東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 地上の種族として、オオカミっぽいのからキリンっぽいのに至るまで、様々な哺乳類が加わっている。

 感慨深いものだ。最初期の豆粒みたいな奴に比べて、随分と進歩したものである。いや、これは進化っていうのか。

 

 しかし私にとって重要なのは、オオカミでもキリンでも、まして超巨大ザメなどでもない。

 ついにここ最近で、地上の生物相のごく一部に、非常に重要な種が誕生したのだ。

 

 私は、その生物が古生物学的になんと呼称されているのかを知らない。

 だが私の見たそれを、私の感性で表現するならば、まさにこれであろう。

 

 猿人。

 直立二足歩行するサルが、ようやっと地球上に出現したのである。

 

「ウホウホ」

「うむ」

「ウホウホッウホッ」

「うむうむ」

「ウホ」

「わかった」

 

 そして私の目の前にいるのが、その猿人である。

 偶然森の中で見つけたのだが、毛むくじゃらで猿顔。二足歩行していなければ完璧にただのサルだ。

 

 また当然のごとく、言葉も何も通じたものではない。

 ウホウホとかウキウキとか言ってばかりでさっぱりわからん。

 

「ウホ」

「……うん、よくわかった」

 

 石を使ったり、枝を使ったりする程度の工夫はできるらしい。

 らしいのだが……魔法を使うのは多分……まぁ、まだまだ遠い先の話になりそうだなぁ。

 

 試しに悪魔召喚のための指南書を持ってきたんだけど、どうやらちと早かったようである。

 

 魔法陣を書いて、要所に適当な媒体を置き、契約内容によって数字や記号を加えるだけで発動するものではあるのだが……まぁ、無理そうなのだから仕方ない。今回は諦めることにしよう。

 

「じゃ、また来るので」

「ウホ」

 

 私は猿人に手を振って、また再び人類と再会する時を待つことにした。

 

 

 

 

 運命の時は、着実に近づいている。

 

 私は巨大な“月時計”が引き起こした大爆発と、それに伴い残存表示された数列を見た時に、今が紀元前何年で、あとどれほどの時間が過ぎることによって現代が始まるのかを悟った。

 

 今現在は、紀元前ざっと五百万年前。

 人類がものっそい盛大な四角錐のお墓を建立するのは、まだまだ先の話である。

 だが五億年近い時を過ごしてきた私にとって、残りあと五百万年というのは、もはや秒読みにも近い段階である。

 五百万年なんて時間は、ほんのちょっと部屋にこもって新しい魔法を研究しているだけで、簡単に過ぎてゆくものだ。

 

 その証拠に、地上ではサルが歩いている。

 彼らがその手に握った棍棒を、明るい松明に持ち変える時は近い。

 

 サルが知恵と感受性を獲得し、大いなる岩石に信仰を抱いたその時、きっと私の作り上げた魔術も理解されるだろう。

 今はまだ、地上に生きる一部の神族だけが悪魔召喚の魔法を行使しているに過ぎないが、いずれきっと多くの生物が悪魔を使役し、魔法の利便性、汎用性に自ずと気付くはずである。

 

 そのためにはまず、魔界に点在する都市から積極的に広めてゆかねばなるまい。

 

 最初は悪魔の挙動が読めなかったので様子見していたのだが……。

 現在では当初の予定通り、悪魔たちは問題なく召喚に対応し、与えられた仕事をこなしている。

 この調子であれば、魔界都市に悪魔召喚の魔法を広めても問題はないだろう。 

 

 

 

 私は転移し、魔界都市フォストリアにやってきた。

 

 ここは触媒魔術が隆盛を極めた場所だ。

 都市に住む人々の多くが、触媒の収集や研究に腐心していた姿は特に印象深い。

 触媒魔術を得意とするフォストリアであれば、きっとすぐに悪魔召喚の魔法を使いこなせるはずである。

 そしてこの都市は、悪魔召喚の技術が流通する、世界で初めての都市となるだろう。

 

「さてさて……ん?」

 

 風景が様変わりしている。

 以前は高い石造りの家が多かったが、それも時と共に風化したり、打ち壊されたり、建て替えられたのだろうけども。

 しかし、一つとして記憶と同じ建物が無いようだ。

 

 そしてよく見てみれば……どこの家屋も、私が以前見た時よりもずっと背丈が低いように見える。

 

 フォストリア自体が現存している以上、建築技術が失われた、とは思えないのだが……?

