オーレウスと婦人の墓石は、集落の中心地に石碑のような形で安置されていた。
家のすぐ近くにあるそこには、石碑を中心に数多くの野花が寄せ植えされており、彼の死を彩っている。
「曾祖父さん、お客さんだよ」
彼の曾孫に連れられて、私はここへとやってきた。
何千年ぶりかの再会が、まさかこんな形になってしまうだなんて。
今まで私は、ゆっくり流れる時間の中にいて、それは周囲も同じであると考えていたのだが……。
「……オーレウス。久しぶり」
時代は、変わってしまったなぁ。
「“研忘の加護”を、自分で解いたんだってね……やっぱりすごいなぁ、オーレウスは」
貴方には、ついに最後まで、私が何者かを話せなかったな。
こうして会えなくなるまでずっと、私は真実を話せなかった。
……いや、そう考えるのも、もう遅いか。
オーレウスはもう居ない。彼は奥さんと一緒に、この石碑の下で永い眠りについてしまったのだ。
この集落には、ずっとこの石碑が遺り続けるだろう。
石碑はオーレウスの偉業を讃え、人々から尊敬され続け、語り継がれてゆくだろう。
もしかしたらそれは、彼が生きた年月以上に長く、この地や人の記憶に遺るかもしれない。
だが、永遠ではない。
神族も、死ねば遺骸は残る。
しかし魔術的な保護を掛けない限りには、決して数万年の時を越えられるものではない。
人の口伝にも、限界はある。
石碑だって、いつか忘れ去られてしまうかもしれない。
オーレウス。貴方のような者でさえ、この地上ではいつか風化し、かき消されてしまうのだろうか。
私にはそれが、悲しくて仕方がないよ。
「硝子の花。喜んでくれると良いんだが」
私は硝子の小瓶の中に、魔術で精製した硝子の花を一輪だけ挿して、石碑の隣に供えてやった。
この花は私の魔力が込められている。とても長持ちするだろう。
だが、きっと時とともに摩耗し、風化してゆくだろう。
けれど私は、この花が時と共に朽ち果てたその時、またここを訪れたいと思う。
オーレウスはもうこの地に居ないだろうとも、貴方が遺したものは、最期まで見守り続けるよ。
さて。オーレウスの子孫であるこの青年は、魔法使いの端くれであるという。
オーレウスの死にあまりにも驚きすぎたため忘れかけていたが、私がここへ来た目的は、ヤゴコロが創った植物を解明するヒントを得るためだ。
本当ならオーレウスに尋ねたかったのだが、死んでしまったのであればどうしようもない。
ならば、オーレウスの子孫である彼に聞いてみようじゃないか、と思ったのだ。
思ったのだが……。
「すまないな、俺じゃあ力になれないよ」
枝と少しにらめっこしただけで、彼はすぐさま白旗を挙げてしまった。
それもそのはずである。彼はまだ、魔術らしい魔術を使える段階に至っていないのだ。
オーレウスはいくつかの指南書を遺したが、その保護は年月と共に薄れ、文字がだいぶ薄くなっていた。
数千年もの時の中で言語も変化したのだろう。もはやこの集落に住まう人々の扱う文字は私でも判別が難しく、それはつまり、彼らがオーレウスの書物を解読することが困難であることを意味していた。
オーレウスの子孫とはいえ、彼の魔術が段々と損なわれてゆくのも、半ば必然であったのかもしれない。
「そうか、それは残念だ……」
……が、落胆は隠せない。
誰かに聞けば、もうちょっと閃きが生まれるかと思ったんだけど……。
「悪いね。その枝から実でも成ったら、持ってきてくれよ。この町で育ててみるからさ」
「うーん、実かぁ。実ねぇ……」
実。もちろんそんな発想もあった。
だが、いまいちどういったものなのかがぴんとこない。
「ありがとう。もうちょっとだけ、考えなおしてみよう」
「おう、また来てくれ。曾祖父さんも、きっと喜んでくれる」
色々と思うところがあった今回の訪問であるが、私はここを離れることにした。
もう少しだけ地上を探索してから、魔界に帰ろうと思う。