東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私が数十万年ぶりに間近で見た人型の者のその表情は、苦悶と憎悪に満ちていた。

 

「あ、あぁあああッ!」

 

 老いた女神は仰向けに倒れ、切断された腕と胴体から夥しい血を垂れ流しながら、言葉なき悲鳴を上げている。

 一応、まだ生きている。普通の人間ならばいくつかの理由で死んでいてもおかしくないような状態でも、この女神はまだ、命を繋いでいた。

 

「あ、あぁああッ……」

 

 とはいえ、重症に変わりはない。命が残り少ないことは、彼女の様子を見ていればよくわかる。

 だというのに、彼女はその僅かな命を、私への憎悪のために使っているようだ。

 

 恨みに満ちた視線と、おそらく痛みだけに由来するものではない、強張った表情。

 私の姿を見て、邪悪な敵と断じているのか。それとも、私がアノマロカリスやハルキゲニアを狩りすぎたことに怒っているのか。理由は定かでない。

 

 しかし、この老いた女神は言葉を発しない。

 全身で恨みを体現していながら、意味のある言葉は一つも確認できていない。

 服は、それなりに文化的な……とはいえ、天女のようなものではあるが、それだというのに蛮族のように言葉を発しないというのは、なんともおかしなことである。

 

「お前は、何者だ?」

 

 私は死にかけの彼女に、言葉を投げかけた。

 しかし反応は芳しくなく、これといった反応はみられない。

 相手が言葉を使えないのだ。私の言葉が伝わらないのも当然であった。

 

 口もきけず、暴力に任せるとあれば、それは例え天地開闢を成す神であったとしても、私にとっては蛮族だ。

 

「私は今日まで、様々な種の生命を捕らえ、殺し、材料として扱ってきた」

 

 私は屈み、女神に顔を近づける。

 老いた女神の荒い息が間近に感じられる。そして、その目に浮かぶ、様々な負の感情も。

 

「別に、私はマッドサイエンティストやシリアルキラーを気取っているわけじゃあないよ。私がマトモに生き続けるために、それらは必要なことだったんだ」

「あ、あぁああッ」

「だから私は、マトモに生きるために、貴女を殺す。私を脅かそうとした、貴女をね。言葉が通じているかはわからないが……一方的にだけど、こうして言わせてもらうよ」

 

 ああ、自分の顔に表情が浮かばないのが、悩ましい。

 もしも私の顔がこのように醜いものでなく、人らしいものであったならば、こうなる前に、柔和な態度を示せたというのに。

 干からびて黒ずんだ私の身体は、ただただ、おぞましいばかり。

 たとえ彼女のような神でなくとも、やらなければやられるくらいに考えてもおかしくない姿だろう。

 

 だが、私は悪くない。

 お前が死ぬのは、お前の失態だ。

 私を殺そうとしたのだ。ならば、お前も殺されてしかるべき。

 この、広大なる海の世界のやり取りと、全く同じように。

 

「ぁあああああああッ!」

「!?」

 

 私が引導を渡そうと手を向けたその時、最期の力を振り絞ったのか、老いた女神が残った左手を振るい、大きな輝きを投げてきた。

 人一人くらいであれば容易く飲み込めてしまうであろう、巨大な光の塊。正体不明の、強力な波動。当たればどうなるかは、全くの未知。

 

「“追い風”――!」

 

 弾ける風が私の背を叩き、一瞬ではあるものの、高い推進力を生む。

 私はギリギリ、あと数センチのところでなんとか光を回避し、一命を取り留めた。

 

 冷や汗混じりに回避を確信したと同時に、後ろのほうで岩が砕けるような大きな音が響いたが、よそ見をしている暇はない。

 

 やらなきゃ、やられる。

 ここで、こいつを殺さなくては。

 

「“月の槍”!」

「ぁっ」

 

 私の右手から一条の細い閃光が伸び、それはまっすぐ、老いた女神の心臓を貫いた。

 

「あ……」

 

 月の魔力を練り上げて、一点に集中させ照射するレーザー。

 それが、致命傷となったのだろう。女神は最期に細い声で呻くと、瞼を閉じて静かになった。

 

 最後の一撃に全てを注ぎ込んだためか、老いた女神は更に老けこんだようで、黒髪は灰色の白髪が半分以上混じり込み、顔にはいくつものシワが刻まれている。

 そして、その表情は老いてもやはり、どこか憎しみの最中にいるような鬼気迫るものであった。

 

「……終わったか」

 

 多くの謎を残したまま、名も無き神はここに死んだ。

 

 振り向けば、後ろの大岩は大きく削られ、ほとんどが消え去っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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