 

「誰だ。余所者か」

 

 私が呆然と町並みを見渡していると、石造りの小さな家の格子窓から声を掛けられた。

 見やると、そこにはフードを深く被った魔人がいる。

 伝統の装束は変わっていないので、移民によって伝統が変わったようにも思えない。

 

「私は偉大なる魔法使いライオネル・ブラックモア。ここは魔界都市フォストリアで間違いないだろうか」

「……ああ、そうだよ」

 

 私が訊けば、男は肯定する。

 ふむ、フォストリアで間違いはない。当然だ、転移した座標は全く同じなのだから。

 

「ここで何をするつもりかは知らないが、魔法使いというのであれば……あんたはさっさと、ここを出て行った方がいい」

「……何故? ここは多くの魔法使いがいる都市だと聞いているのだが」

「はっ、いつの話だそれは」

 

 男は嘲るように笑い、フードを更に深くかぶり直した。

 

「フォストリアが……魔法都市として栄えていたのは、遥か昔の話に過ぎない。今やここは、おそらく……魔界で最も魔法を忌み嫌う都市だろうさ」

「な……魔法を使っていない? 一体何故?」

「本当に知らないのか」

 

 あり得ない。

 フォストリアといえば最先端の魔法の都で、人々は常に触媒を研究し、空に浮かぶブックシェルフを目指していたのではなかったか。

 そんな人々が、何故魔法を嫌わねばならないというのか。

 

「その昔、魔法による大きな事故があったんだよ」

「……事故」

「ああ。空を目指そうと目論んだ連中が、私財のほとんどを投じて作り上げた魔法施設……それが何らかの原因によって爆発したことで、フォストリアの八割以上が消し飛んじまったのさ」

「……」

 

 魔法施設。

 爆発事故。

 

 ……まさか、触媒魔術による事故が発生した?

 

「すまない。その事故が起こった魔法施設の場所を……」

「もう何も残っちゃいねえよ。何もな」

「……」

「誰が残すってんだ。復興のために、街の何もかもが解体されて……ここはもう、本当なら魔法の話をすることさえも罪になるんだぞ」

 

 男は最後の方を早口でまくしたてて、またフードを深く被る。

 

「……わかったなら、さっさと出て行け。研究するだけでも重罪なんだ。魔法使いは名乗っただけで殺されちまう」

「……そうか。すまない。ありがとう」

「気にするな」

 

 私は小声で彼に感謝と別れを告げると、そのままゆらゆらと歩きながら、フォストリアの道を引き返してゆく。

 

 通りは人も疎らで、活気は少なく、静かだ。

 かつて大勢の魔法研究者で埋め尽くされていたあの広場も、今はどこにもない。

 

 

 

 フォストリアは、魔法を手放した。

 暴走しうる神秘は蓋をされ、瓦礫と共に埋め立てられてたのだ。

 

 おそらく……今後彼らが再び魔法を手にするには、相当に長い年月を必要とするだろう。

 

 

 

「……さてと」

 

 魔法の啓蒙は……もう、頭打ちになってしまった。

 ヒトが現れるまでにも時間がかかる。

 

 ……ならば、そうだな。そろそろ、いいタイミングかもしれぬ。

 

「魔界を離れるか」

 

 

 

 私のこの研究も、最終段階に近い所にまで到達した。

 残り少ない五百万年間を有効に使うためにも、ここは思い切って、ちょっとした旅行に出かけようと思う。

 

 


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