以前やって来た山林に到着すると、私はすぐにそこの異変に気がついた。
長閑な森。それは同じだ。
しかし木々の位置は違うし、品種もどこか変化しているように見える。
……またちょっと見ない間に、地球の環境が進化したらしい。
危ない危ない。地球はこれだから怖いのだ。
近頃は山の動きが活発なようなので、油断していると見知った場所が溶岩に飲み込まれたりするかもしれない。
オーレウスの集落が存在するここの一帯には目立った活火山は無いものの、様々な要因を危惧して、定期の見回りを忘れないようにしなくてはなるまい。
「……おお、良かった。まだあるみたいだな」
山の上から遠目に見える集落は、相変わらずそこに存在していた。
が、さすがに建造物は何度も代替わりしているようで、少々集落の位置がずれた気がする。
建築様式も以前の石造りとは違って、木造の長屋っぽい感じに変わっていた。
「顔パスできるかなー」
これだけ時間が流れていると、神族とはいえ寿命がきていることだろう。
オーレウスは魔力増幅薬に神族の寿命をのばす効果があることを発見したが、あの七面倒臭い希少な薬が全員に、いつの時代までも行き渡るとは思えない。
あの時の、呑気で愉快な門番二人組とは、もう会えないのだ。
「……」
ああ、そうか、また私の知る人が死んだのか。
それだけ思って、私は以前と変わらない変装の格好のまま、山を徒歩にて下っていった。
集落の入り口にきたが、そこに門番はいなかった。
しかし中へ入ってみると、町の人はちゃんといる。ゴーストタウンになったわけではないらしい。
まさか、あまりにも平和すぎて、自衛することの大切さを忘れてしまったのだろうか。
魔族が何千年も来なければ、まぁ無理もない話ではあるけども……。
「おや、お客さんかね。随分とまぁ珍しい」
「どうもどうも、初めまして」
そんな風に考えていると、通りがかった女性が私に話しかけてきた。
服の様式も以前とは随分と違う。まるで別の民族のようであるが、数千年も経過すれば、文化が保持されている方がおかしい話か。
「私は魔法使い。ここへは、行商のためにやってきた」
「へえ、商売をしに……それに魔法使いだなんて、珍しいわねぇ」
「ええ、まぁそこそこ……ところで、この集落にはオーレウスという偉大な魔法使いが住んでいるとか」
私はあえて知らないふりをしてオーレウスのことを訊ねた。
理由は単純。知らないフリをしていた方が話が早そうだったからだ。
「オーレウス……? あのお方はもう、随分と昔に亡くなられたわよ」
「……なに」
私はその一瞬、芝居かかった仕草を解きかけてしまった。
「あなたは神々の商人さんだったのね、だったらオーレウスさんを知っていてもおかしくないわねぇ……」
「お、オーレウスが亡くなったとは?」
「さあ、なにせ昔の話だから……」
「……! そ、そうか。では、失礼!」
「あ、ちょっと」
私は居てもたってもいられず、その場からオーレウスの家に向かって走りだした。
町の中はすっかり変わっているが、オーレウスの家は独特な木造建築だし、それは魔術によって補強されている。
オーレウスの偉業をまだこの集落が忘れていないのであれば、まだその家も残されているはずだ。
「あった……!」
私は奇異の視線を振りきって、懐かしのオーレウス宅前へ到着した。
古びた木造の家。彼の研究室でもあり、自宅でもある空間だ。
「どなたか! どなたかいらっしゃいますか!」
私はほとんど必死になって、オーレウス宅の玄関をノックした。
何度も何度もドアを叩くと、数秒経ってからノブがくるりと回り、扉がゆっくりと開かれる。
「うるさいなぁ……はい? 誰?」
そこに現れたのは、寝ぼけたような気怠い顔の一人の青年である。
彼は短いくせのある金髪を掻き、私を胡散臭そうに眺めている。
「ああ、突然訪ねて来て申し訳ない。私は行商をやっている旅の魔法使い、ライオネルという者」
「はあ……で、そのライオネルさんが僕の家に何の用?」
僕の家、と言ったか。
「……申し訳ない。ここは、この集落を作ったというオーレウスの家なのでは?」
「……」
私がオーレウスの名を出すと、彼の気怠い顔から表情が失せ、頭を掻く手も停止した。
「あんた、うちの曾祖父さんのことを知ってるのか」
曾祖父さん。なんと。この青年は、オーレウスの曾孫だというのか。
「……なら、上がって話していってくれ。神々が何を飲み食いするのかは知らないけど、お茶くらいなら出してやるよ」