東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 土属性魔法“開墾”。

 一定範囲の地面を根こそぎに破砕して真上に跳ね上げるだけの、見た目は派手だがやっていることはシンプルな魔法である。

 

 しかし、単純ながらに威力は高い。

 あらゆる生物が死滅するであろう凄まじい土石流が発生し、あとにはどんなに巨大な植物も残ることはないのだ。

 

 しかし、私は神族や魔族などが、こういった小手先の技で死ぬとは思っていない。

 地獄では、私の火属性魔法を耐えぬいた神族が大勢いた。ならば地上の魔族も、同等かそれ以上の防御能力を有していると考えるのが自然だ。

 

 事実、こうして今私が“開墾”を放った直後には、多くの魔族が地上を離れ、空を飛んだ。

 彼らは元々空を飛べる魔族であったか、もしくは後天的に術を修めることで飛行能力を手にしたのだろう。

 それに、なんかさっき“闇の力”がなんたらとも言っていた。闇の力とやらが何かは知らないが、それが魔法であるならば私も興味がある。

 是非とも見せてもらいたいものだ。

 

「まぁ、生きてたらだけどね」

 

 爆ぜた地面から逃れた魔族たちは、空の上。

 

 しかし彼らは少々考え無しである。

 そりゃあ、初めて見る魔法を警戒して避けようとするのは自然なことだ。

 けれど、さほど良い飛行性能を持たないくせに空へと逃れた魔族は、ただ自分の逃げ場を狭めただけでしかない。

 自らの低い回避能力を晒すよりも、大人しく“開墾”から身を守っておけばよかったのである。

 

「焼けて死んじゃえ」

「“狂気の月”」

 

 神綺の翼から、二条の眩いレーザーが宙を撫ぜる。

 サリエルの真上に浮んだ球状の力場が、狂気の波動を拡散させる。

 

「あ」

「ギャ」

「う、うわ、何故っ、飛べない!?」

 

 レーザーは空に逃げた魔族を次々に焼き切り、サリエルが出現させた歪な球体は空間の魔力に強く干渉する。

 原初の力によって生み出された純粋すぎる光線は防ぐことが難しい上、空中で避けるにしても、術的な力はサリエルの作る“狂気の月”によってほとんど無効化されてしまう。

 

 ほれみたことか。やはり地面から離れたほうがろくな目にあってない。

 地上で防御に徹していた方がどれほどマシだったことか。

 

「ケケケ、これだけかぁ?」

 

 私が空中の無残な魔族たちを眺めていると、目の前の土煙を突き破り、人狼のような魔族が姿を表した。

 身の丈三メートル以上。両腕の爪は見るからに鋭く、引っ掻かれれば人間の命はない。

 

 しかし、私はハイエナにひっかかれようと、コモドオオトカゲに噛まれようと、死ぬことはない。そもそも私の身体には牙も爪も通らない。

 だから、自信満々に獣の武器を向ける彼の攻撃を、全て受けてやっても構わないのだが……。

 

 自身の身体が頑丈であるからと攻撃を受けるのは、魔法使いとして正しくない。

 真の魔法使いは、相手を一切近づけない、至高の存在でなくてはならないのだ。

 

 だから手は抜かない。

 私はこれより、連中の攻撃を一度も喰らうことなく勝利する。

 

「“神秘の蝋燭”」

「お?」

 

 周囲の土が渦を巻き、人狼の男の身体へと巻き付いてゆく。

 私へ腕を伸ばそうとした彼は、まるでメデューサにでも睨まれたかのように身体を岩石質に変化させ、空を仰ぎ大口を全開にした状態で動かなくなった。

 

 それは、ほんの一瞬のこと。

 流れる土の線が細すぎるので、見た目にも派手さはない。

 きっとこの狼男は、自分がどういった方法で殺されたのかも認識していなかっただろう。

 

「さて、まずは一つ目」

 

 大きな口を空に向ける石像の口元に、杖を掲げて火を生み出す。

 すると、狼男の口の先に、ぽっと控えめな蒼い炎が灯った。

 “神秘の蝋燭”の完成である。

 

「石にされたか! 間抜けな奴め、俺はそう簡単には――」

「ほう」

 

 続けて走り寄ってきた昆虫のような魔族にも、同じく“神秘の蝋燭”を。

 

「後ろががら空き――」

「いいや?」

 

 地面を潜り、私の背後に飛び出してきたもぐらのような魔族にも、ノールックのまま“神秘の蝋燭”を。

 

