土造りの塔は質素ではあったが、中は風もなく日差しから身を守ることができ、そして適度に涼しかった。
外観は不格好ではあるが、乾燥した地方であれば、このような建築物でも問題はないだろう。
頑丈で、かつ過ごしやすいのであれば、これ以上のものはない。
「ろくに、御持て成しもできず……」
「いえ」
私は、族長の家にお邪魔していた。
カラスは私に食事を出せないことについて負い目を感じているようだったが、こちらは気にしていない。
食べなくとも、活動に支障が出るわけではないのだ。氣力さえ丁寧に操れば、何も問題は生まれない。
一番困るのは、休まる場所もなく、ただ不眠不休で逃げるだけの状況だ。
こうして安全に休息できる場を提供してもらえるだけ、私は恵まれている。
「カラス様ー、干し煉瓦はいつも通り、半分の量で良いんですかー?」
涼しい壁に背を預けて氣を整えていると、部屋に若い子供が飛び込んできた。
両手や顔を土に汚した、活発そうな子供である。
「おお、コルト。そうだな、うん。その量で作ってもらえるか」
「うん!」
「コルトの作る煉瓦は丁寧だから、なかなか崩れなくて頼もしいぞ」
「えへへー……あれっ、カラス様、あの女の人はだあれ?」
「あ、こら……」
魔人。我々魔族とは、似て非なる種族。
とは聞いていたが、こうして間近で見てみると、その違いはよくわからない。
コルトと呼ばれた魔人の子供は私の側までやってくると、物珍しそうな目を遠慮無く向けてきた。
後ろでは、族長が私の反応を憂慮してか、わずかに慌てている。
「……私は旅人です。坊やは、コルトっていうの?」
「うん! クロワリアで一番上手い煉瓦職人なんだ!」
「そうなんだ……偉いねー」
「いひひ」
私は微笑み、彼の灰色の髪をくしゃくしゃと撫でてやった。
コルトはくすぐったそうに笑うと、照れたようにぼそぼそと御礼を言ってくれた。
「……すみません」
「いえいえ」
やっぱり、子供はどこでも同じだ。
魔族も魔人も、変わりなく無垢で、かけがえのないものだ。
……そんな子供のいる村が、病に冒されている。
食物から蔓延するという、謎の病。
ただ足を休めるためだけにとやってきたが……子供がいるとなると、放っておくわけにもいかないだろう。
「……参ったな」
私は頭を掻き、骨休めがままならないことを覚悟した。
クロワリアは、広い村だ。
というのも、村のほとんどを広大な畑が専有しているからである。
乾いた土には無数の作物が穂を並べ、それらは食べられるのか、それともすでに手遅れなのかわからないような、枯れた実をつけて、風に揺れている。
「そんでー、この型に土を詰めていくんだけどなー? 前もって小石を取り除いておかないと、後で脆くなっちゃうんだ」
「へえ、なるほど」
そんな畑の近くでは、クロワリアの塔を作るための日干し煉瓦が造られている。
大きく丈夫であるとはいえ、日干し煉瓦は脆い。崩れた箇所は日常的に頻出するので、こうして度々作る必要があるのだろう。
私は村の少年、コルトが煉瓦を作る様子を見るため、ここにいた。
座して瞑想していた方が氣の集まりは良いけれど、せっかく人がいるのだ。彼らと交流してみるのも、悪くはないだろう。
私は特別、人との関わりが好きなわけではない。
けど、未来ある子供は嫌いじゃない。
「姉ちゃん、その荷物、持ったままで大変じゃない?」
「え? ああ、これは大丈夫ですよ。持っていないと、落ち着かないので」
「そうなんだ」
……気遣いのできる、できた子供だ。
元気もあるし、働き者。死ぬにはまだ、早すぎる。
病とは、一体何が原因だというのか。
見たところ、辺りに実る作物は枯れているような姿をしているが、それは元々の姿であるように感じられる。
