーシャに気づくと、熊耳は視線をあげ、夕方とは打って変わっていつもと変わらぬ落ち着いた微笑みを向けてくる。

 

「お疲れ様。《フライ》のレポート、読ませてもらったわ。なるほど……篠原ぐらいなら巡査でも運べるってことね。緊急移動の指針に使える。二人は?」

 

 ミーシャは立ち止まり、少し間を置いてから答えた。

 

「あ、先ほど終わったみたいです……二人とも、生気が抜けて。まるで、昔見た幽霊――ゴーストのようでした」

 

 その一言を口にしたとたん、熊耳の手がピクリと反応した。

手にしていた紙コップが、乾いた音とともに小さく潰れる。

 

「……今の、幽霊って言った? 言ったよね!? 見たことあるの!?」

 

 それまでの落ち着いた口調とは打って変わって、熊耳の声が裏返り、ソファーの背に思わず身を引きつけるようにして座り直す。

肩が震えていた。まさに、反射的な反応だった。

 

「え、えっと……その……ええと、はい……ご、ごめんなさい……!」

 

 ミーシャはおろおろと左右に動き、目が泳ぎ、肩がすぼまり、声が次第に細くなる。

無意識に自分の長い耳を押さえるようにして、身を小さくしてしまっていた。

 

 熊耳は紙コップをまだ手の中に握ったまま、しばらく何も言わず沈黙していた。

やがて、深く息をついて、ぽつりと漏らすように言う。

 

「……あたし、そういうの、駄目なのよね」

 

 それは告白というよりも、敗北宣言のような響きだった。

大人の女性の背中に、どこか子供のような気配が差し込んでいた。

 

 ミーシャは、おずおずと顔を上げる。困惑を帯びたまま尋ねる。

 

「……そういうの……?」

 

 熊耳は視線を天井に向けるようにして、少しずつ言葉を継いでいく。

 

「見えないもの。なんだかわからないものが、そばにあるっていう感覚がもう無理。

過去にそこで人が死んで、それでも何か残ってるとか言われると、背中が寒くなる。

その場で見えないのに、『いる』っていうのが、一番、駄目」

 

 その言葉には、子供のころから何度もその手の話で、怖い思いをした人の空気がにじんでいた。

ミーシャはゆっくりと顔を上げ、迷いながら口を開く。

 

「……あの……わたしの世界では、幽霊も、亡者も、記録された存在です。

モンスターマニュアルという書物が、キャンドルキープ――私の世界の図書館でできた町――そこにあるそうです。

そこには分類や習性、構造と干渉の可否、抵抗力と消滅条件……すべてが記述されています。

少なくとも対処可能な存在です」

 

 淡々と語るその内容は、まるで学術論文の抜粋のようだった。

 熊耳の目に、ほんのわずかな光がともった。

それは、幼いころから何度も父親に聞かされた怪談話――そのトラウマ*1に対する、わずかな救いの光だった。

 

「え? 対処できるの?」

 

 熊耳は、まるで藁にもすがるように、その小さな光に望みを託してミーシャへ問いかけた。

返ってきたその言葉は、まさに望んでいた確かな答えだった。

 

「はい。正確な術式を使えば、可視化もできますし、干渉も。この世の力で形を保っている限りなら、壊すことも、消すこともできます」

 

 その問いを受け熊耳は、つぶれた紙コップを手の中でもてあそんでいた。

その表情から恐怖の色は薄れていた。

 

「……へえ。そうやって、ちゃんと構造で説明できるなら、まだマシね」

 

  言葉の端に、ほんの少しだけ力が戻っていた。

だがそれは強がりではなく、理屈の裏打ちによって支えられた冷静さだった。

 

「さっきも言ったけど、得体が知れないってのが厄介で怖いの。

でも、こういう仕組みでこう反応するってわかってて、こうすれば対処できるってなるなら、

それは――まあ、危険物としては、扱いようがある」

 

 熊耳の言葉は、まるで自分に言い聞かせるようでもあった。

誰かに理解を求めるというより、長年蓄積してきた「怖いもの」のイメージを、自分の手で丁寧に整理しているような声音だった。

 ミーシャは熊耳の声から恐怖の色が消えているのを感じ取って、ようやく胸の奥に溜まっていた罪悪感がほどけた気がした。

 

「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、なんだか、わたしも少し安心しました」

「いや、安心したのはこっち。……というか、アウレリア巡査!」

 

 突然の呼びかけに、ミーシャはぴしりと姿勢を正した。

 

「は、はいっ!」

 

 その反応がどこか微笑ましくて、熊耳はいたずらっぽく言葉を重ねた。

 

「次から、幽霊とか言う前に、先に言って。ちょっと怖い話になりますとか、オカルト苦手な人は耳塞いでくださいとか」

「す、すみませんっ……! 今度から必ず前置きします……!」

 

 二人の間に、やっと柔らかい空気が戻った。

熊耳はソファーから立ち上がり、握りしめていた紙コップを無造作にごみ箱へと投げ入れる。

 

「……まあ、でも。

術式で何とかなるって思えば、何か出そうな夜の建物でも平気になるかもね」

 

 ぽつりとこぼしたその感想に、ミーシャは真顔で返す。

 

「……あ、えっと……いつでも出動要請してください。

術式の許可が下りれば、《マジック・サークル(防御円)》で幽霊を拘束します。

あとは……みんなで、警棒で叩き消しましょう」

「……こわい。別の意味でこわい」

 

 ミーシャは、予想外の反応に目をぱちくりと瞬かせたまま、固まっていた。

その戸惑いを隠せない様子がどこか愛らしくて、熊耳は少しだけ笑った。

*1
サンデーコミックス12巻 THE FATHER'S DAUTGHTER




《フライ 》 ―― 飛行
呪文レベル:3レベル
キャスト時間:1アクション
射程:接触
コンポーネント:詠唱(V)、身振り(S)、材料(M:羽根1枚)
持続時間:10分(要集中)
効果
クリーチャー1体に飛行速度60フィートを与える。
呪文が終了すると、飛行していた対象は落下を開始する。




《マジック・サークル》 ―― 防御円
呪文レベル:3レベル
キャスト時間:1アクション
射程:接触
コンポーネント:詠唱(V)、身振り(S)、材料(M:物質:聖水、銀粉、線香など、50gp 相当で消費)
持続時間:1時間(集中なし)
効果
指定した種別のクリーチャーに対して効果を発揮する魔法の円(直径10フィート、高さ20フィート)を作る。
天使・精霊・悪魔・不死

この円は以下の効果を持つ:
対象クリーチャーは円の境界を通過できない(出入り両方)。
円の中にいる対象クリーチャーへの魅了、恐怖効果が無効になる。
対象クリーチャーが中から外、外から中へのテレポートや次元移動を試みる場合、【魅了】セーブに成功しなければならい。
これらの効果は、どちら向き(内向き or 外向き)に仕掛けるかを呪文の発動時に選ぶ必要がある。
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