大渓谷の塒にて、私を含む三人がテーブルにつき、会議を始めた。
内容は、まずこれまでに起きた事の整理。
そして、地獄をどうするかである。
「気持ちはわかるけど、ひとまずは状況の整理だ。まずは二人に、魔界で起こった事件の仔細を詳しく説明してもらおうか」
二人は席について、防衛は完璧だだの、次に来ても問題はないだの、まぁ心強いことを言ってくれるのだが、私にとっての解決は、そういう力押し一辺倒のものではない。
もうちょっと平和的な解決法を導くため、私主導で進めていかなくては。
「魔界での出来事は、先ほどお話した通りです。地獄からの使者、コンガラがやってきて、魔界を焼こうとした……」
「焼く、とは?」
「浄化と言っていました。不浄なる魂を回収し、浄化するのだと」
「……ほう」
浄化、か。
「不浄なる魂とは、死んだ者の魂なのだとも言っていたな。それを浄化し、地獄とやらへ運ぶと……私と神綺は、その地獄で仕事に就けなどとも言われたな」
サリエルが嫌悪を思い出したように、顔を歪める。
彼女も彼女で、その地獄の使者からの言い草は気に食わなかったのだろう。
神綺の方は、もっとだ。そもそも彼女は魔界の神である。
外部に移して大丈夫かどうかは、全くわからない。
……なるほど、しかし大体わかった。
だが、私だけがわかっても仕方がない。
神綺とサリエルの二人にも状況を理解してもらわないと、後々私が目を離した場所でいざこざが起こるやもしれぬ。
二人には説明が必要だ。
「うむ、わかった。地獄か……まさかそんな場所もあったとは、意外や意外だ」
「ああ、私も初めて聞いたぞ。神族も、そのような未知なる場所にまで進出していたとはな」
「だけど、地獄の言い分も、私にはわかるな」
「どうしてです!?」
神綺は突然立ち上がり、背中の三対の翼を黒く染めた。
「奴らの行おうとしていることは、魔界の消滅です。併呑です。魔界全ての魔を奪い、外界の物とする……許されざる行為です!」
「うむ、神綺の言う通りだ。魔界を焼き尽くし浄化するなど、到底私には受け入れられない」
当然、そのようなことはさせない。
もしも話し合いすら介さず強引にそのような手段に出るならば、私は私の安息を守るために、地獄を跡形もなく消し去ってしまうだろう。
だが、地獄。それそのものの役割の大きさは、私にも理解できる。
可能ならば、地獄を存続させた上で諍いを無くしたいと思っている。
「しかし私は、地獄は外界にとって必要不可欠な機関だと考えている。地獄と戦って叩き潰すというのは、あまり乗り気しないな」
「……聞かせてもらおう。そして神綺よ、ここはライオネルの話を聞いておけ」
「……ええ、わかったわ」
神綺は納得していないながらも、どうにか席についてくれた。
うん、それでいい。
我々が怒る必要なんてない。
全ては、魔力の流れが決める事なのだから。
「……私は外界で、“穢れ”に関する様々な状況を目にし、観測してきた。それと今回の地獄の侵略行為を重ね合わせて、私の推論も多分に混じってはいるが……総合的な説明を行おうと思う」
まず、地獄とは何なのか。
神族の立ち上げたこの謎の機関に関する最もな理由がなければ、彼らはただの悪の侵略者で終わってしまう。
だがこの地獄という機関の意義を理解するためには、今現在外界で、地上で蔓延している“穢れ”……“霊魂”についての説明をしなければならないだろう。
なのでまずは、この“穢れ”、あるいは“霊魂”について説明していこうと思う。
さて、かつて大隕石の襲来によってほとんどが滅んでしまった地球上には、延々と広がる荒野と、豊富に漲るひとつの魔力が存在していた。
その魔力とは、隕石と刺し違えたアマノの残滓……。
かつて地上において唯一神として降臨していた、竜骨塔の唯一神、アマノの神力や魔力を混合した非常に霊的なエネルギーが、地上に満ち満ちていたのだ。
そのエネルギーはわずかながらもアマノの意志を継いでいたのだろう。“高次自由魔力”として漂うその力は、年月とともにいくつかの塊となり、形を成すようになった。
