東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 オーレウスと婦人の墓石は、集落の中心地に石碑のような形で安置されていた。

 家のすぐ近くにあるそこには、石碑を中心に数多くの野花が寄せ植えされており、彼の死を彩っている。

 

「曾祖父さん、お客さんだよ」

 

 彼の曾孫に連れられて、私はここへとやってきた。

 

 何千年ぶりかの再会が、まさかこんな形になってしまうだなんて。

 今まで私は、ゆっくり流れる時間の中にいて、それは周囲も同じであると考えていたのだが……。

 

「……オーレウス。久しぶり」

 

 時代は、変わってしまったなぁ。

 

「“研忘の加護”を、自分で解いたんだってね……やっぱりすごいなぁ、オーレウスは」

 

 貴方には、ついに最後まで、私が何者かを話せなかったな。

 こうして会えなくなるまでずっと、私は真実を話せなかった。

 

 ……いや、そう考えるのも、もう遅いか。

 オーレウスはもう居ない。彼は奥さんと一緒に、この石碑の下で永い眠りについてしまったのだ。

 

 

 

 この集落には、ずっとこの石碑が遺り続けるだろう。

 石碑はオーレウスの偉業を讃え、人々から尊敬され続け、語り継がれてゆくだろう。

 もしかしたらそれは、彼が生きた年月以上に長く、この地や人の記憶に遺るかもしれない。

 

 だが、永遠ではない。

 

 神族も、死ねば遺骸は残る。

 しかし魔術的な保護を掛けない限りには、決して数万年の時を越えられるものではない。

 人の口伝にも、限界はある。

 石碑だって、いつか忘れ去られてしまうかもしれない。

 

 オーレウス。貴方のような者でさえ、この地上ではいつか風化し、かき消されてしまうのだろうか。

 私にはそれが、悲しくて仕方がないよ。

 

「硝子の花。喜んでくれると良いんだが」

 

 私は硝子の小瓶の中に、魔術で精製した硝子の花を一輪だけ挿して、石碑の隣に供えてやった。

 

 この花は私の魔力が込められている。とても長持ちするだろう。

 だが、きっと時とともに摩耗し、風化してゆくだろう。

 けれど私は、この花が時と共に朽ち果てたその時、またここを訪れたいと思う。

 

 オーレウスはもうこの地に居ないだろうとも、貴方が遺したものは、最期まで見守り続けるよ。

 

 

 

 

 さて。オーレウスの子孫であるこの青年は、魔法使いの端くれであるという。

 

 オーレウスの死にあまりにも驚きすぎたため忘れかけていたが、私がここへ来た目的は、ヤゴコロが創った植物を解明するヒントを得るためだ。

 本当ならオーレウスに尋ねたかったのだが、死んでしまったのであればどうしようもない。

 ならば、オーレウスの子孫である彼に聞いてみようじゃないか、と思ったのだ。

 

 思ったのだが……。

 

「すまないな、俺じゃあ力になれないよ」

 

 枝と少しにらめっこしただけで、彼はすぐさま白旗を挙げてしまった。

 それもそのはずである。彼はまだ、魔術らしい魔術を使える段階に至っていないのだ。

 

 オーレウスはいくつかの指南書を遺したが、その保護は年月と共に薄れ、文字がだいぶ薄くなっていた。

 数千年もの時の中で言語も変化したのだろう。もはやこの集落に住まう人々の扱う文字は私でも判別が難しく、それはつまり、彼らがオーレウスの書物を解読することが困難であることを意味していた。

 

 オーレウスの子孫とはいえ、彼の魔術が段々と損なわれてゆくのも、半ば必然であったのかもしれない。

 

「そうか、それは残念だ……」

 

 ……が、落胆は隠せない。

 誰かに聞けば、もうちょっと閃きが生まれるかと思ったんだけど……。

 

「悪いね。その枝から実でも成ったら、持ってきてくれよ。この町で育ててみるからさ」

「うーん、実かぁ。実ねぇ……」

 

 実。もちろんそんな発想もあった。

 だが、いまいちどういったものなのかがぴんとこない。

 

「ありがとう。もうちょっとだけ、考えなおしてみよう」

「おう、また来てくれ。曾祖父さんも、きっと喜んでくれる」

 

 色々と思うところがあった今回の訪問であるが、私はここを離れることにした。

 

 もう少しだけ地上を探索してから、魔界に帰ろうと思う。

 

 

 


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