「あら……神綺様。それに、ライオネル様」
「久しぶりね、ゼン」
「やあ」
私と神綺が訪れたのは、魔界地方都市クロワリアである。
とはいえ、地方都市と呼ばれていたのもちょっと前の話。
今ではそこそこ住民が増えており、建築も昔は土造りだったらしいが、現在ではちゃんとした焼き煉瓦に変わっている。
私達を出迎えてくれたのは、元魔族のゼン。
背中に生える白い翼と、艶やかな緑の髪が特徴的な、優しく気立ての良いお姉さんである。
「クロワリアへ御足労頂き、ありがとうございます」
「いやいや、突然の訪問で申し訳ない。突然来ちゃってごめんね」
「とんでもございません。お二方やサリエル様でしたら、いつでも歓迎致します」
本当によく出来た魔族さんだ。
魔人たちが“中央都市セムテリア”と呼んでいる彫刻の街の喫茶店で、メイドさんとして雇いたいものである。
……しかし、メイドさんといえば喫茶店だっただろうか。
いや違うな、メイドは別にお店にいるような存在ではない。大きなお屋敷に仕える使用人のようなものが、本来のメイドさんであるはずだ。
何億年も経ったというのに、考え方が日本的なものに毒され過ぎである。
「ゼン、身体の調子はどうかしら?」
私が特に理由もなくメイドとロンドンのイメージを並べて思い描いていると、神綺が一歩前に出て、ゼンへ訊ねた。
それに対し、ゼンは笑顔を浮かべたまま、首を傾げる。
「ええと……身体の調子、ですか?」
「変わらない?」
「そう、ですねぇ……特に、変わったことなどはありませんが……」
「あら、そうなの。なら良かったわ」
神綺は灰色の翼をはためかせ、微笑んだ。
そのほほ笑みに、言葉通りの気持ちが篭ってないことは、隣にいる私だけは唯一理解できた。
魔界の魔族。
それは、クベーラとの取引によって、魔界へ誘致した魔族たちである。
地上に広がる穢れによって悪性を高めた魔族らは、その能力の高さは神族に迫るものがあるのだが、いかんせん害性が高く、基本的に善性の高い(とされている)神族とは相容れない存在だ。
そのことについては、当然私もよくわかっていたし、その上で魔族たちを魔界へ誘致した。
既に何度も、クベーラに連れられて数多くの魔族が魔界にやってきて、定住している。
だが、魔界へ来ても魔族は魔族。彼らの性格の悪さは天性のもので、それは幾分か穢れのマシな魔界へ居を移しても変わらないようだった。
移住後、問題を起こした魔族は、なんと全体の半数以上。
いや、千年以上も居住していれば、逆に問題の一つや二つも起こすだろうし、ある程度の横暴にも走ってしまうものだ。私も、結構目を瞑っている方である。
しかし彼らの起こす問題は、どうにも居住後一年以内に引き起こされたものであるらしいので、その点でのフォローは難しい。
案の定というべきか、我々魔界の住人たちは、外界からやってきた魔族達の対処に追われてしまったわけである。
が、そんなことは最初から百も承知。
むしろ、私は魔族たちの害性が百パーセントのものであると仮定して誘致した。
生来よりの悪どさ。良いだろう。私は一向に構わない。
矯正しようのない最悪な性格であろうが、最低な人柄であろうが、魔法を前にしてはそのようなものは何の障害にもなり得ないのだ。
私は原初の力による創造が上手くない。神綺のように、神族から魔人を生み出すような芸当はおろか、一から微生物を作ることもできない身の上である。
しかし、私は魔法に精通している。実は魔法の理念を用いれば、生命の創造に近いことは、不可能ではなかったりするのだ。
元々、私は穢れについての研究も行っていた。
それを元にした霊魂学(仮)を活用すれば、死んだ直後の霊魂や、独立して存在する高次自由魔力から、生ける者の魂を再生することも難しくはない。
死者の復活。私はそれを、完全な形とは言えないまでも、わりと簡単に成し遂げたのである。
「どうぞこちらへ。美味しい薬草鍋の用意が整っておりますよ」
ゼンは、霊魂再生によって修復された魔族の一人だ。
詳しい事情について私は知らないのだが、このゼンという魔族もまた、他の魔族と同じで随分と悪どいことをやっていたらしい。
私が神綺に呼ばれてこの集落へやってくる頃には、既に断罪されていたらしく、地下の洞窟の中で死んでいた。
私は彼女の肉体と、その地下空間に辛うじて漂っていた擦り切れた霊魂を繋ぎ合わせ、魔族を再生した。
かなり無理矢理な縫合であったために、少々霊魂の記憶や性質に変化は出てしまったが、ゼンは持ち前の魂により、生物としての復活を果たしたのである。
「クロワリアの薬草鍋です。少々ほろ苦くはありますが、甘く、とても身体に良いんですよ」
「……おー」
復活の影響か、かなり性格が変わっているらしい。また、生来より持ち合わせていた能力も、一部が消えたとのことだ。
霊魂をいじっている際に、潜在的な穢れの多くが取り除かれたことなどが影響しているのかもしれない。
「うーむ」
しかし、薬草の鍋かぁ。
オートミール粥みたいな感じだけども、私は好きじゃないんだよなぁ。
「おいしー」
神綺、よく食べれるね。