東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「神とは、願いや想いによって生まれるもの……信じる者のイメージによって生じる存在です。それは、この私も同じように」

 

 神綺が自分の胸に手を当てて、そう言った。

 私の意識が、戸惑いに僅かに揺らいだ。

 

「他の神がどのようなものか……私には、詳しくはわかりません。ですが、私の姿形がライオネルとほとんど同じように創られている以上、ライオネルの思いが姿に反映されているであろうということは、疑いようはないかと思われます」

 

 そうだ、神綺は、私が創った神だ。

 それにはきっと私のイメージも入っていただろうし、その証拠に、こんなにも目の前の彼女は、私の中で“しっくり”きている。

 

「聞けば、外界に存在する生物はどれも、とてもおかしな形をしているらしいではありませんか。それに、想いの力もかなり低いものだと……」

「た、確かにそうだが」

「神は、何かが望んでこその神。ライオネル以外に望む者はなく、姿形の創りも、概ねライオネルと同じ。これが、神の存在がライオネルによって象られたと言わずして、何と言いましょう」

 

 あの老いた女神が、私から生まれた?

 いや、そんなことは有り得ない。有り得ないはずだ。

 

 原初の力とは関係ない、それはいいとしよう。

 純粋な願いだけで、神は出来る。仮にそういう存在だとしよう。時間もあった。その猶予はあったとしよう。それでもだ。

 

「だが、私はそのような、あの世界で神に会いたいなどとは……」

 

 そこまで弁明しようとして、はたと気付いた。

 

「会いたいと……思って、しまったな」

 

 私は、そうだ。

 神に、会いたかったな。

 

 またこの魔界に戻りたくて、孤独から逃れたくて、ただその強い意志だけを、魔術というはけ口こそあったが、滾らせ続けていた。

 

 全ては神綺と会うために。再び、彼女と話すために。

 

「……ライオネル、詳しく教えていただけますか? その骨の……神のことについて」

 

 神綺は、私を責めるような風でもなく、私の気遣いばかりを感じさせる優しい声で、そう促した。

 優しさにつられて、私は語り始めた。

 

 初めて女神と出会った時の事を。

 何度か遠目に見つけ、その度に様子を伺い、女神が段々と老いていった事を。

 そして、最後にはその女神と出会い、女神に攻撃され、返り討ちにし、殺した事を。

 

 その骸を使って研究し、結果として、神骨の杖を得て……この魔界へと、還った事を

 

 最後まで黙って聞いてくれた神綺は、合点がいったように“うん”と頷いた。

 そして手を差し伸べて、“見せたいものがあるのです”と、私の手を取り、移動を告げる。

 

 私は成すすべなく呆然と彼女に手を預け、目眩を覚える瞬間移動と共に、次の瞬間には、魔界ならどこにでもある平地へと降り立った。

 

 天高く広がる赤い空。平坦な、薄く輝く大地。

 自分の力がいくらでも使えるというのに、今の私はこの光景が、とても恐ろしい。

 

「ちょっと前に、ここでこんな物が現れたんです。それが何なのか、私は今日までわかりませんでしたが……今のライオネルの話を聞いて、確信に至りました」

 

 神綺は私の後ろ側にある“何か”を見ながらそう言った。

 私の後ろに、何があるというのか。答えを求める気持ちと、やめておくべきだという醜い心がせめぎあい、だが当然、見ないわけにはいかないので、私は振り向く。

 

 そこにあったものは……間違いなく、これまでずっと見慣れてきた、どこにでもある普遍的な“岩”。

 外界にしか存在しないはずの、まるで大きな丸型に繰り抜いたような、人一人分はゆうに包めそうな、大きな岩であった。

 

 

 

 忌々しくも記憶力に優れる私は、この岩を知っている。

 これは、老いた女神を殺す直前に見た、彼女が撃ち放った光弾が向かった先……そこにあった、大きな岩である。

 岩は光弾を受けて抉れ、奇妙な形を残してしまった。

 

 

 

 あの時は、敵で間違いないと思っていた。

 実際、相手の目つきは鋭かったし、言葉は通じないし、突然攻撃を仕掛けられたのだ。

 私に非はなく、罪は確実に、向こう側にあると考えてもいい。

 

 だがあの女神は……その光弾は、殺すためのものでないとしたら?

 光弾が、ただ私を魔界へと送り返すためのもので、私に執着を見せたのも、それで……。

 

 少なくとも私は、無意識だとしても、神にそう願ってしまった。

 心のなかで願い、実現すれば良いと、何日も、何ヶ月も、何年も、何十年も何百年も何千年も、そう願い続けた。

 

 

 

 ……神は、私を見逃していなかったのだろう。

 だからこそ女神は私を探していたし、私を魔界へ送ろうと、光弾を放っていた。

 

 けど、だけど。

 私はそんな彼女を殺し、あまつさえ、その身を実験材料としてしまった。

 

 他ならぬ、私が生み出した神だというのに。

 私が望んで生み出した神だというのに。

 

 

 

 神は老いていた。見かけるごとに老いて、見た目をみすぼらしいものに変えていた。

 元は、きっとあのような姿では無かったのだろう。きっと私が最期に見た時よりも若く、美しかったに違いない。

 ところが長期間にも及ぶすれ違いと、私の警戒が、それを許さなかった。

 

 女神はただの神でしかなく、その力は弱い。

 しかもそれが、信者のいない世界であったならば。唯一彼女を信じた私が、彼女に無関心であったならば。それは神にとって、恐ろしく存在を傷つけられるものなのだろう。

 不変であるべき外見を、老いさせてしまうほどには……。

 

「……なんということだ」

 

 私は岩の前で跪き、杖を取り落とした。

 骨の軽い音を立てて、硬質な地面の上に杖が踊る。

 

「私は、私で生み出した神を……自ら殺して、切り刻んだのか」

 

 海洋生物を何体も、何千体も殺しても、こんな感情は湧き上がってこなかった。

 老いた女神を殺した瞬間でさえ、こんなにも心は揺れなかった。

 

 しかしただひとつ、真実を自覚することによって、私は大きく揺さぶられてしまった。

 

 自分の犯した、歴史を記す者がいないとはいえど、あまりにも非情に満ちた行いに、気付いてしまったのだ。

 

 


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