魔族。
それは、地上の穢れに晒された、有限の命を持つ元神族達である。
彼らは天界が齎す加護を受けられず、地上に犇めく悪しき穢れによって命を削られ、有限の時を過ごす他になかった。
本質は、神族である。しかしその性質は変容し、全く別の種族へと変化してしまったのだろう。
彼らは、魔族だ。
数百年やそこらの短い命ではないものの、終わりのある命を持った、神族の一種なのである。
「しかし移住するにしても、準備は必要になるか」
「そうですねぇ……さすがに“森に住め”っていうのはダメですよね?」
「駄目だねぇ」
急遽、魔界では作戦会議が開かれた。
協議内容は当然、これから移民してくるであろう地上の魔族たちについてである。
彼らは(天界と比べれば)劣悪な環境である地上の民ではあるのだが、だからといって土の上で寝ていたり、洞窟にこもっていたりするわけではない。
知性がある者は、ちゃんと各々で家屋を立てるし、集落を作って生活する者も多い。
ただし寿命があるためか神族ほどの知性はなく、悪性が強いためか、協調性もさほど高いわけではない。
人間を更に悪くしたような生き物。それが、魔族なのだ。
「彼らを呼び込むなら、専用の区画が必要になるだろうね。神綺の創造した魔人と交流するのは目標になるかもしれないけど、まだ相手の安全性がわからないし」
「うーん、確かに。魔人達が他所者からひどい目に遭わされるのは、嫌ですね」
「……相手は魔族だろう? ろくな事にはならないと思うが……」
神綺は条件付きでの受け入れを検討しているが、サリエルは魔族の受け入れそのものに抵抗があるようだ。
無理もない。彼女は元々地上を彷徨い、魔族を相手に戦い続けてきたのだ。それらを受け入れようとする私達は、異端でしかないだろう。
「サリエルの懸念も、私達も持っている。実際、最近外へ行った時も何度か魔族らしいのに襲われたからね」
コウモリみたいな翼を生やした奴や、半馬人のような奴。
適当に土魔法で数日間雁字搦めにしておいただけなので、対処は楽だった。
……あれ? いや、まてよ。私は近頃外に出ていなかったはずだな。
最近の話じゃないなこれ。最後に外出したのは何万年前だっけか。
「……ライオネルよ、魔人だけでは駄目なのか? 現状、わざわざ外部から受け入れることもあるまいよ」
サリエルは銀の前髪をいじりながら、静かに呟いた。
「外からの刺激というのも、必要だと思ってね。彼ら特有の文化を取り込みたいというのもあるし……それに、神綺の生物創造のヒントになるかとも思っている」
「……ああ、神綺の。なるほどな」
神綺の生物創造は、サリエルをモデルとして行っていた。
それが、今現在の魔人たちである。サリエルをモデルにしているからとはいえ、サリエルのそっくりさんがズラァーっといるというわけではなく、外見も内面も様々な人が多いので、どこがどう違うのかとか、詳しいことはわかっていない。
故に、興味があるのだ。
神族のサリエルを元にして、魔人が生まれるならば。
魔族を元にすると、一体何が生まれるのだろう。
「……そういうことであるならば、私は二人の考えのまま決定で良いと思う。しかし、一度魔界で暮らす魔人達に通達しておくべきだな。後で混乱を招く可能性が無いとも限らない」
「うーむ、それもそうだね。……ところで、神綺。今は魔人たちの規模は、どのくらいになる?」
私とサリエルが彼女に顔を向けると、神綺は顎に指を当てて“んー”と唸る。
「各地に、集落が点在してます。魔界中央部の大渓谷やその外周部の大森林には、少ないですね」
「あそこはシダの森だからなぁ。もっと外側になるか」
シダも若芽のゼンマイのようなものであれば食べられないことはないんだろうけど、それで生きろというのはあまりに酷な話である。
「はい。かなり昔に創った海の沿岸部や、同じく昔に作ってほったらかしだった石造建築跡を利用して暮らしている集落もありますね」
「ああ。そこは私もよく見かけるな。なかなか統率が取れていて、見ていると飽きないものだ」
「あ、サリエルもそう思う? 良いわよねぇ、あそこの雰囲気。和やかっていうか」
へえ、二人共随分と楽しそうじゃないか。
私は必死な形相で逃げ惑う魔人たちの姿しか見ていない気がするよ。
「……なら、魔人達への通達は詳しい二人に任せようかな。私は、本の修正作業をやらなきゃいけないから」
「またか。今更だが。まぁ、クベーラが次に魔族らを案内してやって来るのは、かなり後だということだからな。ゆっくり集落を探しながら、通達をしているよ」
「私も、これを期に色々と見て回ろうかしら。魔人の確認とか、動植物の確認とか」
私は本の修正。
サリエルは通達。
神綺も通達、及び確認作業。
三人共、やることが多くてなかなか充実していると言えよう。
将来的に、こういう集まりに魔族や魔人達も加わるといいなぁ。