東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私の宇宙旅行が始まった。

 

 最初に目指すは、309光年離れた場所に存在する恒星、カノープスである。

 一番に目立つシリウスでも良かったのだが、あちらは魔力の放出事情が特殊であるため、私はカノープスを選ぶことにした。

 宇宙空間に存在する魔力の都合上、途中で軌道を何度も転換する都合で一直線とはいかないのだが、手始めにカノープスを目指しておけば、とりあえずは問題ないだろう。

 

 私には呼吸が必要ないし、温度変化も高圧力にも耐えられるので、宇宙空間の航行はこの身一つさえあれば(ブラックホールにさえ気をつければ)問題はないのであるが、それでも心の方は人間のものなので、さすがに裸一貫で宇宙に望むのは嫌だった。

 なので私は宇宙空間における暇潰しの一環として、宇宙船を持って行くことにした。

 

 宇宙はほぼ真空なので、宇宙空間における希薄な魔力状態を考えても空気抵抗は完全に無視できると言っても良い。

 なので宇宙船の形は、箱型でもオフィスビル型でも好きな形を選べる。長期の航行を考えるならば、とことん大きくした直方体にするのがベストであろうか。地球の数多くの乗り物や、有名なSF作品で見られるような流線型にこだわる必要はないのである。ただし隕石などには注意しよう。こればかりは迎撃システムを設けて対策を立てる必要がある。ただの平屋では数万年も保つことはないだろう。

 

 と、まぁそういう一般論を述べたはいいのだが、私が作る宇宙船はそういった形状を採用していなかったりする。

 私の乗り込む宇宙船は、地上に存在する灰塵。たったのこれだけだ。

 魔力によって灰塵を操り、形を成して宇宙船とする。場面によって形や役割を変化させる変幻自在な機能性は、まさに魔法使いの宇宙船と呼ぶに相応しい。

 基本的には私と同じ巨大な骸骨の頭部を再現し、それが宇宙空間を超高速で移動する形となるだろう。目の部分に“眺望遠”を常設することで進行方向他を高精度で観測することもできるし、想定外の事故による故障もないから、割と高性能である。気が向いた時に形を整えて好きな宇宙船に出来るというのが何より嬉しい。

 

 さて、基本的に宇宙を旅するSF作品というのは、母なる星地球の代替物を探して航行するというのがひとつの主流ではあるのだが、私の宇宙旅行は“地球とよく似た惑星を見つけてハイ終わり”というわけにはいかない。

 今回の私の宇宙航行の目的は、Mなんとか星雲を見つけることでも、なんとかケンタウリを見つけることでもないのである。

 私の目的。それは、もっともっと外側の、地球にいるだけでは観測しようのない場所に存在する星々を観測することにある。

 私は地球において、原始的な生命の勃興から知的生命体の出現までを見送ってきた。それを二度も繰り返し、育成ゲームのような感覚で二周目を楽しむつもりはない。生命が咲き乱れる星は、今の私にとっては地球(あれ)だけで十分なのである。二つ目などは、地球が崩壊し、地球の生命が全て消え去ってから考えればよろしい。

 

 地球からは観測できない、遥か外側の星々を見つけ、頭の中に記憶する。

 より外側の星を私の脳内の地図に書き留めることで、更に正確な星々の運行を計算に入れ、魔法の精度を向上させる。

 

 魔法は、その場所や時間、環境によって使い勝手が大きく異なってくる。

 私は偉大なる魔法使いと名乗っているが、それは地球を前提にした場合でのことだ。それ以上の規模となった場合に、私の魔法を正常に扱えるとは限らない。

 

 だから、私は外側を目指すのだ。

 名実ともに、偉大なる魔法使いとなるために。どこに居ようとも、最大級の魔法を最大効率で発揮させるために。

 

 

 

「おや」

 

 そんな旅の序章。

 ここ数百年中で、月が最も魔力を撒き散らすであろう夜のことだ。

 私はこの魔力が潤沢に存在する日を狙って地球を飛び立ったのだが、どうやら私と同時に月を目指そうとした者がいたらしい。

 何者かが異界経由の全体転移によって、かなり大規模なものを月へと移送したようである。

 

 魔界を初めとする異界を挟むことによって移動距離を稼ぐのは、顕界における移動法としてはわりと一般的なものであるが、先ほど発生した魔力空間のヒズミの大きさからして、どうも一人用の移動ではなかったようである。

 

「月に何の用だろうか」

 

 この大人数、この転移質量、とても月の石採集ツアーなどという生半可な規模ではない。

 私は気になったので、当初の旅程通りではあるが、ひとまずは月周辺で最も魔力濃度の高い、月の裏側を目指すことにした。

 

「おお」

 

 そしていざ月の裏側まで飛んで見てみると、地表には数多の人影が。

 “望遠”で見てみれば、それはどうやら神族のようである。

 

 彼らの様子は……慌ただしい。

 どうも、私は彼らの引っ越しと同じ時期に、月へ来てしまったようである。

 月の上空に浮かぶ私を見上げ、神族たちはかなり焦っているように見えた。

 

 そりゃまぁ、何の防衛設備も張ってない引っ越し早々に知らない誰かと出くわしたら、びっくりするか。

 これは失礼した。

 

「まぁ、私のことは気にしないで。ごゆっくりどうぞ」

 

 彼らが月で何をしようとしているのかはわからない。

 おそらくは、先住民たるうさっこたちと同じく、安全な穢れ無き土地を求めてやってきたのだろう。

 であれば、私が彼らをどうこうする理由はない。

 月に住処を求めるのであれば、それも良いだろう。

 

 私は愛想を振りまいてから、早々に月を離れ、カノープスを目指すことにした。

 

 地球の神族たちも様々な進化を遂げているが、私は私でやることがある。

 

 しばらくの間は、さようならだ。

 


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