東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 本の修正作業とは言うが、ただの本ではない。

 十三冊の本を書き直せば良いだけだと思われるかもしれないが、この魔導書に記された情報は見た目よりも遥かに多い。

 そもそも、紙として使用している木生シダの繊維からして、式を編みこむように作っているのだ。内部に存在する情報量は、凄まじいものである。

 

 魔力を込めた特殊なペンによる筆跡は、寸分の狂いも許されない。狂えば、その都度やり直し。

 一画一画に削った精神を乗せて、私は少しずつ、本の修繕を進めてゆく。

 

 

 

「ライオネル」

 

 呼びかけられたことによって、私のペンの動きがずるりとズレて、隣の二文字を巻き込んだ。

 これによって、私の作業は四日ほど巻き戻ったことになる。

 

「サリエル。何かあったのか」

 

 私は部屋に入ってきた彼女に顔を向けて、訊ねた。

 そういえば、誰かと話すのも随分と久しぶりであると思いながら。

 

「客だ。クベーラが来た」

「ライオネルー、クベーラが来ましたよー」

 

 サリエルが告げるのと同時に、その隣には神綺までもが現れる。

 なるほど、クベーラがまた魔界へとやってきたのか。

 

 今回も、珍しい品物を持ってきたのだろう。

 何か魔法関連のものがあればいいのだが。

 

「じゃあ、行ってくるよ。場所は?」

「法界付近の予定跡地です」

「うむ」

 

 今回もまた、いつも通りの場所らしい。

 私は神綺と共に、原初の力による瞬間移動を行った。

 

 

 

「おう、久しいな」

「やあ、クベーラ」

 

 法界の近くへと跳んでみれば、そこにはクベーラが立っていた。

 いつも通り、カンテラを片手に、もう片方の手に錫杖を持った、旅人ちっくなスタイルである。

 

「今回も商談だ。時間は、大丈夫か?」

「もちろん。クベーラが持ってくる商品はいつも楽しみにしてるよ」

「はっはっはっ、それは嬉しい事だ。では、いつもの場所で良いか?」

「うむうむ、じゃあ、早速移動しようか」

 

 彼との取引も、かなり慣れてきた。

 こちらが得た天界産の品物もかなりの数になり、専用の倉庫のようなものまで建てたほどである。

 天界の彼らが生み出すアイデアは時に私の想像を超えるものもあり、見ているだけでも退屈しない。

 

 以前持ってきてもらった吸魔の枝などが、特にそうである。

 あれを改良し、完成させるまでの工程の充実した時間といったら、なかなかのものであった。

 終わりが見えてからはもうほとんどオーレウスの里に植樹しちゃったけども。

 

 

 

「さて……神綺よ。品物はあるのだが……今回は、一風変わった物を差し出そうと思っている」

「ふむ?」

「そうなの?」

 

 いつものログハウスで、さあいざ品物をと思った所で、クベーラは何も机上に出さぬままに、そう言った。

 一風変わった物。その言葉に、私の興味は惹きつけられる。

 

「……魔界は以前、地獄より、不当な侵略をされそうになった事があるな?」

「そうね。あの時は怒りを抑えるのが大変だったわ」

 

 私は静かに頷いた。

 

 そういえば、そんなこともあった。

 実際に侵略された時のことは、私は直接見ていないのでなんとも言えないけれども、神綺は当事者だったので、印象にも深いだろう。

 

 そういえばクベーラは、私が地獄に報復してしばらくした後に魔界へやってきて、神綺にへこへこと頭を下げていたんだっけ。

 クベーラが指示を出していたわけではないのだが、地獄を主導する者達の一部がクベーラの親族であるというのだから、なかなか縁というものは恐ろしい。

 

「その詫びとまで言うつもりではないが……実は地獄から、魔界へ損のない提案があるらしいのだ」

「損のない提案」

「うむ」

 

 クベーラは眼力の強い目で私を見据えながら、ニカリと笑った。

 

「知っての通り、地獄は既に安定した稼働を実現している。魂の流れは循環し、それに不足はない……。故に、地獄はもうこれ以上の霊魂を炉にくべる必要がなくなったわけだ」

「ふむ?」

「そこで、地獄と私からの提案だ。この魔界に、地上を歩きまわる穢れ達を移住させてみてはどうだ?」

 

 穢れを、魔界に移住させる。

 その言葉に、私は顎を撫でた。

 

「この条件は、天界ではおろか、地上のあらゆる種族に対しても通用することはない。ただのデメリットであることは、私もわかっている。だが魔界にとっては、それほど悪いことでもないのだろう?」

「……うーん、まぁね」

「ですよねぇ」

 

 私と神綺は、顔を見合わせながら頷きあった。

 

 穢れ。魔族。それは、地上や天界の神族から嫌悪されている一族だ。

 しかし、魔界にとってそのようなことは関係ない。

 悪しき穢れを持った霊魂であれ、野蛮な魔族であれ、この広大な魔界においては、あまりにも小さすぎる。

 しかも私達はとりわけ“穢れ”を恐れてもいない。

 消そうと思えば、いつでも消せる存在だ。

 

 デメリットはない。

 じゃあメリットはあるのかというと……。

 

「どうだろうか。地上に棲む連中らを、この世界の住民としてみてはどうだ? これは、地獄や天界を恐れる地上の魔族自身からの希望でもある」

 

 彼らが、魔界での生活を求めている。

 ただ、それだけのことだ。

 

「どうしよう神綺、魔界に来たいんだって」

「ついに……ついにこの時が来たんですね!」

 

 魔界の住人が増える!

 今までほとんどクベーラだけしか訪問者のいなかった、この魔界に!

 

「嫌なら断ってもいいんだぞ。炉に放り込めばある程度の火力の足しには……」

「断るだなんてとんでもない!」

「そうよ! 是非ここへ連れてきて頂戴!」

「おうっ……?」

 

 移民。知能ある移民。

 ついにきてしまうのか、魔界の時代が。

 

 


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