東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 神綺様からのお告げを承けて、私の魔界の中心を目指す旅は始まり、それから何年も続けられた。

 

 骨の入ったズタ袋を肩に提げて、ひたすら一直線に歩き続ける。

 もはや、私の歩みに迷いはない。一歩一歩が終着点に向かっていることが分かった今、私にとってこの旅の全てが有意義なものへと変わったのだから。

 

 進む先に、答えがあるのだ。

 たどり着く先に、私の理由があるのだ。

 

 魔界の中央都市、セムテリア。

 未だ見ぬそこを目指し、私は一歩一歩を近づける。

 

 

 

 

 道中で、様々な場所や、人々と出会った。

 

 見上げられないほどに巨大な、金属製の立方体の構造物。

 

 小さな草が生えるばかりの荒野を悠然と横切って歩いてゆく、巨大な岩石の巨人像。

 

 沼地に居を構える排他的な魔人の一族。

 

 桃の木ばかりが立ち並ぶ森林。

 

 巨大な球状の鳥の巣の根城を作り上げた魔族の縄張り。

 

 平地に寂しげに置かれていたテーブルと2つのチェア。

 

 立地の関係上、お互いに対立し合う魔族の集落と魔人の集落。

 

 見たこともない虫や動物ばかりが犇めく、しかしどこか懐かしい森。

 

 遥か上空を横切る、謎の巨大な球状建築物。

 

 地上に雨を齎す、巨大な氷の浮遊大陸。

 

 

 

 不可思議なものを見た。

 壮大なものを見た。

 悲しい争いを見た。

 

 だが私は、その全てを振りきって、歩き続けた。

 自らの目的のために。私の中にある、朧気な“使命”のために。

 

 不思議な体験であったが、目的を見定めた私は、この旅の最中で自分自身の存在理由の一端を自覚し始めていた。

 

 私は何故旅をするのか。

 私は何故、この骨を抱えて旅をするのか。

 

 何年も、何千年も……ずっとずっと、それよりもずっと昔から。

 決して捻り出せなかったはずの答えが、私の魂の中に浮かび上がってくる。

 

 

 

 そうだ。私は、届けなくてはならないのだ。

 

 私は、運ばなくてはならない。届けなくてはならない。

 

 この骨を。この遺骸を。“あの人”の元へ。

 

 それが、私の使命だ。

 いいや、私だけではない。この世に生きる全ての者が背負うべき使命だ。

 

 骨を抱えて、歩むのだ。

 骨を背負って、帰るのだ。

 

 “あの人”の元へ。

 

 “あの人”の場所へ。

 

 

 

 

「――」

 

 たどり着いたのは、どうやって出来たのかも想像できないほど、鋭利な矛先を真上に向ける大渓谷。

 硬質な岩石の刺が果てしなく林立する、草一つない過酷な世界であった。

 谷底には激流が絶え間なく縦横無尽に流れ、飛沫と泡によって底は見通せない。

 

 なんという、過酷な土地か。

 生というものを拒む土地か。

 私は延々と続く刺々しい大渓谷の景色に圧倒されながらも、しかし、内心ではひとつの確信を抱いていた。

 

 ――この先に、あるのだ

 

「……行こう」

 

 私の旅が終わる。

 私の役目が果たされる。

 私の生が報われる。

 “あの人”のために、私は生を謳歌できる。

 

 険しい谷も、激しい激流も関係ない。

 私はただ、骨の入った袋だけを大事に抱え、渓谷を少しずつ、本当に少しずつ、慎重に進んでいった。

 

 

 

 

「あ……」

 

 何日も、何月も進み、そして私はたどり着いた。

 空を見上げて、気がついた。

 作られた太陽の真下に、黒い小さな影が旋回し、こちらを“見ている”ことに。

 

「ああ……」

 

 私は空の影を見て、その場に膝をついてしまった。

 その様子を見てから、空に浮かぶ影も、ゆっくりとこちらへと舞い降りてくる。

 

 

 

 私を覆い尽くせるほどの、大きな体躯。

 私の髪のように、真っ赤な鱗。

 風に喰らいつくような、巨大な翼。

 美しい紋様の刻まれた、蒼い瞳。

 

 私の長い人生の中でも、見たことのない生物である。

 だが私は、目の前に佇むその生物こそが、私のたどり着くべき終着点であると理解していた。

 

「……大変、遅くなりました」

 

 自然と、涙が溢れてくる。

 考えてもいなかった言葉が、喉を通り抜けてゆく。

 

 私は膝をついたままズタ袋を持って、それを目の前の“彼”に差し出した。

 

 彼。

 そう、彼……。

 

 竜。そうだ、竜だ。

 

 私はずっと、この時のために歩いてきた。その時のために、彼らにこの袋を届けるために、歩き続けてきた。

 

「我々の……母に。これを……捧げてください」

 

 袋の口を開き、中身を紅き竜の前に晒す。

 中に入っているのは、無数の骨。

 

 いくつかの不足はあるものの、それは彼らと同じ、“竜”の骨であった。

 

 そうだ。彼らは、“竜”なのだ。

 そして私が運んでいたものは、“竜”の骨なのだ。

 

 骨は、母の元に届けねばならぬ。

 母に捧げ、母に還らねばならぬ。

 

 我らは竜。母を護る者。

 私は竜。朽ちたその身を、母へ運ぶ使者。

 

 私は“竜”の使者だ。

 死の間際、この骨の“竜”の意志が作り出した分身だ。

 

 

 

「……え」

 

 私は自らの意味を完全に自覚した。

 その上で袋を差し出した。

 

 だが、目の前に立つ竜は、首を横に振った。

 私が差し出す袋を、拒否したのである。

 

「……何故!? 私は還らなければならない!」

 

 私は叫ぶ。だが、竜は言葉を返さない。

 袋の中の白骨を手にとって見せても、それは変わらない。

 むしろ彼は、どこか悲しそうな顔をしたまま、拒絶の意志を示すのみであった。

 

「あっ……!」

 

 そして、竜は翼を広げ、飛び去った。

 魔界の中央、大渓谷の真ん中に向かって。

 

「ま、待って……待ってください!」

 

 私は急ぎ、袋を手にとって走りだす。

 足場の悪い大渓谷を、急斜面を蹴りながら、全身に氣をみなぎらせて、空飛ぶ竜を追いかける。

 

「置いて、いかないで……! 私を、この遺骸を、母に届けてッ!」

 

 私は涙を流しながら、必死に追い続けた。

 空を飛ぶ竜にどんどん距離を離されても、諦めるわけにはいかなかった。

 

 やっとここまできたというのに。

 ようやく役目を果たせるというのに。

 

 何故聞いてくれないのです。

 何故、届けてくれないのです。

 

 どうか、この骨を受け取ってください。

 この骨を届けてください。

 

 私の使命を、私の生まれた意味を、どうか……。

 


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