途方も無く、長い年月が流れた。
地獄の傷が瘉え、地獄が稼働し、霊魂の浄化が恒久的に行われるようになり、獄卒の鬼達の何人かが代替わりするほどの、長い年月である。
私は、明王の側仕え、コンガラ。
今この地獄にいる者の半分近くは知らないだろうが……かつて魔界へと赴き、霊魂の潮流を支配するために刃を抜いた事がある。
あの頃の私は、愚かであった。
しかし忌まわしくも、今となっては懐かしい記憶である。
地獄と冥界が本格的な稼働を始めてからは、地上に漂う穢れた霊魂のいくらかを、どうにか冥界を経由することで、ここまで引き込めるようになった。
地上の全ての霊魂を浄化することは叶わないまでも、これでかなりの穢れに対処できるはずである。
この仄暗い地下世界のほとんどが炎に包まれているのは、穢れを生まないため、定着させないためだ。
故にこの地獄では、炎に耐えうる頑丈な者しか従事できない。
……そう、地獄で活動する者は、誰もが逞しい。
外から何者かが攻めこんできたとしても、そうそう簡単に制圧できるわけがない。
地獄の支配は絶対。地獄の規律こそが絶対。
我々は、そう考えていたのだ。
「……ここに来るのも久しぶりですかね」
私は、かつて大きな騒乱のあった中心地を訪れている。
今や完全に修繕され、平坦な敷地となったここは、我々地獄の民が忘れてはならない、記憶の土地。
地獄の底から上まで届くほどの、巨大な岩石の身体。
六本腕は大きく広げられ、天蓋を支えるように持ち上げている。
今は地獄の柱として動かぬままでいるこの巨像は、かつて魔界からやってきた者が作り出した、恐ろしい傀儡である。
我々地獄の住民は、この傀儡相手に手も足も出なかった。
力自慢の鬼たちは傀儡の内部に捕らえられ、力を吸われ、地獄のあらゆる場所が破壊に破壊を繰り返されていった。
あの時のあの戦いで、私達は悟ったのだ。
地獄は、絶対的な支配者ではない。
少なくとも、魔界には敵わないのだと。
地獄は魔界との闘いに敗北し、不可侵の条約を結んだ。
地獄は魔界に攻め入らない。霊魂を無断で持ち出さない。訪問の際には必ず神綺に通達すること。他、様々な事を約束し、闘いは終わったのだ。
完敗だった。そして、我々は自らの傲慢を思い知り、恥じた。
我々はあの時より自らの身の丈を知り、地獄を運営する上で保たねばならない“礼儀”、“基準”といったものを明確化するために奔走したし、魂を浄化するための炉へ放り込むにも、その前段階に個別の霊魂が穢れているかどうかを各所で精査し、魂の穢れに基準を設け、浄化の方法を細分化することになった。元々は全ての霊魂を無理矢理に火にかけ燃やそうというのだから、これは大きな転換である。
非常に手間や手続きの多い機関となってしまったが、このことによって、地獄及び冥界の印象は、各所で大幅に改善された。
結果として協力、賛同する派閥が多く加わり、炉は上手く機能し続けている。
戦禍によって傷ついた地獄の修繕が進み、それらも終わりを迎えようとした頃に一度だけ、クベーラ様がいらっしゃったことがある。
あの時は大変だった。
まさか魔界との闘いについて、クベーラ様があそこまでお怒りになるとは……。
そのことについて多くを語るつもりはないが、そんな意味でも二度と魔界とは剣を交えることはないだろう……。
ともあれ、昔は大きな過ちもあったものだが、今ではすっかり安泰だ。
穢れを吸い、穢れを祓い、地上へ還す。
我々は救う者として、全ての魂から穢れが消えるまで、この炎獄に座して離れることはないだろう。
「上では、安楽の地を得ようと様々な者が知恵を振り絞っているようですが……こちらには、関係の無いことですね」
我々は穢れを浄化するのみ。
他の者がどう足掻こうとも関係はない。
それで穢れが消えるならば良し。穢れが増すならば、地獄にて焼かれてもらうだけだ。