東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 “半界歩行”を発動していれば、他の人と一緒に歩いていても何ら気配を悟られることはない。

 高位の神族が相手だと気取られる可能性が無くも無いが、ほとんど無視できるレベルだろう。

 

『ふむ』

 

 慌ただしく走る集落の人々は、透明化した私の体を突き抜けるようにして走っていく。

 私も走ろうと思えば走れるのだが、“半界歩行”発動中に強引な移動法を使うと、場合によっては体がついていけなかったり、ふわーっとどっかに吹っ飛んだりしてしまう事がある。

 結局この魔法も、異界中継による移動法の範疇にあるもの。慌てて操作をミスすると、勝手に空間跳躍してしまうので、油断はできない。

 しかしこのままでは、急ぎ足で掛けてゆく彼らに置いていかれてしまう。

 

『“憑依の呪い”』

 

 それでは困るので、私は手近なところを走る男に呪いを掛けた。

 呪いは男の霊魂にまとわりつき、非常に強い力で固着する。

 

『らくちんらくちん』

 

 これは、“半界歩行”をはじめとするいくつかの魔法と一緒にしか使えない呪いである。

 効果は単純。呪いを受けた対象に、霊体っぽくなった私が一緒になって移動するというものだ。

 自分で動くよりも遥かに楽だし、動く対象の魂は安定しているので、移動用としては実に便利な魔法である。今更使いたいとも思わないけど、一応ひとつの生物を追跡して観察するのにも利用できる。

 

『さて、彼らはどこに行って、何をするのだろう』

 

 私は懸命に走る男性に引っ張られながら、古代の未知に心を躍らせた。

 

 

 

 人々が辿り着いた先は、ゆるやかに流れるナイル河を上流に向かって進んだほとり。

 ちょっとした大きめの岩がいくつもごろんと転がる場所に、人々が指をさして注目するそれは存在した。

 

『おお……』

 

 色々な人がこぞって行くものだから、一体何事だろうかと疑問に思った私であったが、目の前の光景はそんな私でさえも、少々驚かされるものであった。

 

 なんと、ナイル河を横断するように、とても長い橋がかけられているのだ。

 それもただの橋ではない。河の両端に転がる大きな岩の頂上部に掛けられたその吊り橋は、全てが植物によって構成されている。

 

 青々とした葉を茂らせる若木の支柱に、無数に絡みついた蔦のロープ。

 それらは奇跡的と呼ぶにもあまりに人為的な正確さでもって、雄大なナイル河を横断している。

 全植物製の橋の上には既に何人もの人が乗っており、多少の揺れはあるものの、見た目以上に安定しているのか、そこにいる人の表情は笑顔を浮かべているようだ。

 

 一体、誰が。

 はっきりとした答えは、私にはわからない。

 だが、これがただの人間に創り出せる類のものでないことだけは理解できる。

 

『……当然だけど、自然に成長した植物ではないか。ご丁寧に岩にまでぎっしりと根を張っているとは』

 

 辺りに存在する大きな岩は、そのほとんどがただの岩石だ。表面に多少の苔を浮かべるものもあるが、草らしきものが茂っている大岩などは見当たらない。

 それに比べて橋が掛けられた大きな岩の表面は、びっしりと蔦や根っこに覆われている。

 きっと何者かが、魔力的な方法によって植物の成長を促したのだろう。

 

 雄大な植物の橋を前にして、人々の中には跪き、祈りを捧げている者もいる。

 人に生み出せるものではないことは、彼らも理解しているのだろう。

 人ならざる、力ある何者かによってもたらされた奇跡を目の当たりにしては、その反応も無理は無い。

 

 この時代でも丸太を刳り抜いたような、カヌー的な舟はあってもおかしくないはずだ。

 しかし見たところ、この流域にはカバやワニが存在するようで、そのような心細い舟で向こう岸へと渡るのは、実に恐ろしいことだろう。

 この場所に掛けられた橋は、人々にとって向こう側へと渡るための貴重な道路なのかもしれない。

 

『……“解除”』

 

 私は男性に取り付いていた呪いを解除して、長い橋を見やる。

 

 生きた植物だけで作られた、奇妙な橋。

 人々の反応からして、橋はつい最近できたもので、偶然発見されたものであるように窺える。

 

 これを渡り、向こう岸を探索してゆけば……そこにはもしかすると、私の探し求めている魔法使いがいるかもしれない。

 

『オーレウス、だといいんだけど』

 

 

 神族や魔族が架けた橋であるという可能性も無くはないが、とにかくここを進み、探索してみよう。

 

 


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