東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 宇宙空間内でほとんどの桃の果汁は消し飛んでしまったが、地球に到着しても、桃っぽい香りは染み付いていた。

 桃の匂いが嫌いなわけではないが、別に四六時中寄り添っていたいほど好きではないので、水魔法“大いなる禊”によって全身を完全に洗浄することになってしまった。

 

 月のウサギ。

 なるほど、桃ぶん投げてたりやたらと排他的だったりと、結構変な一面もあったけれども、出会ってみれば結構可愛らしいものである。

 しかし、神族の生息域が月にまで広がったか。

 既に現代人を超えているように思うんだけど、そこんところ、これからどうなってゆくのだろう。

 果たしてアポロは無事に月へたどり着くのだろうか……。

 

 

 

 そんなことを考えつつ、本の回収作業を続けることにした。

 

 メタトロンから返してもらった本以外は、全て地球の何処かに散らばっている。

 周囲の魔力を取り込み、保護する力を持っているので、自然と魔力の多い場所に安置されているか、きちっと管理されているかの二択であろう。

 それそのものが魔法の指南書であるので、ほとんどの神族にとっても価値は高いはずである。

 これほど長い時間が過ぎたのだ。

 おそらく、その全てが厳重に管理されていると考えて良いだろう。

 

「ふっふっふ、魔法使いと出会えるわけだ」

 

 本の力を手にした、魔法使いの一族なんかと出会っちゃったりなんかして。

 んで、彼らは私の描いた書物を完全に読み解いていて、独自に発展させた魔術を身につけていたりするわけだ。

 それでそれで、互いに身につけた魔法について語り合ったりするわけだ。

 楽しいわけだ。

 

「楽しみなわけだ」

 

 私は期待に胸を踊らせながら、最初の一冊目を目指し、“栞”魔法を発動させた。

 

 

 

 

 結果、惨敗。

 

「ウオオオ……」

 

 全ての魔導書の近くに転移してみたが、誰も管理していなかった。

 大体の物が洞窟内の奥深くであったり、地中の空洞であったりと、人目に付かないものの地味に魔力のある安定した空間に転移したきり、不動のままであったようだ。

 メタトロンは全てで六冊しか見つけられなかったと言っていたが、それも納得の結果である。

 入り口のない洞窟に入って魔導書を手に入れるとか、そんなふざけたアイテム配置ってないよね、うん。

 

 念の為にそれぞれの本を確認してみたが、二、三冊程度の魔導書は、数十人ほどの生物がわずかに読み進めたような痕跡が残っていたのだが、中には正真正銘、誰も開いていない魔導書もあり、それを見た時の私のショックといったら、凄まじいものである。

 結局のところ、魔導書をまともに読んだのはメタトロンの派閥がほとんどであるという驚愕の事実に、私は思わず地面にうつ伏せになり呻いてしまった。

 

「な、なに、次はわかりやすい場所に置いておけば良いだけのこと……」

 

 だったらもう手渡しすればいいんじゃないかってくらいのアイデアで精神を立て直しつつ、とりあえず魔導書の回収は終わったので、私は魔界へ戻ることにした。

 

 魔界への扉を開く途中、サリエルのためにヤゴコロの様子を訊くのを忘れてしまったが、彼女は時々、私が完成させた吸魔の枝を眺めながらニヨニヨしているので、もうしばらくはヤゴコロ情報無しでも問題ないだろう。

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、ライオネル」

「やあ、神綺。ただいま」

 

 私が本を抱えて魔界へ戻ると、神綺がすぐ側まで瞬間移動し、出迎えてくれた。

 

「半分持ちますよ」

「おお、ありがとう」

 

 私は魔導書のうち半分を彼女に預け、横並びになって魔界の空を飛ぶ。

 予期せぬ洞窟探索などがあったものの、月旅行と合わせても外出期間はたったの二日である。

 昔には度々あったような、岩の下敷きになって帰りが遅れるだとか、そういうことはめっきりなくなったものだ。

 

 今なら何かに閉じ込められることなどないだろうし、仮にされたとしても灰魔法で対処も可能だし、奥の手だっていくつか用意されている。

 こうして帰る度に気易い挨拶が交わせるようになったのは、とても素晴らしいことだ。

 

「ライオネルは、これからまた、作業に?」

「うむ。まずは、本の書き換えをやっていかなくちゃいけない」

「大変そうですか?」

「そこそこね。まぁ、地道にやっていくよ」

 

 魔導書に刻まれた文字は様々な色で、重なるようにして記されている。

 文字の種類は膨大で、重なったことによる意味や、文字同士の交点の数や形によっても意味を変える。

 魔導書自体はその機能によって、たとえ文字が読めなくとも無理矢理に内容を相手の頭に叩き込むが、文字の意味を理解できるようになるかというと、そうではない。“口伝の書”を読めば多少は読めるようになるかもしれないが、ほとんどの場合は読めないままだろう。

 

 神族の中には、私の作った魔界文字を読み取れる者もいる。

 メタトロンなどがそうだ。彼は表紙に刻まれた私の名前を読み取り、呼びかけてみせた。

 

 “新月の書”を読み解けるサリエルも、多少の、表面上の魔界文字を解読し用いることはできるのだが、あくまで一部。全てを読み解ける者は、なかなかいない。全てでいえば、それはメタトロンでさえもきっと、怪しいところだろう。

 

 難解なる魔界文字。

 しかしそれを書き記すこともまた、一苦労である。

 

「……よーし、やるかぁ」

 

 しばらくは大渓谷の塒にこもったまま、作業漬けだなぁ。

 

 


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