「束でかかれ!」

 

 四方八方から同時にくれば良いと、お気楽に身を挺してくれた彼らにも、人数分の“神秘の蝋燭”をプレゼント。

 

「ま、まて、様子がおかしい……」

「おい呪い師! こいつらの石化の呪術を解けぇ! 態勢を立て直すんだ!」

「だ、だめだ、いくらやっても、術が発動しない……!」

 

 地上側の魔族たちは、どうやら私への攻撃の手を休めたらしい。

 まぁ、考え無しに飛び込んで十人近くの魔族が“神秘の蝋燭”になってしまったのだ。“なにかがおかしい”と戸惑うのは無理もない。

 

 どうやら向こうは、仲間が石に変わったのを何らかの術による一時的なものだと思って解除を試みているようだが……。

 今はサリエルが“狂気の月”を展開しているため、魔術の腕が未熟なものでは魔力の流れを構築しきれずに不発に終わってしまうので、解除しようという試みはそもそも達成されることはない。重ねて言えば、私が使ったこの魔法は石化とかそういうものではないので、術が使えたとしても意味は無い。

 

 石となり、口から炎を灯すだけのオブジェとなった彼らは、既に死んだも同然だ。

 元々の肉体は既に95%以上が消滅しているし、彼らの口から灯っている炎は、彼らの魂が生み出す漏出魔力と、摩耗して散ってゆく魂を燃やしたものである。

 どうあがいても、仮に私がその気になって救命を試みたとしても、彼らを救うことなどできはしないだろう。

 

「だ、だめだ、こいつら、魔力を出していない……! やられた!」

「何!?」

「離れろ! 一旦あのドクロから離れるんだ!」

 

 退避。悪くない選択である。

 そもそも“神秘の蝋燭”は近距離魔術で、地面に設置する呪いのようなもの。

 今回は、一定の範囲内の地面に近づいた者へ絡みつくように敷設してある。術に抗う力量が無いのであれば、迂闊に近づかないのは得策と言ってもいい。

 

「まぁ、“神秘の蝋燭”もこれだけ数があれば充分だ。彼らの魂と漏出魔力は、この私が責任をもって利用してあげることにしよう」

「……!」

 

 私は岩石製の杖を空中でくるくると回しながら、わざとらしくケタケタと笑う。

 表情筋もなく笑顔が作れない私なりの、精一杯の笑顔のつもりであった。もちろん、自分でも不気味な表現方法だとはわかってるけど。

 

 

 

 さて、相手は膠着。

 だが、かといってこちら側の攻撃の手が休まるわけではない。

 私はただ呪いを敷いて準備を整えただけにすぎないし、神綺もサリエルも、まだまだ力を出し切っていないのだ。

 

「潰れて死んじゃえ」

「“歪曲の月”」

 

 空の果てに、陸地のように巨大な岩の塊が生成される。

 同時に、魔力によって増幅された“狂気の月”が形を変えて、球体の中に不気味な像を映し出す。

 

「ひっ……!」

「落ち着け! あんな、……あんなもの……」

 

 天空の赤い空の輝きさえも遮って落下する巨大な岩石は、落下が直撃すればどれほど頑丈な魔族でも即死するだろう。

 

「う、うわぁあああ!」

「ひいい!」

 

 そしてサリエルの生み出した“歪曲の月”は、心の揺れを極端に増幅させて精神の均衡を崩す。

 神綺の生み出した岩石を見て強い恐怖を抱いた者は、既にその場で白目を剥いて、次々に倒れてしまった。

 

 ここまで派手に技を出している私達だが、お互いへの気遣いというものは全くない。

 実際のところサリエルの“歪曲の月”は神綺や私にも作用し得るものだし、神綺の創った大岩に関していれば、余裕で射程圏内のどまんなかである。このままじっとしていれば、確実にぺしゃんこだ。

 

 それでも私達が焦っていないのは、余裕があるから。

 自分たちの使った術を自分で防ぐくらい、出来て当然のこと。

 この程度の規模の戦闘は、朝飯前なのである。

 

「ではライオネル、あの岩の対処をお願いします」

「うむ。どうするんだ。このままだと私達も巻き込まれるぞ」

「あ、君たち出した後のこと考えてなかったのね」

 

 大岩が地上に広大な影を落とす中、魔族達の絶望に満ちた絶叫が木霊する。

 

 


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