それが、おそらく私が地上に這い出た頃に既に出現していた、当時の“穢れ”……原始魔獣の正体だ。
ここからメタトロンが“慧智の書”によって自我と知性を獲得し、その眷属としてサリエルらが誕生してゆくわけだ。
その流れは天界における彼ら神族文明の創始ともなり、それは今でも続いている。
で、次。問題は、神族になれなかった原始魔獣の行く末だ。
神族となれた者にとっては、もはや地上に蔓延る知性無き原始魔獣など関係のない存在だ。むしろ、同性質の同族を食い殺す性質を持つ分、彼らは悪としか映らなかっただろう。
だから神族達は地上を離れ天界へと逃げ込んだのだが、地上の原始魔獣はそうなった後も、自らの進化を止めることはなかった。
高次自由魔力から原始魔獣へ。原始魔獣から彼らは更に共食いをし、戦いに勝ち残ったものは大型原始魔獣となった。
その多くは魔の堆積によって魔界へと沈んだが、中には地上で死んでいった大型原始魔獣も多くいる。
原始魔獣の死、大型原始魔獣の死。
その繰り返しが、戦いを繰り返す彼らの性質を圧縮、濃縮し続け、地上をより凶暴、凶悪な魔獣の住処に変えていった。
サリエルも身に覚えがあるだろう。
サリエルが堕天した際に地上に跋扈していたものは、既に“魔族”、原始魔獣の悪性をより強くさせた存在へと進化していた。
多少の知性を身につけていたところを見るに、彼らの中には他の堕天した神族の魂も混ざっているのだろう。
天界からの知恵のおこぼれに預かった彼らは、次第に悪知恵を肥大化させていったわけだな。
知恵を蓄え始めた地上の魔族。方や、地上に興味を持ち始めた一部の神族。
この状況が進んでいけば、次第に地上は天界の神族と大差のない知恵を身につけた、凶暴凶悪な魔族に支配され、やがて天界もその手に落ちてしまうかもしれない。
理由は、色々ある。セーフティポイントも、彼らの立場によって変わってくるだろう。
だが私が思うに“地獄”とは、その“魔族”を生み出す悪循環を破壊するために作り出された組織で違いないと考えている。
「地獄の目的は単純。悪性を溜め込んだ“穢れ”の自由魔力を浄化し、地上を安全なものに変えることだ。そのためには、可能な限り次の“穢れ”に繋がる霊魂を処理しなければならないわけだな」
霊魂の悪性の希釈。地獄のやろうとしていることは非常に効率が悪いと言わざるを得ないが、これを怠れば地上に大魔王が生まれてしまう可能性が出てきてしまう。
むしろ、積極的に天界などから身を乗り出して霊魂の救済を図るところを見るに、地獄の参加者は非常に情深いとも言える。
「……なるほど。全ては地上のため、か」
私の説明を聞き、サリエルは瞑目して頷いた。
神綺は押し黙り、真顔のままテーブルを見つめている。
「確かに、彼らの行いは少々横暴だ。けど、彼らにも大義はある。私達はそれを理解すべきだと思う」
「かも、しれんな」
天界に向くかもしれない、地上に蔓延る穢れの牙。
そのことを考えると、サリエルも地獄の考え方については賛同できるところがあったのだろう。彼女は何度も、自身の納得を裏打ちするかのように頷いている。
「……ライオネルは……」
「うん?」
「ライオネルは、地獄が行った今回の横暴を……完全に許すおつもりですか?」
「もちろんだとも」
神綺の問いに、私は頷いた。
その答えがちょっと不満気だったのか、神綺は小さく「はい」と返した。
……魔界の主として、思うところもあるだろう。
だがここは、地獄の役割が大きいこともあるし、不問とするべきだと私は考える。
加えて、現状不良在庫として抱えている原始魔獣達も、彼ら地獄の人々の霊魂の浄化のための希釈液として提供することもやぶさかではない。
まあ、それはそれだ。
……そんなことよりも、問題がある。
「……じゃあ次に、これからの地獄との関係についてなんだけど……」
「?」
「こっちの方が、深刻かもしれないんだよね……」
まぁ、地獄がこれからも存続してくれるに越したことはないのだが。
問題は、その地獄が今現在、大丈夫かどうかなんだよなぁ……。