病の発生源は作物らしいが、作物そのものは何の障害もなく育っている。
これは、奇妙なことではないだろうか。それとも、私の考えすぎなのだろうか。
「あら、コルト君。こんにちは」
「あっ!」
私が思索に耽っていると、上から女の声が聞こえてきた。
予想外の方向からの異音に、私の身体を取り巻く氣は緊急防御形態を取る。
懐かしい感覚に、闘いの意識が励起される。
だが、隣で作業をしていたコルトは、声のした方へ無防備に走ってゆくのだった。
「ゼン様ー!」
「ああ、こらこら。ふふっ」
コルトが駆け寄ったそこには、二枚の白い翼を広げた、神族のような姿の女が浮いていた。
緑色の髪。金色の眼。
女は、足に抱きついてきたコルトの姿に苦笑しながらも、彼の頭を撫でてやっている。
どうやらゼンと呼ばれた彼女は、このクロワリアにおける親しい人物であるらしい。
敬称をつけられているということは、族長に並ぶほどの者なのだろうか。
「あら、貴女は……?」
ゼンの優しげに細められた金の瞳が、私の姿を捉えた。
「どうも、はじめまして。私は外よりやってきました、旅の者です」
「旅の人? 珍しいわね……もう何十年ぶりになるのかしら」
「それほど、ここには人が来ないのですか」
「ええ。族長とはお会いした?」
「はい」
「そう、じゃあ貴女のこと、かなり歓迎していたでしょう?」
「ええ、ありがたいことです」
私は手を組んで頭を下げるが、心の内から湧き出す闘志は収まらない。
目の前にいる彼女、ゼンは、とても優しげな気配を出しているというのに。
それはきっと、彼女が秘める力が大きい故に、私の防衛本能がざわめいているからなのだろう。
先程は族長のカラスを、ついさっきはコルトと話していたが、二人からはそういった“力”は感じられなかった。
だが、この女からは、ビリビリと強い気配を感じる。
圧倒的に強い、警戒を解けないほどの“力”の塊を。
「そんなに緊張しないで?」
氣を練っていると、ふとそんな声が掛けられる。
「驚かせちゃったかしら。ごめんなさい。私、実は外の世界から来た魔族なのよ」
「……魔族」
「ええ。魔人とは違う、外の世界の人よ」
ああ、なるほど。そういうことか。
外の魔族。戦いという手段を捨てた者は生きてゆけない、過酷な世界からの移民者たち。
魔族ということであれば納得だ。なるほど、だから彼女はこんなにも、強い気配を発していたのか。
そういえば、クベーラに連れられて移民希望者の魔族が一同に集められた時にも、彼女の姿を見ていたような気がする。
この村には、既に外から移り住んできた魔族が暮らしているのか。
「魔族の来訪は有名だから知っているかもしれないけど、私はだいたい四百年前にこの村へ来たの」
「……四百年」
「それからずっと、この村で暮らし続けているわ。煉瓦を高い場所に運んだりなんかしてね?」
傷の治り具合から、千年は経っているかと思ったけど、四百年か。
まだ魔族の来訪からその程度しか経っていなかったとは、驚きだ。
……この魔界では、傷の治りが早いのだろうか。
「ねーねーゼン様、また空を飛ばせてよー」
「えー。コルト君、まだお仕事の最中でしょ」
「おねがーい! ちょっとだけでいいからー!」
「もう……じゃあ、少し飛んだらちゃんと仕事に戻るのよ?」
「やったー!」
気の抜けるようなやりとりをして、ゼンはその手にコルトを抱えた状態で、空へと飛び上がっていった。
空を飛ぶ。なるほど、あのゼンという魔族は、クロワリアの子どもたちからそのような遊びを、度々せがまれているのかもしれない。
「……四百年」
病が広まったのが、数十年前だと聞いた。
しかしゼンがやってきたのは、四百年前だ。
ゼンが原因だとするには、少々時期が合わないだろう。
……あまり、疑うのも良くないか。