きっと、ヤゴコロの作ろうとしているものはもうちょっと単純なものだ。
しかし、完成目標がわからないのでは、私としても考えようがない。
私はこの数千年間で様々な魔力収集植物のサンプルを作ったが、どれもパッとしないものばかりだった。
ヤゴコロは日本の神だ。
日本の領土は、ちょっと前に生まれたばかり。
彼女は日本の大地を浄化しようとしている。
はて、彼女は一体何をどう浄化しようというのか。
「そうだ、聞いてみるか」
もちろん日本神の住まう高天原ではない。
この前訪れた、オーレウスの集落へと行くのである。
あそこも、穢れ……原始魔獣や魔族達の被害から逃れてきた歴史がある。
彼らなら、そしてオーレウスなら、何か知っているかもしれない。
私はわずかなヒントを求め、再び魔界の地を後にした。
「ライオネルは、また外界に?」
私がサリエルのもとを訪れると彼女は頷いた。
「オーレウスのもとへ行くのだという。行き詰っていたからな、賢明な判断だろう」
「オーレウス……そう」
サリエルは魔界を見通す眼を持っており、誰がどこに居るのかがすぐにわかる。
私も似たような力は持っているけれど、精度は彼女に遠く及ばない。
何より、私は神綺。魔界の神だ。外界へ出ることができないので、サリエルとは違って外でライオネルの力になれない。
これは、神として生まれた私の、唯一の欠点であるとも言えた。
私はいつも、肝心な時に、ライオネルのお傍にいられないのだ。
「まぁ、彼もまたしばらくすれば帰ってくるだろう。そう落ち込むことはない」
表情に出ていたのだろう。サリエルは励ましてくれた。
「ライオネル、今回の研究はかなり力を入れているように見えるわ」
「私も付き合いは長くなってきたように感じるが……いつもあれくらいではないのか」
「ううん、最近のは特に、という感じなの」
「ほう」
確かに、ライオネルはいつも研究熱心だ。特に魔術が絡むと、時間を忘れて何年も同じ部屋に篭もることだって多い。
今回の植物だってそうだ。彼は何百年も同じ建物の中に入ったまま、戻ってくることがなかった。
……ライオネルは、外界が好きなのだろう。
前に恐竜をたくさん連れてきた時も、度々外界へと移動しては研究を続けていた。
……魔界が美しく、豊かであれば。
ライオネルはずっと、こちら側にいると思ってたのにな。
「……ライオネル、桃の木で何を作りたいのかしら」
「さあな。それを外界へと探しに行くのだろうさ」
外界。いつも、外界。
ライオネル、あなたは最初から外の世界を求めていたけれど……では、この魔界は、あなたにとって、一体何なのでしょうか。
私にはわからない。
「……神綺」
「え?」
落ち込んでいると、サリエルが瞳に強い魔力を宿し、私の名を呼んだ。
彼女の表情は、いつになく固い。
「魔界に誰かが来た」
「誰かって? ……ああ、確かにそんな感じがするわね。クベーラかしら」
「いいや、違う」
私にも進入を感知する能力はある。けど、見通せるわけではない。
サリエルは何を見通したのだろうだろう。
「今までに見たことのない奴がやってきた。……それも、堂々と威圧的な力を湛えてな」
「……あら」
サリエルがその手に生命の杖を握り、六枚の翼を大きく広げた。
ここは“堕ちたる神殿”。サリエルが作った、魔界の中の彼女の居場所。
彼女はここで魔界のあらゆる場所を見通し、警戒し続けている。
彼女の幽玄魔眼がその姿を、魔力を捉えたのだ。
侵入者の特徴は、きっと正しいのだろう。
そして、サリエルが警戒することも、きっと。
「魔界に侵入者だなんて、懐かしいわ」
昔、原始魔獣が沢山やってきた時の事を思い出す。
彼らは皆動けない者達ばかりだったけど、今回の侵入者は、まだ動く。それも、敵意を持っているらしい。
「神綺よ、私はライオネルとの盟約により、魔界の秩序を守るために出動する。お前は?」
「もちろん、一緒に行くわよ」
私も背中に黒い六枚羽を広げ、宙へ浮かんだ。
「ライオネルの不在に魔界を守るのも、私の役目だもの」