東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 大渓谷の尖った岩山の中でも、一番高い場所。

 そこは平らに削り取られ、直径十メートルほどの円形の広場になっている。

 魔界全てを一望、とまでは言えないが、神綺の創りだした“豊か”らしい渓谷をざっと見渡すには、これ以上はない場所だった。

 

 私はそこに、前と同じようなテーブルと椅子を配置して、出会った時のように、缶ビールも生み出した。

 こんな時、記憶力の凄まじい自分の枯れた身が、とてもありがたい。

 二十万年以上も文化とは程遠い太古を彷徨い続けてきた今ですら、まだその酒の姿を鮮明に思い出せるのだから。

 

「ぷはぁ……」

 

 そのおかげで、こうして神綺のご満悦な表情を、再び拝むことができる。

 私の口や喉は、どうも酒をどぼどぼと零してしまうけれども。ほろ酔いと同じ満足を得るには、目の前で破顔する彼女の存在だけで十分だ。

 

 

 

 積もる話は、それこそいくらでもあった。

 途方もなく超大な空白の時間の某を、まずは神綺自身が聞き手に回ることを望み、私から話すことに。

 

「へえ……外界はそんな風になっているのですか……」

 

 外の世界の話は、神綺の好奇心を大いに刺激したらしい。

 彼女は(第三の)ビールがお気に入りのようで、その二本目をくぴくぴと飲みながら、私の体験談に聞き入っている。

 意外だったのは、彼女が海などの、基本的な地形の概念に関する知識が曖昧だったということだろうか。

 私が波打つ海にアノマロカリスという巨大エビが生命の頂点として跋扈していると話せば、目を輝かせて“エビってなんですか!?”と目を輝かせて聞いてくる。うん、ごめんね。エビも知らないよね。

 

「外の世界には様々な生き物がいて、そこで各々が命を繋いで暮らしているんだよ。例えば、私が見てきたのは……」

 

 話は、本当に尽きない。

 荒れた大地と、どこまでも広がる海。多種多様な動物たち。

 満天の星空、淀みなく輝く月。

 

 気が遠くなるような旅と観察の話を、つらつらと話してゆく。

 神綺はそれを聞きながら、外見に相応しい少女のように“うんうん”と頷きながら、とても楽しそうに微笑んでいる。

 

 そして、話は魔術に入る。

 

 魔術。そして、魔力。

 これは、私の永きに渡る旅の時間の中で、語るに欠かせない要素であり、今の私にとっては、一つの生きがいとも言えるものであった。

 

 私は、アノマロカリスよりも何十倍もの熱を込めて、彼女に語る。

 世界に満ちたる魔力。それを行使する術、魔術の神秘を。その強大な力と、可能性を。

 

 私は魔力を知覚し、それを操ることで、永遠とも呼べる長い時間の旅の中に希望を見出した。

 現に、私はあの世界での時間のほとんど全てを、魔術のために注ぎ込んでいた。

 それは魔術が私にとって必要不可欠なものであったし、単純に、興味を覚えるに足るものであったからだ。

 人間だった頃の私は、魔術というものへの知識など皆無だったので、とにかく新鮮である。まぁ、なんというか、架空の物語の中でも、魔術や魔法という物は多くあったし、それへの憧れもあった。

 自らのみで魔術が使えるというのであれば、持て余す馬鹿みたいな時間もあり、研究しない手は無い。それに、魔術という不可思議な力があれば、同じく不可思議なこの魔界へと還る手立てもあるかもしれないとも思えた。

 

 魔術は、私の希望。私の全てと言っても良い。

 この二十万年以上の外界探訪で培ったものは、私の魔術に対する、非常に高い愛着だったのである。

 

「なるほど、ライオネルは、魔術を使ってここへ戻ってきたのですね……」

 

 神綺はビール缶を片手に、感慨深そうに呟いた。

 

「ああ。しかしそれも、魔術というよりは神力と言うべきだろうか……偶然によってもたらされたコレのおかげなんだ」

「コレ……?」

 

 私は神骨の杖を軽く掲げ、神綺はそれを見て、すぐに怪訝そうな表情になった。

 

「なんだか、私と同じような力の気配を感じますね」

「ああ、私が外界で出会った神の骨で作ってある」

 

 やはり、同じ神である神綺には、この杖がどのようなものかが理解できたらしい。

 

「人型の骨ということは、やはりその神も、私と同じでライオネルによって生み出されたものなのですね」

「……え?」

 

 私は神綺の言葉に硬直した。

 

 

 


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