東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 かつて、地球に降り注ぐ巨大隕石の欠片を受け止めるために創り上げた大封印、法界。

 あらゆる力を内側へ押し込めようとする強力な結界の中央で、紅は座り込み、そして動かなくなった。

 竜骨塔の唯一神アマノの一部が眠る地で、その従者(ドラゴン)の生まれ変わりである彼女もまた、眠りについたのである。

 

 彼女の前には、小さな骨の焚き火が置かれている。

 それは大昔、まだ哺乳類も僅かにしかなかったような時代、地上のあちこちに存在していた、唯一神の塔を模したそれに酷似していた。

 ドラゴンの遺骸、その霊魂から生まれた魔族である彼女は、過去の地球の風習を本能として覚えていたのだろう。

 

「……しばらく、ゆっくり休むと良い」

 

 盆地の底で眠る紅に一言声をかけ、私は法界を後にした。

 

 彼女は、死んではいない。おそらく、自らの身体を力によって保護し、休眠状態に入ったのだろう。

 紅は外の世界で、変わらぬ姿のまま旅を続けてきたという。だが現在の法界の圧力と彼女の防御力は、ほとんど拮抗している。法界の抑え込む特性が、彼女の回復力をそのままそっくり奪ってしまうからだ。

 おそらくこれから何万年でさえも、彼女はここで眠り続けるに違いない。

 

 しかし、紅はそれを望んでいた。このアマノが眠る地で、共に眠ることを願っていた。

 

 ならば私は、手を差し伸べることもない。

 安らかな彼女の眠りを、ただただ見守るばかりである。

 

 

 

「ライオネル、お疲れ様でした」

「ああ、神綺か」

 

 法界から出ると、すぐさま神綺が迎えにきてくれた。

 どこまでも閑散とした法界周辺の平地の中で、何かが現れればすぐにわかる。

 

「紅は……」

「法界の中で、眠りについたよ。彼女は、あの中で番人をすることを選んだようだ」

「……やはり、そうですか」

 

 私の答えを聞いて、神綺は柄にもなくしょぼくれた。

 神綺にとって、紅はほとんど唯一と言ってもいいほど、気を許せるというか、好意を持ち得る魔族であったらしい。できれば、紅には魔界で暮らして欲しかったのだろう。

 しかし当の紅は、法界の中で、アマノの遺骸を護ることを決めた。

 

 魔界の住民の意志は最大限に尊重し、極力に手を加えない。

 それが私達の決めた、魔界の運営者としての基礎理念だ。本人がそこに行くというのであれば、私達が無理やりに止めることはできなかった。 

 

「アマノって、本当に慕われていたんですね」

「そりゃあそうだよ。地球で一番の神様だったんだからね」

 

 アマノが居た頃は、パンゲアの全生命が、竜骨の塔を深く信仰していた。

 その中でも特に従順であったのが、塔内部で生活し、骨の運搬から守護に至るまで幅広く働いていた、私によって造られた人造のドラゴン達である。

 結局、彼らの考えていることは今の私にも理解できないのだが、何千万年にも渡って生きてきた彼らは、今も変わらずアマノを信仰していることだけは、私にもわかる。

 

 ……以前、サリエルが天界より堕天し、地上で生きていた頃の事である。

 その時、私はどうにかして天界への入り口を見つけ出そうと躍起になっており、その際には魔界のドラゴンまで遣わせたほどである。

 結果としてその判断は正解で、ドラゴンたちは見事に堕天したサリエルを探し当て、私は少ない労力で天界に入ることができた。

 だが、その時のことだったのだ。

 魔界に生息するドラゴンの数が、気付かぬ間に減っていたのは。

 

 ドラゴンの数が減った事に気付いたのは、つい最近。

 地上の魔族を魔界へ受け入れるため、神綺とサリエルが魔界の集落を調査したり、様々な動植物の確認をしていた時のことである。

 

 魔族を受け入れるのに何故そんなことまで数えていたのかは私にもわからないのだが、神綺は、魔界にいるドラゴンの数が、いくら確認してみても以前と合わないことに気付いてしまった。

 ドラゴンの数を疑ったことなどない私だったが、私は持ち前の記憶力でドラゴンの数を把握している。神綺に言われて私も確認してみたところ、なんと彼女の言う通り、ドラゴンの数はわずかながら、減っていたのである。

 

 その数、十三頭。

 大事件ではないにせよ、気のせいでもただごとでもない異変である。

 私は急遽サリエルを呼び出して、何か思い当たることはないかと、互いに意見を出し合った。

 その際、サリエルが“地上にいた頃、遠くへ飛び立つドラゴンを見た気がする”と言ったので、消えたドラゴンたちは地球のどこかにいることが判明したのであった。

 

 

 

 ……地上に戻り、そのまま魔界へ還らず、旅立っていったドラゴンたち。

 彼らが何を思って旅立ったのかは、私にはわからない。

 

 元々は恐竜だ。彼らにも自由に生きることを願う野生としての本能があったのかもしれないし、窮屈な魔界に嫌気がさして、帰ることを拒んだのかもしれない。

 

 “不蝕”によって不老となった彼ら人造ドラゴンは、不死身である。

 調整された身体組織や頑丈な鱗などは、滅多な外敵が相手では傷つくこともないだろう。

 

 しかしそんな彼らドラゴンであっても、死んでしまった。

 だからこそ、その遺骸の傍らに、紅が生まれたのである。

 

「生まれ変わっても帰ってくるなんて……本当に凄いよなぁ」

「ええ。ずっと昔のことなのに、私、信じられませんでした」

 

 十三頭のドラゴン達は、地上で何をしていたのだろう。

 何かを探していたのだろうか。

 何かを求めていたのだろうか。

 

 今となっては、それもわからない。

 けれど、法界で静かに竜骨を見守る紅の姿は、遥か昔よりずっと変わらない強い信仰心が魂に残っていることを、私達に教えてくれた。

 

 まだ地球上に他のドラゴンが残っているならば、彼らには楽しく、自由に、自らの望むように生きていてほしいものである。

 

 

 

「……ところでライオネル。今日もまた、研究の続きを?」

「うむ。またいつも通りやっていくつもりだよ。今回からちょっとした肉体部分の用意も必要になるから、神綺にも少しだけ手伝って貰いたいんだけど……どうかな」

「はい! 私が力になれるのでしたら、喜んで!」

「そうかそうか」

 

 笑顔を見せてくれた神綺に、私も内心で微笑んで、何度も深く頷いた。

 

 この世のどこかで誰かが生まれ、この世のどこかで誰かが死ぬ。

 草が生え、草が枯れ、還った土からまた草が生える。

 そのような美しくも残酷な世界の中で、私達はただ石のように、今までと変わること無く、好きな方へコロコロと転がってゆくのであった。

 

 

 


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