東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私と、サリエルと、コンガラの三人がテーブルについている。

 サリエルや私は当然、椅子の使い方なんてわかっているんだけど、どうもコンガラは知らなかったのか、それともわかっていてやっているのか、椅子の上に胡座をかいていた。

 あまりも綺麗な胡座だったので私は何も言わなかったけれど、サリエルは素直に“その格好は辛そうに見えるが”と聞いていた。

 コンガラはこれしき、と返していた。

 サリエルは面白く無さそうな顔をしていた。

 どうでもいいわね。

 

「私はコンガラ。地獄の主より遣わされた従者です。魔界へは、不浄なる霊魂を回収し、浄化するためにやってきました」

 

 コンガラは剣を抱きながらそう言った。

 いつでも抜刀できる。そんな、油断のない体勢である。

 

 まぁ、サリエルには効くかもしれないわね。私には、絶対に当たらないだろうけど……。

 

「ふうん……不浄なる霊魂……霊魂って、何?」

「死んだ者の魂です」

「へえ、魂」

 

 なんだか、ライオネルが喜びそうな話になってきたわね。

 けど、確かその話に関しては、ある程度ライオネルの中でも結論が出ていたはず。

 私にはよくわからないけれど、コンガラが求めているのはどういう話なのかしら。

 

「生物が死ぬと、その者の魂が剥がれます。魂は揺らめき、漂い、時に解れ、散り散りになり、形を失くす……この魔界には、そんな気配がたくさんあるように見えますが」

「そう? 私には、魔力が豊富に漂っているようにしか見えないわね」

 

 生命の中に存在する霊魂。発せられる魔力。

 物質そのものの質量。そしてエネルギー。

 

 ライオネルから聞いた話は色々とあるけど、私はその中のいくつかをしっかりと覚えていた。

 コンガラの言っていることはある意味正しいけれど、別の側面では間違っている。

 

 きっとライオネルならこう言うはずだ。

 “それはもう霊魂ではなく、高次自由魔力だ”と。

 

「呼び名はどうであれ構いません。地獄は、この霊魂を浄化するために運営されていきます」

「運営。ああ、魔人たちがそのような事をやり始めていたわね。お店、というものかしら」

「我々は利益を求めるものではありません。ただ、浄化する。それだけです」

 

 ええ、ただ浄化するだけ?

 

「それって楽しいのかしら?」

「あなた方の云うところの楽しいとは違いますね。また、我々はそうすると決めたのです。それまでは、座し続けると。故に、完遂まで地獄は続けられる」

 

 コンガラは口元を歪め、不敵に笑った。

 

「……目的がよくわからないけど、あなた達は魔界をどうしたいの?」

「当然、清い炎を放ち、浄化します」

「浄化」

「洗われた霊魂は地獄へ運び、洗浄された後に、元の世に還します」

「はあ」

 

 へえ。

 

「そして我々は、常に地獄における使徒を集めています。天界からは多少独立した位置にあるためか、地獄はどうも、人気がない。霊魂の浄化は大仕事です。今は少しでも人手が欲しいのです」

「……サリエルは、地獄で働けと?」

「死の天使と呼ばれた彼女には、最適な役職であると考えますが」

 

 サリエルは無言だけど、眉を動かして不快感を露わにしている。

 死の天使も、地獄と呼ばれる場所へ連行されるのも、彼女にとっては我慢ならないことなのだろう。

 

「そして……それは、貴女も同じです」

 

 コンガラは目線を動かして、そんなことを言ってきた。

 

「貴女、名前は?」

「誰?」

「貴女ですよ。そこのあなた」

「え? もしかして私? 私に言ってるの?」

 

 コンガラは私を見て、頷いた。

 

「貴女も、見たところ神族のようだ。穢れとは違って、知性もある。であれば、地獄で働くものとして十分な力となるでしょう」

「え? 何? 貴女は私に、地獄で働けと、そう言いたいの?」

「それ以外に――」

 

 

 

 穢らわしい。

 

 私は言葉が終わる前に、奴を翼で薙ぎ払ってやった。

 

 コンガラの抜刀は間に合わない。当然、翼は直撃する。

 

 

 翼が空を切り、身体が吹き飛んでゆく衝撃が、辺り一帯に爆風を発生させた。

 

 吹き飛んでいったコンガラは数キロメートル先の石塔に直撃し、大げさな崩壊音を立てながら埋もれてゆく。

 

 ああ、もう嫌だ。穢らわしい。

 

 

「ぐっ、うぅっ……何を、する、つもり……!」

 

 あ、瓦礫から這い上がってきた。

 嫌だ。面倒くさい。また潰さなきゃいけないのかな……。

 

「……神綺。私が言うのも何だが、やりすぎではないのか」

「何を言ってるのサリエル。あんなものをここに存在させておく事の方が狂気じみてるわよ」

 

 サリエルは苦い木の実を食べたような顔をしながら、立ち上がる私を見上げた。

 

 私はゆっくりと翼を展開し、少しずつ、静かに宙に浮かび上がる。

 

 

 

 ……私は神綺。

 

 ライオネルが生み出した相談役。そして、魔界の神だ。

 

 それを、ここから引き剥がして、地獄なんてわけのわからない……ああ、嫌だ。吐き気がこみ上げてきそう。

 

「……ふん、やはり魔界の連中とは、相容れないというわけですか」

 

 地上でコンガラが剣を構えながら、何かを言っている。

 

 ……汚い。

 さっさと消えてもらいましょうか。

 

 


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